欧州野球狂の詩

日本生まれイギリス育ちの野球マニアが、第2の故郷ヨーロッパの野球や自分の好きな音楽などについて、ざっくばらんな口調で熱く語ります♪


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 熱戦続きのアジア大会が閉幕した。日本の金メダルは、全部で48個。全体でこそ3位だが、大会前の目標だった60個はおろか、前回ドーハ大会の50個にすら届かず。1位中国の199個と比べると、まさに惨敗だったと言っていい。

 野球競技でも、社会人と大学生の合同チームで挑んだ日本は3位。ファイナリストとなった韓国と台湾が、共にプロのトップ選手を送り込んでいたとは言え、日本が結果としてアジアの頂点を掴めなかったのは事実だ。

 この結果は、WBCで世界の頂点に立った国としては残念なことだ。もしもっと早くから球界が本腰を入れていれば、もっといい結果が残せたかもしれない。しかしそれ以上に憂慮すべきなのは、この国の野球界が必ずしもそう思っていない事じゃないかと思う。先日のアジアシリーズの件といい、どうもアジアの戦いを軽く見るような風潮が、この国にはあるらしい。

 しかし思うんだが、「アジアのタイトル何ぞどうでもいい。俺たちはあくまでアメリカと、野球の雌雄を決するんだ」なんて考えている人たちは、日本がアメリカ大陸に属する国だとでも思ってるんだろうか?あるいは、彼らは実は日本人じゃなくて、キューバ人なのか?それは冗談としても、「お膝元」の大会で優勝できない、本気になれない国に、どうやって世界の頂点が掴めるって言うんだ?

 オリンピックを「本家」とするなら、アジア大会はアジアにおけるその「分家」だ。そして考えなければならないのは、アジア大会には野球競技があり、本家である五輪にはないということ。これが何を意味するのか?2020年以降の、野球の五輪種目復帰を目指す日本球界にとっては、この大会でタイトルを取る事は、IOCに対する1つの大きなアピール要素になり得たということなんだ。「アジアは野球が弱い国ばかりだ」という声も少なからずあるけど、その野球が弱い国々の政府を、強化に向けさせる最大のファクターは、野球を五輪種目に戻すこと。つまり今回の日本代表の戦いには、ある意味でアジア球界の未来が懸かっていたと言っても過言じゃないんだ。

 もちろん、大会自体はもう終わっているのだから、今回の結果についてとやかく言うつもりはない。代表として広州に赴いた選手たちは、本当によく頑張ったと思う。ただ、日本球界全体の、この大会に対する消極的な態度は、そろそろいい加減見直すべきじゃないだろうか。世界一を本気で目指すと言うなら、まずはその前段階として、アジアでのタイトル奪取にもっと真摯に臨むべきだ。代表への選手派遣の度に揉め、結果頭数を揃えるだけの選手選考でお茶を濁す。少なくともそんな姿は、世界王者を目指す国にはふさわしくない。
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 昨日の昼は、久しぶりにジムに自主トレーニングに行ってきました。今年1月から通い始めて、もう間もなく1年。時が経つのはずいぶん早いものです。時が経つのが早いと言えば、昨日はその後所沢で、大学のクラスメイトの30歳の誕生日を祝う会にも参加してきました。もともと社会人経由で入ってきた人なので、入学時点ですでに26歳。俺とは7つ違いと、ずいぶん年の離れたクラスメイトではあります。これからも、皆のいい兄貴分であってほしいなぁとしみじみ。


 さて、今回はヨーロッパのスタープレーヤー紹介、先発投手編をお送りします。今回からは、野手編のPart.2でも登場しなかった、あの国の選手も紹介する予定です。それではさっそく参ります。


(1)アンドレイ・ロヴァノフ(ロシア)

 1990年、モスクワ生まれの20歳。左投左打。ロシア球界期待の本格派サウスポーであり、代表チームでもリリーフ・クローザーとしての働きが期待される若手の速球派。ちなみに、出身地、利き腕、名字、2009年は所属チームまで同じだったニック・ロヴァノフとは、血縁関係はないらしい。


 2007年のヨーロッパ選手権で0勝1敗、防御率3.00の成績を残す。黒星を喫したのは、リリーフで1回2/3を投げ、3被安打2四球1失点のウクライナ戦。しかし、この時の投球がツインズのスカウトの目にとまり、翌年マイナー契約に。ルーキー級GCLツインズとA+級フォートマイヤーズ・ミラクルで、1年目は3勝1敗、防御率3.54。翌年ルーキー級に戻ると、22イニングを投げて35三振を奪い、2勝1敗7セーブ、防御率0.82だった。


2010年は、ルーキー級、A-級(ショートシーズン)、A+級(アドバンス)の3チームでプレー。最上級のフォートマイヤーズで防御率2.02を記録するなど、3チーム通算で37試合に登板、3勝2敗で防御率2.64という好投を見せている。ここまでは順調に成長しているといってよく、近い将来には2011年からの入団が濃厚な西岡剛と、同じ舞台で戦う姿が見られるかもしれない。


(2)ヨアキム・クレッソン(スウェーデン)

 1983年、ストックホルム生まれの27歳。右投右打。以前このブログの記事でも登場した、スウェーデン代表のエース右腕。2010年夏のヨーロッパ選手権では、もう一人の看板投手である弟のヤコブとともに、チームの5位入賞に大きく貢献した。スウェーデン屈指の野球一家の出であることも既報の通り。


 2007年、ストックホルムの一員として2勝1敗、防御率1.88の成績を残す。翌2008年は9勝1敗、防御率2.01という見事な投球。防御率はリーグ1位、被打率.213、86奪三振と白星は2位だった。翌年も先発として8勝3敗、防御率2.33、89イニングで94三振と一流の成績を残している。一方で、スウェーデン国外に出ると若干弱い傾向が。2005年のIBAFワールドカップでは、6回2/3を投げて防御率4.05。2009年大会では8.59まで防御率が跳ね上がった。2年間参加したアメリカの大学リーグでも、1年目が0勝4敗で防御率6.65、2年目が0勝3敗で防御率5.12と芳しい数字は残せていない。


 それでも、近年はこの弱点を解消。HSVスティーラーズに1ヶ月限定で参戦した、2010年のドイツブンデスリーガでは、ドルトムント・ワンダラーズとの開幕戦で、8回を1安打無失点に抑える素晴らしい投球を見せた。同年のヨーロッパ選手権でも、2試合に先発して14回2/3を防御率1.84と、エースと呼ぶにふさわしい成績を残している。中堅からの脱却を目指し、ドイツやスペインの後を追っているスウェーデンにとって、今後彼の力はこれまで以上に重要なものになるだろう。


(3)ボリス・ボカーイ(チェコ)

 1986年生まれの24歳、出生地は不明。右投右打。今季のドイツ王者、レーゲンスブルグ・レギオネーレでも主戦として立ちまわるチェコの大エースで、ヨーロッパBグループにおける最強右腕。代表チームでも、右のエース格として数々の国際大会に出場している。


 2003年、チェコ・エクストラリーグのオストラヴァ・アローズでデビュー。この時はまだ16歳と若かったこともあって、3勝4敗、防御率6.10に終わる。しかし、その翌年からは早くも中心投手となり、2005年には3勝2敗に防御率1.48、60回2/3で52奪三振の成績を残した。


 2009年に残した9勝9敗、防御率2.63、137イニングで102奪三振という成績を引っ提げ、2010年からはアローズと代表でバッテリーを組むペトル・チェフとともに、ドイツ・ブンデスリーガの強豪、レーゲンスブルグ・レギオネーレに移籍。1年目から10勝1敗、防御率1.96という素晴らしい投球を見せ、最優秀防御率のタイトルとリーグの最優秀投手賞をW受賞した。


(4)テレンス・アントナッチ(ベルギー)

 1978年アメリカ生まれの32歳。右投右打。野球の「母国」が生んだベルギー代表の右の大黒柱で、ベルギーリーグの強豪、ホボーケン・パイオニアーズでもエースを務める。先発としてシーズン防御率1点台以内を5度記録した、「ベルギーのダルビッシュ有(北海道日本ハム)」。


 2000年の大学卒業後、パイオニアーズに入団。1年目は3勝5敗9セーブ、防御率6.45に終わったが、翌2001年には6勝6敗11セーブ、防御率2.51。投手陣の柱としてのポジションを確立する。2002年には、自身初の2ケタ勝利となる10勝2敗12セーブ、防御率2.13、110イニングで133奪三振を記録した。


 キャリアハイの年となったのは2007年シーズン。この年も先発に抑えにと投げまくり、14勝1敗15セーブ、123イニングで143奪三振、防御率はなんと驚異の0.80を記録した。翌年のヨーロッパ選手権予選では、アントワープラウンドのライバル・オーストリア戦で8回を投げ、11奪三振で2失点に抑える好投。チームの5-2の勝利に貢献した。


 いかがでしたか?本当はもう1人くらい紹介したかったんですが、残念ながらこの後出かける用事があるので、ここで切り上げることにしたいと思います。次回はいよいよ最終回、リリーフ投手編をお送りします。ではでは。

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 こんにちは。昨日は、学校の帰りに「スラッガー」のクリフ・リー特集を立ち読みしてから帰宅しました。その記事で初めて知ったんだけど、今年のリーは212回1/3を投げて185奪三振の一方で、わずか18四球しか出さなかったんだってね。これ、テレビゲームでもないとなかなかあり得ない数字じゃない?ちなみに、同じ左腕でチームトップの15勝を挙げたC.J.ウィルソンは、204回で170奪三振に対し93四球。期待の若手右腕として13勝を挙げ、今季台頭したトミー・ハンターが、126イニングで68奪三振に対し33四球。この2人の数字を考えても、いかにリーの制球力がすごいかってことだね。スラッガーでは「来季からヤンキース入りか」とも書かれてたけど、いったいどうなることやら。


 そんなメジャーのストーブリーグを横目に、このブログは本日も順調に(笑)独自路線です。今日紹介するのは、ヨーロッパ球界のスター外野手たち。半年前にやった時は、ほぼオランダとドイツ一辺倒だったんですが、今回はかなりバラエティに富んだラインナップになっているはず。それでは、さっそく参りましょう。


(1)ヤコブ・マリク(チェコ)

 1984年生まれの26歳、出生地は不明。パベル・ブドスキーと並ぶチェコ代表第2の大砲であり、2008年からはオランダのフーフトクラッセに参戦。現在はコニカミノルタ・パイオニアーズの一員としてプレーしている。かつては投手もしていたが芳しい結果は残せず、現在は打者に専念している模様。


 2003年、19歳で参戦したチェコ・エクストラリーグのオストラヴァ・アローズで23試合に出場。打率.329、出塁率.387、長打率.600(4位タイ)、5本塁打(2位)、30打点(1位)をマークし、一躍チェコの次世代スターとして名をあげる。その後2006年以外はコンスタントに好成績を残し、2007年には打率.422(2位)、出塁率.488(4位)、長打率.642(1位)、46安打(1位)、70塁打(1位)、28得点(2位)、30打点(2位)をマーク、チェコ国内ではもはや手のつけられない存在となった。


 2008年、オランダのメディアモンクスRCHと契約し、前回エントリで紹介した代表の正ショート、ペトル・バロシュとチームメイトに。2試合目で本塁打を放ったものの、8試合出場で打率.222、出塁率.323と低調な成績に終わった。一方代表チームでは、2003年のアテネ五輪ヨーロッパ予選、2005年のIBAFワールドカップ、2007年と2010年のヨーロッパ選手権、および2008年の世界大学野球選手権に出場。かつては国際大会を大きな弱点としていたが、近年は改善している。


(2)ピーター・ヨハネセン(スウェーデン)

 1984年生まれの26歳、出生地は不明。パワーとスピードを兼ね備えたスウェーデン代表の主砲で、現在はイタリアのディ・エンジェリス・ゴード・ナイツでプレーする。ファーストネームから誤解されそうだが、彼はアダム・ソルギとは違い、純粋なスウェーデン人。代表正捕手であるビョーンは彼の実兄。


 2004年、エリートセリエンのレクサンド・ランバージャックスのレギュラー左翼手として、打率.299、出塁率.420の成績を残す。2006年に同リーグのストックホルム・ベースボールクラブに移籍すると、今度は三塁手としてプレー。打率.333、出塁率.415をマークし、前年には失っていたレギュラーポジションを取り戻した。


 これをきっかけにスウェーデン球界のトップスターへと成長し、2009年には打率.441で首位打者に輝いたほか、出塁率(.568)、長打率(.666)、安打数(45)、盗塁(16、タイ)の各部門で個人タイトルを獲得。この年は本職の中堅のほか、三塁と遊撃でもプレーしたが、無失策でシーズンを終えた。2010年5月には、イタリアのゴード・ナイツに移籍。同月14日の試合で、左翼の守備固めとしてイタリアデビューを果たした。


 国際大会でも、2007年のヨーロッパ選手権で打率.381、出塁率.435と打ちまくるなど、今やスウェーデン球界の顔ともいえる存在に。まだ年齢的にも若いことから、今後長きにわたっての活躍が期待される。


(3)マリオ・チアリーニ(イタリア)

1982年リミニ生まれの28歳。リミニが生んだイタリア球界のスーパースターであり、代表を引退したダビデ・ダロスペダーレからその座を引き継いだ、代表の現主将。かつて1年間、マリナーズのマイナーリーグでプレーした経験を持つ。


 2000年にマリナーズとマイナー契約を結び、ルーキー級AZLマリナーズで24試合に出場、打率.313、出塁率.372、15得点と活躍したものの、翌年の契約を結ぶには至らず。帰国後にセメンザト・キャサ・ダステ・リミニ(現テレマーケット・リミニ・パイレーツ)に入団。同時に、それまで守っていた三塁から右翼にコンバートされる。本格的に頭角を現したのは2003年のこと。この年は40試合に出場し、打率.288、出塁率.353、長打率.569、10本塁打、40打点を記録する。長打率は6位、打率は元メジャーリーガーのルイス・デロスサントスと、クラウディオ・リベリザーニに次ぐ3位だった。


 一方、イタリア代表としては2度のWBCを筆頭に、世界大学野球選手権、インターコンチ杯、ヨーロッパ選手権、IBAFワールドカップ、さらには2004年のアテネ五輪にも出場。2009年のWBC一次ラウンドC組のベネズエラ戦では、ボビー・アブレイユ(エンゼルス)の右中間への打球を(自らのベルトと引き換えに)ダイビングキャッチする大ファインプレーを見せた。


(4)スティーブン・デラノイ(ベルギー)

 1983年生まれの27歳、出生地は不明。ベルギーリーグの強豪、ホボーケン・パイオニアーズでプレーする5ツールプレーヤーで、ベルギー代表でも中軸を打つ。かつては野球だけでなく、ソフトボールでもベルギー代表のロースターに名を連ねていた変わり種でもある。


 2008年シーズンでは、パイオニアーズで打率.400、出塁率.521、28得点で得点王に輝いた。翌2009年には157打席で65安打を放ち、打率.414で首位打者のタイトルを獲得。ちなみに、この年は別のソフトボールチームとの2足のわらじをはいていたが、成績はソフトボールでのほうが良かったらしい。


 ベルギー代表としては、2010年ヨーロッパ選手権予選で打率.278、出塁率.319ながら、4試合で全体2位の7打点をマークし、チームの2大会ぶりとなる本選出場に貢献した。また、2009年にフランスで行われたローエン国際カップでは、わずか2打席のみの出場にも関わらず、両打席でヒットを放ち、大会の最優秀打者賞を受賞している。


(5)ケンジ・ハギワラ(フランス)

 1986年、エルビューフ生まれの24歳。日本人の元柔道家を父に持つ日系フランス人であり、フランス代表でも中心的存在。日本野球とのつながりが深いフランス代表の中でも、もっとも「yakyu」と縁近い選手であるといえる。母語のフランス語の他、英語とスペイン語にも堪能で、日本語も多少話せるとのこと。


 幼い頃、日本の甲子園の試合を見たことをきっかけに野球を始める。フランス唯一の野球アカデミーや、ジュニア代表でのプレーを経て、2007年に国内の強豪、ローエン・ハスキーズ76と契約。1年目に21試合の出場で、いきなり打率.438(2位)、出塁率.524、10盗塁、37得点(2位)を記録。ファイナルでも20打数8安打と好調で、チームのリーグ制覇に貢献した。


 2007年にアメリカの大学チームでプレーした後、再びハスキーズに復帰。29試合で打率.417、出塁率.537、17盗塁、41得点と再び好成績を残した。一方フランス代表では、不動の中堅手として2007年と2010年のヨーロッパ選手権に出場。ホストチームであるハスキーズの一員として出場した、2009年のローエン国際カップでは、ホームラン部門で全体2位に入っている。


 2009年には自動車事故に巻き込まれるも、幸運にも怪我を負うことなく済んだ。同年1月には、息子のヒューゴくん(妻オーレリーさん)が生まれている。家族のバックアップも受けて、さらなる躍動が期待される若き5ツールプレーヤー。近い将来、フランスがヨーロッパの強豪と呼ばれるようになった時、その中心にいるのはおそらくこの男だろう。


 いかがでしたでしょうか?ゲルマン系の国以外にも、いい選手は探してみれば結構いるものですよね。個人的にこの中で注目しているのは、チアリーニとハギワラの2人。チアリーニはイタリア代表のチームリーダーの座を、一方のハギワラは日本人の血やDNAを、それぞれ受け継いでいるというのがその理由です。どちらも、それぞれの代表チームでは軸となる選手。これからのさらなる飛躍に期待したいところです。


 さて、今回でPart.2は野手編が終了。これからはいよいよ投手編に入ります。次回の先発投手編では、これまでリストに上がってこなかった、東欧のあの大国から若き左腕が登場。以前インタビューが記事になった、あの投手も名を連ねる予定です。ヨーロッパのスタープレーヤー紹介Part.2先発投手編、乞うご期待。

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