2012-05-08 10:51:01

守護霊のサインの受け取り方

テーマ:守護霊
守護霊が私達に実に様々なサインを送ってきてくれていることは、今更言うまでもなく今までの記事で散々にお話してきた内容でもあります。

しかし、意外に守護霊からのサインというものを少し特殊なものであると誤解されている方も多く見受けられます。

守護霊やスピリチュアルなんていうととても特殊で不可思議な事柄を思い浮かべてしまいがちですが、意外にそうでもないのです。

実はとても自然なことであり、逆にいえば自然すぎてサインがわからなかったりすることもあるくらいです。(笑)

なので、サインが奇跡的な事柄や特別で不可思議な形をとって現れてくると思いこんでしまうとサインを見逃す可能性も高くなります。

もちろん、奇跡的な事柄や特殊な本当に神妙な現れ方をするケースもありますが、そうでない場合も多いのです。

曹洞宗の開祖である道元禅師「遍界不曾蔵(へんかいかってかくさず)」という言葉を残していますが、これは「世の中には隠された真理などはない。すべては明らかにされている」といった意味です。

真理等と言うと何か特別で秘匿された神妙なものを想像してしまいますが、道元禅師は、すべてこの世の中に明らかにされているとおっしゃられているわけです。

何か隠されている真理を難解な書物や経典から学ぼうということではなく、この世の中にある当たり前で普通の出来事を通し、見性成仏(けんしょうじょうぶつ)していくことを道元禅師は示してくれているのかもしれません。

わかりやすく解釈すると、何気ないところの中から悟り、自ら気づいていくことが大事だということです。

さて、道元禅師の言わんとしていることと、守護霊のサインを受け取ることと何か関係があるのでしょうか。

ここで言いたいのは、守護霊のサインも本当に何気ない、いつも起こっている事柄の中に見出されるという法則があるということです。

毎日、当たり前のように繰り返している日常の中でふと気付くと自分の課題に対する答えとなるようなものを発見してしまうことがあります。

実際に起こっている事象は珍しくともなんともないことです。

例えば、いつも乗車している窓から何の気なしに窓を見ていたら、偶々いつも見かけているはずの看板に書かれた文字が自分の現状打破になるようなヒントになっているという場合なんかがあります。

看板はいつだって見ていたはずですし、いつも乗る電車であれば、いつ見ていてもおかしくないものかもしれません。

でも、なぜかその時は看板の文字に意識が向いてしまうようなことが起こったりします。

このような何の気ない出来事が守護霊からのサインである可能性は高いということです。

現世で起きている事柄は現世での原因があり、それが結果として現れていると私達は想ってしまいがちです。

看板が立っているのは、その所有者が自分の業務で仕事を取りたいという営業意志の結果に過ぎないかも知れません。

ただ、お客さんに見えやすいように電車の線路の近くに偶々、看板を出したに過ぎないかも知れません。

現世的な理由はそんなものです。

しかし、現世に起きるすべての事には裏側の意味があったりするものです。

それを読み解けるようになると、現世の中で起こっていることでも、現世的な解釈を越えて、スピリチュアルな世界からの意志、守護霊のサインを受け取ることができるようになるのですね。

万有引力の法則を発見したニュートンも熟した林檎が木から落ちるのを見ただけです。

いつだって、熟した林檎は木から落ちていたに違いありませんし、現実的にはそこに意味などないでしょう。

でも、ニュートンの守護霊は彼に万有引力の存在をサインとして知らしめたということができるのです。

この感覚を養えるようになると現実の世界に起こる出来事をそのまま額面通りに解釈することはできなくなってくることでしょう。

守護霊のサインを受け取るには、まさにこの感覚を磨くことにかかっているといえるでしょう。


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