ちょっとだけお金の話

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ども、からだのエンジニア&からだの専門家 鍼灸師 泰心堂 藤井崇次です。

 突然ですが、私はお金の話をないがしろにする人、嫌いです。

まあ、お金だけではなく利益の話もですがね。

お金を稼ぐということはとても大事なことです。
私のような施術業の場合、それはある意味で感謝の価値であり、喜んでお金を払っていただけるということは"お互いに得した"ということです。

物の価値というのは絶対的ではなく、確かに金銭の多寡の問題ではないという主張は条件を限定することで成立し得ます。

例えば感動という感情は単独では金銭価値に換算することは難しい。ですが、感動を与えたいと考えたとき、金勘定は重要な要素になり得ます。

お金は大事です。

先日、こんな話をしました。
砂漠でコーラを1千万円で売る。

ピンときたあなたは優秀なビジネスマンか、勤勉な方なのでしょうね。

ただであげれば良いではないか?
あるいは
1千万円なんて暴利だ!

これが自称一般人の反応だそうです。

この話はビジネスの基本の話であり、もしこれがセミナーであるのなら、飢えた客はどこにいる? と続きます。

正直な話、まともに話が通じないなと思いました。

ただであげた人は"自己満足"という利益を得ていますし

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短時間施術の泰心堂

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どうも、からだのエンジニア & からだの専門家 鍼灸師 藤井崇次です。

パブリックイメージって大事ですよね。
実は先日、アルバイト先から写真を使って良いか? という連絡をもらいました。

※サロン経営は順調ですがちょっと狙いがあり週のうち数日他院で施術活動をしています。

答えはNo。ええと公的なイメージの問題があるからですね。
ええ、向こうは基本1時間枠使い切りの体力勝負系なので、本来のスタイル、技術体系からは乖離していますから。泰心堂の施術を提供しているとは言えませんので。

私、泰心堂こと藤井は、短時間で大きな効果を上げる施術家として支持されています。事実、私のサロンの予約は30分単位が基本。時には1時間あたり4〜5名施術することもあります。

何をしているのかが分かっていれば余計な手続きを省いてシンプルに再構成すれば施術は短い時間で十分な効果を上げることができるようになります。
それゆえの短時間施術な訳ですね。

ですが、お世話になっている他院は経営方針が違いますし、施術に対する考え方も異なります。もちろん利益率も収益設計も。

例えば丁寧な施術という考え方

泰心堂の場合、オーダーに必要十分な提案と体に対する必要十分な誘導をかけてることであり、時間をかけることではありません。
時間をかける=時間を奪うことであり、余計な手続きを入れる余地を作ることに繋がります。ひいては顧客の体の負担を時間的に、刺激量的に増加せしめることに繋がりかねません。
故にシンプルかつ的確な施術を行うことで時間を短くすることはひとえに顧客のメリットを増やす行為となり、積極的に進めるべきプロジェクトであり、短時間施術はポイントを絞った、顧客の負担が少ない、的確で丁寧な施術と言えます。

他院の場合、1時間枠を使い切り手をかけること。時間を確保することで十分なコミュニケーションをとり、心理的な満足度を向上させること。
時間をかける=顧客の自己重要感を高め、満足度を向上させる行為。

これは方針の違い。どちらが良いかというのはお客様が判断すべきことです。

ただ経営者として見るのなら従業員が疲れないこと、数をこなせることで時間当たりの売り上げを上げることが可能なこと、それによって昇級や昇給などの期待が高まることなどは大事かなと思います。

個人的に低価格かつ長時間路線は、好ましくはない考えています。
それは数をこなさなければ売り上げが上がらないし、数をこなそうとすると時間が足りない。数をこなすと体力的にきつくなる。
確かに短期間ならば客数を集めるという意味では有効な方法ではあるが、数年に渡り続けていこうと思うのなら限界が見えてしまう形式だと思います。

そうなるとある程度の高価格路線×短時間施術→顧客層を絞ることで余裕時間の確保と十分な収入を得る。一方で、きっちりと効果を体感してもらってそれ以上の価値があると知っていただき、積極的に活用してもらうという今のスタイルの方が私も顧客の皆様にとっても最善のスタイルなのかなと思います。

今日はこの辺で




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骨盤調整、骨盤調整とまわりが騒がしかったので簡易方式。

 

というタイトルで簡易調整法公開。

なぜか、アメブロとの連携がうまくいかなかったのでリンクしておきます。

 

泰心堂はりきゅう院 藤井崇次

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 どうも、習志野 めまい・頭痛でNo.1を獲得しているからだのエンジニア 鍼灸師 泰心堂はりきゅう院院長 藤井崇次です。


 そのほかいくつかの複合キーワード検索で過去には千葉県No.1など何度となく、そして多数獲得しています。

 それゆえに、地域密着型ではなく、検索来訪型あるいは紹介来訪型のお悩み解決サロンとして機能しているわけですね。


 ま、それはそれとして、最近若手の愚痴を聞く機会が増えています。週三回別の治療院で施術活動している関係もあるのですが、なぜか正規の従業員がアルバイト扱いに毎回のように愚痴をこぼすという奇妙な現象が続いていまし、講習に来た者が質問という名の実質愚痴をこぼすという機会が多々。メール相談でも同業というか後輩というか、愚痴メールをいただきます。


 なかでも多いのが、「自信が持てません」、「1番じゃなくても良いのでは?」この類の愚痴。


 まず一つ目ですが、自身は持つものではなく、在るものです。極論、何をその自信の存在理由(reason d'etre)として定義するかだけの問題です。

 初めて客前に立つスタッフにお客様応対に対する自信が存在するわけがない。だって経験したことないのだから。でも、客前に立つために役割振舞い訓練(ロールプレイ)を繰り返してきたのならマニュアル通りの対応はしてきた、できるという自信は在るかもしれません。あるいは、髪型はばっちりセットしてきた! という自信が在るのかもしれません。あるいは部活、日常生活で初めての場面は多数経験済み、過去乗り切ってきたのだから今回もやれる! でもよいでしょう。

 根拠なんてなんでもよいのです。

 逆に現場に立っているにも関わらず自信が持てませんという人は、たぶん見ているものが違うのではないかと思います。少なくとも現場に立ち続けられるということは、それ相応の理由があります。あとはそれを見つけて根拠、あるいは存在理由として再定義すればよいだけ。

 治療家だというのなら治療家として活動できている以上、顧客がいるわけで、顧客の一人ひとりが今、現場に立てている理由になりえます。お一人、おひとりの顔を思い出しながら、「まったく自信が持てません」と言えるとしたら、ある意味で大したもんだと思います。


 さて、二つめ。私、これ敢えて言うとしたら「一番じゃなくて良い」と思えるその思考回路に対して疑問を持ちたいと思います。

 選択肢は選ぶ前ですからいくつもあるかもしれませんが、選択後は選んだ後なので必然の選択肢以外在りえません。

 言い換えるのなら、いろいろな条件のもと、そのときのNo.1の選択肢を選ぶという行動以外の選択の自由はありません


 過去に、「一番じゃなくてはならないのですか?」的なコメントが世間を騒然とさせましたが、答えは単純です。「一番意外に価値はありません」という当たり前の言葉を返すしかないのです。ただ、誰にとってとか、どういう状況でとか条件が存在しうるだけです。

 二番目だからと言って選ぶ人は奇矯な人くらいなものですが、逆説的に考えれば二番目が一番面白いから選んでいるのであって、世間で二番目、本人にとって一番なわけです。

 そう考えれば人は1番以外選ばない。選ばれたのならばその時点、その条件下でNo.1だからです。


 これ、お客様と治療家の関係においても同じです。

 通える範囲で1番期待が持てる。予算の範囲で1番期待が持てる。何んとなくだけでWEBを見て1番好感触、……などなど。お客様としてはその時の条件で1番(期待が持てそうな)の治療院に声掛けをしているのです。

 治療家側はその期待に応える必要性があります。

 だったらお客様の前に立ったら、私があなたにとってベストな治療家ですと答えるのが筋というものでしょう。

 たとえその気概しかなかったとしても。


 私の場合は恩師に教わった技術をそのまま顧客に提供している時機も、うちの顧客に対してのベストは恩師ではなく、私であるとずっと言い張っていました。プロとして活動しているのですから当たり前です、私の顧客なのですから、顧客にとっては世界一の鍼灸師であるべきですから。もしそうでなければベストの選択肢は恩師の治療院を紹介するということになりますからね。


 足りなければ学べばよいだけですし、一人で何をやってよいのかわからなければ本を読んだり、教えを請いに行けばよい。

 学んだ技術と得た経験とを突き合わせて徹底的に考察してみればよい。

 そして名実ともにその条件でのNo.1になれば良い。


 No.1じゃなくて良いと思うのなら、たぶん向いていないので「私がNo.1です」と言える分野へさっさと鞍替えすればよいと正直思います。


ども、からだのエンジニア 鍼灸師&からだの専門家 藤井崇次です。

本日は久しぶりの『質問に答えます』です。

答えにくい個別回答が必要な質問が多かったので、ついつい更新が滞ってしまいました。

さて、本日の質問は
「全身調整の鍼と言うけれどどうしたら、それができるようになるのでしょうか?」
(神奈川県 鍼灸師の卵さん)

ええとまず
諦めてください

・・・・・・うん、問題発言に聞こえますね。

ま、冗談は置いておいて、自分が治してやるんだ! という強い思いをとりあえず何処かへ置いておきましょう。

で、素直に体の歪み(ひずみ)を見る。
どこから始まりどこへいくのかを考察し、終点と起点を考え、基点を設定します。
ついでいかなる手段を加えると基点がどう変化し、終点と起点とにどのような影響を及ぼすかを観察し検討する過程を経て、ようやく辿り着く感じでしょうか?

辿り着いてみると、施術家がやるべきことは、あるいはできることは、とてもシンプルで、多くのことは患者の身体が自分で解決するということがわかります。

そうなると必然手技は簡略化され、それこそ何をやっても全身を調整することになります。これを鍼で行えば全身調整の鍼となることでしょう。

具体的に経絡治療でお話しすると、
◯まず脈診頼りをやめる。
◯問診から経絡病証を推定する。
◯切診から経絡上の異常と症状との連関を考察する。
◯望診、聞診から得た情報と上記情報とを合わせてからだのパターン=証をとりあえず決める。
◯証に従った処方を行い変化するかどうかを確認する。
◯変化しない理由によって上記手続きを再検討する。
◯変化した場合、変化量、速度からからだの状態を類推し、終了条件を満たしたら終了する。
◯後日、その時のお客さんはこういう脈状をしていたと何度となく思い出してみる。

ポイントは治そうと思うよりも、まずどうなっているのか? それを観察すること。
治そうという思いが強すぎると、逆に手を加えすぎて全体としてよくわからない施術になりがちで、結果、全体調整なんてわけがわからないという事態に陥りやすい。

実は、施術はシンプルでよく、シンプルな刺激は自ずと全身へと波及します。施術の核がわずか1アクション、数秒あるいは刹那なんてことはよくあることです。

なお、私、泰心堂こと藤井は脈診否定派ではありません。
むしろ脈診のやり方はさっさと覚えるべきだとは思うが、脈診使うようになるのはずっと先のことだと合理的に考えて入るだけのことです。
これらの手続きを何度もなんども繰り返し繰り返し行うことで経験知的データベースが構築されるので、いずれ脈診が判断ツールに昇華されることもありうるだろうとは考えています。

こんなところで

まとめると、その刺激がどこまで影響を及ぼしているのかよく観察しましょうってことですね。
その繰り返しが質問の答えになります。

今回はこの辺で

泰心堂 藤井崇次