Tempo rubato

アニメーター・演出家 平松禎史のブログ


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前回は『寄生獣』に登場した広川市長が作った寄生生物の「食堂」と安倍政権が作った「国家戦略特区」の共通性を書きました。

 

前回、『寄生獣』のあらすじは割愛しましたが、ごく基本的な要素だけ抽出すると以下の通り。

 

寄生生物とは、卵の状態で空から降下して地上で孵化し、生き物の脳を頭部ごと乗っ取って身体能力の強化と鋭利な刃物に変形する頭部の能力を持つ新生物。同種の生き物を食べて生きるが、寄生生物の子孫を残す能力はない。

地球上で人間が支配的位置にあるように、人間に寄生した場合にその能力を最大化できるようだ。

一体の寄生生物(個体)は、生きるための合理的な判断に人間のような非合理な迷いはない。

 

寄生生物は、個体対個人の戦いで負けることはほぼないが、人間の作り出す共同体、社会の力に勝つことはできなかった。

 

 

 

さて

 

「国家戦略特区」の意義・目的と照らし合わせて、広川が作った寄生生物の「食堂」とは何か、改めて整理してみます。

 

寄生生物の食事(人間を食う)は、以前は猟奇殺人の多発として個別に考えられていたのが、「島田事件」でサンプルを取られたため人間の天敵がいると知られてしまった。

政府はパニックを避けるため、マスメディアに「口だけオバケに注意。」というカジュアルな方法で注意喚起を始めた。

寄生生物の存在が人間に知られたため、寄生生物はこれまでのように自由気ままな食事ができなくなっていた。

…これが「食堂」が作られる条件。

 

人間は、人間が殺されることを最悪の罪と考え、人の姿をした生物が人を食うなど二重の意味で罪深いことだと考える。

 

しかし、広川の視点で見れば、人間が持つ価値観・道徳観は、他の動植物には及ばない不平等なもの。牛や豚や鶏などを食べるために飼育し、植物を食べるために栽培する人間と、寄生生物に何の違いがあるというのか。

もはや種族や生態系の違いにこだわる時代は終わった。すべての生き物が食べる自由を手にするグローバルな時代なのだ。

人間の勝手な価値観・道徳観は、既得権益を守る規制、寄生生物の自由な活動を阻害する規制に過ぎない。

ということになる。

…人間の価値観・道徳観は地球環境保全を阻害する「岩盤規制」だ。

 

地球環境を守るためには人間の数を減らさなければいけないと考えていた広川にとって、寄生生物の存在は、好都合だった。

さらに、寄生生物が自由な食事をできない状況は構想を早急に実現するのに好都合。

彼らに人間の価値観・道徳観が及ばない「食事特区」を与えると持ちかければ力になってくれると考え、実現させた。

 

一方、寄生生物は獲物がありさえすれば食らいつく合理的な存在だ。

彼らに人間の価値観・道徳観、善悪は通用しない。

食事がしにくくなった状況で「特区」が作られれば群がる。

広川と違って、彼らに思想などなく、合理的に食事を得る本能だけなのだ。

 

知能の高い「田宮玲子」や「後藤」などが、「食事特区構想」に賛同し、選挙活動に協力した。

晴れて広川は市長になり、寄生生物たちに「食堂」を提供し始めた。(「田宮」は距離を置いていたが。)

このモデルを成功させながら、人間たちに寄生生物との共存を理解させ、間引きによる地球環境保全を実現するために「食堂」の全国展開を目指す。

 

 

人間だけが主張する不当な食事規制を撤廃し、寄生生物の食事の自由化を実現。人間の間引きを行うのは地球環境保全の観点で「善」である。

この考え方を正しいと前提すれば

寄生生物の活動を阻害する人間の勝手な価値観・道徳観は「岩盤規制」「ゆがめられた行政」であり、広川の行動はさしずめ「岩盤規制を打ち破るドリル」だと正当化できる。

 

 

「食堂」の3条件。

・寄生生物の活動が抑制された状況。

・食事を実現するための規制撤廃。

・行政の長として規制撤廃を進める権力を持つ広川と、利益を得るために広川を利用する知恵を持つ一部の寄生生物との利害の一致。

 

つまり、広川は寄生生物が自由に食事できない状況を活用し、彼らと利害を一致させることに成功したのだ。

しかし

広川は、人間を勝手な価値観を振りかざす「寄生獣」だと批判しながら、実のところ人間の価値観・道徳観に依存していることになる。

 

その結果…

人間の価値観・道徳観の反発が共同体規模になり反転攻勢、寄生生物グループはほぼ壊滅、広川自身は銃弾を浴びて死ぬ。

 

「国家戦略特区」の3条件。

・デフレで需要が縮小しビジネスチャンスが抑制された状況。

・ビジネスを実現するための規制撤廃。

・行政の長として規制撤廃を進める権力を持つ総理と、利益を得るため総理を利用する知恵を持つ一部民間人との利害の一致。

 

つまり、安倍総理はデフレで自由なビジネスができない状況を活用し、デフレ・ビジネスを展開する「民間議員」らと利害を一致させることに成功したのだ。

しかし

安倍総理は、デフレ脱却を目指すと言いながら、実のところデフレによる需要縮小に依存していることになる。

 

その結果…

長期デフレの継続による貧困化が国民規模で実感されはじめ反発が高まり、「総理・内閣主導」の国家戦略特区の一つだった今治特区の問題(など)で支持率が急降下。

そして・・・・・

 

もちろん『寄生獣』のような物騒な結末を期待するわけじゃないですが、デフレに依存した政策と、デフレ政策を進める政府に寄生する竹中平蔵氏など一部ビジネスマンや学者たち「民間議員」の壊滅には期待します。

しかし、漫画と違い、現実の「広川」はずっと愚かで、「寄生生物」たちは合理性だけでなく頭が良くてしぶといのが問題だ。。。。

 

 

『寄生獣』の大きなテーマには「選択」がありました。

新一は物語で二度大きな選択をします。

・母の姿をした寄生生物を殺す。

・「後藤」を人間として(ミギーの力を借りずに左手で)殺す。

 

生き抜くために合理性を突き詰めた寄生生物と違って、非合理で不確実な人間は苦しみながら選択しなければならない。

その選択は常に正しいわけではない。

人間が作り出した毒がたまたま新一を救ったように、なにがどう作用するかなどわからないのだ。

元愛媛県知事加戸氏にとっては、「国家戦略特区」が毒だとしても、積年の希望を叶えてくれるチャンス(「ゆがめられた行政が正された」)に思えるのも無理はない。

 

しかし、デフレ依存型政策では日本経済を改善できない。

 

デフレ状況に依存した政策は一部企業人に利益を与えるに留まり、必然的にデフレを継続させ、国民を長期的に貧困化させてきた。

広川たちが歩んだ自滅の道だ。

 

安倍政権に限らず、どんな政治家、政党、私たち国民も「この道しかない!」と同じあやまちを繰り返す可能性がある。

 

デフレ状況で経済合理性が何より優先されがちなように、私たちが寄生生物になってしまう可能性を示しています。

 

 

 

まずは事実を認める。

 

民間に所得増をもたらすためには政府が支出を増やさないといけない。

自国通貨を持つ日本に財政問題は存在しない。

長期デフレ状況では財政拡大による過剰インフレは当分心配する必要がない。

プライマリーバランス黒字化目標が社会保障費削減・公共投資削減・消費税増税・デフレ悪化の原因。

 

経済成長…つまり国民の所得増を阻む「岩盤規制」は、プライマリーバランス黒字化目標だ。

 

 

政治家にこのような事実を認めさせるのは難しい。

政府がプライマリーバランス黒字化目標を撤廃して経済成長への道を選択するには失敗を認める苦しみがともなうからだ。

 

反政府を続けてきた野党やマスメディアも実のところは政府与党と同じく、緊縮政策、構造改革・規制緩和、自由貿易を支持してきたわけで違いがない。

政府に依存してパワーゲームをしているにすぎず、これを認めることは苦しみがともなうだろう。

 

政治家を選んだのは国民だ。それぞれを支持した国民が最も失敗を認める苦しみを超えねばならないのかもしれない。

 

マクロ的に見れば、人間は立場ごとに異なる苦しみと寄りそって生きつづけるしかない。

 

新一が味わった苦しみの万分の一でも、引き受けてもらいたい。

 

 

幸いなことに、自民党内で経済成長のためにプライマリーバランス黒字化目標撤廃を求める政治家たちが活動を始めています。

がんばってほしい。

 

でも、まだ半信半疑で、里美のセリフを思い起こすのが精一杯だ。

 

「帰ってきたの……?」

 

 

 


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