走ることの喜び

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豆腐はかつて米国で「家畜の餌」と呼ばれ、最も嫌いな食べ物に挙げられていたそうです。
それが今、健康ブームもあり、全米の半数のスーパーで販売されるほどに。

乳業企業の駐在員が豆腐を米国に持ち込んだのは20年前。
彼は試行錯誤の末、米人向けレシピ本を出版。
「ミスター・トーフ」と名乗り、新聞の連載やラジオ番組も手がけました。
普及への突破口は、飲み物にしたシェークだったという。

彼は言いました。
「”売れない”と思ったら、勝負は始まる前から負けています。
骨を埋める覚悟で打ち込めば、できないことはない。」と。

仕事を成した彼の結論です。

同じ課題でも、”やらされている”と思えば重荷になります。が、
覚悟を決め、その課題にやりがいを見いだせば、成長の手応えも、充実感も得られますね。

「義務」と思うか、「権利」と思うか。
挑む姿勢で、得られる結果は180度変わります。
どんな壁でも超えてみせるとの覚悟があれば、知恵と喜びもわきますね。
この姿勢で今、目の前の壁に挑みたいと思います。


さて、少しあけてしまいました。ネタがたまっています。

先日、ついに淡路島のマラソン大会(本番)に行ってきました。
朝早くから三宮に集まり、5人の戦士と1人の僧侶がレンタカーで旅立ちました。
マラソン大会は以外にもたくさんの人で18歳の若者から80歳のおじいちゃんまで、1500人もの人が集まったみたいです。
僕らが走るのは10km。
普段夜の涼しい時間に練習していた僕らにとっては、今日という日の晴天の日差しはすがすがしい反面、体力を奪い、完走できるか少し不安。

しかも、コースをみてみると10kmのコースだけ5km地点から激しいアップダウン!
山登りやん!ってつっこみながらスタートしました。
後にこの山が地獄の坂だったことにも気づかずに・・・。

一時間で完走することを目標に時計をみながらペース調整。
まわりをみるとみんなちゃんとマラソンの「いかにも」っていう姿をしていてかっこいい。
僕の走っている格好は、サッカーのユニフォームにサッカーパンツ、どっからどうみても完全にどっかのサッカー部員。
走っている途中、道端の小学生から「サッカー部や!サッカー部や!」とちゃちゃをいれられ、「サッカー部なめんなよ!」と口には出さないけど、心の中で言ってやりました。

途中に給水ポイントがあり、よくテレビでみるやつを一度やってみたかったとはしゃぎながら迷わずゲットしましたが、元気なのも束の間。
ついに地獄の坂登りがやってきました。
登りきって平坦な道になっても、少し進むとまたすぐ登り坂。
どれだけ登りが続くのかわからないのがまた精神的にダメージを与え、さすがに途中上り坂がまたみえてくると、
立ち止まり、後ろを振り返って、坂を指差し後輩達に「あれどう思う?いやがらせやろ!」と愚痴を言ってしまう始末。
何度も心が折れそうになったけども、70歳近いおじいさんが同じ上り坂をあきらめずにがんばっている姿をみて、これも試練だなぁと。「人生と一緒だ」と勝手に人生に例え、なんとか登りきりました。

あとは下り坂。最後の3kmは後輩達を置き去りにし、ラストスパート!

できるだけ足に負担をかけ、体の体力的な部分は維持できるように意識しながら走り、なんとかゴール!
一時間をきれなかったものの1時間4分という結果で完走しました。

高校の現役時代は40分くらいで走っていたのに、衰えたものだなと感じながらも、完走できたことにとても満足。
やはりスポーツはいいですね。
ますますマラソンにはまってしまいそうです。でも10kmが限界。
ハーフを走る人たちは見た目から筋肉が違うことがすぐわかり、これは無理だと判断しました。
けど70歳くらいのおじいさんががんばっているのをみてステキだなあと思いました。
僕もおじいさんになっても元気にサッカーをしていたいもんです。

人生もマラソンですね。途中いろんな困難がありますが、それを乗り越えたときの喜びは最高ですし、走り続けること(=挑戦し続けること)は、体力のづくり(=成長)になります。
さぼってしまっては、そこに何もありません。
これからも人生というマラソンを走り続けたいと思います。
最後にマネジャーさん。勝手に写真を使わせていただきました。ごめんなさい。
マネージャーさんの働きには感謝です。本当にありがとうございました!


今日の一言
「働くことが楽しみなら、暮らしはすばらしくなる!働くことが義務になったら、一生奴隷暮らしだよ!」
by ロシアの文豪ゴーリキーの劇「どん底」の言葉
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