2009-11-02 12:15:48
起業支援業と社会的視座
テーマ:ビジネス思考の断片
自由で豊かな生活を、そのためにWEBで収入を。
あるいは女性や高齢者といった社会的に弱い立場(とある程度共通認識されている)人達の自己実現としての起業を。
そして、コンサルティングにセミナーに塾にと、そういった人達の起業支援を、というのは、例えばアメブロのビジネスジャンル界隈を見ても一つのストリームであるし、一見女性や高齢者の社会参加を支援する方向なのであって、少子高齢化対策になっているようにも、ものすごく表面上は見えます。
が、その認識は根本的に現在及びこれからの日本(にとりあえず限定)の少子高齢化社会の現状を捉えようと、表面的なマスメディアが印象づけている雰囲気だけじゃない部分を見ている人間からすると、甚だしく甘い、というのがあります。
例えば、上にあげた「女性」「高齢者」の二点だけに絞っても、現実の日本の高齢化っぷり、これからのさらなる加速っぷりはあなたが想像している所のおそらくは100倍くらいヤバくて、まず「女性」は、女性の社会参加(例えば起業)と、子育て、高齢者(とりあえずはその人や伴侶の両親など)の介護は、まず絶対に両立できないレベルであるくらい、本当に日本の高齢化はヤバイです。あなたが仕事に傾倒すればするほど、またあなたがそういう女性をコンサルティングして起業家にしようとすればするほど、そういった超高齢者を介護する人、実態としては超高齢者介護に当てることができる人間の「時間」の総体は減少していくのだ、ということを踏まえておく必要があります。
次に「高齢者」ですが、定年後の趣味起業、年をとってからの自己実現、こういった諸々は魅力的な理想ではあるけれど、実際には僕の母親のように、そんなこと言ってる場合ではなく、僕世代(20代後半)の若者が1人~2人がかりで24時間を費やして、なんとかその一人の高齢者の生命を維持できる……という状態の弱者以前の重度の要介護者がたくさんいますし、これからぐんぐんと恐ろしいスピードで増えていきます。そんな活動不能高齢者に対して起業も何もないので、「元気なおじいちゃんおばあちゃんによる社会機能の維持」は残念ながらリアルに今を見つめた場合は絵空事と言わざるを得ないというのが僕の感触です。少し実感が沸かないという人は、一度近所の病院の高齢者リハビリ科にでも行ってみたらいいのではないかと思います。
そのように、女性や高齢者の社会参加による少子高齢化対策・経済発展の維持、というのは、根本的な矛盾を抱えています。人間は有限な存在なので、一度に二つは取れない。女性や高齢者が社会参加し、独力的な自己実現を掲げれば掲げるほど、本当にどうしようもない高齢者要介護者の世話をする人、そこにあてられる人間の時間の総量は減る、という認識は、特に女性や高齢者の社会進出を魔法のように捉えている人には持っていて貰いたいと思います。
ギリギリ、僕の母親のような本当にどうしようもない高齢者は「施設」に入れてしまえばいい、というこれまた魔法の解決方法のようなイメージをみんなで幻視することで、かろうじて無批判的な女性や高齢者の起業促進は成り立っている部分があるのですが、そこはもう一度、人間の労働量(仕事や自己実現にあてる力も、高齢者の介護にあてる力も)の総量は有限、ということを思い出してみて欲しいと思います。「施設」で超高齢者を集団管理というのは、その総量を薄く振り分けるということに他なりません。具体的に数字にすれば、家庭で二人で一人の超高齢者の面倒を見ていたのが、「施設」で一人の担当者が何人もの超高齢者の面倒をみる、というものです。
僕は一度きりの命なのだから、本当にやりたいことをやろうよとは日頃からも言っていますし、最近の自分の本然に準じて起業してみようよという風潮にも基本的には同意していますが、それでも、そういった己の自己実現の裏側で、社会の総エネルギーを薄く振り分けられている超高齢者(こういう言い方をしていますが、基本的にはあなたの親や祖父母達です)がいるという状態を無批判には肯定できません。
基本的な対策は二つしかなく、
一つ目は、超高齢者を介護できるような国内の労働力の総量を増やす、で、これはいちばん具体的には移民の受け入れとなります。
二つ目は、労働力の総量は増やさずとも、労働力を最適化していく、で、これは僕のような、親の介護と自分の仕事とをギリギリ両立できるような人間を増やしていく方向になります。
一応本日言っておこうと思ったのは、僕は深刻な超少子高齢化社会という社会現実を無視した(あるいは無知な)無責任な起業支援業者でもないし、また現状を見つめた上での対策としては、基本的に二つ目の最適化路線を今は考えている人だということです(決して移民受け入れに否定的という訳ではないですが)。
なんとなくですが、好きなこと、情熱が持てること、夢、自己実現、成功、こういったポジティブなイメージを鼓舞する言葉に踊らされて、冷静に社会全体の豊かさ、みんな(超高齢者含む)と共に生きていくという前提の上に自分もいるという点を踏まえた上で自己実現を幸福論的に考えている人が少ないんじゃないかという気がしたので、とりあえず今日は思考の断片として書きとどめておきます。
あるいは女性や高齢者といった社会的に弱い立場(とある程度共通認識されている)人達の自己実現としての起業を。
そして、コンサルティングにセミナーに塾にと、そういった人達の起業支援を、というのは、例えばアメブロのビジネスジャンル界隈を見ても一つのストリームであるし、一見女性や高齢者の社会参加を支援する方向なのであって、少子高齢化対策になっているようにも、ものすごく表面上は見えます。
が、その認識は根本的に現在及びこれからの日本(にとりあえず限定)の少子高齢化社会の現状を捉えようと、表面的なマスメディアが印象づけている雰囲気だけじゃない部分を見ている人間からすると、甚だしく甘い、というのがあります。
例えば、上にあげた「女性」「高齢者」の二点だけに絞っても、現実の日本の高齢化っぷり、これからのさらなる加速っぷりはあなたが想像している所のおそらくは100倍くらいヤバくて、まず「女性」は、女性の社会参加(例えば起業)と、子育て、高齢者(とりあえずはその人や伴侶の両親など)の介護は、まず絶対に両立できないレベルであるくらい、本当に日本の高齢化はヤバイです。あなたが仕事に傾倒すればするほど、またあなたがそういう女性をコンサルティングして起業家にしようとすればするほど、そういった超高齢者を介護する人、実態としては超高齢者介護に当てることができる人間の「時間」の総体は減少していくのだ、ということを踏まえておく必要があります。
次に「高齢者」ですが、定年後の趣味起業、年をとってからの自己実現、こういった諸々は魅力的な理想ではあるけれど、実際には僕の母親のように、そんなこと言ってる場合ではなく、僕世代(20代後半)の若者が1人~2人がかりで24時間を費やして、なんとかその一人の高齢者の生命を維持できる……という状態の弱者以前の重度の要介護者がたくさんいますし、これからぐんぐんと恐ろしいスピードで増えていきます。そんな活動不能高齢者に対して起業も何もないので、「元気なおじいちゃんおばあちゃんによる社会機能の維持」は残念ながらリアルに今を見つめた場合は絵空事と言わざるを得ないというのが僕の感触です。少し実感が沸かないという人は、一度近所の病院の高齢者リハビリ科にでも行ってみたらいいのではないかと思います。
そのように、女性や高齢者の社会参加による少子高齢化対策・経済発展の維持、というのは、根本的な矛盾を抱えています。人間は有限な存在なので、一度に二つは取れない。女性や高齢者が社会参加し、独力的な自己実現を掲げれば掲げるほど、本当にどうしようもない高齢者要介護者の世話をする人、そこにあてられる人間の時間の総量は減る、という認識は、特に女性や高齢者の社会進出を魔法のように捉えている人には持っていて貰いたいと思います。
ギリギリ、僕の母親のような本当にどうしようもない高齢者は「施設」に入れてしまえばいい、というこれまた魔法の解決方法のようなイメージをみんなで幻視することで、かろうじて無批判的な女性や高齢者の起業促進は成り立っている部分があるのですが、そこはもう一度、人間の労働量(仕事や自己実現にあてる力も、高齢者の介護にあてる力も)の総量は有限、ということを思い出してみて欲しいと思います。「施設」で超高齢者を集団管理というのは、その総量を薄く振り分けるということに他なりません。具体的に数字にすれば、家庭で二人で一人の超高齢者の面倒を見ていたのが、「施設」で一人の担当者が何人もの超高齢者の面倒をみる、というものです。
僕は一度きりの命なのだから、本当にやりたいことをやろうよとは日頃からも言っていますし、最近の自分の本然に準じて起業してみようよという風潮にも基本的には同意していますが、それでも、そういった己の自己実現の裏側で、社会の総エネルギーを薄く振り分けられている超高齢者(こういう言い方をしていますが、基本的にはあなたの親や祖父母達です)がいるという状態を無批判には肯定できません。
基本的な対策は二つしかなく、
一つ目は、超高齢者を介護できるような国内の労働力の総量を増やす、で、これはいちばん具体的には移民の受け入れとなります。
二つ目は、労働力の総量は増やさずとも、労働力を最適化していく、で、これは僕のような、親の介護と自分の仕事とをギリギリ両立できるような人間を増やしていく方向になります。
一応本日言っておこうと思ったのは、僕は深刻な超少子高齢化社会という社会現実を無視した(あるいは無知な)無責任な起業支援業者でもないし、また現状を見つめた上での対策としては、基本的に二つ目の最適化路線を今は考えている人だということです(決して移民受け入れに否定的という訳ではないですが)。
なんとなくですが、好きなこと、情熱が持てること、夢、自己実現、成功、こういったポジティブなイメージを鼓舞する言葉に踊らされて、冷静に社会全体の豊かさ、みんな(超高齢者含む)と共に生きていくという前提の上に自分もいるという点を踏まえた上で自己実現を幸福論的に考えている人が少ないんじゃないかという気がしたので、とりあえず今日は思考の断片として書きとどめておきます。
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