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2016-11-10 06:43:17

Uruさん「ホントは、ね」

テーマ:リリース情報

 

先日10/26 に、Uruさんの2nd Single 「The last rain」がリリースされたのですが、その中の2曲目に収録されている「ホントは、ね」という楽曲の編曲を三橋が担当させていただきました。

 

デモを頂いた時から、あー素敵な声、素敵な歌だなーと感じつつの、音楽家としてとても有意義な音楽制作の機会を頂くことが出来ました。

歌ってらっしゃるUruさんの歌が素晴らしいことに加えて、詞と曲を担当された川村結花さんの、これまた素敵な曲と詞。

 

川村結花さんの代表作の一つである「夜空ノムコウ」は、皆さんもご存知かと思うのですが、僕もカラオケに行けばいつも歌っているほどこの楽曲が大好きでして、また、過去に僕の作曲した楽曲の詞を担当していただいた経緯もあり、そういった意味でも大切に編曲をさせていただいた楽曲です。

 

以下、You Tubeのリンクです。

こちらのはライブverとなりますので、主にピアノとギターのみで構成されておりますが、CD内はそれに加えて、バンドと弦楽四重奏で構成されております。

 

弦楽器のパートに関しては、普段より頼りにしている演奏家の仲間たちにお願いをし、透明感のあるUruさんの歌をバックから支えていただきました。

 

本当の素晴らしいシンガーさんなので、皆さんもよかったら是非CDを聴いてみていただけたらと思います。

 

 

そして、弦奏者の皆さん、本当にありがとうございます。

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2016-11-09 08:59:38

神戸でレコーディングです。

テーマ:ブログ

 

おとといからピアノのレコーディングで神戸に来ております。普段は自宅での制作が多い僕にとって、仕事で関西に行けるなんて旅行気分満載です 笑

 

使用したピアノはなんと50歳らしいのですが、メンテナンスがしっかりとされているようで、とっても弾き易いタッチで、満足のいくレコーディングとなりました。あー楽しかった。

 

ちなみに前日の夜に三宮で自己練をしようと思いまして、近くのスタジオを予約したのですが、夜は特にアコースティックピアノを貸してくれるところは無く、妥協案として電子ピアノを借りたのですが、ペダル部分が壊れておりいくら踏んでも音が伸びない特殊なピアノで練習をしました。

 

また、駅を降りてすぐにたこ焼き屋さんに目がいって、なぜかと言いますとなんと値段が200円!!更に美味しい!!さすが関西だぜと思いながら、スタジオの場所を探しながらまず1個購入。そして、練習後、ホテルに向かうまでにまた1個購入するというたこ焼き三昧での幕開けでございましたが、レコーディングの日に現地の人に話しましたら、その200円ってのは別に関西うんぬんではなく、その辺りの相場は普通に400円とからしく、その店が単純に安いそうです 笑

 

さらに、同じレコーディングに参加されていたドラムの方の地元では、8個入りを100円で売っているらしく、200円分食べると、吐きそうになるそうです。

 

以上、たこ焼きレポートでした。

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2016-09-19 04:19:46

たいがい前ではなく横の扉が開く現象

テーマ:仕事先にて

皆さんお元気でしょうか?

 

三橋は、いわゆる「季節の変わり目だから」っていう典型的なタイプの風邪をひきまして、病院の薬で喉の腫れはすぐにひいたものの、体調も(とても)元気なものの、ひたすら咳が止まらず、のど飴なめても止まらず、周りの皆さんに心配していただく(でも中身はすごく元気 w) っていうあべこべな状況が5日ほど続いております。

 

さて、ここ数ヶ月ありがたいことにずーっと仕事に打ち込ませていただき、実は最近ちょっと楽しい。(写真は、大好きな弦楽器レコーディングの風景です☆)何が楽しいのかって、答えは自分でよく分かっていて、

 

「やりたいようにやろうと決めたから。」です。

 

どなたかがおっしゃっておりました。「悩みの無い人間など居ない、無さそうに見えるだけ」だと。ふむふむ確かにそう思います。僕も、特にここ数年は本当に悩んだ時期でした。自分と向き合い、人と向き合い、自分を知り、人を知り。
 

「よく自分と向き合う」なんて言うけれど、正しくは「自分の弱さと向き合う」だと思います。では弱さってなんだって思った時に、正体はいつも簡単で、自分の心の中にある不安や恐怖。じゃあ、不安や恐怖ってなんだって考えていくと、たいがいは自分の心の中にあるとってもくだらい内容だったりする。世間体や、くだらないプライドだったりね。少なくとも僕はそうだ。そうで無い人ももちろんいると思うけれど、たいていは気付いてさへいないか、潜在的に認めたくないか、だと思う。じゃなければ、世の中はもっと快適なハズだし、人間関係はもっと笑顔だけで溢れるハズだから。でも現実は違う訳だから、やっぱりたいていはくだらないのだと思う。

 

僕自身も、ここ数年はそんな弱い自分、結構強いと思ってはいたけれど、神様の計らいでしょうか、ここぞとばかりにハードルを置かれ、一時期随分と打ちのめされました。人の感情というものの恐ろしさ、多数(世間)というものの恐ろしさ、くだらなさを知りつつ、一人の人間の弱さ、貫くことの難しさ、人の愚かさ、信じることの難しさ、愛することの難しさ、などなど。もう脱出不可能かと思われるくらい、この闇は明けることは無いのでは?と思った日々。でも、やっぱり神様のはからいって素敵で、どんなに暗い闇でも、そこに「友」という理解者を用意してくれたり、「愛」という全てに勝るヒントを与えてくれたり、「人生の全てに意味がある」という言葉のとおり、そういった困難もまた、僕には必要なことだったのだと思える。より大きく羽ばたくために、より自分らしく生きるために与えてもらったギフトみたいなものでしょうか。実際、いくつかのものを失い、いくつかのものを得た中で思うことは、自分にとって必要の無い物や人が去り、自分にとって本当に必要な物や人は残り、また、新たに加わり。「執着をしないこと」「手放すこと」が大切だという言葉の通りに。

 

そして、今。また少し成長できたと思える自分がそこにいて、以前暗く感じた景色も、自分の心次第で美しく見えることに気付いたり、自分の本来の強さや大きな羽が生えていることにも気付いたり、自分を愛してくれている人が居ることに気付いたり、結局、自分の弱さを認め、逃げずに向き合った結果、その対極にあるものを見つけることが出来た事実。

 

不安や恐怖の隣にある感情は受けとる自分。愛の隣にある感情は与える他者。前者の周りにはそういった人々。後者の周りにはそういった人々が集まる訳で、どちらが素晴らしい世界かは言う迄もない。

 

理想や目標、挑戦って、なかなか一筋縄では実現できないし、それだけ難しいからこそ挑戦なんだと思う。まっすぐに道を進めたら、それはそれで素晴らしいけれど、失敗したからってその時達成できなかっただけの話であって、その挑戦の道のりで得た知恵や、勇気や、経験を全部味わって、また大きく成長した自分で再度挑戦してみれば良いだけの話だ。大きくなった自分ならば、より多くの収穫を得られる可能性だってあるしね。

 

何事も恐れずに、心をワクワクさせながら、ケラケラ笑いながら、自分の思う世界を自分の力で一つ一つ作っていく作業って、思いのほか楽しいものだ。いつ無くなってしまうのかと怯えながら進む道よりも、こんな世界を作りたい、こんな人生にしたいと創造していく毎日の方が心が幸せだ。たいがい起こりもしない将来の不安に目を向けるよりも、楽しくて仕方無い未来を創造する方が、日々は楽しい。

 

まさか30代でこんなことを真剣に学ぶとは思ってもみなかったけれど、一生懸命物事に挑戦した僕が、戦利品として手に入れた、とっても価値ある知恵でした。その戦いには勝てなくてもね、得たものは大きい。そして、その得たものを力に変えて、当然やるべきことはただ一つ。より大きな自分になって、どれだけ時間がかかっても、今度こそ、その目標を達成すること。

 

僕の場合、たいがい開けたくて開けたくて仕方ないドアってその時は空かない。でも、面白いもので、予想外にも、横のドアが空く。そして進む、また横のドアが空く。そして気付いたら、始めに空かなかった前のドアが空いていたりします w さて、今回はどうなるでしょうか? 乞うご期待です(笑)

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2016-06-05 04:22:02

久しぶりの更新です。

テーマ:小話
皆さんお久しぶりです。お元気でしょうか? 三橋は、お陰さまでつい先日まで、ポップス、映画、インストアルバムの作編曲と、締め切りに追われる日々を送っておりました。曲を作ったり、歌詞を書いたり、譜面を書いたり、美味しいランチと食べながら打ち合わせしたり、大好きな弦楽器奏者さんとのレコーディングも。好きなことをやれる、好きな人たちとお仕事をさせていただける毎日に、眠気こそあれど、空を眺めては感謝。そんな日々が続いておりました。

やっと第一弾の波が落ち着いて、一息ついていた頃、悲しい出来事が起こりました。可愛い後輩とも言いましょうか、そういった間柄だった方が、亡くなられました。自らの選択で。僕と同じく30代です。

いつか書こう、いつかこんなことを書きたいなーと思っていたことを、この機会に書こうと思います。個人的主観ですので、気に入らない人もいるかもしれません。三橋という人間を好意的に受け止めて下さる方以外は読まずにいただきたく思います。

僕はこの話を聞いて、「悲しい」という感情よりは、「残念」という感情が強かった。そして、「驚いた」という感情よりは、「そうか、、」という感情が強かった。音楽を長くやってきた中で、意外にも近年になって気付いたこと。それは、音楽というフィールドには、なんだかんだで繊細な人間が集まることが多いため、僕の周りにもそういった人間が集まり易く、もっと言えば、自分が親交を深められる人間は、そういった人がほとんであったりします。本音で話せて、弱みも吐けて、相談もできて、アドバイスも貰いたくなる、そんな相手が、僕にも数人います。理由がなぜかと言えば、自分の心をあっと言う間に理解し、何に悩んでいるのか、どんな言葉が欲しいのかを、彼らはもの凄い早さで分かってしまう。いつも思うが、彼らは賢いし、優しく繊細。少なくとも、僕のために言葉を選んでくれるし、八方ふさがりのように見える道でも、突破できるヒントというか、そういったものを共有してくれる。本当に辛かった時期にどれだけ僕の心を支えてくれたか分からない。つまり、許容し、「僕」の相談にのってくれたのだ。

一方、こういう言い方をあえてするけれど、そうでは無いその他大勢の方々はどうだろう?自分の意見をただ述べ、自分の価値観を押しつけ、あたかもそれが常識だと言わんばかりの人もいる。そういったものは、残念ながら、マイナスへしか働かないこともあると僕は思う。ある人は言うでしょう。「お前/あなたのために言っている」と。でも、たいがい真実は違う。たいがいの場合、自分のルール、自分の価値観をおしつけ、ただ、自分の理想のアンサーが欲しいだけ。つまり、「相手」を許容するどころか、「自分」を許容させようとすらする。たかだか一人の人間が、その小さな小さな価値観で、たいした人生でもない価値観で、一人の弱っている他者を追い込むなんて、どんな関係性でも許されることなのかな?

人間はもともとユニークな存在なハズ。だからこそ秩序のようなものが必要なのは分かるけれど、そもそも価値観とか、人生観とか、生活観とかもそうだけど、それは自由でしょ。じゃなきゃ奴隷で、あなたは王様か何かなんですか? と言いたくなります。どんだけ偉いんだとね。別に、音楽家だから自由がどうの言う気は無いけれど、人から自由を奪ったら、結果的に誰だって困るはず。意見が別れたならそれは怒ったって怒鳴ったって、1ミリの解決にもならず、ただ自分と相手の心が痛むだけ。というか、そもそも価値観は違うという大前提で物を考えるべきなのに、それが、今知り合った他人ならできるのに、例えば家族であったり、そういう近い関係になった途端に、相手のことを分かっているかのように、所有しようとしたり、強制しようとしてしまいがち。それが相手にとって、何にも良いことなどなく、単に追い込まれたり、ストレスを感じたりする行為だと、なぜが気付けない。自分の鈍感な心、価値観では、繊細な相手の心の深さなど計り知れないことに、なぜが気付けない。

結果的に、追い込まれた人間がこの世界から居なくなった時に、それでも「あなたのために言ったんだ」と、言えるのでしょうか。相手に発した言葉が、自分のエゴではなくて、本心から相手のことを想って言っているのかどうか、本当に、内省し、考えて欲しいと思います。本気で考えた時には、そこの部分に100%自信が無いのなら、素直に「自分には分からないけれど、、」と言う前置きや、「これは単に自分の価値観なんだけど、、」と置いたり、「これをどう思うかはあなたが決めることだけれどね」と置いてあげたりするだけで、だいぶ救われるもんです。少なくとも、「お前のために言っている」は、噓だよね。それは、「お前」ではなく「自分」のために言ってるんだよ。もっと酷ければ、最終的な言い訳として、「あいつは弱い人間だから」となる。でも、本当に弱いのは、自分と向き合うこともできないクセに、人には偉そうに言える人間なんじゃないかな?

この記事を読んで、もしイラっとした人がいたとしたら、もし反論したいという人がいたなら、それは間違いなく図星だったということです。人は自分の感情の中にあるものでしか揺さぶられないのだから。では次に、なぜ自分の心が揺れているのかを素直に考えてみてもらいたい。きっと面白く無いでしょう。自分の嫌な部分を認める行為は面白く無いに決まってる。でも答えはその先にあるのだと思います。劣等感や、他者との比較、嫉妬や、恐れ、そんなような感情の中に、答えがあるハズ。それがはっきり分からないなら、向き合う勇気が無いのなら、人に何か言えるような立派な人では無いのだから、だったら、まずは相手を理解するようにするべきと思いますし、それも出来ないのなら、まずは関わらないことの方が、よっぽど相手のためかと思う。人の行動パターンの動機は、つまるところ2つ。恐怖や不安 or 愛。なるだけ「愛」を選びたいものですね。

先日旅立った方は、僕の音楽を好んで聞いてくれていた様です。なんなら相談でもしてくれたら、、と思っても、時は戻りません。せめて、好きだといってくれていた音楽が、届いたら良いな。きっとたくさんあったであろう楽しい想い出たちが、悲しみではなく、輝きの方向へいってくれたらと思いつつ。
これ を弾いてみました。

「全ての出来事には意味がある」ということを僕は信じています。であるならば、こういう想いを書く事も、またこういう機会だからなのかなと思いましたし、自分も含め、皆さんと、こういうトピックを共有して、また考える機会になればと思っての投稿でした。



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2016-01-21 03:07:16

音楽家で良かった

テーマ:ブログ
皆さんお元気でしょうか?

皆さんは、物事を深く考えたり、何かに迷ったりする時に、どのような行動をとりますか? 夜も眠れなかったり、それこそ、眠りたくても眠れないくらい、ものを深く考えることも、時にあると思います。そんな時、本を読んだり、映画を見たり、音楽を聞いたり、じっと天井を見ながら考えてみたりするのでしょうか?

僕はと言えば、音楽家の割に、(逆に疲れてしまうので、)昔から音楽を聴くということは普段もほとんどなく、最近は本を読むことが多いです。もともと無趣味なので、一度決めると次から次へと読んでおります。哲学、芸術、宗教、スピリチュアル、知人に勧められて論語なんかも、、。最近だけで、もう20冊を越えますが、今夜は、いよいよ文字を見ることが嫌になってしまいました。でも、胸の中にもやもやが。。

これは困ったと思った時に、自然と音が聞きたくなりました。CDではなく、自分のピアノの音が聴きたくなった。鍵盤を触って音を出してみると、意外にもたった一回で心の中がすーっと軽くなりました。それもそうだ。なぜなら、自分の聴きたい音を弾き、聴いているのだから、それは、自分が「言われたい言葉」を言われているのと同じですもんね。あー、自分はこんな気持ちなんだ。あー、こんなことを言われたいんだと、目からではなく、実は耳からでもなく、心で感じることができる音楽家という職業を選んで、本当に良かったなと、思った瞬間でした。

小さい頃から音楽をやっているせいか、自分の性格のせいかは分かりませんが、音楽をすることは、ある意味自分にとって「特別では無い」ので、普段、そういったものが「自分や人の心を支える」だなんて思うことは意外と少なかった。逆に、思春期なんかで、音楽を始めた人の方が、「自分はこれしか無い」だなんて、思えるんじゃないかな?なんて。

しかしながら、年を重ねて、やっと30代になって、ここ何年かは、音楽が人を救ったり、音楽が人や自分の心を支える、とっても重要なものであると思えることが増えました。時おり、こんなに素晴らしいものは無いなーと、こんなに美しいものは無いなーと思えることも。ちょうど年末にも、弦楽器の奏者20名ほどの編成でレコーディングがあったのですが、それはそれは美しかった。僕の中にある音楽が譜面になって、それを演奏してくれる演奏家の感情が音になっていくことに、幸せを感じました。

世の中には、素晴らしい作曲家の方々がいらっしゃいますし、まだまだ自分は先を進んでいくわけですが、なるだけ、頭ではなく、心で音楽を書ける作曲家になれたら、いいなーなんて、最近はよく思っています。

録音したので、良ければ聴いて下さい。即興なので僕の小言みたいなものですが、皆さんの心が、(悩んでいる人限定ですが、、)少しの時間だけでも軽くなるなら、これ幸いと思っております。

こちら

さて、心も軽くなったので、仕事しよっと!
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2015-05-04 01:54:14

GW 暇だなー

テーマ:ブログ
今年のGW、皆さんはいかがお過ごしでしょうか? わたしの方は、打ち合わせがいくつかと、締め切りがほんのちょっと、それももう全て終わりまして、宿題はたくさんあるものの、正直なところ、ここ数年で一番暇な時間を過ごしております。はい。暇です。



さて、ちょっと衝撃の惨劇が起こりまして、その報告をしたいのですが、それは、文末にとっておこうと思います。



最近、「俯瞰(ふかん)」という言葉を覚えました。わたしの認識が正しければ、常にものごとを上から見下ろすようにとらえるということだそうです。一歩引いて考えるとも言えるのかな?



ちなみに、この言葉は色々なことに応用ができます。例えば、ものを判断する時に、「目先の利益に捕われない。」であるとか、「5年後、10年後、30年後のことを考えて行動する。」であるとか、「ピンチはチャンス」などなど。ただ、これば言う易しといった感じで、こういったことを実際に行動としてできる人は、なかなか少ないだろうなーと、経験上思います。頭ではそう思っていても、人は、目先のことに捕われやすいですし、ピンチの時は、より周りが見えなくなるものです。わたし自身は、生まれつき小心者ではあるのですが、自分で言うのもなんですが、どちらかと言うとピンチには強いかなーと思います。今までにも、色々とピンチはありましたが、結局、全てうまくいっている。というか、そのピンチを経て、より大きくなっていることばかりなので、そういった意味では、何事も、考え方次第であり、結局は、日常の中で起こりうるだいたいのことは、その人の価値観、資質、人格次第で、よくも転べば悪くも転ぶ.というのが、わたしの意見です。



物事の見る角度を変える。というのも、「俯瞰」ですね。一歩ひいて考えられれば、だいたいの物頃には良い面もあれば悪い面もあるということが分かってきます。人は、これは悪い、これは良い、と、多数に属し、決めてかかることが好きな生き物だなーとよく感じますが、そもそも、その善し悪しを計るほど、君の価値観は柔軟なのかい? そんなに君は立派な脳みそを持ち合わせているのかい?と、自分より大人の人も含めて、思う事もしばしばあります。



そういえば、最近、数人の友人、知人に、同じ様なことを言われました。「あなたはいつも戦っている」と。うーん、そういえば、過去にも、親しい友人知人から、同じことを言われました。言われた時にどう思ったかと言えば、「確かに!」と思いました。多くは説明しませんが、わたしの戦いは、すでに中学校の時から始まっています。きっと、人が踏み込まないような場所へ踏み込んだせいで、人が考えないようなことを、考えようとしたせいなのでしょうね。今思えば、その戦いも、すべて必然的であり、わたしは、そういったことと共に生きていく、大げさに言えば運命というか、使命なのかなーって。



でも、一方で、ある人が言いました。そうやって戦っているのは、ある意味カッコいいのかもしれないけれど、それでは体がもたないよ。と。だし、そんなに戦わなくたって、もっと楽をしたって、のんきに過ごしたって、幸せな未来、自分の目標の達成なども、十分にできる。と。それを聞いて、正直、少し「なるほどなー」と思う部分も。わたしは、そうやって、ある意味「敵」を作ることによって、自分の能力再現割合を上げたり、努力することへの意味にしたり、しているのかなーなんて。



でも、やっぱり、わたしは、そうともまだ言いきれないなーと思いました。そういった感情のある意味利用は、ゼロとは言いませんが、それでも、もっと若かった頃の、「全員嫌い」みたいなものは、年齢、実績、自信とともに、無くなっていますし、ある意味、すでにだいたいの考え方を許せるようになっています。ただ、それでも、逆に年齢とともに、例えば仕事の質の向上とともに見えてくる、理不尽さだったり、非合理的だったりすることは、やっぱり、嫌い。だし、自分の理想に対して、NOを言ってくるような人が居れば、やっぱり戦いたくもなります。そもそも、音楽家の道を選んだことと、そういったこととは、大きく関わっています。わたしは、ただ、「音楽が作れていれば、携わっていれば幸せ。」という人間ではありません。たくさんの職業の中から、感性や、思想、表現といったものをもろに全面に出せる職業。つまり、「自分の理想はこうなんです」って、言っても許される、さらに言えば、それが社会的な評価に繋がる可能性がある職業だから、この道を選んだ。少なくとも、もてそうとか、楽しいとか、そういったものでは無い。なので、まだこのスタンスは変わらないんだろうなーと思っています。



まぁこんなことも、俯瞰という視点で言えば、そういったことに対して、「無意味」と捉える人も居て当たり前だし、「価値がある」と捉える人もまた、居て良い。これもまた、その人その人の役割なのではないかなーと。なぜなら、人は、それぞれ違った考え方があって当たり前で、そうで無い方が不自然ですからね。だって、誰かと同じ人生なんて、誰一人歩んでないわけすから。誰に出会い、何を信じ、どんな言葉を自分の中にストックしたのか。どんな言葉が自分の心に響いたのか? それぞれが違うわけですからね。



さて、文末に来ました。ダカダカダカダカーーーーーーーー。ダン!!



三橋、先日、近所のラ-メン屋さんで、バックを置き忘れてしまい、食事を済ませてそのまま帰宅。気付いた時にはもう半日が経過しており、急いで店に戻りましたが、まさかの紛失。バックが貰い物なので一番残念でしたが、それ以上に、財布が中に入っておりました。。免許証も、保険証も、カードだなんだと、全滅しました。店内でのことなので、わたしのバックを持っていかれた方は、おそらく故意にもっていかれたのだと予想されます。お客さんか、もしくはお店の方か。。真実を知るすべはありませんが、中にわたしの名前が書いてあるものも入っておりますので、もしかしたら、このブログを見ておられるかもしれませんので、一応、お願いを。



もしお金にお困りだったのであれば、中に入っていたお金は無論差し上げます。ただ、バックは、大切な人に作っていただいた、オンリーワンのものなので、出来れば返していただきたい(涙)その辺で数千円で買えるバックとは訳が違います。手作りなので、売ったっていくらにもなりませんが、わたしにとっては、どんなブランド品よりも大切なバッグです。まだまだそのバッグと共に、行かなければいけない場所があります。また、カード類や免許証も、もう他人さまには価値が無いものです。無効になっておりますので、それらも、出来れば返していただきたい(涙) お願いです。着払いで良いので、送って下さい。。誓います。詮索はしません。また、想像してみて下さい。もし本当に着払いで送っていただいたら、必ずわたしはこのブログにそのことを書きます。そしたら、ちょっと良い話になるではありませんか! それこそ、ほっこり話ですよ。

「心優しい泥棒さんからのプレゼント2015」

的な話、良いじゃないですか、なんだか粋な感じだと思いませんか?最近暗いニュースが多いですからね、絶対、そういうの良いと思います。

と、お願いだけして、今日の日記を締めくくろうと思います。

三橋 俯瞰 隆幸












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2015-04-15 17:23:04

大好きな曲が完成しました!

テーマ:リリース情報
今日は、もう何年ぶりかと思いますが、本当に久しぶりに、仕事としてではなく、個人的な音楽作品としての楽曲が完成しましたので、紹介をさせて下さい!

この曲は、麦野優衣 さんという、それはそれは素晴らしい声と、音楽の才能をもった、僕の大好きなシンガーさんとの共作です。彼女が歌、歌詞を、僕が、作編曲を担当しました。

このシンガーさんとの出会いは、おそらく3年前くらい、彼女がアメリカの名門、バークリー音楽大学を卒業したばかりの頃だったと思いますが、初めて彼女の音源を聞いた時から、その才能はすでにずばぬけていて、当然のごとく、ここ数年で、どんどん活躍の幅を広げていかれているようですが、彼女が偉くなりすぎて、「お前との仕事なんかしてらんねーよ!」となる前に、こういう共作ができて、とてもとても嬉しいですし、すごくすごく楽しかったなーーー!

今まで、周りの皆さんのおかげで、昨年のレコード大賞優秀アルバム賞をはじめ、今までに、作曲家として、とても嬉しい賞や、リリースの実績をいただきましたが、それらを残せたのも、彼女の協力があったおかげです。こういう素晴らしい才能のある人の音楽が、もっともっと世の中に広がっていくべき! と、心から思います。

英詞の楽曲ですが、今日本語訳の途中ですので、それも完成しましたら、また改めて、ご紹介したいと思います。色々な方に聞いていただきたいので、もしよければ、シェアなどもしていただき、お友達にもご紹介いただければ嬉しいです!

それでは皆様、よろしければお聞きいただければと!

Promise

Lyrics by Yui Mugino / Composed and Arranged by Takayuki Mitsuhashi
SInger : Yui Mugino



 
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2015-03-20 01:49:20

レミファソラシ

テーマ:ブログ
こんばんは。ただいま飲み会の帰りです。

その中の1人にとっても興味深い男性がいました。正直、驚きです。彼は、とても温厚な性格で、とても付き合いやすい友達です。しかしながら、よく考えてみると、彼のように平和すぎる人間は、僕の周りにはいません。彼は、人と競争することを嫌い、人と比較することを嫌い、もちろん人を蹴落としたりすることも嫌う人間です。加えて、そのいい人ぶりを、わざと演じているような、よくありがちなそんな人間でもありません。根っからの良い人です。その平和主義が影響して、人からいじめられたり攻撃されたりするのかと思いきや、そういったこともなかったようです。

僕は常日頃から思っています。人は、人と比較することをから逃れられず、嫉妬し、人の成功ひがむ。いつも周りのことを気にしていて自分のポジショニングを確かめる。それがむしろ普通だと思っていたし、むしろそれが当たり前だと思っていましたが、僕は初めて彼のような人と出会いました。少なくとも、喜怒哀楽の、「怒」がありません。しかも、喜哀楽も、それぞれ、薄い。♪で言うところの、レミファソラシです。

彼は、元彼女に言われたそうです。「つまらない」と。僕からしてみれば、それは仕方のないことです。なぜなら、彼は、笑いを取ろうとしていないからです。

彼は、特別な修行や、滝に打たれたわけでもなく、特別に、何か宗教や、哲学的なものを学んだわけでもなく、生まれつきの聖人です。僕はそのことが本当に珍しく思えて、約2時間彼に質問ばかりしていました。面白すぎて、腹から笑う場面もありましたが、最終的に出た結論としては、彼は、きっと人間としてのステージの最終週を迎えており、来世は神様の1歩手前ミスターポポになるのだと言う結論にいたりました。
相当に興味深い一夜となりました。世界は広い。
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2015-03-09 02:00:40

DVD6本に加えて

テーマ:ブログ
先週末より3日間、久しぶりにのんびりな日程だったので、心の充電をすべく、DVDを6本、ドラマを全11話、普段聞く事の無い音楽なんかも聞いてみたりと、レッスンや、仕事の合間を見ては、のんびり、寝不足になるまで余暇を満喫しておりました。やっと1年間の大仕事を終えたのもつかの間、ここぞとばかりに、映画、J-POP、インスト等、色々なお仕事を頂いておりまして、今週、来週とそれらと向き合うことになりそうです。



最近はそんなこんなで、一難去ってまた一難的な状態でして、実は、今日もさきほどまで、クライアントとのメールを見ては、頭くらくら、吐き気等、完全に、ストレスに潰されておりました。今年は、様々な具体的目標、目的を設定しましたので、おそらく人生で2番目くらいに大変な時期になるだろうと予想していましたが、おそらく当たっています。抱えている案件が多岐にわたり、また、中期にわたるため、常に何かと何かと何かを平行させていくこの感じは、30代の僕でも、たまに処理がきつい時があります。。しかしながら、これだけ色んなハードルが置かれていて、いくつかの案件は、先があまり見えない距離にある、この状況は、正直悪く無い。。とも思える。きっと音楽の神様はこう言っている。



「このハードルを越えられたなら、また次の素敵な音楽の世界を見せてあげよう」



僕はいつもそう思っています。今抱えている案件のだいたいは、年末には結果が出ます。今年の年末は、きっと、笑っていたい。絶対笑っていたいなと、心から思います。



そういえば、最近落ち込んだ理由を思いますと、いくつかあるのですが、例えば、



「辛い時はいつでもあなたの支えになるよ、いつでも応援しているよ」と言ってくれていたとある人が、いつの間にか、僕の元を去っていました。



また、「今、一番近くに居て欲しい人」も、訳あって、近くにおりません。



なんだか、神様はなかなか厳しいですね。一人で考えさせることで、成長を促しているのでしょうか? いじわるだなーと思いますが、苦しい分だけ、努力した分だけ、それが大きく報われることを僕は知っているので、めげずに頑張っていこうと思いますが、使い古された言葉であれですが、「人間関係は結構難しい」といか、興味深い。。



残念ながら、綺麗な感情だけで、お互いにとって素敵な感情だけで構成されることは、稀かなと。ある角度でものを見てしまえは、あの言葉はなんだったのだろうか? もう人は信用できない!なんてね、思えることだらけではありますが、それを、真っ向から否定できない自分もいる。所詮そんなもんさってって、諦めてるってことでも無いんですが。。 なんでしょう? その事自体はl、勿論悲しいことではあるものの、それも含めて、人間というか、僕もそうですが、欠陥だらけですから、自分もそうであるように、相手もそうであるということに尽きる。もしかしたら、であるからこそ、音楽や、その他の芸術的な作品は、美しいものを描く価値があったりするのでは?? なんて思ったりもします。「無いから求める。」的な。



しかしながら、僕個人的には、あくまで、生涯で一人で良いので、心が繋がる恋人、生涯に一本で良いので、人の心奥深くに届く映画とその音楽、多くの人に感動を与えるような、透き通ったJ-POPとか、それらのものを、話の中だけではなく、現実こ社会で、作り出す側として、実現する側として、追い求めたいですし、そんな風な人や音楽に愛し愛された人生がもしあったら、とっても素敵だと思いました。



丁度、野島伸司さんの作品を見ていたのですが、僕はあまり詳しくは無いのですが、そのセリフのあらゆる場面に、綺麗な言葉、美しい感情が並んでいる作品を見て、あーこれは作り物ではあっても、作者の意図は、作者の真意は、作り物ではなく、実際に目指すところなのかなー?なんて思いながら見ていました。作家は、自分の作品を通じて、「世界はこうあるべきだ!」って、一生懸命デモ活動しているような気がしています。少なくとも、僕は、それがしたくて、音楽家としての生き方を選んだので、なんか見ていて、表面的には時に、作り物に見えてしまっても、なんかその美しい言葉を並べたデモ活動が、僕にはとっても心地よかったのでした。



さて、明日は、朝一で、確定申告のための書類をまとめてもらうため、お出かけです。レシートまとめるのに半日かかりました!疲れました。寝ます!








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2015-02-09 23:24:21

最近は、気になる話題が尽きませんね、

テーマ:ブログ
今年は、年明けより、いくつかのプロジェクトが平行して動いていることで、なかなかのんびりできませんが、なんとか一つ一つ、眠気と戦いながら、乗り切っている毎日です。

さて、そんな中ではあるものの、さきほど晩ご飯食べながらテレビ見てましたら、またどこぞで母親が子供を殺す事件が報道されていました。
少し前は、日本人の人質事件。おとといくらいには、ビルで立てこもり、昨日あたりで、小学生が殺害されたり、もうちょっと前は、いつしかの秋葉原で怒った無差別殺人の罪で服役中の方の、確か、死刑が確定したとか、、。

どれがどうのこうのと、内容を詳しく知らないまま言及するつもりも無いのですが、僕自身、全体になんとなく共通するものを感じています。

あくまでテレビニュースからの情報を読み取ったものですが、例えば、今、中東で話題になっている組織の件ですが、そこへ兵士として志願する方のほとんどが、各国の、社会のいわゆる貧富の差や、色々な理由で適応できない、そういった、現存の社会にある意味不満のある人が、居場所を求めて集まっているらしいという話。

小学生の殺害も、秋葉原の事件も、いつだったろう、恋愛のもつれで人を殺害してしまう人もいますね。これら全て、結局のところ、社会の競争原理、比較の原理の場において、ある意味、負けた人、適応できなかった人が、腹いせのように、相手や、時に他人を巻き添えにし、自己をアピールしているように見える。

人は、自分のことが大好きで、大切だから、多分、だいたいの人が、バカにされたり、裏切られたり、勝負に負けたりしたら、悔しかったり、情けなかったり、自分のプライドずたずただったりして、そりゃ、大変だ。唯一自由なのは、自分の心の中で、一生懸命、ものごとを正当化したり、おもいっきり他人をさげすんでみたりして、なんとか、自分のバランスを保ったりするものだけれど、それもコントロールを失った時には、他人に危害を加えたり、自分に危害を加えたりして、何かを主張するのかな。。と、思う。

正直なところ、それら全てが悪だと言いきれないところもある。なぜなら、僕自身も、普段の生活の中で、気持ちの良い人間に出会えることなんで、稀であるし、基本的に人間の思想は、一般的にくだらない。と思うことがほとんどだからだ。比較や嫉妬をすることが大好きで、多数に属することで安心感を得たり、物の価値をお金で計ったり、人や自分の価値さえも、お金や職種で計ったりしている人もたくさんいるような勢いすら感じる。表面的な言葉や、装いといった、分かりやすい部分だけでしか物を判断ができずに、人の人間性を見ることをあまりしないような人も、たくさん出会います。

そんな世の中で、要は、器用に生きていける人だけがなんだか楽しそうに生活してて、器用さにかけたり、勉強ができなかったり、スポーツが出来なかったり、貧乏なお家で生まれた人は、だんだんと居場所を失って、その中の何人かが、こういった事件を引き起こすのでしょうか?

僕は、それは可能性の問題として、無関係とは思わないけれと、それはやっぱり、単なる言い訳のようにも思えるし、正直、同情はできない。

例えば僕自身、職業が音楽家で、普段は先生と呼ばれて、会社も経営してたり、昨年は作曲家として、名誉ある賞もいただいたり、自慢するわけでは無いですが、周りの方からは、冗談まじりでしょうが、お金をたくさん持っているだとか、自由に生きているだとか、好きな仕事をやっているだとか、時に羨ましそうに言われたりもします。しかしながら、それら全て、無償で与えられたものではありません。両親も音楽家でも、経営者でもありませんから、始めから用意された道なんて、一つも無かった。それこそ、家族はもちろんのこと、一部の友人にしか見せていないであろう、悔し涙や、不安、自分に実績など何も無かった時の、惨めな思いをバネに、それでも世の中には素敵なものもあるんだって、自分の価値、人間の価値、音楽の価値を信じてきたから、今それなりに前向きにやれているのだと思っています。

そういった意味では、世の中が決して平等ではなく、時に努力では容易にカバーできない、資本であるとか、そういったバックグラウンド、いわゆる「不平等な世の中の仕組み」を、僕はもう中学生の段階で、目の当たりにしていました。それを知った時は、そりゃぁショックだったり、悔しかったし、いわゆる挫折感で、プライドもずたずたでしたよ。だって、それまでは、勉強が出来れば評価される、足が早ければ評価されるって世界でとっても単純だったわけですから。

それでも、そこから、少しずつ這い上がって、ある段階で、その不平等や、社会の仕組みを受け入れるキャパを自分に備えて、その中でも尚、戦っていきたいと思いましたし、お金や、お家や、キャリアや、コネだ、そんな低次元なもので自分の思想や目標を左右されてたまるかって思いましたよ。それに、そんなくだらない社会に、「美しい音楽」で張り合うなんて、なんか素敵だし、だから価値がある。音楽が芸術という枠にカテゴライズされている理由もそこにあると僕はそう思っています。

少なくとも僕は、ただ楽しいから音楽家をしている訳ではない。でも、この仕事を選んで本当に良かったとは思っている。なぜか? それは、それまでの経緯があるからだ。もしこの世の中が、そういった社会でなかったら、そこらじゅうが幸せだらけだったら、きっと、表現の世界に興味を持てなかっただろう。だって、声を大にして、人生をかけてまで、そんな世の中にアピールしたいことなんて、生まれなかったハズですからね。別に、一般的な勉強も不得意では無かったですしね。

何が言いたいかと言えば、結局、どんな状況下でも、本人の人間性、思想次第で、良くも転べば、悪くも転ぶ。世の中は、不平等であるし、生まれつきの貧富の差、脳みその優劣はあるでしょう。でも、そういったネガティブな要素に自分の心を制圧されてしまうのか、それでも尚、何かを信じて、未来を作る方へ、転換していくのか。だいたいの人間が、そのどちらも選べるチャンスがあるはすで、それを見過ごして、もしくは、気付かないふりをして、戦いに出ることもせず、また負けを認める勇気を持つこともせず、世の中に文句をただ垂れ流すような人生は、それこそくだらないと、僕は思う。

こういった悲しい出来事を、もちろんすぐには解決できないけれど、皆がもう少し、他者を認め、自分の弱さを認め、でも、自分の価値も認めてあげることで、他者と比較せず、もう少しだけゆったりした心で人間関係を構築できたら、、と、思うのですが、皆さんはどう思われますか?

そういった意味では、加害者の方も、被害者の方も、犠牲者ではあるのかもしれませんが、当然、当事者は、そんな寛容な心でものは見れないでしょうし、ともあれ、出口の無い、心の痛む話だと思いました。

今日は、ニュースを見て、そんなことを思っていました。

さて、明日は、今年よりプロデュースを手がけているアーティストさんの、大事なリハーサル、明後日は、本番です。まだまだプロジェクト始動したばかりですが、少しずつ、自分の音楽を具現化していけたらと思っています。

おやすみなさい♪






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