Tempo rubato

アニメーター・演出家 平松禎史のブログ


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春ですね〜〜〜!!

 

アニメーターになったばかりでソワソワしてる人も多かろうと思うので、アニメのうんちくを少し書きますね。

 

 

ボクがアニメーターになった約30年前

机に座り、最初に教えられるのは線の引き方でした。

 

まっ白な動画用紙をタップにはめた時のワクワクした心持ちは今でも忘れられません。

 

滑らかな線を自分が思ったようにきれいに引けるようになるまで、延々と線を書いていた。

それが終わると、原画のトレス(クリンナップ=清書)だ。

透写台のライトで浮かび上がる大先輩の原画を線を整理しながらなぞる作業。

 

この練習を続けながら教わったのはこういうこと。

「自分で絵を描くつもりで描け!」

 

「なぞる」と書きましたが違うのだ。

下に絵はあっても、動画マンが絵を作るのだ、と。

 

ボクは、美術短大で油彩画を専攻していました。

当時から映像の仕事をやりたい欲があったので、外でスケッチをすると、中心の被写体をクッキリ描き、背景をボカス描き方をしていた。映画のようにレンズで捉えた「画」を意識していた。

年長のクラスメイトが「君は絵心があるね」と言った。

一瞬どういうことかわからなかったけど、描きたいものとそれを引き立てる背景を区別する描き方、モノの見方が「絵心」ということだったようだ。

 

ボクが動画だった頃の原画は、アタリの線画たくさんあって、どれを動画として起こして良いか迷うものもあった。

まさに、自分で絵を描く気持ちがなければ間違った線を拾ってしまう。

そういう緊張感がありました。

 

ラフな原画から完成画に近い絵を浮かび上がらせる仕事、それが原画トレス(原トレ)だ。

 

クリンナップが出来るようになると、「中割」を任されます。

歩き、走り、振り向き、立ち上がる、座る・・・

これらがアニメの基本的な動きとして最初に覚えるもの。

 

これには「マニュアル」がありました。

歩く人の動きは原画と原画の間に3枚動画があれば、こういう絵を入れるのだ。

走る人の動きは原画と原画の間に2枚動画があれば、こういう絵を入れるのだ。

後ろ向きの人がこちらを向く動きは動画が5枚あれば、こういう絵を入れるのだ。

椅子に座ってた人が立ち上がる時・・・

座る時・・・

 

と、こういう基本的な仕草には、指定された枚数の動画にどんな絵を入れるとそれらしくなるか、マニュアルがあった。

今もあるかもしれないね。

 

ボクが最初に疑問を覚えたのは、歩きでした。

 

以前、このブログでも書きましたが、当時は、両足が地面についているポーズが原画で描かれていたら(ほとんどがそうです)、その原画に動きを詰めて割る、というマニュアルでした。

某制作会社が作ったマニュアルにもそう説明されていた。

しかし

自分で歩いてみて動きがどこで詰まる(ゆっくりになる)か検証してみると、どちらかの足を前に出す途中のポーズ、片足立ちポーズなのだ。

つまり、原画のポーズに詰まるのではなく、中割りが3枚ならまん中の2枚めのところで一番詰まる。(実際にはわずかです。)

自分で繰り返しやってみれば、それが自然な動きだとわかります。

どちらかの足が前に出て着地し、もう片方の足が地面から離れる直前のポーズは最も不安定で勢いをつけて通り過ぎなければ倒れてしまうポーズなのだ。

 

「マニュアル間違っとるじゃないか!!」

 

以来、歩きの動画が来ると、中3枚でも5枚でも、まん中のポーズで少し詰まるように割っていた。

 

一番うまくいったのは、作画監督を担当したエヴァンゲリオン旧劇場版(「まごころを君に」)で、ミサトのマンションでシンジがアスカに詰め寄る場面でした。(その後、シンジがアスカの首を締め上げる)

ここはキッチリと中割のツメ指示を入れたので、少し異様な感じなって場面の演出意図とも合致してたと思う。

 

走りは複雑なので端折ります・・・。

ひとつ書いておくと、ほとんどの走りの原画は、前に出した足が着地して後ろ側の足を蹴り上げたポーズになっている。今でも基本はそのポーズで作ると思います。

対して、テレコム・アニメーションの原画マンの描く走りの原画は、「つっぱりポーズ」で描かれていました。

前に出す足が着地する前、膝が曲がって一番勢いの付いたポーズを原画にしていた。

 

なるほど、最もダイナミックなポーズを原画にしたほうが動きがハッキリしそうだな、と思った。

 

振り向き。

これは、演出の領域です。

本来なら、「なぜ振り向いたか」が原画でわかるようになっていないといけない。

でも、昔の原画は単に横顔から正面向きに角度が変わってるだけのものが多かった。

もっと言うと、後ろ姿の原画の次が正面向きで、中5枚、とかね。

 

ボクがいたのは下請けスタジオだったので原画だけが納入されて絵コンテがないものが多かった。

本来なら、演出がどういう意図で振り向かせたかわかってないと動画できません。

情報量の少ない振り向きの原画では「なぜ振り向いたか」がわからないケースが多々ありました。

ただ、ほとんどの場合は、背後から呼ばれたり、物音がして反射的に振り向くケースだ。

 

これも、自分でやってみれば「どう動くか」わかります。

 

意識が背後に行って振り向く場合は視線と顔が先行して動いて肩や上体が遅れてついてくる感じなる。

 

これが、自分の意志で向きを変える場合は違ってきます。

 

原画は後ろと前の二枚しかなくても、動画で判断する要素が多くありました。

 

その他、ストレッチとスクウォッシュ(伸ばしと縮み)や、動きの残し(フォロースルー)を中割に入れ込むと動きがダイナミックになったりなめらかになった。

 

動画は、自分で絵を描き、自分で動きを作る(補足する)仕事だ。

 

最近の原画はイラストのごとく丁寧で情報量が多いので、こういうことを考えなくても動画できてしまいますが、ボクのような年寄りからすると、ただ割るだけの動画はつまらないだろうなぁ、と思ってしまいます。

 

生きた動きを作るには、マニュアルを捨てる必要があった。

 

【マニュアル】

1)作業や操作の手順についてまとめたもの。手引き書・取扱(操作)説明書・手順書など。

(大辞林)

 

もう一つの意味は自動車の手動変速です。

 

手引に則って動きを作れば間違った動きにはなりにくい。(歩きのマニュアルは間違ってたけど)

しかし、マニュアルに従って動かしても、本当の動きを作っていることにはならないのです。

マニュアルは最大公約数のようなもので従っておけば「まぁまぁうまくいくよ」という程度のものです。

 

一連の原画をパラパラして、タイムシートを検証して、全体の動きを理解して、原画マンがどんな動きを求めているのか理解するところから、動画の仕事は始まります。

 

動画が全てつながった映像を想像すること。

最終的な画面を想像しながら行うのが動画の仕事です。

 

マニュアルを信じるのではなく、自分で動いてみて、原画の意図を読み込んで、一枚一枚の絵をアニメーションへと昇華させる。

 

動画と原画の仕事に「上下」はないものと思います。

 

突き詰めればどちらもおもしろい仕事ですからね。

 

そういう意識を持って動画をやっていれば、原画もおもしろくなります。

 

 

 


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