神旅 仏旅 むすび旅

人の心は常に脚光を浴びるものに傾く。その中で本来のものを忘却していく事は歴史の中で繰り返えされてきました。日本の歴史財産である神社仏閣もそうです。巡礼をつづけると歴史の忘却したものに出会うことがある。その忘却した記憶を拾い集めています。

両親の介護生活のために仕事を辞め、息抜きに始めたブログ神社仏閣参りが、いつのまにか1000社を超えていました。ブログを開始する以前からのと合わせるともっとですが、行きたい神社仏閣に行き、ブログをまとめることで参拝した神社仏閣が繋がっている事を知り「むすびの旅」だと気づき始めました。そこには古代の信仰があり、それを知る事と皆様へご紹介し、そこへ魂の記憶がある方は参拝して頂きたい思いで書いています。見た目の建物や仏像や創られた神やスピリチャルといったものにとらわれずに、魂が波長が振動する「そこへ行きたい気持ち」になるところがあれば是非訪れてみて下さい。『苔むした太古の記憶』が蘇るかもしれません。コメント欄は多忙なため閉鎖しています。
最後に、読者登録、いつも応援して頂いている皆様に心から感謝いたしますラブラブ
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ブログ☞京都の「後白河天皇」と「豊臣秀吉」




養源院(ようげんいん)


所在地 京都府京都市東山区三十三間堂廻り町656
山号  南叡山
宗派  浄土真宗遣迎院派
本尊  阿弥陀如来
創建年 文禄3年(1594年)
開山  成伯
開基  淀殿
別称  血天井・宗達寺
文化財 金地着色松図、着色杉戸絵(重要文化財) 

蓮華王院(三十三間堂)の東向かいに位置する。

養源院の寺名は浅井長政の院号から採られた。もと天台宗。

豊臣秀吉の側室・淀殿が、父・浅井長政の追善供養のため、21回忌法要の時(文禄3年・1594年)に創建した寺。

一度は焼失したが、淀殿の妹で、徳川秀忠の夫人であったお江(おごう・お江与《おえよ》)の方(後の崇源院)の願いにより、元和7年(1621年)に伏見城の遺構を移築して再興された。以降、徳川家の菩提所となり、2代秀忠から15代慶喜まで徳川幕府歴代将軍の位牌が祀られている。





法住寺を訪れようと
通り過ぎたお寺が養源院






余りにも紅葉が美しく





法住寺を参拝した後立ち寄り






山門をくぐり
神社があり










なぜか?
この先にすすめませんでした汗





帰宅後にしらべてみると☟

1621年(元和7)徳川秀忠夫人崇源院が伏見城の遺構を移し再建。廊下の天井は、伏見城落城の際、自刃した武将たちの血のりのしみた板を使ったため「血天井」として有名。

本堂は、元和5年(1619年)に破却された秀吉の伏見城の殿舎を移築したものとされる。左右と正面の廊下の天井は血天井として知られる。

【血天井】
関ヶ原の戦いの前哨戦ともいわれる伏見城の戦いで鳥居元忠以下1000人余りが城を死守し、最後に自刃した廊下の板の間を供養のために天井としたもので、武将達の遺体は残暑の残る8月から9月中旬まで放置されていたと言われ、そのため今も生々しい血の痕があちこちに残る。同様の血天井は宝泉院・正伝寺・源光庵にもある。

俵屋宗達作の重要文化財があり、これも伏見城で自刃した将兵の霊を供養するために描かれたものと伝えられており、杉戸の象や唐獅子や麒麟などを図案化した構図は、表現の奇抜さでも知られている。



ガーン やっぱり、行かずによかった







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