kujira

二世三世議員、官僚出身、芸能界などの有名人出身、そんな一部の職業や生活レベルの人たちだけで日本の政治が動いていることに危機感を感じませんか?


私たちの日々の生活実感が彼らに分かるのでしょうか?


地球環境問題など山積する政策課題を


真剣に考え取り組んでいる国会議員がいったい何人居るのでしょう?




人類の未来を見据えながら、


日々の国民生活を暮らしやすいものに変えて行く、


そんなまじめな政治勢力を作り上げたい。


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ブログ仲間の瀬戸内四郎さんが「日本への提言
」と言うブログを書いておられます。

事実関係を整理し、独自の視点での意見も述べています。

日本の政治や社会を考え正していく上で非常に参考になると思います。

一度覗いてみることをお奨めします。

日本への提言http://ameblo.jp/kablogsan/

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2010-03-07 10:10:53 syugiinの投稿

参議院選挙香川県選挙区立候補表明記者会見発表予定原稿「めざす社会のあり方」

テーマ:参議院選挙香川県選挙区
参議院選挙香川県選挙区立候補表明記者会見発表予定原稿
「めざす社会のあり方」
3月1日、新宿発高松行きの夜行バスの中で
パソコンの電池寿命を気にしながら
原稿を書いた。
それをウェブ上にアップロードし、
マスコミ各社にはそれを配布してから
記者会見に臨みたかったが、
間に合わなかった。

記者会見では、結局拾い読みする形になってしまった。
その原稿を載せておく。

「めざす社会のあり方。」
今の世界は行き詰まっています。
そしてその先端を日本が走っています。

経済社会システムの変革が避けて通れない。
私が提唱するのは
貨幣経済に依存し過ぎない世界。
それは自給率の向上による実物経済と組み合わせたハイブリッド経済。

どこの経済発展でも、人口移動と人口増加が大きな要因を担います。
日本の高度経済成長は、人口の自然増と地方から都市への人口移動が支えました。
それ以外に、
日本が世界の奇跡と言われた経済発展を実現できたのは、
農村での豊かな蓄積、勤勉で自立的に働く人々の意識があったからです。

私物化された組織が、その構成員を食い物にしました。
その結果、企業は、労働者にその利益配分比率を少なくコントロールし、
それによって大きくなりましたが、
国民生活はそれほど豊になりませんでした。

さらに、楽をして企業収益を増やす方法を知った経営者達は
ビジネスモデルを磨いて売り上げや収益を増やす方法を怠り、
結果、後から来た韓国や中国の後塵を拝する現象があふれています。

「こんなに豊になった」と反論する方がいるでしょう。

違います。
残業なし、休暇を全て消化して、望む人全てが持ち家を年収の5倍以内で得られる。
私が言う「日本が本来得るべき豊かさ」は、そのレベルです。
大学までは教育も無料で受けられ、
そこでは快く暖かく受け入れた外国の方々と能力向上を競う。

そして格差は世界一小さい。

日本はかねて、「間違い」を指摘してはいけない空気が蔓延し、
各種の会議では、多数派の意見に同調することが、
敵を作らない一番の生き方とされ、大企業は業界にとって都合の悪いことは口にしないことが常識。
確かに経済が右肩上がりであった頃であれば、
裸の王様を褒め称えて生きるのも一つの方法だったでしょう。
しかし日本の経済は傾いて20年が経ちました。
価値観がひっくり返り、何をどうすればいいのか、誰もが手探りの状態になりました。

私の同郷土佐の地の先輩である坂本龍馬は、(1835年11月15日生まれ)ペリー来航(1853年)などから始まろうとしていた日本の危機をいち早く察知し、小藩の論理でなく日本の舵取りを進める、明治維新への道筋をつけました。

時代は変わり、今は人類存亡の危機に瀕しています。
地球温暖化や環境破壊の問題、人口爆発と食料エネルギー・危機の問題、
世界中に広がる格差社会の問題など、
国や企業や宗教や立場の壁を乗り越えて解決しなければならない問題が山積です。

日本も瀕死の状態です。
勤勉で節度を保てるはずの日本人が、それらを放棄しかかっています。
長寿は今までの努力のたまものの一つですが、
少子化は、日本人が営々と築いてきた
子や孫・子孫のためにという考え方を捨て、
自分の世代さえ良ければ良いという刹那的な考えが大勢を占めた結果です。

国から個人までのあらゆる階層で、
過去の資産を食いつぶし、未来にツケを残す行動様式が大勢を占めるようになりました。
そのツケが露呈しているのが、格差社会、少子化、過疎と過密、限界集落、イジメの蔓延、孤独死、自殺。

これらは個人個人がそれにどう向き合うかであり、同時に、政治がどう関わるかです。
そしてその政治を変えるのは私たち国民一人一人なのです。

参議院選挙が迫ってますが、
もはや地域エゴや利益誘導で選挙・政治をする時代では有りません。
国政は国の将来をどうするか、
世界の中での日本の振る舞いをどうするかを決めるところです。

私は隣の高知県出身で、香川県には直接的なつながりはありません。
しかし保守王国と言われた香川県が変わることは、すなわち日本が変わることです。

香川県の皆さんに日本の将来を真剣に考えていただきたい。
私はその材料を提供するつもりです。

参議院選挙に地縁血縁・お金・名声何もない状態から
真剣に国や人類の将来を考えるという熱意だけで
どこまでできるか。

県内をできるだけくまなく回り、
多くの人に接し、
その声が本当に伝わる政治や選挙を皆さんと一緒に作り上げたいと思います。

共感される県内の皆さん、全国あるいは全世界の皆さん、
私はネット上に選挙事務所を置きます。
私に共感される方々は香川県選挙区を全国区に変えることができます。
是非会員になってください。

参加することで政治は変わります。
政策を提案しそれを見ながら選挙する
ごく普通の民主主義が日本でも去年から始まりました

香川県の皆さん、そして全国の皆さん、
私のこの提案、是非ご検討ご参加ください。



以上。
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2010-03-04 23:26:02 syugiinの投稿

芸は身を助ける2

テーマ:参議院選挙香川県選挙区
芸は身を助ける2

2010年3月2日、実は困り果てていた。
全日の東京新宿発、香川県高松行き夜行バスに乗って、ツイッターを書き込んだ次の瞬間。
携帯が鳴り出した。
バスの中だから迷惑になるので出たくはなかったが、
高松の知り合いからだった。
私が香川県での選挙の話をすると、
彼は寝るところは提供すると行ってくれた会社の社長だった。

それは心強いと、それを当てにして街宣用のハンドメガホンなど引っ越しの始まりの荷物を持って出かけたところだった。

ところが、その電話は、気が変わったので、受け入れは拒否するとのこと。
私は「そうですか」としか言いようがなかった。
バスの中なので長電話もできない。

せめてバスに乗る前に言って欲しかった。
こんな大きな荷物を抱えてどうするんだ。

ちょっと考えたが香川県に知り合いが居るわけではない。
何人か居るような気もしたが連絡先も名前も分からない。

翌朝、一人だけ思い出した。
小豆島の住人だ。
昔農民連合の選挙の時知り合った。

電話帳を探したが小豆島の電話帳はない。

フェリー乗り場に行って、切符売り場で小豆島の電話帳を貸してもらった。

しかし彼は家におらず、昼過ぎに繋がったときは
参議院選挙に香川県で出るのだがと、
荷物の預け先がなくなったことを手短に話した。

電話の向こうで引いている感じはしていたが
病気だから無理だという。
もちろん病気は嘘ではないだろう。

みんな年を取ったな。と思いながら、
参議院選挙を言わなければ良かったか
なんて考えたが、
言わなければ余計変だし仕方ない。

ホント知り合いなんて居ないナー。
県境の愛媛県四国中央市にいる知り合いにするか?
一件電話したが電話の持ち主が変わったのか反応がおかしい。

途方に暮れかけた。

そうだ社交ダンスの知り合いが居る。

早速携帯に電話してみた。
2年ぶりの彼は懐かしがり、すぐ来いと言う。

早速自転車で1時間あまり、
待ち合わせたダンスホールには彼は居なくて、
社交ダンスを久しぶりに踊った。

そうこうしているうちに彼が現れ、
彼の商売の店舗の倉庫に荷物を置かしてもらい、
その晩はその店舗に泊まらせてもらった。

一連の騒動で記者会見の準備はできなかったが、
美容院も紹介してもらい、
そこで龍馬伝の龍馬とシンガーの福山雅治の中間のような髪型にして、記者会見に臨んだ。

社交ダンスでまた救われた。
2010-01-18 13:08:30 syugiinの投稿

芸は身を助ける

テーマ:社交ダンス
芸は身を助ける
私は数年前、鬱になり引きこもっていた。しかしそうなる少し前から、社交ダンスを始めていた。
その引きこもりの状態はとても辛かった。
バツイチで一軒家で一人暮らしだった。
有機農産物を生産販売する仕事だが、仕事は全部一人でできるし、顧客とのやりとりもインターネットの通販なので、誰とも口をきかなくて済む。元々電話は嫌いだったし、言った言わないのトラブルを避けるためにも全部記録が残るメールかFAXのやりとりに限定して、電話は受け付けない仕組みにしていた。
つまり世間との生身の接点がない生活を送っていた。
それは引きこもりを加速させた。
朝、起き上がる。
しかし、後頭部や背中に強力なゴムでも付いているかの如く、布団に倒れ込む。
起き上がれないのだ。トイレに行くか無理矢理食事を取ったり、どうしても出荷の必要がある商品の荷造りをする以外はほとんど寝たきり、荷物は時間までに用意しておけば業者が勝手に持って行くので顔を合わせることはない。
暮らしは夜昼の区別が無くなっていた。
しかし、朝から寝たきりでも、月に2-3回夕方から有る社交ダンスのパーティーには、そこへ行くまでの時間とシャワーの時間を逆算した時間になると、すっと起き上がれ颯爽と出かけられた。
芸は身を助けるである。
そこでは思いっきり汗をかき、多くの女性と踊りまくった。
そのことが世間と唯一繋がっている時間だった。
そのことがあるから、寝たきりであっても悲壮感はなかった。
「ああ、俺の人生には、今の状態が何らかの理由で必要なんだな」とぼんやり思っていたからだ。
そして、四ヶ月後、
「私は自営業だからこうなる。勤めに出よう。」
と就職活動を始めた。
田舎だし、高齢なのでなかなか仕事はなかった。
しかし、自営をしながら働ける3つの仕事を選び、面接を受け、
そのうち二社に通った。
そして返事の早かった一社に就職した。
しかし、その二ヶ月後、私は胃潰瘍で入院した。
胃に大きな穴が空いて、緊急入院だった。
それは、引きこもりの間のストレスで進行していたらしい。
それから観ても、引きこもりの時の精神的圧力は自分で感じている以上に過酷だったのだろう。
私を世間とつなぎ引き戻してくれたのは社交ダンスだ。
だから、辛いときに救ってくれた"ことば"は
「芸は身を助ける」である。
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