6日目

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ゲストハウスから乗用車でワットプー寺院へ向かう。


ワットプーは聖地カオ山のふもとに造られた寺院だ。

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カオ山は雲におおわれていて何だか神々しい。



チャンパサックのワットプー関連遺跡群は2001年、世界遺産に登録された。


チャンパサックはアンコールワットを造ったカンボジアのクメール王国発祥の地であり、

クメール人たちはカオ山を世界の中心と考え、足繁く巡礼に来た。





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ワットプーへ続く古代の道は遙かカンボジアから延びている。


両端に立っている柱はリンガといい、男根をあらわしているそうだ。


リンガはヒンドゥー教のシヴァ神を象徴している。


寺院周辺にはそこいら中に仏像などの遺品が転がっていたが、

2003年に博物館ができて、そこで保管されるようになった。



ワットプーには11世紀、つまりアンコール朝時代の建造物と

それよりはるか以前の建造物が見つかっている。


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前者はアンコール朝の技術者がワットプーの地域に技術を伝え

現地の人間たちが現地の資材を用いて自分たちで造ったと考えられている。


後者はどういった人々が、いつの時代に造ったのか判明していない。



少なくともワットプーはクメール王国が誕生した9世紀よりも


はるか昔に造られたものであると考えられている。


ワットプーは山の斜面を切り開いて造ったものだ。


山の斜面を切り開いたおんはクメール人の技術であり、

クメール人は非常に賢かった。


山から流れてくる水を逃がす水路を造り

川に水を流すようにした。


しかし、後世の人々はその技術を忘れてしまったために

水路は泥にうまり、山は土砂崩れが起こりワットプーは土に埋まっていった。




ワットプー寺院跡に入ると、現在も花が絶えることなく備えてある。

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現地の村人が毎日のように花を供えに来るのだ。


村人にとっての遺跡は過去に死んだものではなく

現在も信仰の対象として機能しているものといえる。



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ワットプーの本殿にたどり着くまでには幾重もの急な石段を上らなければならない。





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ここがワットプーの本殿。当時は選ばれた人間しか立ち入ることが出来なかった。







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本殿の中には現在、仏像が祀られている。





中国の歴史書によると、聖地カオ山は1000人の兵士が守っており、

毎年、神がこの地の王に人身御供を捧げるように啓示したらしい。








ワットプーにはワニ(トカゲ)の形に切り抜かれた石がある。

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現地の伝承では、この石に人身御供を入れたのではないかと言われている。








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精巧な象の彫刻もある。何だか鬼気迫った象だ。



クメール時代以前にこのような巨石を動かし、

削る技術を持っていた民族がいた。



しかし、それがどんな民族で、

どんな文明を持っていたのか、現在は謎のまま。





ワットプー寺院の一番高いところまで登ると、辺りの景色が一望できる。

ワットプーからメコン川、さらにベトナム国境のボリベンプラトー山脈。

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実はここから見える景色、400平方キロメートルが全て世界遺産だ。


世界遺産に登録されたために、

この地域一帯は景観を崩さないよう地上7m以上の建物を建てることができない。








ワットプー周辺を歩いていたら、いきなり大雨に襲われる。


ラオスは現在雨季のために天候が崩れやすい。

急いで乗用車に駆け込む。






その後、周辺の村に入ってフィールドワーク。


村の民家には電気が通ってないのに、テレビがある。

テレビは村人にとって一種のステータスシンボルなのだ。

村人はテレビを得意げに部屋の真ん中にどかっと置き、

「どうだっ。ウチにはテレビがあるんだぜぇ」という思いで

大切そうにホコリがかからないようにする。


日本人が何百万円もする壺を飾るのと同じ感覚だ。


電気は通っていないが、バッテリービジネスというものがある。


特別な日にはバッテリーを借りてテレビを見たりする。






夜はゲストハウスに戻って夕食。

相部屋の二人が将棋を指す一方、私は読書をしつつ寝た。

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