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2016-01-21 03:07:16

音楽家で良かった

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皆さんお元気でしょうか?

皆さんは、物事を深く考えたり、何かに迷ったりする時に、どのような行動をとりますか? 夜も眠れなかったり、それこそ、眠りたくても眠れないくらい、ものを深く考えることも、時にあると思います。そんな時、本を読んだり、映画を見たり、音楽を聞いたり、じっと天井を見ながら考えてみたりするのでしょうか?

僕はと言えば、音楽家の割に、(逆に疲れてしまうので、)昔から音楽を聴くということは普段もほとんどなく、最近は本を読むことが多いです。もともと無趣味なので、一度決めると次から次へと読んでおります。哲学、芸術、宗教、スピリチュアル、知人に勧められて論語なんかも、、。最近だけで、もう20冊を越えますが、今夜は、いよいよ文字を見ることが嫌になってしまいました。でも、胸の中にもやもやが。。

これは困ったと思った時に、自然と音が聞きたくなりました。CDではなく、自分のピアノの音が聴きたくなった。鍵盤を触って音を出してみると、意外にもたった一回で心の中がすーっと軽くなりました。それもそうだ。なぜなら、自分の聴きたい音を弾き、聴いているのだから、それは、自分が「言われたい言葉」を言われているのと同じですもんね。あー、自分はこんな気持ちなんだ。あー、こんなことを言われたいんだと、目からではなく、実は耳からでもなく、心で感じることができる音楽家という職業を選んで、本当に良かったなと、思った瞬間でした。

小さい頃から音楽をやっているせいか、自分の性格のせいかは分かりませんが、音楽をすることは、ある意味自分にとって「特別では無い」ので、普段、そういったものが「自分や人の心を支える」だなんて思うことは意外と少なかった。逆に、思春期なんかで、音楽を始めた人の方が、「自分はこれしか無い」だなんて、思えるんじゃないかな?なんて。

しかしながら、年を重ねて、やっと30代になって、ここ何年かは、音楽が人を救ったり、音楽が人や自分の心を支える、とっても重要なものであると思えることが増えました。時おり、こんなに素晴らしいものは無いなーと、こんなに美しいものは無いなーと思えることも。ちょうど年末にも、弦楽器の奏者20名ほどの編成でレコーディングがあったのですが、それはそれは美しかった。僕の中にある音楽が譜面になって、それを演奏してくれる演奏家の感情が音になっていくことに、幸せを感じました。

世の中には、素晴らしい作曲家の方々がいらっしゃいますし、まだまだ自分は先を進んでいくわけですが、なるだけ、頭ではなく、心で音楽を書ける作曲家になれたら、いいなーなんて、最近はよく思っています。

録音したので、良ければ聴いて下さい。即興なので僕の小言みたいなものですが、皆さんの心が、(悩んでいる人限定ですが、、)少しの時間だけでも軽くなるなら、これ幸いと思っております。

こちら

さて、心も軽くなったので、仕事しよっと!
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2015-05-04 01:54:14

GW 暇だなー

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今年のGW、皆さんはいかがお過ごしでしょうか? わたしの方は、打ち合わせがいくつかと、締め切りがほんのちょっと、それももう全て終わりまして、宿題はたくさんあるものの、正直なところ、ここ数年で一番暇な時間を過ごしております。はい。暇です。



さて、ちょっと衝撃の惨劇が起こりまして、その報告をしたいのですが、それは、文末にとっておこうと思います。



最近、「俯瞰(ふかん)」という言葉を覚えました。わたしの認識が正しければ、常にものごとを上から見下ろすようにとらえるということだそうです。一歩引いて考えるとも言えるのかな?



ちなみに、この言葉は色々なことに応用ができます。例えば、ものを判断する時に、「目先の利益に捕われない。」であるとか、「5年後、10年後、30年後のことを考えて行動する。」であるとか、「ピンチはチャンス」などなど。ただ、これば言う易しといった感じで、こういったことを実際に行動としてできる人は、なかなか少ないだろうなーと、経験上思います。頭ではそう思っていても、人は、目先のことに捕われやすいですし、ピンチの時は、より周りが見えなくなるものです。わたし自身は、生まれつき小心者ではあるのですが、自分で言うのもなんですが、どちらかと言うとピンチには強いかなーと思います。今までにも、色々とピンチはありましたが、結局、全てうまくいっている。というか、そのピンチを経て、より大きくなっていることばかりなので、そういった意味では、何事も、考え方次第であり、結局は、日常の中で起こりうるだいたいのことは、その人の価値観、資質、人格次第で、よくも転べば悪くも転ぶ.というのが、わたしの意見です。



物事の見る角度を変える。というのも、「俯瞰」ですね。一歩ひいて考えられれば、だいたいの物頃には良い面もあれば悪い面もあるということが分かってきます。人は、これは悪い、これは良い、と、多数に属し、決めてかかることが好きな生き物だなーとよく感じますが、そもそも、その善し悪しを計るほど、君の価値観は柔軟なのかい? そんなに君は立派な脳みそを持ち合わせているのかい?と、自分より大人の人も含めて、思う事もしばしばあります。



そういえば、最近、数人の友人、知人に、同じ様なことを言われました。「あなたはいつも戦っている」と。うーん、そういえば、過去にも、親しい友人知人から、同じことを言われました。言われた時にどう思ったかと言えば、「確かに!」と思いました。多くは説明しませんが、わたしの戦いは、すでに中学校の時から始まっています。きっと、人が踏み込まないような場所へ踏み込んだせいで、人が考えないようなことを、考えようとしたせいなのでしょうね。今思えば、その戦いも、すべて必然的であり、わたしは、そういったことと共に生きていく、大げさに言えば運命というか、使命なのかなーって。



でも、一方で、ある人が言いました。そうやって戦っているのは、ある意味カッコいいのかもしれないけれど、それでは体がもたないよ。と。だし、そんなに戦わなくたって、もっと楽をしたって、のんきに過ごしたって、幸せな未来、自分の目標の達成なども、十分にできる。と。それを聞いて、正直、少し「なるほどなー」と思う部分も。わたしは、そうやって、ある意味「敵」を作ることによって、自分の能力再現割合を上げたり、努力することへの意味にしたり、しているのかなーなんて。



でも、やっぱり、わたしは、そうともまだ言いきれないなーと思いました。そういった感情のある意味利用は、ゼロとは言いませんが、それでも、もっと若かった頃の、「全員嫌い」みたいなものは、年齢、実績、自信とともに、無くなっていますし、ある意味、すでにだいたいの考え方を許せるようになっています。ただ、それでも、逆に年齢とともに、例えば仕事の質の向上とともに見えてくる、理不尽さだったり、非合理的だったりすることは、やっぱり、嫌い。だし、自分の理想に対して、NOを言ってくるような人が居れば、やっぱり戦いたくもなります。そもそも、音楽家の道を選んだことと、そういったこととは、大きく関わっています。わたしは、ただ、「音楽が作れていれば、携わっていれば幸せ。」という人間ではありません。たくさんの職業の中から、感性や、思想、表現といったものをもろに全面に出せる職業。つまり、「自分の理想はこうなんです」って、言っても許される、さらに言えば、それが社会的な評価に繋がる可能性がある職業だから、この道を選んだ。少なくとも、もてそうとか、楽しいとか、そういったものでは無い。なので、まだこのスタンスは変わらないんだろうなーと思っています。



まぁこんなことも、俯瞰という視点で言えば、そういったことに対して、「無意味」と捉える人も居て当たり前だし、「価値がある」と捉える人もまた、居て良い。これもまた、その人その人の役割なのではないかなーと。なぜなら、人は、それぞれ違った考え方があって当たり前で、そうで無い方が不自然ですからね。だって、誰かと同じ人生なんて、誰一人歩んでないわけすから。誰に出会い、何を信じ、どんな言葉を自分の中にストックしたのか。どんな言葉が自分の心に響いたのか? それぞれが違うわけですからね。



さて、文末に来ました。ダカダカダカダカーーーーーーーー。ダン!!



三橋、先日、近所のラ-メン屋さんで、バックを置き忘れてしまい、食事を済ませてそのまま帰宅。気付いた時にはもう半日が経過しており、急いで店に戻りましたが、まさかの紛失。バックが貰い物なので一番残念でしたが、それ以上に、財布が中に入っておりました。。免許証も、保険証も、カードだなんだと、全滅しました。店内でのことなので、わたしのバックを持っていかれた方は、おそらく故意にもっていかれたのだと予想されます。お客さんか、もしくはお店の方か。。真実を知るすべはありませんが、中にわたしの名前が書いてあるものも入っておりますので、もしかしたら、このブログを見ておられるかもしれませんので、一応、お願いを。



もしお金にお困りだったのであれば、中に入っていたお金は無論差し上げます。ただ、バックは、大切な人に作っていただいた、オンリーワンのものなので、出来れば返していただきたい(涙)その辺で数千円で買えるバックとは訳が違います。手作りなので、売ったっていくらにもなりませんが、わたしにとっては、どんなブランド品よりも大切なバッグです。まだまだそのバッグと共に、行かなければいけない場所があります。また、カード類や免許証も、もう他人さまには価値が無いものです。無効になっておりますので、それらも、出来れば返していただきたい(涙) お願いです。着払いで良いので、送って下さい。。誓います。詮索はしません。また、想像してみて下さい。もし本当に着払いで送っていただいたら、必ずわたしはこのブログにそのことを書きます。そしたら、ちょっと良い話になるではありませんか! それこそ、ほっこり話ですよ。

「心優しい泥棒さんからのプレゼント2015」

的な話、良いじゃないですか、なんだか粋な感じだと思いませんか?最近暗いニュースが多いですからね、絶対、そういうの良いと思います。

と、お願いだけして、今日の日記を締めくくろうと思います。

三橋 俯瞰 隆幸












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2015-04-15 17:23:04

大好きな曲が完成しました!

テーマ:リリース情報
今日は、もう何年ぶりかと思いますが、本当に久しぶりに、仕事としてではなく、個人的な音楽作品としての楽曲が完成しましたので、紹介をさせて下さい!

この曲は、麦野優衣 さんという、それはそれは素晴らしい声と、音楽の才能をもった、僕の大好きなシンガーさんとの共作です。彼女が歌、歌詞を、僕が、作編曲を担当しました。

このシンガーさんとの出会いは、おそらく3年前くらい、彼女がアメリカの名門、バークリー音楽大学を卒業したばかりの頃だったと思いますが、初めて彼女の音源を聞いた時から、その才能はすでにずばぬけていて、当然のごとく、ここ数年で、どんどん活躍の幅を広げていかれているようですが、彼女が偉くなりすぎて、「お前との仕事なんかしてらんねーよ!」となる前に、こういう共作ができて、とてもとても嬉しいですし、すごくすごく楽しかったなーーー!

今まで、周りの皆さんのおかげで、昨年のレコード大賞優秀アルバム賞をはじめ、今までに、作曲家として、とても嬉しい賞や、リリースの実績をいただきましたが、それらを残せたのも、彼女の協力があったおかげです。こういう素晴らしい才能のある人の音楽が、もっともっと世の中に広がっていくべき! と、心から思います。

英詞の楽曲ですが、今日本語訳の途中ですので、それも完成しましたら、また改めて、ご紹介したいと思います。色々な方に聞いていただきたいので、もしよければ、シェアなどもしていただき、お友達にもご紹介いただければ嬉しいです!

それでは皆様、よろしければお聞きいただければと!

Promise

Lyrics by Yui Mugino / Composed and Arranged by Takayuki Mitsuhashi
SInger : Yui Mugino



 
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2015-03-20 01:49:20

レミファソラシ

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こんばんは。ただいま飲み会の帰りです。

その中の1人にとっても興味深い男性がいました。正直、驚きです。彼は、とても温厚な性格で、とても付き合いやすい友達です。しかしながら、よく考えてみると、彼のように平和すぎる人間は、僕の周りにはいません。彼は、人と競争することを嫌い、人と比較することを嫌い、もちろん人を蹴落としたりすることも嫌う人間です。加えて、そのいい人ぶりを、わざと演じているような、よくありがちなそんな人間でもありません。根っからの良い人です。その平和主義が影響して、人からいじめられたり攻撃されたりするのかと思いきや、そういったこともなかったようです。

僕は常日頃から思っています。人は、人と比較することをから逃れられず、嫉妬し、人の成功ひがむ。いつも周りのことを気にしていて自分のポジショニングを確かめる。それがむしろ普通だと思っていたし、むしろそれが当たり前だと思っていましたが、僕は初めて彼のような人と出会いました。少なくとも、喜怒哀楽の、「怒」がありません。しかも、喜哀楽も、それぞれ、薄い。♪で言うところの、レミファソラシです。

彼は、元彼女に言われたそうです。「つまらない」と。僕からしてみれば、それは仕方のないことです。なぜなら、彼は、笑いを取ろうとしていないからです。

彼は、特別な修行や、滝に打たれたわけでもなく、特別に、何か宗教や、哲学的なものを学んだわけでもなく、生まれつきの聖人です。僕はそのことが本当に珍しく思えて、約2時間彼に質問ばかりしていました。面白すぎて、腹から笑う場面もありましたが、最終的に出た結論としては、彼は、きっと人間としてのステージの最終週を迎えており、来世は神様の1歩手前ミスターポポになるのだと言う結論にいたりました。
相当に興味深い一夜となりました。世界は広い。
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2015-03-09 02:00:40

DVD6本に加えて

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先週末より3日間、久しぶりにのんびりな日程だったので、心の充電をすべく、DVDを6本、ドラマを全11話、普段聞く事の無い音楽なんかも聞いてみたりと、レッスンや、仕事の合間を見ては、のんびり、寝不足になるまで余暇を満喫しておりました。やっと1年間の大仕事を終えたのもつかの間、ここぞとばかりに、映画、J-POP、インスト等、色々なお仕事を頂いておりまして、今週、来週とそれらと向き合うことになりそうです。



最近はそんなこんなで、一難去ってまた一難的な状態でして、実は、今日もさきほどまで、クライアントとのメールを見ては、頭くらくら、吐き気等、完全に、ストレスに潰されておりました。今年は、様々な具体的目標、目的を設定しましたので、おそらく人生で2番目くらいに大変な時期になるだろうと予想していましたが、おそらく当たっています。抱えている案件が多岐にわたり、また、中期にわたるため、常に何かと何かと何かを平行させていくこの感じは、30代の僕でも、たまに処理がきつい時があります。。しかしながら、これだけ色んなハードルが置かれていて、いくつかの案件は、先があまり見えない距離にある、この状況は、正直悪く無い。。とも思える。きっと音楽の神様はこう言っている。



「このハードルを越えられたなら、また次の素敵な音楽の世界を見せてあげよう」



僕はいつもそう思っています。今抱えている案件のだいたいは、年末には結果が出ます。今年の年末は、きっと、笑っていたい。絶対笑っていたいなと、心から思います。



そういえば、最近落ち込んだ理由を思いますと、いくつかあるのですが、例えば、



「辛い時はいつでもあなたの支えになるよ、いつでも応援しているよ」と言ってくれていたとある人が、いつの間にか、僕の元を去っていました。



また、「今、一番近くに居て欲しい人」も、訳あって、近くにおりません。



なんだか、神様はなかなか厳しいですね。一人で考えさせることで、成長を促しているのでしょうか? いじわるだなーと思いますが、苦しい分だけ、努力した分だけ、それが大きく報われることを僕は知っているので、めげずに頑張っていこうと思いますが、使い古された言葉であれですが、「人間関係は結構難しい」といか、興味深い。。



残念ながら、綺麗な感情だけで、お互いにとって素敵な感情だけで構成されることは、稀かなと。ある角度でものを見てしまえは、あの言葉はなんだったのだろうか? もう人は信用できない!なんてね、思えることだらけではありますが、それを、真っ向から否定できない自分もいる。所詮そんなもんさってって、諦めてるってことでも無いんですが。。 なんでしょう? その事自体はl、勿論悲しいことではあるものの、それも含めて、人間というか、僕もそうですが、欠陥だらけですから、自分もそうであるように、相手もそうであるということに尽きる。もしかしたら、であるからこそ、音楽や、その他の芸術的な作品は、美しいものを描く価値があったりするのでは?? なんて思ったりもします。「無いから求める。」的な。



しかしながら、僕個人的には、あくまで、生涯で一人で良いので、心が繋がる恋人、生涯に一本で良いので、人の心奥深くに届く映画とその音楽、多くの人に感動を与えるような、透き通ったJ-POPとか、それらのものを、話の中だけではなく、現実こ社会で、作り出す側として、実現する側として、追い求めたいですし、そんな風な人や音楽に愛し愛された人生がもしあったら、とっても素敵だと思いました。



丁度、野島伸司さんの作品を見ていたのですが、僕はあまり詳しくは無いのですが、そのセリフのあらゆる場面に、綺麗な言葉、美しい感情が並んでいる作品を見て、あーこれは作り物ではあっても、作者の意図は、作者の真意は、作り物ではなく、実際に目指すところなのかなー?なんて思いながら見ていました。作家は、自分の作品を通じて、「世界はこうあるべきだ!」って、一生懸命デモ活動しているような気がしています。少なくとも、僕は、それがしたくて、音楽家としての生き方を選んだので、なんか見ていて、表面的には時に、作り物に見えてしまっても、なんかその美しい言葉を並べたデモ活動が、僕にはとっても心地よかったのでした。



さて、明日は、朝一で、確定申告のための書類をまとめてもらうため、お出かけです。レシートまとめるのに半日かかりました!疲れました。寝ます!








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2015-02-09 23:24:21

最近は、気になる話題が尽きませんね、

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今年は、年明けより、いくつかのプロジェクトが平行して動いていることで、なかなかのんびりできませんが、なんとか一つ一つ、眠気と戦いながら、乗り切っている毎日です。

さて、そんな中ではあるものの、さきほど晩ご飯食べながらテレビ見てましたら、またどこぞで母親が子供を殺す事件が報道されていました。
少し前は、日本人の人質事件。おとといくらいには、ビルで立てこもり、昨日あたりで、小学生が殺害されたり、もうちょっと前は、いつしかの秋葉原で怒った無差別殺人の罪で服役中の方の、確か、死刑が確定したとか、、。

どれがどうのこうのと、内容を詳しく知らないまま言及するつもりも無いのですが、僕自身、全体になんとなく共通するものを感じています。

あくまでテレビニュースからの情報を読み取ったものですが、例えば、今、中東で話題になっている組織の件ですが、そこへ兵士として志願する方のほとんどが、各国の、社会のいわゆる貧富の差や、色々な理由で適応できない、そういった、現存の社会にある意味不満のある人が、居場所を求めて集まっているらしいという話。

小学生の殺害も、秋葉原の事件も、いつだったろう、恋愛のもつれで人を殺害してしまう人もいますね。これら全て、結局のところ、社会の競争原理、比較の原理の場において、ある意味、負けた人、適応できなかった人が、腹いせのように、相手や、時に他人を巻き添えにし、自己をアピールしているように見える。

人は、自分のことが大好きで、大切だから、多分、だいたいの人が、バカにされたり、裏切られたり、勝負に負けたりしたら、悔しかったり、情けなかったり、自分のプライドずたずただったりして、そりゃ、大変だ。唯一自由なのは、自分の心の中で、一生懸命、ものごとを正当化したり、おもいっきり他人をさげすんでみたりして、なんとか、自分のバランスを保ったりするものだけれど、それもコントロールを失った時には、他人に危害を加えたり、自分に危害を加えたりして、何かを主張するのかな。。と、思う。

正直なところ、それら全てが悪だと言いきれないところもある。なぜなら、僕自身も、普段の生活の中で、気持ちの良い人間に出会えることなんで、稀であるし、基本的に人間の思想は、一般的にくだらない。と思うことがほとんどだからだ。比較や嫉妬をすることが大好きで、多数に属することで安心感を得たり、物の価値をお金で計ったり、人や自分の価値さえも、お金や職種で計ったりしている人もたくさんいるような勢いすら感じる。表面的な言葉や、装いといった、分かりやすい部分だけでしか物を判断ができずに、人の人間性を見ることをあまりしないような人も、たくさん出会います。

そんな世の中で、要は、器用に生きていける人だけがなんだか楽しそうに生活してて、器用さにかけたり、勉強ができなかったり、スポーツが出来なかったり、貧乏なお家で生まれた人は、だんだんと居場所を失って、その中の何人かが、こういった事件を引き起こすのでしょうか?

僕は、それは可能性の問題として、無関係とは思わないけれと、それはやっぱり、単なる言い訳のようにも思えるし、正直、同情はできない。

例えば僕自身、職業が音楽家で、普段は先生と呼ばれて、会社も経営してたり、昨年は作曲家として、名誉ある賞もいただいたり、自慢するわけでは無いですが、周りの方からは、冗談まじりでしょうが、お金をたくさん持っているだとか、自由に生きているだとか、好きな仕事をやっているだとか、時に羨ましそうに言われたりもします。しかしながら、それら全て、無償で与えられたものではありません。両親も音楽家でも、経営者でもありませんから、始めから用意された道なんて、一つも無かった。それこそ、家族はもちろんのこと、一部の友人にしか見せていないであろう、悔し涙や、不安、自分に実績など何も無かった時の、惨めな思いをバネに、それでも世の中には素敵なものもあるんだって、自分の価値、人間の価値、音楽の価値を信じてきたから、今それなりに前向きにやれているのだと思っています。

そういった意味では、世の中が決して平等ではなく、時に努力では容易にカバーできない、資本であるとか、そういったバックグラウンド、いわゆる「不平等な世の中の仕組み」を、僕はもう中学生の段階で、目の当たりにしていました。それを知った時は、そりゃぁショックだったり、悔しかったし、いわゆる挫折感で、プライドもずたずたでしたよ。だって、それまでは、勉強が出来れば評価される、足が早ければ評価されるって世界でとっても単純だったわけですから。

それでも、そこから、少しずつ這い上がって、ある段階で、その不平等や、社会の仕組みを受け入れるキャパを自分に備えて、その中でも尚、戦っていきたいと思いましたし、お金や、お家や、キャリアや、コネだ、そんな低次元なもので自分の思想や目標を左右されてたまるかって思いましたよ。それに、そんなくだらない社会に、「美しい音楽」で張り合うなんて、なんか素敵だし、だから価値がある。音楽が芸術という枠にカテゴライズされている理由もそこにあると僕はそう思っています。

少なくとも僕は、ただ楽しいから音楽家をしている訳ではない。でも、この仕事を選んで本当に良かったとは思っている。なぜか? それは、それまでの経緯があるからだ。もしこの世の中が、そういった社会でなかったら、そこらじゅうが幸せだらけだったら、きっと、表現の世界に興味を持てなかっただろう。だって、声を大にして、人生をかけてまで、そんな世の中にアピールしたいことなんて、生まれなかったハズですからね。別に、一般的な勉強も不得意では無かったですしね。

何が言いたいかと言えば、結局、どんな状況下でも、本人の人間性、思想次第で、良くも転べば、悪くも転ぶ。世の中は、不平等であるし、生まれつきの貧富の差、脳みその優劣はあるでしょう。でも、そういったネガティブな要素に自分の心を制圧されてしまうのか、それでも尚、何かを信じて、未来を作る方へ、転換していくのか。だいたいの人間が、そのどちらも選べるチャンスがあるはすで、それを見過ごして、もしくは、気付かないふりをして、戦いに出ることもせず、また負けを認める勇気を持つこともせず、世の中に文句をただ垂れ流すような人生は、それこそくだらないと、僕は思う。

こういった悲しい出来事を、もちろんすぐには解決できないけれど、皆がもう少し、他者を認め、自分の弱さを認め、でも、自分の価値も認めてあげることで、他者と比較せず、もう少しだけゆったりした心で人間関係を構築できたら、、と、思うのですが、皆さんはどう思われますか?

そういった意味では、加害者の方も、被害者の方も、犠牲者ではあるのかもしれませんが、当然、当事者は、そんな寛容な心でものは見れないでしょうし、ともあれ、出口の無い、心の痛む話だと思いました。

今日は、ニュースを見て、そんなことを思っていました。

さて、明日は、今年よりプロデュースを手がけているアーティストさんの、大事なリハーサル、明後日は、本番です。まだまだプロジェクト始動したばかりですが、少しずつ、自分の音楽を具現化していけたらと思っています。

おやすみなさい♪






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2014-12-31 07:52:46

日本レコード大賞 優秀アルバム賞 いただきました!

テーマ:リリース情報
昨日、嬉しい報告がありました!

今年リリースされました、JUJUさんのアルバム「DOOR」に、わたしの楽曲、「春雪」が、収録されているのですが、そのアルバムが、「日本レコード大賞 優秀アルバム賞」を受賞いたしました!

今年は、色々と、別件で忙しく、なかなか多くの楽曲を書くことはできなかったのですが、こうして、年の終わりに、素敵な賞をいただき、本当に嬉しかったです。日頃から応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます。

音楽の神様が、また少しご褒美をくれたので、来年も、不安に負けず、戦っていこうと思います。

実は先日、とあるアーティストさんの、音楽プロデューサーとして仕事をすることも決定し、来年は、また、忙しくなりそうです。自分の音楽を、自分の決定権の中で、制作したいという想いはずっと持っており、その想いが、計らずも通じた形となりました。よりすべての責任が自分にかかることになりますが、その環境でしか成長できないことが必ずあると思うので、いただいたチャンスを大切に、また、自分の音楽を信じて、進んで行きたいと思います。

来年も、三橋、頑張る!えいえいおー。


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2014-12-23 05:42:30

今年は、楽しかったな

テーマ:ブログ
もうすっかり年末ムードですね。昨日、実はとっても良いことがあったので、気分が良いうちに、一足早く今年をまとめるべく、ブログを書いてみることにしました。

今年は、かなりの変化、チャレンジの年となりました。かつての恩師や、いろいろな方に支えられる形で、なんとか、かなり厳しかった、春頃の走り始めの状況を乗り越えて、今は、春には全く見えなかった場所から、目標を見定めています。それでも、ゴールはまだまだ遠いですが、来年の末までを期限と決めているので、それまでに、なんとか達成できたら良いなと思っています。また、音楽家として良い報告ができるように、来年も引き続き、頑張ります。

さて、昨日は、本当に気持ちの綺麗な出来事がありました。人間関係の素敵な面を見て、心がポカポカになってしまいました。日頃より、人と人との気持ちの面で、何が素敵か、何が素敵じゃないかを良く考えていて、自分なりの理想があるのですが、そういった意味では、心が繋がっている実感というか、そんなようなものを感じて、今も心が満たされています。ブログでもよく書きますが、人間関係って、時に素晴らしい。人の心って時に美しくて、目の前にある不安や、利己的なものなんかを飛び越して、誰かを信じてみたり、何かを信じてみたり。そうやって人間関係が繋がることって、日常の社会生活では、なかなか無いと僕は思うのですが、僕は、逆にそれを大事にしていきたいと思っているし、そういう関係性で成り立っている人間関係の中で、人生を送ることが目標なので、そういった意味では、そういう思想が一つ、形になって、返ってきたのかなーなんて思いました。嬉しかったなぁ。

今年はどんな年だったかなーと考えると、もちろん「チャレンジの年」ではあったのですが、もうちょっと言うと、「自分の思想や、スタイルを、現実的に貫いた年」だったように思います。「言うは易し」と言いますが、何事も、「頭で考える」までと、それを「実行する勇気」との間には、天と地との差がある。何かを頭で考えたり、何かを言葉て言ったりすることは、何かを成し遂げるプロセスとして必要かもしれないけれど、それは、現実的な数値では、「0」に等しい。どんなに立派なことを言っていても、一歩でも二歩でも現実的に動いた人の方が、はるかに立派だ。そういった意味では、自分は動けたわけだから、その点に関しては、そんな自分が好きだし、かっこいいと思っています。これを、ちゃんとゴールまでもっていったら、もっとかっこいいし、そういう人間が、僕は好き。

昨日、とある人と、その約束をしました。お互い、乗り越えなければいけない壁を抱えているけれど、それを乗り越えて、より素敵に人間になろうという約束です。何か素敵なものや、美しいものを得るためには、それ相応の努力と時には覚悟も必要だと思っている。来年の今頃は、また今とは全然違う場所から、全然違う景色を眺めて、新たな目標を見据えていたいな。今は、その扉をこじ開ける時期です。

三橋、なんとかして、こじ開けます。



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2014-12-09 02:53:35

美しい話

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前回は、ちと愚痴っぽくなってしまいまして、今回は、綺麗な話を書こうと思います。最近も、有り変わらず忙しくしておりまして、仕事、勉強ともに、お陰さまで充実しているのですが、残念ながら、プライベートは、そうでもありません。。

今日も実は、いくつか嫌な話を聞いてしまい、心の中が、どよーんとしていたり、怒りに似た感情が溢れて来たりもしますが、なんでしょうね、「怒りたい」というよりは、「美しくありたい」「素敵でありたい」そういう風に思いたい心情です。

33歳は、まだまだ若いとも言えますが、それなりに色々と経験してきたつもりですし、比較的若くして、物事を色々な角度から見たり、何が大事で、何かくだらないのか、見分けるくせがついていたお陰もあって、最近は、見えてしまうその負の感情が、時々辛くもあります。人間の感情は、そもそもそんなに立派には作られておらず、人の本音は、残念ながら、他者からはなかなか見えない。

自分が音楽家をしているのは、その繊細な、美しい感情を守りたかったり、そんな感情を大切にする人生を生きたいから、こうやって、「表現する」世界に、まだ興味が残っているのだと、思っています。世の中のルールみないなものって、所詮人間が作ったものですよね。人は、色々な価値観で物事を判断し、その時代、時代で、何が優れているだとか。何が、劣っているだとか、誰が偉いだとかどうとか、景気が良いだの悪いだの、ブームのように移り変わる「風」に踊らされているようですが、そもそも、大切なものって、そうは変わらないと思うんですよね。

例えば学歴、例えばお金、例えば地位や会社。どれもある人から見れば評価の対象なのかもしれないけれど、僕が常に大事にしたいのは、性格。とりわけ素直さ。人の言葉に耳をかたむけ、先人から知恵を引き出して、自分の糧とするような、そんな性格が何より大切だと思う。

僕は、何人かの作曲家志望の生徒を抱えているけれど、とりわけそのことには、とっても気を配っている。作曲家になるのに一番大事なことは何か?と聞かれれば、嫌いな人間に対しては、「才能」と、言うだろうけど、好きな人間、素直な心を持った生徒に対しては、「努力と、素直さ」そう答える。そうあって欲しいと心から思うし、自分も、かつて、恩師の背中を見て、それを教えて貰ったのだと思っていますしね。

人は、生き方を、自分で決める人と、周りの状況に踊らされて、決められている人(と思いこんでいる人)がいる。それは、倫理的にどうだとか、社会的にどうだとか、大人としてどうだとか。でも、考えてみたら、そういう観念もすべて、自分達で作り上げていることに気付けば、いかにそれがくだらないかということに気付けるのだけれど、残念ながら、一度多数に属することに慣れてしまうと、なかなか自分のルールを敷いて生きていくのも勇気がいるのかなー。。なんて思います。でも、それはとってももったいないことだと、自分自身は思うけれど、、

もっと、素敵な思想の持ち主がたくさんいて、もっと人の心に目を向けてあげる人がたくさんいて、むやみに人を傷つけず、むやみに人を判断せず、他人に優しく、自分に厳しく。な世の中になったなら、もうちょっと、風通しの良い世の中になるのかなーなんて、日々思うのですけど、立派な人がそうたくさんはいらっしゃらないことから分かるように、世の中の大半は、そういった集団行動で成り立っているようで、誰もその枠から出る勇気、自分のルール、自分の思想、生き方を、自分で、決めて歩いて行くような命知らずの旅を挑む人は、なかなかいないらしい。

そのくせ、自分より劣っていると分かるやいなや、くだらない感情を抱くのだから、寂しいものです。

今までも何度か言いましたが、人間は、サルや犬よりはまだ賢いのだから、もうちょっと、素敵な思想でものを考えても良いのでは? なんて思うのですが、皆、自分の身を守ることで精一杯のようで、なんとも。一体何に怯えているんでしょう? その「怯え」さへも、自分達で勝手に作り上げて、勝手に追い込まれているだけなのにね。。 

はー。最近は、新しいことへのチャレンジ中なので、これまた作曲家とはまた全然違うフィールドで、努力を惜しまずまた1から頑張っているのですが、僕は、そうやって、新しいフィールドに飛び込む勇気を持っていて、また、有言実行することで、そういったくだらない発想を持たないように作用させているのですが、やはり、人は、成長を望まなくなったり、おごった瞬間に、終わる。そう思います。

ちょっと話はそれますが、「愛」なんかも、この世にどれだけ本物の愛があるのかなーって考えてみても、正直、信じられないことが多すぎる。こんな悲しいことは無いですね。それもすべて人間が作り上げた社会。せめて、自分の周りくらいは、素敵でありたい。そのための努力なら、惜しまないし、自分は、そんな世界があることをある意味、社会に証明したくて、音楽家をやっているところもあります。「社会に証明」だなんて、ドラマのフレーズのようですが、本当にそうなのだから、仕方ない。それに、こちらはドラマよりもリアルで真剣勝負で、シビアだ。でも、それでもそんな世界を描きたいと思うくらい、音も曲もそうだし、絵や、その他の芸術もそうですが、最終的には、「人の感情」というのは、時に素晴らしく美しい。僕は、今まで出会ってきた数人ではあっても、それを教えてくれた人がいたわけで、その感情は、この先もずーっと信じて守っていきたいなーと思っています。

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2014-11-01 23:53:20

階段4段目〜5段目ってとこかな?

テーマ:ブログ
お久しぶりです。三橋です。

ただいま、階段4段目~5段目を登っている三橋です。

つい1ヶ月前くらいだったろうか、久々に相当ながっくしな出来事に、追い込まれ、落ち込み、いい感じに回復していたはずの潰瘍がまた痛みだし、相当に復活までにエネルギーを使ましたが、その代償というべきか、しばらくしてからは、逆に予想外の逆転劇で、階段をまた1段登ることができました。

まだまだ先が長いだけに、まったく楽観的では無いものの、少なくとも今年の春の時点では全く見えていなかった階段を、ここまで登ってきたことに対しては、自分を褒めてあげたいところです。

ちょっと、タフな戦いが続きますが、引き続き頑張るしか無いですね。。

さて、世の中は3連休ですね。僕は、1日だけほぼほぼ休みな感じにできそうで、今日は久しぶりにブログを書いてみました。

書きたいことは結構あります。今年はそれこそ色々とストレスフルでしたので。軽くしぼってみて、

①携帯電話について
②世の中の「噓」について
③悲しいニュースについて

です。

ます携帯電話ですが、僕はauの携帯を高校生から使ってまして、ここ数年のスマホブームには、2年ほど前に乗っかりました。INFOBARというのを使っているのですが、売り場を見てみて、一目でこれにしよう!と、買った決めては「見た目」です。わたしは、携帯に求める機能は、①話すこと②スイカの機能③たまにネットが見れること

以上なので、値段もほぼほぼ同じとなれば、あとはデザインで決めたわけですが、その携帯も、もう2年が経ち、動きもだいぶ遅くなり、正直不便なところまできていたので、今日仕事の帰りに電気屋さんに寄ったわけですが、そこでガックシな出来事が起こりました。というのも、まず、わたしの持っている可愛い携帯の後継機種は、すでに売り切れており、更に、新しいものも、発売が未定のようです。←店員さんの話によると、、

では仕方なく、他の機種を見てみたんですが、これがまた、ビックリ。その機種も、同じに見える。、、

店員さんの凄い勢いでセールスが始まったと思えば、「この携帯は、遂に(culminate)通話しながらでもネットが見れます!」だそうな、、 わたしは聖徳太子大先生でも、一時期のピンクレディーさん並に忙しいわけでも無いので、通話とネットを同時にすることに全く興味がなく、響かなかった。

続いて、スイカ機能さえついてれば、i-phoneでも良かったのですけど、、と言うと、今度は、在庫がもう残りわずかで、たぶん今日が明日で売り切れます!!だそうです。お早めに!と言いたいのだろうけれど、携帯なんぞ、こんなありふれたもの、いつでもどこでも誰でもいくらでも買えますからね、まったく響かないセールストークでした。というか、よくこのverが売り切れ!!とか、言いますけど、メーカだって売るのが商売ですから、嫌でも毎年のように新しいものを出すわけですよね。それこそ、ユーザーが必要無くたって、作らなきゃいけないのがメーカーですから、それこそ年中新発売してますよね。個人的には、3年に一度くらいで純分だ。メーカーの押しつけにしか見えない。

現状、簡単に言うと、もうi-phoneか、それ以外か。。 みたいな2択になっているような気すらしましたね。僕も appleのPCは2台持ってますし、良いとは思いますが、それ以外の選択支が無いってのは、悲しいですね。

先日可愛い靴サンダルを探しに行った時も、売り場に、あんまりにも同じようなサンダルしか無いので、店員さんに、「なんでこういうつまらないサンダルしか無いんですか?昔はもうちょい色々なデザインのもの、値段は高かったけどありましたよね?」と聞きましたら、まっとうな店員さんで、こんな答えが帰ってきました。「そうですよねー昔は面白いのありましたね~。今は、面白いものを作ってもどーせ売り上げとの採算が合わないらしく、結果、どのメーカーも、誰でも買ってくれるような、ぶなんなものを作るように、なってしまった。」そうです。サンダルの職人さんに同情します。きっと才能のある方も、仕方なく、つまらんサンダル作ってるんだとうなーと、想像してしまいました。


さて、次の話題。これは、半分面白い話題ですが、「世の中の噓」についてです。皆さんは、世の中が、どれくらいの噓をついていると感じますか? 僕は、もちろん日常の中にはさほど多くは無いと思っているのですが、問題は、商売がからんだ時です。商売ですから、多少のセールストークは、仕方無いかな?と思いますよ。しかしながら、いつのまにか、「そこはマズいだろ噓は」ってことが、結構あります。例えば、さきほどの携帯の話でもそうですが、別に携帯電話なんぞどれを買おうが大差ないですし、買ってもらいためのセールストークは、こちらも折り込み済みですよ。でも、時に、人の将来にすごく関わることであったり、とっても大事な話だったりするのにもかかわらず、平気で自分の利益を得るために、人に噓をつく人が、わたしの周りにも少なく無い。わたしの場合は、営業トークの定型というか、あの低レベルのくだらないメソッドが手にとるように分かるので、のせられることは無いのですが、人のことを妙に信じやすい人間も世の中にはいますからね、そういう人が、企業の売り上げをあげるための犠牲になるのは、いささかどうなんだろう、、 と思ったりはします。

ものを売る商売もそうですが、例えば教育の分野だったりにも、そういった企業のもくろみが見え隠れすると、なんだか、ものごとを真剣に学ぼうとしている人間にとっては、悲しくなったりもしなくは無いですね。

最後にニュースのお話。先日、中学生が、精神的、肉体的な虐待によって、自宅で無くなった悲しい出来事、皆さんもお聞きになったでしょうか?

わたしは、最近は忙しく、朝も、ちょっとテレビをつけた時のニュースを流し聞きするくらいだったのですが、あの二ュースには、久々に怒りがこみ上げてきました。「息が臭いから、食べる時以外はマスクをしろ」なんて、人間の言う言葉じゃない。あれば、ある程度の脳みそにも達していない、「動物」の言う言葉だ。と思った。

人には、言っていい言葉と、ダメな言葉。して良い表現と、良く無い表現があると思います。あれば、確実に、良く無い表現だ。しかも、自分より弱い立場の子供に対して。。そんなに低レベルな、汚い、ひどい言葉をあびせるなんて、「どんだけ幼稚で、どんだけ弱い大人なんだ、、」と、怒りが込み上げてきました。子供本人が、その言葉にどれだけ傷ついただろう、、
 
賢い人間は、大人になるに連れて、ある程度の忍耐と、強さを兼ね備えます。そうなってしまえば、ある程度の人から受ける心無い言葉は跳ね返せる。わたし自身も、今まで何度となく、心無い悲しい言葉をあびせられてきました。色々と、はっきり覚えている言葉もあります。でも、ある時から、思ったのです。

「あーこの人は、人の心の中を少しでも想像することができない可哀想な能力の低い人間なんだな」
「あーこの人は、こうやって人を傷つけることでしか、自分を評価できない可哀想な人間なんだな」
「あーこの人は、自分の生きてきた、たった一つの世界観が、世界のすべてだと思っている、ちょっと価値観の狭い人間なんだな。想像しろってのが無理なんだとうなー。」

なんてね、そうやって、心無い言葉を浴びせてられた状況を、自分を守り、前へ進むために、必死に乗り切ってきたわけです。ようは知恵ですね。そして、そういった人とは、人と人のつながりを諦める。悲しいけど諦めるんです。それがわたしがとってきた行動です。人と人ではなく、人と動物? みないな関係にしてしまえば、諦めもつきます。相手を真人間だと思うから、言葉を真に受けてしまうのだから、、

でも、子供には、それをするだけの経験値と、精神的な強さ、知恵がまだ備わっていない。そんな子供に対して、大人が心無い言葉をあびせた結果、そして、精神的だけでなく、肉体的にも虐待した結果、彼は、自殺を選んだ。想像するだけで心が痛む。世の中、たいがいがくだらないとは思っている自分としても、こういうのはちょっとあまりにも惨いし、「世の中のせい」では済まないのでは??

わたしはせめて思うのです。確かに世の中は競争社会であるし、色々な部分で自分に自信が持てなかったり、周りのせいにしたくなったり、そりゃありますよ。そこに弱い人間がいれば自分の優位性を保ちたいがために、そういった行動に出たくもなるのかもしれない。でも、どんなに最悪でも、どんなに不公平に思えても、大人なのであれば、自分のことは、せめて「自分自信の中で責任を取れ。」そう言いいたい。 ましてや、自分より立場の弱い子供にあたるなんて、あってはいけない。それはあまりにも幼稚な行動だ。もっと、自分自身に焦点をあてるべき。自分自身の弱さを、自分自身で受け止めて、少しずつ改善する。そんな作業ができる人だったら、こんな最悪な結果にはならなかったように思います。最近は、大人の顔した子供が多いですね。。どうせエネルギーを使うなら、自分より強いもの、自分が理不尽だと思うもっと大きなものに対して、怒りをぶつけたら良いのに、、 いくらパワーがあったって、びくともしないであろうでっかい壁なんて、そこら中にあるんだから、そういった強いものに向かって、パワーを使えばいいんだよ。目先の弱者に矛先を向けるなんて、弱い人間のすることだ。


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