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2011年08月08日(月)

便利すぎる世の中:「雇用機会の喪失」>「雇用機会の創出」

テーマ:経済・社会

暑さがぶり返してきた。熱中症にはくれぐれもご注意を。


さて、先週の金曜日に初めてSkype(スカイプ)を利用した。Skypeというのは、ルクセンブルクに本社を置くSkype Technologies社が開発したIP電話のソフトであり、Skypeユーザー同士ならば世界中どこでも音声通話、ビデオ通話が無料というシステムである。Skypeへの登録ももちろん無料である。


顧客とビデオカンファレンスをする必要があり、私もまず登録。登録はいたって簡単で、ビデオカメラも価格は非常に安くAmazonで6千円くらいのものを購入し、USBケーブルをPCに接続するだけで使うことができる。現在、5億人以上の登録者がいるそうだ。Skypeでは固定電話と通信したり、特別なサービスを利用すると有料になるのだが、利用者の大半が無料ユーザーである。リアルタイムの利用者が画面上に表示されるのだが、現在「17,486,424人がオンライン」とある。膨大な人たちが今まさに利用しているのだ


金曜日にビデオカンファレンスをしたのはロンドンにいるイギリス人である。外国人と電話でやり取りすると、何を言っているのかわからない、ということがよく起こるのだが、映像を通じてやり取りするとそういうストレスがほぼゼロである。しかもビデオカメラは驚くほど高性能で、リアルタイムにお互いの姿がスムーズに映る。音声もクリアである。ちょうど1時間カンファレンスをおこなったのだが、料金はゼロ!、である。


その昔、外資系証券でアナリストをやっていた時代に、よくビデオ会議というのを海外のクライアントとおこなった。大がかりな専用装置を使うのだが、映像のクオリティーは良くないし、リアルタイムに動作は映し出されず、音声も途切れたりする。だが、そんな装置を1時間も使うと、その使用料はベラボーだった。私のアシスタントが確か「1時間も使うと10万円以上かかるんですよ。でも、海外に出張することを思えば安いんですけどね」と言っていたのを覚えている。

世の中が激変したことを感じる。


こんなに便利なものを利用すれば、当然のことながらその対価を支払わねばならぬところ無料であるということは、既存の通信会社にとっては脅威であろう。多額の設備投資をおこない、多くの人員を投入しておこなっている既存ビジネスの存在意義が脅かされ「雇用機会の喪失」になりかねないからである。もちろん新規ビジネスは一方で「雇用機会の創出」ではあるものの、今の世の中はすべて「便利」と「安さ」を追求する方向にしか走っていないことから考えると、世の中が便利になればなるほど「雇用機会の喪失」>「雇用機会の創出」という図式になるはずである。


「便利すぎる世の中は、果たして良いのだろうか」と最近よく思うのだが、Skypeを利用していてそのことをまた考えさせられた。



太田忠の縦横無尽 2011.8.8

『便利すぎる世の中:「雇用機会の喪失」>「雇用機会の創出」』

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2011年06月23日(木)

東京都の五輪招致に意義を見出せず

テーマ:経済・社会

2016年の夏季オリンピックはリオデジャネイロに決定 ―


あれから1年8ヶ月が経過したが、また東京都は石原知事が先頭に立って2020年開催の五輪招致に動き出した。


前回のオリンピック立候補の際には「環境を最優先した世界一コンパクトな大会を目指す」をスローガンにシカゴ、マドリード、リオデジャネイロと争ったが、国民の支持率が5割台にとどまったことが致命的となり敗退。150億円以上と言われる招致費用が消えた。


今回は「東京五輪を(東日本大震災の)復興のシンボルに」がスローガンらしい。


スローガンを掲げて何かを主張する方法に異議を唱えるつもりはないが、「2016年になぜ、東京で、オリンピックなのか?」「「2020年になぜ、東京で、オリンピックなのか?」という根源的な動機や理由が明示されておらず、肝心のポイントがわからないのだ。とにかく東京でオリンピックをやりたいから「環境を最優先」や「復興のシンボル」を都合のいいお題目に挙げているとしか思えない。


私が生まれた年でもある1964年に東京でオリンピックをやったのは本当に意義深かった。「アジア初のオリンピック」を「ちっぽけな島国が敗戦から復活し世界的な経済大国になった奇跡の国」で開催したのである。まだ不十分であったインフラが一段と整備され、経済的勢いが加速され、世界中の注目を浴びつつ世界的大イベントを東京でおこなうことに日本国民は大いに沸いた。日本中のモチベーションが熱く盛り上がった。


経済が著しく発展してオリンピックが開催できるようになったかつての途上国が開催したオリンピック、すなわち1964年の東京大会(日本)や2008年の北京大会(中国)や2016年のリオデジャネイロ大会(ブラジル)には十分な意義を見出せる。個人的には、これからアフリカや中東地域での開催を期待している(かなり先になりそうだが)。


今の東京五輪開催において何を見出せるのだろうか。


純粋な意味で復興を掲げるのであれば、東京開催ではないだろう。百歩譲って近隣の大都市であれば仙台あたりが立候補して「復興」を掲げるのならばわかる。あるいは本当に被災してすべてを失った地域が一致団結、見事に大復活を遂げて「世界の皆さんの多大なるご支援をいただきました。我々はこんなにも復活しました。頑張ればどんなことも乗り越えられるのです」という力強いメッセージを発信するのならば理解できる。私のように東京に住んでいる東京都民の感覚からすると、東京が復興を掲げるのには無理がありすぎる。東京の機能は正常である。


さらに、前回以上に今回の方が「東京敗北」となる悪条件が横たわっている。それは原発問題が収束しておらずその見通しが立っていないことだ。海外の常識的な目からすると、「原発問題を起こしている東北からそう遠くない場所にある東京での開催などありえない」ということになるだろう。


国民不在で、国民のお金を使って実りのない勝手な活動をすることは間違いだと言いたい。もはや昔話のようになったが2008年夏季五輪の招致を目指して多額の資金を使って敗北した大阪市のことを忘れてはならないと思う。今や大阪市は立候補などという発想すらないだろう。なぜなら自治体として瀕死状態だからだ。後先を考えない勝手な行動、こういうのが困るのである。当事者たちは責任を取らない。責任を取らされるのは結局のところ市民や国民である。


東京都は前回招致時にオリンピック費用として積み立てた基金が4000億円もあるそうだ。意義の見いだせないオリンピックでお金を使うのなら、その前にこの資金を投じて社会的意味のあることを少しでも多くやるべきである。


太田忠の縦横無尽 2011.6.23

『東京都の五輪招致に意義を見出せず』

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2011年04月16日(土)

多すぎる余震、笑えないハルマゲドン的意見

テーマ:経済・社会

余震が多すぎる。


先ほども、自宅の3階で空調設備の点検をしていたら、突然激しく揺れた。栃木県南部で震度5強の地震が起こり、東京23区でも震度4を観測した。


3月11日の三陸沖を震源とする大地震は、今や日本中にその余波をもたらしている。震度5以上の大きな余震の震源地は福島県だけにとどまらず、宮城県、秋田県、岩手県、茨城県、栃木県、千葉県、長野県、静岡県と周辺地域に広がっており、小さな地震だと島根県や熊本県、果ては沖縄の宮古島、石垣島、西表島でも発生している。まさに地震列島日本だ。これだけ多くの地域で頻繁な揺れがあると、ただでさえプレートどうしが危険極まりないバランスにあるのに、それらをさらに一触即発な状況に追いやっているのではないかと心配になる。


私は大阪出身なので東京に来る前までは、ほとんど地震の経験はなかった。だから、私が東京にやってきてから7年後に起こった1995年のあの阪神大震災には飛び上がらんばかりに驚いたものだ。


東京にやって来てから「なるほど東日本は地震が多い」ということを身をもって体験。しかしながら、震度4や5という通常ならば3年とか5年に一度あるような大きな地震がこのところ毎週起こっているのは正直言って怖い。しかもマグニチュード9.0が起こった日からすでに1ヶ月も経過しているのに、である。揺れ自体には少し慣れたとはいえ、プレートの壊滅的ひずみのことが気になって仕方がない。


「富士山は大爆発する」 ―。

ちょっと前まではこのようなハルマゲドン的な意見にはあまり関心を示さなかったのだが、最近は違う。富士山が前回大爆発を起こしたのが今から約300年前の1707年。この噴火はその年の10月28日に発生した宝永東海・南海地震の48日後に起こっているのだ。今や全国の火山が急速に活発化しているという。


我が家では震災に備えた準備は以前よりしていたが、非常時用に保存していた水の有効期限がすでに過ぎていることが発覚。いつも利用している生協に2週間以上前に注文を出したのだが、いまだに届いていない状況である。


「買い占めないでください」

というセリフを毎日のように聞くが、別に1970年代のオイルショック時のように争って買い占めているわけではない。これまで何の準備もしていなかった人たちが、最低限の必要分を一斉に調達する行動に出るとたちまち欠品してしまうということである。収まるまでは仕方がないと諦めている。日本中どこにいても「安全」ではない、と皆が思い始めた証拠である。


自転車が突如として売り切れた、というのもこうした災害時特有の話だ。懐中電灯が売り切れ続出、というのもわかる。さるダイビングショップで聞いた話だが、ナイトダイビング用の水中ライトは懐中電灯の代替品になるため、「懐中電灯あります」という貼紙を店の前に掲げたころ、普段はめったに売れない水中ライトが一瞬にして売り切れたそうだ。値段は通常の懐中電灯の3倍~4倍するのに、である。


太田忠の縦横無尽 20114.16

『多すぎる余震、笑えないハルマゲドン的意見』

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