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2009年12月31日(木)

我が家の暮れの第九とは-ショルティ指揮マーラー交響曲第9番

テーマ:音楽

いよいよ大晦日。皆さんいかがお過ごしですか。


年の暮れと言えば「第九」。もちろん、この場合の「第九」とはベートーベンの交響曲第九番であるが、我が家の場合の「第九」はマーラーの交響曲第九番である。


私がいろいろと続けている習慣のうち、最も長いもののひとつが12月31日にマーラーの交響曲第九番を聴くことである。これは大学生の頃から続けている習慣なのでもうかれこれ23年くらいになる。


私がクラッシック音楽に親しくなったのはショルティのおかげだと言ってよい。カラヤンやカール・ベームといった巨匠たちが指揮する交響曲を聴いていても何やら「モゴモゴ」した感じで、いまひとつよく分からず、長時間の演奏になると苦痛で仕方がないというのが私の偽らざる感想だった。それを根底から覆したのが、シカゴ交響楽団で長年にわたって音楽監督を務め、世界で3本指に入るオーケストラに仕立て上げたとまで称されたショルティだったのだ。


彼の音楽は一言で言えば、明快であり、鮮烈であり、ストレートに響いてくるのが特徴であり、大学時代にショルティ指揮シカゴ交響楽団のレコードを数多く出していた「ロンドン・ベスト100」のシリーズを随分と集めたものだった。そこに収録されているマーラーの交響曲第九番は1982年に録音されたものだが、数あるマーラーの第九番の中でも最高にすばらしいものだ。毎年これを聴くのである。


午後10時きっかりに聴き始め、ちょうど11時30分に終わる。感動深い第4楽章が始まると「今年もよく頑張ったな」という思いで一杯になる。音楽を聴きながら無音声でドキュメンタリー映画を見るというのが、このところの我が家の風習になっており、ここ数年は『ディープ・ブルー』を鑑賞している。この映画もちょうど90分の長さなのでピッタリなのだ。それが終わると、テレビのチャンネルをガチャガチャ回しながらこの時間に一体何をやっているのかと番組をチェックする。そしてNHKの紅白歌合戦の最後の部分だけをチラリと目にしながら、「ゆく年くる年」になるというのが定番だ。


したがって、紅白歌合戦にはすっかりご無沙汰している。今年は第60回という人間で言えばちょうど還暦を迎える記念すべき年だそうだが、さぞ盛大におこなわれるのだろう。私が熱心に見ていたのは家族団欒でこたつに入ってみかんを食べていた古き良き時代だった1970年代の小学生の頃までである。


今でも鮮烈に覚えているのが小学二年生の時に見た1972年の第23回紅白歌合戦である(何と昔のことか!)。トップバッターを取ったのが当時すさまじい人気を誇った天地真理で颯爽と登場して「ひとりじゃないの」を歌ったことをよく覚えている。何とその時の映像がYouTubeに投稿されており、これを見た時あの当時の記憶がよみがえり懐かしいやらびっくりしたやらである。興味のある方はこちらをどうぞ。


小学六年生までは全部を通しで熱心に見ていたので、1976年の第27回紅白歌合戦が最後ということになる。当時の紅白と言えば、やはり赤組の司会回数で最長記録(5回)を持つ佐良直美や、水前寺清子(4回)といった紅白全盛期時代に欠かせなかった人たちが記憶に強く残っている。佐良直美は1987年頃に芸能生活を離れたのでしかたないが、水前寺清子が1986年の第38回紅白歌合戦を最後に一度も出ていないのは残念である。紅白のことをいろいろと調べていると、現役の大物歌手である八代亜紀ですら2001年の第52回紅白歌合戦を最後に出ていないことに非常に驚いた。

うーん、NHKは人選を間違っているんじゃないの?


2009年の第60回紅白歌合戦の出演最長記録は北島三郎の46回、ついで森進一の42回だそうだが、これはすさまじい記録である。特に森進一は1968年の第19回紅白歌合戦で初出場して以来、一度も落選せずに今回で42年連続出場となる。偉業としか言いようがない。しかも、第1回で歌った「花と蝶」をこの第60回でも歌うことになっており、類稀なる本当のプロの息の長さに拍手を送りたい。


今年もマーラーの交響曲第九番で我が家も年越しとなる。


太田忠の縦横無尽 2009.12.31

「我が家の暮れの第九とは-ショルティ指揮マーラー交響曲第9番」

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2009年12月28日(月)

失敗に学ぶ

テーマ:仕事のこと

今年もいよいよ終わりに近づいた。クリスマスあたりから年末にかけての時間の流れ方は独特であり、毎年何か特別なものを感じる。


来年を迎えるにあたって、やっておきたいことは「失敗に学ぶ」である。とくに自分の仕事についてはこの1年を振り返り、成功した点と失敗した点をきちんと整理し、来年につなげることが重要である。


「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」とは野村克也のさまざまなボヤキや語録の中でも特に秀逸なものだと私は思うが、これに倣えば「成功に不思議な成功あり、失敗に不思議な失敗なし」となる。さよう、まさに失敗には必ず何か原因があり、それを回避していたならばもっと良い結果が出ているはずである。


私の本業は投資に関わることなので、今年の幾多の失敗を整理し、来年さらにパフォーマンスを向上することにつなげていきたいと思う。


先週末、弊社の投資講座に入会してこられた会員のひとりが入会の理由にこのように綴っていた。「これまでは衝動的スタンスで投資をしてきたが、投資基礎講座で学び、もっと論理的な見方で確実な投資にして、資産を増やしていきたい」 ― 。


「衝動的」とはかなり過激な表現であるが、なるほど個人投資家にはこのような人たちがいまだに大勢いて、いつも焦って高値を買い、安値で売らされるような投資行動をしているのだなと再認識させられた。運用資産はそこそこあったとしても、このような行動をしていれば、資産は減るばかりで何のための投資なのかわからなくなってしまう。


すでに今日から休暇に入っている方も多いと思う。年末の大掃除とともに、今年一年の自分の行動の大掃除をすることもぜひお勧めしたい。


太田忠の縦横無尽 2009.12.28

「失敗に学ぶ」

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2009年12月24日(木)

『太田忠の「勝者のゲーム」』が本日スタート

テーマ:お知らせ

『太田忠の「勝者のゲーム」』が本日スタートした。


これは、株式会社アイフィスジャパンが提供する投資情報関連サイト「IFIS 株予報」における連載コラムである。サイトはこちらを参照


機関投資家が「敗者のゲーム」ならば、個人投資家は「勝者のゲーム」をやろう! をキャッチフレーズにするためにタイトルを『太田忠の「勝者のゲーム」』とした。「勝者のゲーム」というのはもちろん、「敗者のゲーム」に対する対義語で株式投資に詳しい方ならニヤッとされただろう。敗者のゲームとは、米国のチャールズ・エリスが1975年に書いた論文『The Loser’s Game』で一躍脚光を浴びた概念である。


テニスの試合において、プロのゲームとアマチュアのゲームとでは全くその性質は異なる。プロのゲームにおいては、得点は勝者側の狙いが的確に決まったときにはじめて獲得することができる。これはまさしく自ら得点を勝ち取ることが勝利を導くという意味において「勝者のゲーム」である。一方、アマチュアのゲームにおいては自らのショットが見事に相手側のコートにヒットするなどということはめったになく、敗者側が一方的にミスを重ねることで結果的に勝者ができあがる。これは「敗者のゲーム」であり、株式運用の世界においては、こうした性格がきわめて強い。数多くのプロのファンド・マネジャーが競争している世界においては、勝者になるゲームをするのではなく、敗者にならないゲームをおこなわなければならない。自分のミスを最小限に抑えながら、相手側がミスを重ねて自滅していくのを見届け、最後まで生き残るのが、結局のところ勝利者となる。プロの投資家の多くは市場平均に負けている。


そこで、私が提唱したいのは機関投資家が「敗者のゲーム」ならば、個人投資家は「勝者のゲーム」をしよう、である。フルインベストメントで制約の多いファンド・マネジャーに比べて、個人投資家は非常にフレキシブルであり、かつインターネット証券のおかげで「リスク管理」も徹底しておこなえるようになった。機関投資家よりも圧倒的に優位な立場にあるのだ。しかし、そのことに気づいている個人投資家は少ない。資産運用とは「気づき」であり、「気づくか、気づかないか」が投資家としての明暗を分けると私は考えている。


毎月2~4回のペースでコラムを更新し、毎回株式投資や資産運用について論じる予定。コラムの長さは1500字程度と短いながらも、個人投資家にとって「気づき」となる題材を取り上げていくつもりだ。乞う、ご期待。


太田忠の縦横無尽 2009.12.24

『太田忠の「勝者のゲーム」』がスタート
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