2014-10-23 11:51:27

人口減少社会という希望

テーマ:エコロジー
昨日は枝廣さんの読書定例会に出席しました。
広井良典先生の「人口減少社会という希望」を読みました。


人口減少について、多くの人はネガティブな未来を思い描くと思います。
「少子高齢化」「過疎化」「限界集落」や「GDPの減少」、「国際競争力の低下」、あげていくときりがない。
しかし、それらのネガティブなイメージを思いえがくとき、私たちの思考の背景に「経済成長神話」という架空の神話が、さも真実のように刷り込まれているということを発見しました。「経済成長すれば、社会が豊かになり、多くの人々が幸せになる」という神話です。

今、日本が直面している状況は、そのような神話にもとづいて生成された現代社会がすでに飽和して、行き先を失い、そのものがもっている内部構造によって人口減少社会へ移行しつつある中、過去の神話は機能しなくなっているということです。
 近代社会の神話は、「生産性」の概念を「モノ」の生産量に対し、その原価(貨幣的価値)を低くすることで利益を上げる、ということが「生産性が高い」「利益率が高い」と評価されてきました。しかし、その「原価」が、そもそも自然資源という有限なものを無償で搾取し、安い労働力を利用し、といった、不適切な「原価」によって見かけだけの「生産性の高さ」を確保していたのだとしたら、地球としてはどうなんだろうと。生産性向上と利益優先をかかげて走り続けた結果、ある地点まではうまくいっているように見えたものが、飽和点を超えて自然資源の枯渇、低賃金労働が格差を生み出してしまうのだと。
最初のスタート地点の考えが間違っていると、それを続けていく先はおかしな世界に入り込んでしまう、現代の資本主義社会はそういう袋小路に向かっていると感じます。
 失われたのは、豊かな自然資源だけではありません。人が暮らしていくための大切な基盤となる人のつながり「コミュニティー意識」というものが稀薄になっていき、孤独や自殺者の増加、貧困などが、日本で着々と進行し、社会の深い問題になっていると思います。
 
 人口減少という局面は、必然的に「経済成長神話」というものを不可能にします。そのことは逆に、人間の幸福な生活をつくる新たな価値観の創成を可能にする、目が覚める、そして新たな価値を考え始める時代に入ったという意味で「それは希望である」と。未来の価値において、生産性の高さとは「より少ない資源でより多くの満足を得る」という意味に変わらなければならない。そしてコミュニティーの復活のためには「福祉・ケア」分野、地域内経済、自然エネルギー、職人、ローカル経済など、数字だけではない新たな価値、目標を作ることが「希望になる」というお話しです。とても共感できる、大切な指標だと思いました。
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2013-07-11 21:32:01

平均所得と中間所得~ 「暮らしの質を測る」ことは難しい

テーマ:エコロジー

枝廣淳子氏の幸せ経済研究所の読書会に参加するようになってはや一年。今回はサルコジ元大統領が国の成長の指標を見直すために作成した報告書の翻訳で「暮らしの質を測る」 という本です。社会が、進歩しているのか、良くなっているか?ということを測る指標として、GDPや平均所得といった指標には欠陥があるのではないか、という直観的な疑いに対して、根拠を示して分析した本です。

政治や経済、なかなか難しい課題山積ですが、こういう本を読むと目からうろこな発見があります。今選挙選まっさかりでアベノミクスの是非について、既存の指標を持ち出して議論します。今のところ経済成長を目標として、GDPや平均株価、為替相場の上昇などが必要である、と多くの人が受け入れていると思います。


しかし、その数字の上昇が何を意味するのか?GDPが上がっても私たちの給料はずっと増えていないなあ?という疑問を持っている人は多いのではないでしょうか?

そのことについて、政治家でさえ厳密には答えられない、というのが事実のよう。現代のように、格差が増大し上部数%の人や企業が富を独占し、国民の90%以上の人の所得が30年間上がっていなくても、GDPが上がれば経済成長している、と判断されてしまう、現代の経済指標のいい加減さにあらためて驚かされます。


政治や経済の目標というのは、経済成長そのものではなく、多くの人々、少なくとも過半の人の暮らしの質を上げることである、というのは反論の余地がないでしょう。しかし、多くの人の生活を向上しているかどうか、測ることは、実はとても難しく、今のところは存在しないそうです。


今回学んだのは「中間所得」という概念です。100人いたら、上位から数えて50番目、ちょうど真ん中の人の所得を「中間所得」といいます。中間所得が上昇するための方策を立てることが、本来政治が目指す目標なのです。そして、所得上昇以上に大切なことは、「暮らしの質 Quality of Life の向上」でしょう。


合計でも平均値でもなく、ミクロなレベルでの「暮らしの質」の全体を向上させるための具体的なシステムや方法、指標を作りだすことは、難しいけれど大切なことだなあとあらためて考えさせられました。

 

 

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2013-04-20 22:42:36

「経済成長神話の終わり」を読む~日本の未来に希望はあるか?

テーマ:エコロジー

今週、枝廣淳子さんの定例会に参加して、著者のアンドリュー・サター氏を招いて「経済成長神話の終わり」の読書会に参加しました。


経済成長とは、一体何か?GDPの上昇が本当に意味するものは?それは本当に国民の生活を豊かにするのか?今の社会であたりまえに信奉される、「経済成長」も「GDPの上昇 」も、実態として現実の生活にはほとんど影響を与えないのに、いつまでも国の目標として掲げられている、この不思議な新古典主義経済のシステムとは?


資産家、株主、経営者だけが利益を得られる、生産性の向上や、経済成長に、何の意味があるのか?と考えさせられます。


 経済において、「交換価値」と「使用価値」という区別があることもあらためて発見しました。環境問題や格差、社会的な人のつながりの希薄化。すべては、「交換価値」だけが独り歩きして、実態としての「使用価値」は存在しないで、数字としての価値だけで膨張し続ける貨幣経済のシステム。

 現在の貨幣システムの欠陥が、現代社会を荒廃させる根源になっているということを、わかりやすく説明されて、目からうろこが落ちる本です。


 消費者と呼ばれ、「個人」に分割されてしまった私たちは、お客様にはなれても自分の欲しい生活を作り出す自立した市民として行動する力は、弱体化しているかもしれないということに、気づかされます。



幸せとは、個人の問題であるようでいて、実は集団としての社会的目標のはずです。私たちは、自分ひとりだけで幸せになることはできない、と言ったのはアリストテレスです。

 「幸福とは自分以外の人の全体の幸福によって保障され、体験されるものである。」



主観的な幸福感とは別に「公のハピネス」ともいうべき価値観を持つことが、社会、政治の運営上とても大切だし、経済はそのために機能する仕組みを持たなければならないということ。



同時に、サター氏によると、日本人は、生の魚や肉を食べる国民として、相互信頼や助け合い精神の高さは、世界に類を見ない、とおしゃっていて、意外な気もしました。私たちがあたりまえだと思っていることも、これからの時代の希望のさきがけとして、希望的事象かもしれません。


日本人が、何を考え社会を構築していくか、具体的な示唆に富んだとても貴重な一冊だと思いました。おすすめです。


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