アダルトチルドレン 失った心を取り戻す

繰り返す不登校、長引く引きこもり
どんなカウンセリングを受けても
「生きづらさ」という自分の苦しみから逃れられなかったあなた
本当の自分の光を取り戻しませんか
by CR@あなここ


テーマ:
母は自分の家族にした

毒親的な巻き込み作業に関して

罪悪感など持たないだろう


母親の罪悪は、はるか遠い昔に隠滅しているからだと推測する

母は幼い頃、7才まで満州で育った
当時、満州鉄道を建設するために
祖父母は幼い母を連れて満州に渡ったと聞く

そして第二次世界大戦が始まり
祖父は満州鉄道関係者として満州に渡り
ロシア軍の捕虜になったと聞く

このあたりは、祖父が酒を飲むと
昔話を幼い私にしてくれていた

当時はあまりよく分からなかったけど
祖父の言葉から

大連、はるぴん、まんちゅーり、青島(ちんたお)

という言葉が懐かしそうに出ていたのを覚えている


その間、終戦間際に戦況が悪化し
祖父は、命からがらロシアの捕虜施設を逃亡したと聞く

そして、日本人がどんどん満州の港から
日本に向けて脱出しはじめていた

祖母は、7才の母
そして、その下に5才の弟
さらに2歳の弟たちを連れて
鉄道で青島に、向かおうとした

一番近い港の青島で船で祖国に帰ろうとしていた

ここにくれば、お互いに会えるかもしれない
おそらく、祖父母は思っていたのかもしれない

そして青島の町で、偶然にも祖父母たちは
再開を果たした

再開を果たしたとき
青島までの道中で、幼い弟たち二人は
食べ物がなく、粗悪な食べ物と栄養失調で
亡くなっていたと聞く

お墓をたてることもできず
線路の脇におくことしか出来なかったと
祖父はそんなことを語っていた

祖母はその話にはほとんど加わろうとしなかった


祖母にとっては、子供をふたり失った時のことを思い出すことは、
自分の罪悪感を揺さぶられることだっただろう

後に母に、覚えてないか?と聞くと
その頃の記憶はほとんど無いと
言っていた

7才の幼い母は、
その記憶を封印したのだろう

今思うと、そう思う

弟たちが、亡くなっていく

そして、おそらくまわりの家族もそうだっただろう

死が、生々しくすぐそばにあった時代・・・


母は、自分だけ生き残った大きな喪失感をもっていたのではないか?

そう感じます

祖国に帰っても生活は安泰でもなく、
闇市をして暮らしていたと聞く

母が、大人になり結婚し
そして私を育てる時に、
この体験はひどく影響を与えていると感じる

お腹を壊すことに、過敏であったこと

どんなに美味しいものがあったとしても
「芋」が好きだと言っていたこと

そして、亡くなった弟の一人が
パンが大好きだったと、
食べさせてやれなかった唯一の母の記憶

母は自分もパンが好きだと言いながら
ほとんど申し訳程度にしか食べない

罪悪感の、深さが伝わってくる

おそらく母はその封印した罪悪感ゆえに
自分を許せない方向に向かったのだろう

母は、そういう人だ

我慢強い人


私の記憶は、母と妹と3人で
卵を挟み込んで
サンドイッチを楽しげに作っていた場面にいく

母の嬉しげで和やかな表情は
このパンを弟たちと分けながら
食べた記憶でもあるのかもしれない

母は、もう自分の罪悪感から許されていいはずなのに

罪悪感に気づくと、恐ろしいほどの
悲しみと恐怖が甦るのだろう


母とサンドイッチとわたし


私と母は、私が生まれる前から

喪失で繋がっていた

せつなく、悲しい記憶

そして、私たちを繋ぐ記憶の物語

そして、いま再生の物語となる
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