福島第一原発では、制御棒落下どころか、2010年に深刻な電源喪失事故起こし、住民や立地自治体に
内緒で死の灰を振り撒く「ベント」まで行っている。

 福島原発事故では、制御棒挿入が成功し原子炉をスクラム停止できたが、もし緊急時に制御棒が抜け落ち
スクラム停止できなければ、原子炉は暴走し、福島原発事故以上の大惨事を引き起こす可能性も・・

 日本でも、制御棒落下による臨海事故を、福島原発事故以前に2件起こしている。

 一件は、1978年(昭和53年)11月2日( スリーマイル島原発事故の一年半ほど前)東京電力・福島第一原子力発電所3号機 で、
もう一件は、1999年(平成11年)6月18日 北陸電力・志賀原子力発電所1号機で、

 福島第一原発の臨海事故は、発生から29年後の 2007年3月22日に発覚、公表。
志賀原発の臨海事故は8年間後の、同じく2007年になって明るみに・・

関連記事 原子力発電所の制御棒脱落事故隠蔽問題に関する意見書 2007年 日本弁護士連合会
       志賀原子力発電所1号機の臨界事故 平成19年4月 原子力安全・保安院
       福島型原発 「長時間電源喪失」1時間40分で炉心溶融。
       福島第1原発:2010年電源喪失事故*危機一髪『内緒でベント』

 Finance GreenWatchより
韓国原発 制御棒落下で停止 今年4件目(聨合ニュース) 東部慶尚北道 放射能漏れだと西日本直撃
【韓国の原発を運営する韓国水力原子力(韓水原)は9日、東部・慶尚北道蔚珍郡のハンウル原発1号機(95万キロワット)の運転を同日午後0時50分ごろに停止したと発表した。

韓水原は「通常運転中に原子炉内の制御棒1本が落下したため、精密点検のため原子炉を手動で停止した」と説明。原子炉は安全な状態を維持しているという。

制御棒は運転に異常が発生したり異常な兆候が生じたりした場合に自動で落下し、出力を抑える。1号機には48本の制御棒がある。

1号機は加圧水型原子炉で1988年9月に商業運転を開始した。同機は昨年1月にも故障のため運転を9日間停止している。

今年に入り計画整備以外に不具合などで原発の運転が停止したのは1月のハンウル原発5号機、2月のハンビッ原発2号機(全羅南道霊光郡)、3月の月城原発3号機(慶尚北道慶州市)に続き4度目。

産業通商資源部は現在の予備電力は1000万キロワット近く、電力需給に影響はないとしている。】

東京電力 福島第一原子力発電所3号機事故
【1978年11月2日( スリーマイル島原発事故の一年半ほど前 )
  東京電力福島第一原子力発電所3号機 で
     ( 沸騰水型、定格出力78万4千KW 76年3月27日運転開始 )
   日本初とされる 臨界事故が起りました。

    戻り弁の操作ミスで 制御棒5本が抜け、午前3時から出勤してきた副長が気付き
    ゆっくり修正し終わる10時半までの 7時間半臨界が続いたとされる。

   ▼昭和53年11月2日、福島第一原子力発電所3号機の定期検査中に、
   原子炉圧力容器耐圧試験準備のために、制御棒駆動水系の水圧制御ユニット
   (HCU)の隔離作業を実施していた。
   その際、作業上の問題で 制御棒が5本部分的に引き抜けたことにより、原子炉が
   臨界になって 炉内の中性子を測定するモニタ(SRM)の指示値が上昇した。
   当直(3直)のメンバーは SRMの指示値が高いことを認識したが、制御棒の
   引抜け及び臨界が発生しているという認識に至らず、特段の対応は取られなかった。

 中  略

 @ この事故は、発生から29年後の 2007年3月22日に発覚、公表された。
    東京電力は 「 当時は 報告義務がなかった 」 と主張している。
    さらに 同原発では、84年の緊急停止隠し と 98年の制御棒トラブルも
    同時に 確認された。】一部抜粋

 wikipediaより
制御棒引き抜け事故
制御棒引き抜け事象(せいぎょぼうひきぬけじしょう)とは、原子力発電所の定期検査中等に
弁の操作手順の誤りによって水圧が高まり、制御棒が引き抜き状態となることである。

引き抜け事象[編集]
1978年(昭和53年)11月2日 福島第一原子力発電所3号機 定期検査中 5本が引き抜け状態、臨界状態となった。
1979年(昭和54年)2月12日 福島第一原子力発電所5号機 定期検査中 1本が引き抜け状態[1]。
1980年(昭和55年)9月10日 福島第一原子力発電所2号機 定期検査中 1本が引き抜け状態[1]。
1988年(昭和63年)7月9日 女川原子力発電所1号機 定期検査中 2本が引き抜け状態。
1991年(平成3年)5月31日 浜岡原子力発電所3号機 定期検査中 3本が引き抜け状態。
1993年(平成5年)6月15日 福島第二原子力発電所3号機 定期検査中 2本が引き抜け状態[1]。
1996年(平成8年)6月10日 柏崎刈羽原子力発電所6号機 試運転中 4本が引き抜け状態[2]。
1998年(平成10年)2月22日 福島第一原子力発電所4号機 定期検査中 34本が引き抜け状態[2]。
1999年(平成11年)6月18日 志賀原子力発電所1号機 定期検査中 3本が引き抜け状態、臨界状態となった。
2000年(平成12年)4月7日 柏崎刈羽原子力発電所1号機 定期検査中 2本が引き抜け状態[1]。
2007年(平成19年)6月13日 - 6月16日 女川原子力発電所1号機 起動中 計8本が引き抜け状態。
挿入事象[編集]