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2014-10-27 18:03:33

まんがの聖地 「ときわ荘通り」を行く

テーマ:日々のこと
秋も深まり天気の良い日は、町歩きが楽しい。
商店街を歩いたり、下町や路地など、裏通りをふらっと歩く。
先週末知人の建築家のオープンハウスを見に行く途中、駅の看板で「ときわ荘通り」という地名を発見してぶらっと寄ってみました。

今や、漫画やアニメはクールジャパン、国家戦略にと取りざたされる今日この頃ですが、世界に誇る日本の漫画の原点ともいえるときわ荘。手塚治虫さん、藤子不二雄さん、赤塚不二夫さん、石ノ森章太郎さんなど、昭和を代表する漫画家が多く暮らしたという下宿、木造2階建てのときわ荘。今は取り壊され、記念碑が残っていました。


昨年、町おこしとで「ときわ荘お休み処」までできて、盛り上がっているといいな、と思って地図を片手に歩くこと10分。確かにお休み処には歴代の漫画家の作品がならんでいて閲覧自由。とはいえ、お茶もアイスも売っていない。机と椅子、パンフレットが置いてあるだけのシンプルな施設である。豊島区の運営だと聞いて、なるほど商売っ気がない、と納得。空間は昔のお米屋さんを改築していてなかなか魅力的なのですが。。



お腹がすいていたので近所にお昼を食べる場所がないかと伺うと、昔から先生方が通っていた「松葉」という中華屋さんが一軒あるだけ・・。
トキワ荘の輩出した漫画家ファンは日本中にごまんといるはずなのに、なぜもっと人をウェルカムする仕組みを仕掛けられないのだろうか・・?まずは食べ物屋さんでしょう。

「松葉」のラーメンをすすりながら、ここはどこだろう、というタイムスリップな気分・・。松葉のラーメンはチャーシューが厚くて、量もたっぷりで、日本のなつかしい味のラーメンでした。漫画家の先生方が愛した味と店構えで食べる喜びはちょっと深い。そして、愛想のないおばちゃんが一人で注文から料理、片付けまでやっているので、地元のお兄さん(お客さん)がビールを飲みつつ、ときどき注文をとったり水を出してくれたりして。べつにまあ、来る人が来ればいいんだよ、という控えめなちょっとさびれた町の雰囲気が「ときわ荘的リアリティー」なのかもしれない・・。町のおもしろさのツボは意外なところにあるのだった。
物屋さんでしょう。


「松葉」のラーメンをすすりながら、ここはどこだろう、というタイムスリップな気分・・。松葉のラーメンはチャーシューが厚くて、量もたっぷりで、日本のなつかしい味のラーメンでした。漫画家の先生方が愛した味と店構えで食べる喜びはちょっと深い。そして、愛想のないおばちゃんが一人で注文から料理、片付けまでやっているので、地元のお兄さん(お客さん)がビールを飲みつつ、ときどき注文をとったり水を出してくれたりして。べつにまあ、来る人が来ればいいんだよ、という控えめなちょっとさびれた町の雰囲気が「ときわ荘的リアリティー」なのかもしれない・・。町のおもしろさのツボは意外なところにあるのだった。


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2014-10-23 11:51:27

人口減少社会という希望

テーマ:エコロジー
昨日は枝廣さんの読書定例会に出席しました。
広井良典先生の「人口減少社会という希望」を読みました。


人口減少について、多くの人はネガティブな未来を思い描くと思います。
「少子高齢化」「過疎化」「限界集落」や「GDPの減少」、「国際競争力の低下」、あげていくときりがない。
しかし、それらのネガティブなイメージを思いえがくとき、私たちの思考の背景に「経済成長神話」という架空の神話が、さも真実のように刷り込まれているということを発見しました。「経済成長すれば、社会が豊かになり、多くの人々が幸せになる」という神話です。

今、日本が直面している状況は、そのような神話にもとづいて生成された現代社会がすでに飽和して、行き先を失い、そのものがもっている内部構造によって人口減少社会へ移行しつつある中、過去の神話は機能しなくなっているということです。
 近代社会の神話は、「生産性」の概念を「モノ」の生産量に対し、その原価(貨幣的価値)を低くすることで利益を上げる、ということが「生産性が高い」「利益率が高い」と評価されてきました。しかし、その「原価」が、そもそも自然資源という有限なものを無償で搾取し、安い労働力を利用し、といった、不適切な「原価」によって見かけだけの「生産性の高さ」を確保していたのだとしたら、地球としてはどうなんだろうと。生産性向上と利益優先をかかげて走り続けた結果、ある地点まではうまくいっているように見えたものが、飽和点を超えて自然資源の枯渇、低賃金労働が格差を生み出してしまうのだと。
最初のスタート地点の考えが間違っていると、それを続けていく先はおかしな世界に入り込んでしまう、現代の資本主義社会はそういう袋小路に向かっていると感じます。
 失われたのは、豊かな自然資源だけではありません。人が暮らしていくための大切な基盤となる人のつながり「コミュニティー意識」というものが稀薄になっていき、孤独や自殺者の増加、貧困などが、日本で着々と進行し、社会の深い問題になっていると思います。
 
 人口減少という局面は、必然的に「経済成長神話」というものを不可能にします。そのことは逆に、人間の幸福な生活をつくる新たな価値観の創成を可能にする、目が覚める、そして新たな価値を考え始める時代に入ったという意味で「それは希望である」と。未来の価値において、生産性の高さとは「より少ない資源でより多くの満足を得る」という意味に変わらなければならない。そしてコミュニティーの復活のためには「福祉・ケア」分野、地域内経済、自然エネルギー、職人、ローカル経済など、数字だけではない新たな価値、目標を作ることが「希望になる」というお話しです。とても共感できる、大切な指標だと思いました。
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2014-10-15 15:42:48

LED照明の進化と調光機能の問題点

テーマ:建築コラム
建築のLED照明の照明器具の進化は目覚ましいものがあります。光の演色性、という意味で、白熱灯に近い色温度や拡散性、今までの照明器具の機能に引けを取らない性能を獲得しています。特に目覚ましいのは、調光機能。生活空間では、光の明るさの調整を行うことは、心理的に落ち着きを与える効果が高く、リビング、ダイニング、寝室など、リラックスする空間には、いつも調光機能をもたせるのがよいと考えています。



そんなLED照明の進化の中で、過渡期に特有の問題も発生しています。それは、照明器具と調光スイッチの関係に、メーカー相互に組み合わせの不適合が存在するということです。今までふつうに使っていた調光器は、基本的には「白熱灯」の調光器だったので、照明器具のメーカーを限定することはありませんでした。しかし連続調光するLEDは、まず白熱灯用の調光スイッチをそのまま使うことはできません。
適合しない調光器を使ってしまうと、照明器具の光が複雑に点滅し不快な状況になってしまうようです。またLED専用調光器だからといって、どんなLED照明にも使えるわけではありません。照明器具の種類、メーカーが異なると適合しないケースも多々あることが最近の現場でわかりました。
 パナソニック+コイズミのLED調光器は、互換性があるようですが、オーデリック製の照明には、コイズミのスイッチは×。ルートロンの調光器には、オーデリック、ヤマギワ、コイズミの一部の機種は使えるがダイコーとパナソニックは×。JIMBO製の調光スイッチは白熱灯しか使えない、というように、スイッチと照明の適合性は機種とメーカーによってさまざまに不適合を発生することを発見しました。

ルートロンの調光器は、多種メーカーに対応していますが、機種、メーカーによっては適合しないこも・・

神保電気のスイッチ。デザインは美しいのですがまだLEDには非対応です。

スイッチも照明もすべてを同じメーカーで統一しておけば問題は起きないのでしょうが、最近の物件で、スイッチのデザインにこだわる方がおられ、LED照明に別のメーカーのスイッチをつけるケースがありました。すると照明と調光器の適合を確認しない、という現象が起き、手直し工事が発生してしまいました。LEDの調光は位相制御型というそうですが、LED同士ならメーカーを横断して方式はぜひ統一してほしいものです・・。

設計、施工関係のみなさん、選定の際にはぜひ気をつけましょう。
そして、やはりLEDはだいぶ良くなったのですが、白熱灯の光はやわらかく、美しいなあと・・。うまく使い分けて、共存させたほうがよいと思います。

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