真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

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道の駅とうわで目を覚ました俺は、春先の寒さに身震いしながら身支度を整え、朝ごはんに知り合いのインド人から貰ったジェットチリソースを使ったおむすびを頬張った。ニンニクやスパイスがたっぷり配合されたソースは非常に辛く、件のインド人の店では名物のひとつに数えられている。

自分で炊いたごはんに混ぜて握っただけの武骨なおむすびだが、こういうのもたまには良い。


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この日は午前中の時間を使い、花巻市の外れにある東和町各地を巡った。

駅周辺には今でも賑わいを保つ商店街があり、駅を中心に街が広がっている状況がよくわかるが、その中心から少し離れると、小さな集落が点在しており、小学校や猿ヶ石川の桜並木が満開を迎え、成島の毘沙門堂と三熊神社では風物詩である泣き相撲の準備が着々と進み……と、訪れる土地ごとに様々な表情があった。駅から離れた場所で、現代の喧騒からは少し外れて静かに育まれて行く美しい文化に出会う瞬間は、旅人冥利に尽きるのである。

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帰りは11時の汽車で花巻を目指すつもりだが、土沢駅前に戻って来たときにはまだ10時を回ったばかりでかなり余裕があった。駅から結構遠くまで出掛けたつもりだったが……。

なので時間が来るまで、土沢の街をのんびり歩いて見ることにした。

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駅前の目抜き通りが、そのまま寺院に続いている。遠野とは雰囲気も何もかもが違うが、信仰が生活の中に静かに根付いていることを感じさせるという点では、古き佳き北東北の印象そのままだ。

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釜石街道の宿場街という共通の歴史を持つ宮守と何処か近しい空気が感じられる土沢だが、駅が無人になり、それどころか取り壊しの話まで持ち上がっている(現在は既に取り壊され済み)宮守に比べ、未だにしっかりと街道の中継点としての賑わいがあるように感じられる。大好きな宮守にももう一度、昔のような活気が戻って欲しいが……。

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土沢駅は、岩手軽便鉄道が最初に花巻-土沢間に開通した際の終着駅だった。このことから、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出て来る始発駅のモデルになったともいわれている。

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非常に広々とした駅前広場は、此処からワクワクする旅路――それは銀河へ向かうものだったり――が始まることを予感させてくれる。

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土沢駅は1913年に開業したから、もう100年以上の歴史を経ている。

開業翌年には晴山駅が完成し、土沢駅が軽便鉄道の終着駅だったのは僅か1年間だったが、その歴史が色褪せることは永遠に無いだろう。

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やがてそんな土沢駅ともお別れする時間が近付いて来た。

いよいよ東京へ戻る瞬間の寂しさだけは何時まで経っても慣れないが、旅はいつか終わるから旅なのである――。俺はパティを静かに畳み、土沢駅の扉をくぐった。


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ようやく暖かい季節が近付いて来たとはいえ、東北の夜は早い。

食事を終える頃にはすっかり日が暮れ、遠野の街は闇に包まれていた。


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明日はちょっと東和に寄り道しようと思い、俺は名残惜しいが今晩のうちに遠野を離れることに決めた。


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花巻へ向かう最後の汽車を待つ。他に乗客は数人しかいないようだ。

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ホームを夜風が吹き抜け、寂しい雰囲気だ。明日はもう遠野には戻って来られないと思うと……。

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やがて、釜石から来る最後の汽車が到着。

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いつも俺の目を楽しませてくれる遠野盆地も、猿ヶ石川も、闇に沈んでしまった。遠くに見える街の明かりだけが、寂しさに耐え輝いている。

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暗がりに浮かぶめがね橋を渡り、宮守を経てまた峠へ。銀河の中を今、旅をしているようだ。

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汽車は花巻の外れ、東和の玄関口にある土沢駅に到着。

上りのホームの裏手には満開を迎えた桜が夜風に揺れ、見事な春の景色を見せてくれる。

花びらは既に落ち始め、ホームのあちこちに散っている。遠野よりも季節の進みは早いらしい。

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ホームには上りの汽車を待つひとりの女性がいたが、彼女はワンマン運転の汽車への乗り方を知らず、何時までも開かないドアに困惑していた。危うくそのまま汽車が行ってしまうところだったが、たまたままだホームでうろうろしていた俺が運転手を呼び止め、間一髪で彼女は花巻へ向かうことが出来た。

俺も初めて東北に独り旅した頃はあんな感じだったかな……と懐かしみながら、駅舎へ。

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がらんとした無人の寂しい駅舎で少し休んだ後、俺はパティに乗って道の駅まで行くことにした。

駅舎で一夜を明かすことも出来たが、やはり少しでも明日の目的地へ近付いておきたいと思い、多少寒い思いをすることは覚悟の上で夜の東和へと漕ぎ出したのだ。


以前、釜石線の駅を先代と共に廻った際には、道の駅より先の東和の深部には縁が無かった。旅の途中の寄り道だけでも、今迄知らなかった街を新しく知ることが出来るのは幸せなことだと考えながら、この旅最後の朝日を待っていた。


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街に戻った俺は、日が暮れるまでの間におやつでも食べようと思っていたのだが、生憎なことにのんのんもCocoKanaもお休み。何処か手軽に入れる店は無いか……と街を彷徨っていたところ、やおちゅうという店が扉を開いていた。


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初めて入る店だが、どのようなものが食べられるのだろう……。

入口では、いきなり凄い迫力の八幡宮の鹿が出迎えてくれる。

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背後には流鏑馬の当たり矢も掲げられていたので、もしかしたら店主は町会の有力者なのかもしれない。

その他にも、昔の道具や可愛らしいカッパの人形なんかが所狭しと並んでいる。

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店内は落ち着いた雰囲気。おやつには少々遅く、夕食には早い時間だからか、客は他にいなかった。

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当初俺は甘いものをいただこうと思っていたのだが、どうやらこの店はカレーが美味いらしいので、豆とひき肉のカレーを発注することにした。

トマトベースで甘めのソースで、数種類の豆がほっくりと煮込まれていて、大変に優しい口当たり。深みがありながら後味しつこくなく、幾らでも食べられそうだ。遠野の他の店でもカレーを食べて来たが、そんなカレー好きの俺が判断するに今まで遠野で食べたカレーの中でも一番美味い。

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日記を書いたりして暫くのんびり過ごした後、店主に礼を言って店を出た。


思いがけずしっかり食べてしまい、夕食にはもう少し時間を置きたいところだったが、明日の予定を考えながら街を彷徨っていたら、すぐに空は暗くなり、おなかが減って来た。

何せほぼ二日間、山にいたから食事は質素だった。遠野で過ごす最後の晩はちょっと贅沢しようと、街外れにある山小屋を訪ねた。

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発注したのは、ハンバーグに唐揚げとエビフライがセットになった定食。山小屋の中でも一番ボリュームがあるメニューだ。

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選べるハンバーグのソースは、ホワイトソースにして貰った。

地元民に人気の山小屋の中でも、特にこのハンバーグは自慢のメニューだ。ジューシーで食べ応えがあり、おなかもいっぱいになる。

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カレーにハンバーグと、好きなものを好きなだけ食べた晩だった。遠野の果てのさらにその先へは行けなかったが、孤独な旅の中でいただく暖かいごはんが心に沁みた。


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和野から市街地まではかっぱロードで一本。以前は曲がりくねった旧道をのんびり帰ったものだが、時代は変わった。


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まだ日が暮れるまでには時間があるので、途中で未舗装の裏道に入って寄り道。

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其処には、遥か昔に時間が止まったかのような風景が残っている。

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やがて、小学校の裏手に差し掛かった。

校庭の桜並木は今まさに満開を迎えるところで、まだ冬が支配する遠野の最果てから戻って来て一気に季節が先へ進んだ気がした。

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薄曇りの遠野の空に、淡いピンク色の花が滲んで溶けて行くようだ。

美しい桜の表情の裏側には、常に儚さを感じる。春の太陽と同じで、一瞬だけ輝いてやがて消えて行く。

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桜は校庭を取り囲むように立ち並んでいる。

遠野に桜の名所は数あれど、このように市街地に程近い場所でこれ程見事な桜に出会えるとは思ってもいなかった。少しの間だけ神様が与えてくださった幸せな時間だ。

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よく見ると、もう花の間に葉が交っている木がある。街の春は、俺が想像していたよりも足が速いようだ。

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この調子だと、すぐに桜の季節は終わって田圃に水が入るだろう。やがて青い稲がすくすくと育ち、強い日差しが遠野盆地を照らすようになる。季節の巡りは人間が思っているよりもずっと目まぐるしく、それはときに余りにも無情だ。


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季節の変わり目は何処か寂しく感じる。しかし目の前には、もう次の季節が待ち構えている。

春の名残を惜しんでいる時間はあまりないのだ。


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崖下に架かるボロボロの鳥居をくぐり、微かに先人の足跡が残る急斜面を腹這いになって上って行く。


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参道は朽ちた枝葉が覆い尽くす。白望山で感じたような、秘めたる信仰の世界が人里のすぐ近くにある。

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やがて行く手に巨岩が見えて来た。岩を割るように生えている曲がった松は、石割松と呼ばれている。

この岩には源義経が騎乗していた馬の蹄跡があると伝えられているが(小黒号だろうか)、参道からは確認出来なかった。

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愛宕山には元々岩が多く、昔はもっとそこいら中にごろごろと転がっていたため、このあたりの地域では巨岩信仰が早くから興っていたとされているようだ。

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やがて、小さな山の山頂にある古い御社に辿り着いた。

建物は非常に質素で、山人が籠った修行場であるようにも思える。

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扉は開いていたので、中を覗かせていただく。中央にはこれまた古い祭壇が安置されていた。

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御社の内部には多くの絵馬が掲げられている。地元の人々が奉納して行ったものだろうか。

その年代は明治から平成まで、実に多岐にわたっている。古い絵馬に込められた当時の人の想いが、今日俺がこの扉を開け放ったことで里に山に溢れ出して行く。

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祭壇には、馬に乗った侍のような姿をした小さな木彫り人形が安置されている。遠野へ落ち延びたと伝えられる源義経を模ったものだろうか。

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そして中央には、愛宕様の木像が。ところどころ傷んでおり、造られてからかなりの年月が経っていることが見て取れる。荒々しい彫り口に底知れない迫力を感じる。

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地元の識者にも何時頃からこの場所に愛宕様が祀られているのかはわからないという。また郷土史の資料にもはっきりとしたことは書かれていない。このような人の来訪を拒むような高い場所に、誰が何を考えてこの御社を建てたのだろうか。

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山の裏側には全く道は無く、この先に何があるのかはわからない。

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和野の集落では、ある年の大規模な火災を機に、防火の神である愛宕様に御神酒挙げをして悲劇が繰り返されないよう祈るようになった。それ以来集落は火災から守られているという。

愛宕様は普段は見上げるような高い場所に居り、真摯に祈る人が心から助けを必要としているときだけ、少し手を貸してくれるのだろう。信仰の対象に関わらず、神とはそういうものなのかもしれない。

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再び険しい崖を下り、人里に戻った。僅かに霞が掛かった和野の小さな集落が、やけに現実離れして神秘的に見えた。

山には愛宕様の他に、参道の途中に山神や御稲荷様が祀られている。山に登れない人々も、麓から集落や家族の安全を祈ったのだろう。何も飾らない場所にひっそりと信仰がある、それが遠野らしいところだ。


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