TAE
2009-02-11 16:02:25

大賀容疑者「御手洗家と200年の仲」、キヤノン関連仲介・御手洗会長「かかわりない」

テーマ:関連ニュース-日本・中国
しばらく引きずるんでしょうかね。

こういうのこれからどんどん出てきそうな気がします・・・特にこの人は。


キヤノンが「ものづくり」の会社だったのは、
先代の御手洗肇さんまでだったのかなぁ。

トップの能力次第なんですよね。会社って。

現社長の内田恒二さんは感じが良さそうだけど
・・・上にお荷物があるんじゃやりにくいんだろうな。



大賀容疑者「御手洗家と200年の仲」、キヤノン関連仲介

 「キヤノンの工事は大賀社長を通すのが決まり事になっていた。求められれば、裏金でも支払わざるを得なかった」。

 キヤノンの工場新設工事を巡る法人税法違反事件で逮捕されたコンサルタント会社「大光」(大分市)社長・大賀規久容疑者(65)側に30億円以上のリベートを提供していた鹿島の幹部はこう証言した。下請け業者に過ぎない大賀容疑者が大手ゼネコンを恐れさせるほどになった力の源は、財界トップに上り詰めた御手洗冨士夫・キヤノン会長(73)の威光だった。

 「私は社員の結婚式には一切、出ないことにしていますが、新郎のおやじの友人として出席しました」

 大賀容疑者の知人によると、2003年5月に都心のホテルで開かれた結婚披露宴で、御手洗会長はこうあいさつした。当時はキヤノン社長に就任して9年目。新郎はキヤノンに勤めている大賀容疑者の長男だった。

 大賀容疑者は、御手洗会長との関係を「200年の仲」と称していた。大賀容疑者の親族らによると、両家はともに大分県佐伯市で江戸時代から続く旧家で、御手洗家は庄屋を務めたような家柄だという。

 御手洗会長の叔父でキヤノン創業者の毅・元会長(故人)と大賀容疑者の父親は親友で、御手洗会長は大賀容疑者の実兄と佐伯鶴城高の同級生。実兄は1961年、キヤノンの前身のキヤノンカメラに入社し、御手洗会長も同期だった。

 実兄は実家の工務店「日建」を継ぐため77年12月に退社するが、「退職後もアポなしで御手洗会長に会いに来ていた」(キヤノン元幹部)という。日建はキヤノン新宿本社の内装工事などを受注し、御手洗会長も91年に横浜市内の自宅を同社から購入した。

 ◆私設秘書

 初めは日建の社員だった大賀容疑者は、この一族ぐるみの付き合いを強固にした。御手洗会長がゴルフをする時には予約や送迎を引き受け、地元・大分に帰ると移動用の高級車を用意。常に影のように付き添う大賀容疑者は、いつしか「会長の私設秘書」と見られるようになった。

 43歳でキヤノンUSAの社長、2年後に本社の役員に就任。「将来の社長」と目されていた御手洗会長に、大賀容疑者が尽くした理由は同郷のよしみだけだったのか。

 以前、大賀容疑者と取引のあった鹿島元社員は、「独立して、東京で活躍したい」と言われたことを記憶している。その数年後の90年、大賀容疑者はキヤノングループの工場や社宅用地の取得・開発を目的に「大光」を設立。元社員は「御手洗会長らの人脈でやっていけると思ったから、独立したのだろう」と受け止めたという。

 元社員の感想通り、大光などは静岡県裾野市の研究施設などの用地開発を手始めに、キヤノン関連のいくつもの工事でゼネコンの下請けに入り、大分事業所の警備も請け負った。御手洗会長が副社長、社長、日本経団連会長と階段を上ると、大光などのビジネスも拡大。やがてキヤノンへの売り込みで、企業から謝礼を受け取るようになった。

 ◆大賀詣で

 04年10月、脱税事件の舞台になったデジタルカメラ工場が大分市に完成した。完工式の会場にできた輪の中に御手洗会長や広瀬勝貞・大分県知事とともに、大賀容疑者の姿があった。工事や資材調達を請け負いたいと、大賀容疑者の前に名刺を手にした地元業者の列ができたという。

 鹿島に工場用地の造成を発注した大分県土地開発公社の幹部は「大賀さんに特別な便宜は図っていない」と言いながらも、「知事や御手洗会長と対等に話をするような人で、私たちには雲の上の存在」と話す。

 今回の事件では、大賀容疑者とともに逮捕された元大分県議会議長の長田助勝容疑者(80)も御手洗会長の親類にあたる。

 御手洗会長は10日、大賀容疑者の逮捕を受けて東京・大手町の経団連会館で取材に応じ、「友達が起こした事件。非常に遺憾に思っているが、それ以上でもない。徹底的に調査し、事件にはキヤノンも私も関与していないことははっきりしている」と話したが、キヤノンの代理人のように振る舞う大賀容疑者を知るゼネコン関係者は、御手洗会長の責任は重いと指摘する。

 鹿島の元幹部は完工式で見た光景が忘れられないという。「式を主催したうちが呼んでもいないのに、大賀さんがキヤノンの側にいるんだよ。大光や日建はうちから見たら下請け会社。施主の方に座っているのは、おかしいでしょ」(2009年2月11日13時43分 読売新聞)



キヤノン工事めぐる脱税 御手洗会長「かかわりない」 2009年2月10日22時32分 朝日

 キヤノンの御手洗冨士夫会長は10日夜、大賀社長の逮捕を受けて日本経団連で記者団の取材に応じ、「(大賀社長の)容疑が事実であれば許されることではない。長年の友人関係だったが弁護する気もない」と感想を述べた。そのうえで「徹底的に調査したがキヤノンも私もかかわりがない」と事件への関与を否定するとともに、経団連会長職を辞任しない考えを示した。

 一方で、大光の役員として大賀社長とともに逮捕された長田助勝・元大分県議会議長は「遠い親戚(しんせき)」とし、「(2人とキヤノン本社で)たまに会ったと思う。普通の仕事の関係があったわけだから」と明かした。大賀社長とゴルフや会食をする機会もあったとし、その費用については「たいてい私が払っていたが、向こうが払ったこともあったかもしれない」と語った。大賀社長が御手洗会長との関係を誇示し影響力をもったとされることについては「想像もつかなかった。非常に残念だし、悔しい」と述べた。




御手洗冨士夫とは(wikiより)

御手洗 冨士夫(みたらい ふじお、1935年9月23日 - )は経営者・実業家。第6代キヤノン社長(現・会長)。第2代日本経済団体連合会会長。前経済財政諮問会議議員。若者の人間力を高めるための国民会議議長。鉄道貨物協会会長。特定非営利活動法人東京オリンピック招致委員会理事。


非正規雇用をめぐる言動
2006年10月13日の経済財政諮問会議の席上で、請負の法制について「無理がありすぎる」と不満を表明した。その一方で、キヤノンの役員報酬は2003年に1億3900万から2006年の間に2億2200万と1.6倍近くに引き上げている。 国会でも民主党の枝野幸男議員が「経営が苦しい時は社長が自分の給与を削って、それでも足りないとき初めて従業員の給与の引き下げをしてきたのが従来の日本型の経営者だ」と指摘。また「偽装請負」の合法化を訴える人物が経済財政諮問会議の委員であることの適格性に疑問を投げかけた。

2007年10月、自身が会長を務めるキヤノンの偽装請負問題に関して民主党を始め野党共同で参考人招致を要求される。その後、経団連会長の立場で「派遣法を変えろ」と言い放ったりするなど、マスコミからその発言は浮世離れしていると非難される事も珍しくなく、その言動については『ハケンの敵』『老害』『国賊』『偽善者』などの批判も存在する。

また、この問題を追及する朝日新聞に対し、2006年末からキヤノンは企業イメージ広告を掲載していない。2007年11月に、日本記者クラブの講演でこの点を指摘された御手洗は「広告の効率の問題だ。一般的に企業広告は企業のイメージを上げるためにあり、相乗作用がある場所にするか、相殺作用がある場所にするかという問題だ」と答えた。
2008年6月、記者会見で、舛添要一厚生労働相が日雇い派遣の原則禁止を表明したことに対し、御手洗会長は「現実問題として雇用機会を縮減する」と述べ、難色を示したという。

2008年12月には、麻生総理が御手洗氏を官邸に呼び、総理が「雇用の安定と賃上げに努力してほしい」と述べ、雇用安定化を要請した。その際御手洗会長は「雇用の安定には努力する」としたが、賃上げは「議論を深めたい」と述べるにとどめた。 しかしその直後、自身が会長を務めるキヤノンの子会社、大分キヤノンで約1,100人の請負、派遣社員の雇用契約の解除を表明し波紋を呼んだ。 さらに、解雇を表明した数日後の定例会見で、非正規雇用者を削減する動きが企業側に相次いでいることについて「世界的な景気の落ち込みで各社が減産に追い込まれ、苦渋の選択として雇用調整が行われている。経営者としては当然の判断だと思う。」と述べた。なお、当の大分キヤノンの「派遣切り」に対しては苦渋のかけらも見せずに広報担当に説明を「丸投げ」し、広報担当も「契約を解除したのは派遣会社で、本社の指示ではない」と責任を「丸投げ」した。



wiki文中に出ているMy News Japanのレポート「キヤノン(2004)」より


 御手洗冨士夫社長はマスコミ嫌いとされていたが、テレビ朝日の「ものづくり日本」といった「ヨイショ企画」に乗せられ、ボーナスを約800人に手渡す場面にテレビカメラを入れたり、財部誠一といった広報マンを使って、御手洗氏の自伝的な密着番組を作るための同行取材を許し、キヤノンのコマーシャルと見間違えんばかりの一方的な礼賛番組が流されている。

 御手洗社長は、30~40代をずっと米国で過ごし、1989年に帰国するまでの10年間、キヤノンU.S.A.の社長を務めた。実際の御手洗社長にはわがままな面があり、米国での社長時代には、秘書は昼前までに、常に、中華、フレンチ、日本料理といった3件の予約をしておかなければならなかったという。その日の気分で選び、2件はキャンセルさせるのだ。


コメント

[コメント記入欄を表示]

コメント投稿

コメント記入欄を表示するには、下記のボタンを押してください。
※新しくブラウザが別ウィンドウで開きます。

一緒にプレゼントも贈ろう!

powered by Ameba by CyberAgent