翌朝、民家の窓から射す光に起こされて外を眺めると、穏やかな青空が見えた。最後のメインイベント、念願叶って天気も味方してくれるようだ。

  早速僕達はパロ郊外のタクツァン僧院のある山へ。一部が削れて断崖絶壁となっており、一見険しそうな山であるが、実際歩いてみると緑の多いなだらかな山道 であった。途中途中に祈願の旗「ルンタ」やマニ車のお堂、澄んだ水が勢いよく流れる小川や滝があったりで、昨年ネパールに行った時のヒマラヤトレッキング にも雰囲気が似ており、気分も快調。そして何より他人のペースに惑わされず、徹底的に自分のペースで登ることを心がければ消耗は最小限で済むというネパー ルでの教訓を思い出したので、リラックスしながら登った。ジグザグの山道に沿って歩くのがイヤなのか、どんなに険しくても真っ直ぐ突っ切って登るインド人 の親子。何やら仏教的な旗や数珠を手にワイワイ賑やかに登って行く台湾の仏教団体らしき一団(R子 さんはいつの間にかこの一団とも仲良しになっていた)。そして聖地巡礼ゆえか美しいキラ姿で登る若い地元の母娘もいた。やはりヒマラヤは世界中の人々を呼 び寄せる場所なのだろう。山登りが苦手な人向けにロバに乗って山頂近くの休憩所まで行くサービスもあるらしい。シンゲさんによると、以前超巨漢の米国人女 性がロバに乗って山頂に行こうとまたがった所、あまりに重量過ぎてロバが道中で押し潰され、そのまま死んでしまったという笑えないエピソードもあるそう だ。

 緑に包まれた山中をゆっくり登ったり、下ったりを繰り返していくうちに、やがて空の視界が開けてきた。

僧 院を目の前にできる休憩所に到着した。この建物も崖っぷちにあるのだが、目の前の深い谷を挟んだ向こう側の絶壁に目的地はあった。こんなにも垂直に張り付 いているのかと、思わず身震いしてしまいそうな寺院。ほんの僅かに出っ張った部分の上に建てられている。「タクツァン」とは虎の巣穴という意味で、かつて グル・リンポチェが修行の最終段階にふさわしい場所を求めて空飛ぶ虎の背中に乗っていた所、その虎があの絶壁に降り立ったという伝説から付いた名前であ る。実際空を飛んだかどうかは別としても、そういう背景でも無い限り、あんな場所に寺院を建設するなんて発想自体起こらないだろう。つい崖から身を乗り出 して見入ってしまうが、それで転落死した外国人旅行者もいるそうなので、気を引き締めてから寺院に向けて再出発するのだった。

  一見絶壁に張り付いた寺院で、そこまで行く方法が無いように見えるが、よく見ると絶壁を削って回廊や階段が作られていたり、吊り橋がかかっていたりして、 意外とスムーズに到着した。いざ来てみればそんなに怖くもなかったが、前進するにつれて岩と岩の間から本堂が少しずつ現れた時はダイナミックであった。山 門から先は撮影禁止。階段を昇って拝観した各部屋は全体的にシンプルな出で立ちであったが、壁も床も全てこの崖の形にぴったりはまるように作られており、 建築家の仕事に感服してしまった。洞窟をそのまま使った修行場もあり、奥まで行ってみるとお守りが売られていた。二平方センチぐらいの四角いプラケースの 中にグル・リンポチェの仏画が布に縫い込まれている。このケースの中には小さな経文も入っているらしい。ブータン最大の聖地のお守り、ご利益ありそうだ。 以降僕はこれを常に身に着けることになる。

何 だか岩の中の要塞のような聖地であったが、外に顔を出すと頭上には青、黄色、赤、緑、オレンジ等カラフルなルンタが運動会の万国旗みたく連なっており、青 空の下で音を立ててはためいていた。こんな場所で日々苦行を積む僧侶達も、たまにここから青空を見上げて、これらルンタの色彩や音から希望をもらうことも あるのかな。

 夕方、トレッキングを終えてクンガ家に戻ると、一階勝手口の方でクンガさんが何やらせっせと働いていた。黒く焦げた石を一つ一つ釜戸で焼いているのだ。

今晩、この家で石焼き風呂「ドツォ」を体験できる。どこの家にもあるわけではなく、やはりそれなりに裕福な家庭にのみあるため、たまに知人や友人、親戚等が使わせてもらいに来るのだそうだ。とりあえずレディーファーストで女性陣に先に入ってもらい、僕とO氏 はその後で入った。ドツォは二カ所あり、次の人がやって来る前に働き者の運転手さんがデッキブラシで浴槽の周りを洗ってくれていた。大きな木箱のような浴 槽には、人が浸かる大きなスペースと焼けた石を入れる小さなスペースが一枚の板で仕切られている。先程クンガさんが焼いていた石をこの小さな方のスペース に入れて風呂全体を温めているわけだ。シャワーや水道の蛇口、そして洗い場も無く、浴槽の外はむき出しのコンクリートの床なので、頭や体を洗う時は少し苦 労したが、滞在中はずっとシャワーだっただけに、トレッキングの汗や一週間の旅の疲れもここできれいに洗い流すことができた。

 その夜、夕涼みがてらO氏 と外を散歩したが、辺りは田畑意外何も無く、もちろん街灯も無いので、滑ってどこか沼にはまってしまったらまずいと思い、早々に家に戻ることにした。しか しこの家、呼び鈴は無く、ノックしても中の人に聞こえないようだ。さて、どうしたものかと困っていると、僕達のすぐ隣から扉に向かってニャア~、と叫ぶ声 が聞こえた。はっと足元を見ると、そこには散歩帰りらしきこの家の猫がいた。すると何と、扉の向こうから階段を降りて来る足音が聞こえ、運転手さんが扉を 開けてくれた。猫の方が経験豊富だったか。ホっとして家の中に入ると、先程の「ドツォ」のあった方からクンガさんとシンゲさんが談笑している声が聞こえて きた。ラジオもかけているようで、涼しい秋風と共にのどかなブータン歌謡曲も微かに聞こえてくる。至福の時間を過ごして下さいね。もちろん運転手さんも!

 翌朝、僕とO氏は最後の早朝散歩に出た。朝から元気に草を食む牛に挨拶し、田んぼの畦道を通って土手の上の道路に上がる。そこはちょうど地元の子供達の通学路となっていた。ゴやキラを着た小学生達が目の前を通り過ぎて行く通学風景。O氏はここぞとばかりに彼等を呼び止め、シャッターを切っていた。もちろん僕も便乗して一緒に撮影した。撮らせてくれを言われればみんなきちんと写真に収まってくれるが、他のアジアの国の子供のように撮ってくれと集まってくるわけでもなく、ややクールな感じがした。

 「もう十分でしょう。」

 「いや、あともう一人!」

O氏の気が済む所まで撮影をした後、クンガ家に戻ってご夫婦に挨拶をした我々一行は パロ空港へ向かった。空港着後、シンゲさんはゴの帯の辺りをたるませたポケットから「ハタグ」と呼ばれる白もしくは青色をした細長い布を取り出し、我々一 人一人に手渡した。これはチベット文化圏におけるフォーマルな場での挨拶だ。僕達は滞在中完璧な日本語でプロの仕事をしてくれたシンゲさんに感謝を込めて 深々と頭を下げてこれを受け取り、別れを告げた。

  飛行機に乗り込む直前の出来事。手荷物のセキュリティの所で、係員が僕の荷物の中にあった虫よけスプレーをなぜか怪しんでチェックを始めた。まるでスプ レーを初めて見るかのようにひっくり返したり、振ってみたりしながら不思議そうに凝視している。この時思わず噴射スイッチを押すや次の瞬間、隣の係員の顔 面に向けてシューっと浴びせてしまい、その場にいた人達は大爆笑。噴射してしまった係員、自分が笑われたと感じて悔しかったのか、顔を真っ赤にして僕の荷 物の中の物を全部取り出し、腹いせに厳格なチェックを始めてしまった。お蔭で僕だけがここから出るまでに10分から15分かかってしまい、待たせてしまった他の四人からは「Ling Muさ んだけまた怪しまれましたねぇ~」と笑われてしまった。通常なら機内に預けるぐらいの荷物なんて持たない主義なので誰よりもスムーズに空港を出入りできる と自負していたのだが、液体の規制を甘く見てスプレーを持ち込んでしまったことが行きも帰りも失敗であった。特にツアーの場合では荷物を預けてしまう方ス マートなこともあるのだな、と痛感した。

 

  かくして謎のベールに包まれた国の旅の前編が終了した。最近まで半分鎖国を行ってきたため、限られたメディアの影響から何となく古き良き幸せな村、という 印象だけが先行していたブータン。そんなブータンも今や史上最大の転換期を迎えたと言っていい。ただ斬新な反面いろいろな矛盾を抱え込みながら走り始めた 改革という感じは否めない。かつて絶対王政を敷いていた政権が国民を説得するように始めたトップダウンの民主化。パロ空港を拡張し、観光客を倍増させると 意気込みながらも依然高い外国人入国者へのハードル。伝統的価値観を最重要視しながら国語以上に英語が上手になっていく若者。そしてネットを通した外国の 文化や情報の流入。この激変を前に現在の環境をどう守っていけるのかが今後の舵取りのネックとなるだろう。経済発展よりも国民レベルの幸福を重視する政策 が世界的にお手本として注目されていることはもちろんよいことであるが、産業少ないこの国で福祉や教育を充実させるには、神秘のベールの向こうを見てみた いちょっとマニアな外国人観光客を収入源とする手段しか今の所無いようだ。しかしこれ、舵取りを一歩間違えるとこの国の神秘性は瞬く間に薄まり、マニアな 外国人が遠ざかってしまうのではないか。国民をより自由で豊かにしていくことと、この国の大切なものを維持すること。両者いずれも欲しいなら、どちらにも 偏り過ぎない穏やかな開放を続けるしか無いのだろう。かなり難しいと思うが、そこは仏教的中道主義を理解するブータン人ならうまく乗り切っていけるのか な、と少し期待もしてみたい。

 この改革の後のブータンがどうなっていくのか引き続き注目はしていきたいが、まだまだ自然や伝統的な部分も多く残っている不思議な王国という雰囲気は十分残っていたので、旅人としては今のタイミングに来てよかったのかな、と思う今回の旅であった。

                                                      (完)

読んで頂きありがとうございました!次回はもっともっと謎のベールに包まれたあの国のレポートを再開します。
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