Tempo rubato

アニメーター・演出家 平松禎史のブログ

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フェスブックでシェアされていたコラムなんですが、いろいろと考えさせらるものでした。

「考えさせられる」と言うからには、どう考えさせられたのか書く必要がありますね。

 

まずはこちらをお読み下さい。

 

アメリカとの差。日本のアニメ制作現場で圧倒的に欠けているもの

http://www.mag2.com/p/news/177670

『「人前で自分の仕事を語るには、そのあらゆる側面を知り尽くして、頭の中で常に整理しておかなければならない。」

「映像業界のアーティストは、アートを言葉にして語って初めてアーティストたり得る。」』

 

ディズニーでの体験をもとに言葉で語ること、プレゼンテーションの重要性を説いています。

その前提には制作現場、「場」というもの、そこにいる「人」の考え方がにじみ出ています。

 

批判的なことも書きますが、この執筆者を批判したいわけではありません。

アニメ制作をより良くするにはどうすれば良いか、という具体的な話でもありません。

それ以前の話です。

(憲法改正論議の前に…というのと似ています。)

 

コラムからの引用部分は、ディズニーで長年働いているアニメーターが示唆したことだそうです。

おおむね賛同できます。

ボクがこうやってブログを書いているのも、言葉で表現する訓練なわけですからね。

 

アメリカとの違い・文化の成り立ちの違い

コラムのタイトルは編集部がつけたものでしょうか。

「差」「欠けている」とするからにはアメリカのアニメ現場が優れていて日本は劣っているという前提に立っていると思われます。

 

ボクは、上下、高低、優劣…という主観的な言葉である「差」ではなく、「違い」で考えたいと思います。

「差」と考えたのでは、アメリカが優れていて日本が劣っているという予断を与えてしまう恐れがあるからです。

「違い」は個人個人にも国々にも存在する客観的なもので、主観は入りづらいだろうと思います。

 

 

何が違うんでしょうか?

 

アニメ社会だけ見てもわからないと思います。


アメリカと日本のものづくり(意識)の違いは、国の成り立ちの違いと共通してます。

飛躍してるようでまったく飛躍していませんよ。


アメリカ人は「場を欲する人々」
日本人は「人を欲する人々」


と言って良いと思います。


 アメリカ人の祖先は元々ヨーロッパ人ですが、ヨーロッパを脱出して北米に定着した人々です。
自分たちの場を持たないのでまずは「場と、場を制御する法(ルール)」を作ることが最優先です。

民主主義を重視するのもそのためでしょう。南北戦争などを経てそうのような法を構築していった。

法とは言葉です。場を作るために法を整備した。アメリカ人が会話やプレゼンを重視するのは理解できます。


 日本人の祖先はいつから日本列島に住み着いてるのかわからない。しかも他国に圧迫されて移住した経験がない。

法や言葉で共通認識を作る以前から確固たる場を持っていた人々です。
なので場を問題にすることはあまりなく、場の制御を委ねても良い「人」を選ぶことが最優先です。

法(ルール)はその後です。

 

戦国時代の戦いは行政権の争奪戦(誰が治めるか)であって、国(場)は元々ある不変なものとして行われています。
そういう意味では中国の人治主義に傾く危険性を日本人も持っているのですが、とても狭い場で、他国より自然災害に脅かされながら生きてきたためにアメリカ人とは別なプロセスで「法(ルール…ウソをつかないとか先祖を大切にとか)」が重視されました。

 

となると、このコラムで言っている話し合いの場を作ることが大切、というのはいかにもアメリカ的な感覚だと思います。

元々場を持たなかったので、何かを決定する時に、話し合いの場を作ることを最初に考え言葉で場を共有できるか確認する作業が大事なわけです。
映画でアメリカの議事堂やホワイトハウスが重要な場所として描かれるのは、それらが国の成り立ちと民主主義・法の精神の象徴だからでアメリカの象徴だからでしょう。


対して、日本人が「この人」と思った相手にあまり会話をせずとも全幅の信頼をおく感性は日本的なものです。

話す前から場の意識を共有できている。

選挙で政策より知名度や人柄が優先されるのも「人」を欲する文化があるからだと思います。善し悪しありますけどね。

 

究極は天皇です。

 

それは飛躍しすぎだと思いますか?

 

むしろ、そこを考えず逃げているから日本人としてのものごとの進め方が混乱しているんじゃないかと思います。

 

コラム本文ではちゃんと「違い」と書いています。

しかし、その違いを文化の成り立ちまで掘り下げて考えないのでは、表面的な方法論にしかならないでは?と思います。

アメリカの方法論を取り入れれば良いなら日本のアニメ現場はとっくにハッピーになっていることでしょう。ボクがアニメーターになった30数年前にはすでに言われてた話で、取り入れてた会社もありました。定着しませんでしたけどね。

方法の選び方にはそれぞれの文化的な背景が重要になってきます。

一つの(ある国の)方法が他の国で必ず正しい結果を出す、わけではないのです。

 

アメリカ流でやればうまくいくなら、中東紛争などあり得なかったはずです。

中東のイスラム諸国には彼らなりのやり方があったはずで、アメリカの現場を見た人からしたら「違う」と思うはずなのです。

それを同じにせよとした結果が、現在の紛争に次ぐ紛争なんじゃないですか?

 

この執筆者はアメリカ流でやれ、と具体的に書いてはいませんが、アメリカ流が正しいという思い(憧れ?)が文章の端々から出ていますよね。

 

この人個人を批判する気になれないのは、政治経済でも似たような問題があるからで、個々の分野で表面的な技術論しかされていないんじゃないのか?と思うからです。

 

技術論から先に深掘りするのはなかなか難しいんですが、それこそアメリカならするはずだと思うんですけどね。

 

 

次回は同じ執筆者のこのコラムから考えてみたいと思います。

 

日本のアニメ制作をダメにする「ブラックボックス」問題

http://www.mag2.com/p/news/31211

 

ブラックボックスですよ。

上記コラムではまったく触れていませんが

鋭い人は今回のブログからピンと来ますよね。

 

 


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