座・高円寺の「劇場創造アカデミー」第1期生修了公演を観に行く。3月末公演の予定が大震災と原発事故のあおりで延期になっていた。3日間の公演を2日のみにちぢめたものだから、両日ともキャンセル待ちができたとか。そのボンド『戦争戯曲集』は本邦初演とのこと。中央最前列の男性は、上演中にも、当日配布のパンフに目を近づけて読んだり、たまに舞台を観たり…。
佐藤信+生田萬演出の『赤と黒と無知』は、もともともっと小さい劇場向けの作品だろうか。しかしツンツンしてしかもねじれた言葉遣いのボンドのこの作品は、本来的にレーゼドラマなのではないか?あるいはせいぜいのところラヂオ放送劇向きではないか? これを何故舞台にあげたのか、しかも修了公演の演目に選んだのか、首をかしげたくなった。まあ、アカデミーの御頭の方がお好きなんだろうが--そういえば柄本明+手塚とおる組のベケット『エンドゲーム』を演出していたのも同じ御方だったかな?ひねった配役も権限のうちだろうがハズレだったと申し上げたい--、アカデミーの若者たちもまあ従順なものだ。
演技という観点からは、賛助出演の
さとうこうじさんのすばらしさがとにかく際立っていて、修了生たちがすっかりかすんでしまった(修了公演だっていうのに)。
翻訳は、マイケル・ボグダノフ『シェイクスピア ディレクターズ・カット』を訳した近藤弘幸さんだとか。あの訳本の文体は攻撃的ですっごくよかったけどなあ。
『缶詰族』は『赤と黒と無知』に比べれば舞台の広さを活かした演出だったといえるが、生の舞台にのっけられたのを観て格別に感じるものがあったかというと、それは無かった。だいたい、中性子爆弾が落とされたあと1*年後ということなんだけど、こざっぱりとショートカットしたおねえさんが泣いたり叫んだりしてみせてくれても、リアルじゃないというか、こちらの想像力にスイッチが入らない。どっかの大学サークルの山中合宿生活5日目の話にしか感じられない。
さっきレーゼドラマといってはみたけど、じゃ、もういっぺんこの本を読み直してみたいかと聞かれたとしたら、いや、よしとくわ、と答えるだろう。だって、どうということないんだもん。とくに『缶詰族』の方は、本としてひねりがないというか、舞台設定がけばけばしい割にもう一歩の突っ込みがないというか、生煮えというか、ボンドっていう作家に興味がまったくもてなかった。指導陣は日本初演ということに意味を求めたのかな。
修了生の面々は、核兵器について調べて話し合ったというが(なんじゃそりゃ 中高生じゃあるまいに 笑)、そんなことよりさ、たとえばレヴィナスを1頁でもいい、読んでいたのだろうか。このアカデミーではアタマを使う訓練に重きがおかれていないのだろうか、パンフには高校か短大の卒業記念文集とみまがうような修了生たちの自己表現があふれている。そんななかで、島田健司さんが頭みっつ抜け出しているという印象をもった。その名を記憶しておきたい。今後の活躍を期待してます。