一陽来復。。第70期名人戦/第6局、「決着」の時を振り返る | 柔らかい手~個人的将棋ブログ

一陽来復。。第70期名人戦/第6局、「決着」の時を振り返る

【 第70期名人戦/第6局 】



柔らかい手~個人的将棋ブログ-90



90手目△5九角成。


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 銀、桂、歩

△森内名人: 飛、歩4



上図の局面で

羽生二冠の手が止まり、15分程してから夕食休憩に。。



名人戦棋譜速報(有料。要登録。)



この時、この瞬間


「名人戦棋譜速報」の恒例である「封じ手予想」で

正解者の中から抽選でプレゼントされる森内名人の色紙の揮毫

「一陽来復」がふと、頭に浮かびました。


一陽来復(いちようらいふく)


・冬が去り春が来ること

・悪いことが続いたあと、ようやく物事がよい方に向かうこと。



ああ、まさにこの瞬間のことを言っているのだと。。。




柔らかい手~個人的将棋ブログ-森内名人




森内俊之名人に

羽生善治二冠(棋聖、王位)が挑戦した第70期名人戦7番勝負。


森内名人が3勝2敗とリードし

名人防衛に王手をかけてむかえた第6局。


後手・森内名人が注文をつける形で戦型は「角換わり腰掛け銀」となり

一日目だけで74手目まで進行し、早くも終盤模様に突入。。



名人戦/第6局・一日目の大まかな流れ




【 羽生二冠の封じ手・75手目▲2二飛成 】



柔らかい手~個人的将棋ブログ-75


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 桂

△森内名人: 歩5



羽生二冠の「封じ手」▲2一飛成

いきなり「王手」からのスタートとなった二日目。



激しい展開が予想されましたが、しかし。。




柔らかい手~個人的将棋ブログ-77


77手目▲5一龍。


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 桂

△森内名人: 歩5



森内名人の76手目△2二金をみて

羽生二冠は次の77手目に、タダで獲れる1一の香車に手をかけず

攻守に利かせる。。といえば聞こえはいいですが

流れの中では甘く感じられた5一龍と指し、それまでの流れは一変。。



終局後の感想戦では

控え室検討陣が本線とみていた▲1一龍~△5八桂成~▲3九飛~を

指摘された羽生二冠は、逆に驚きの声をあげたとのこと。



5一龍としたことで金取りがかかり

なるほどすぐには森内名人の仕掛けた「時限爆弾」4六の桂馬が

銀をめがけて飛び込めませんでしたが


その後の展開としては

▲5一龍とするより、▲1一龍とした方が含みが多かった様子。。


もちろん結果論なので、本当のところはわかりません。




柔らかい手~個人的将棋ブログ-80


80手目△7五歩。


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 桂

△森内名人: 歩4



第6局・二日目午前の流れ「竜王の影。羽生二冠、長考」



ただ、本局でははっきりと後手が良くなり

二日目の午前中に指された森内名人の上図80手目が早くも

形勢を決定付ける、強烈な一着となりました。


この手をみて


渡辺明二冠(竜王、王座)が「先手はあまり自信がない」と

発言したのを皮切りに、三浦弘行八段豊島将之七段 ら近くで対局見守る

有力棋士も続々と、「後手良し」「先手自信なし」との見解を表明。。



羽生二冠は長考に沈みました。。




名人戦/第6局・夕食休憩までの流れ




柔らかい手~個人的将棋ブログ-90


90手目△5九角成。


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 銀、桂、歩

△森内名人: 飛、歩4


一日目とは打って変わって

互いに長考を繰り返す超スローペースな進行となる中


苦戦を意識する羽生二冠は

それでもジッと我慢し、「と」金を作り、「と」金で攻め

最善を尽くしながらチャンスを待つ、まさに一流の勝負根性をみせます。


しかし

本局ではもう、「と」金の歩みはあまりに遅く、何より勢い不足。


むしろ、その間に4六の桂馬が羽生陣営に飛び込み、飛車をゲットし

立て続けに角も飛び込み馬を作った森内名人の

ド迫力の攻撃をより引き立たせた格好に。。。




柔らかい手~個人的将棋ブログ-94


94手目△7七歩成。


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 角、銀、桂

△森内名人: 飛、桂、歩2



夕食休憩明けからは

森内名人の「と」金が重く、重く羽生玉にのしかかります。。




柔らかい手~個人的将棋ブログ-96


96手目△9五歩。


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 角、銀、桂、歩

△森内名人: 飛、桂、歩4


苦しいながらも持ち駒が増え

何とか凌いで手番を握り、一発逆転を狙う羽生二冠ですが

森内名人はつけいる隙を与えません。




柔らかい手~個人的将棋ブログ-104


104手目△7八「と」金左。


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 角、銀、歩2

△森内名人: 金、桂、歩4



必死に粘り名人への執念をみせる羽生二冠ですが

森内名人は慎重に手厚く確実に、羽生玉の包囲網を狭めます。。



この局面で、羽生二冠の手が再び止まり




そして




柔らかい手~個人的将棋ブログ-105


105手目▲5五馬。


上図での持ち駒


▲羽生二冠: 角、銀、歩2

△森内名人: 金、桂、歩4



「名人は預けた。その手で斬ってくれ。」



まるでそう言っているかのように

「天王山」5五の地点に馬を張り出し、自らの首を差し出した

羽生二冠。胸中はいかなるものだったでしょうか。。



見ていて、胸が詰まったセンチメンタルな局面。



以下


△8五桂~▲同銀~△8七と~▲同香~△同桂成~▲同玉~

△8六金~▲9八玉~△9七香までで、詰み。




【 投了図・106手目△8五桂 】



柔らかい手~個人的将棋ブログ-106


投了図での持ち駒


▲羽生二冠: 角、銀、歩

△森内名人: 金、歩4



全てを悟ったのは森内名人も同じ。


しかし、すぐには指さず

水を飲み、名人が名人たる理由を自分自身と見守る将棋ファンに

問いかけるように


ゆっくりと、一刀両断。



上図106手目をみて

羽生二冠は潔く負けを認め、投了。



この瞬間

今シリーズの対戦成績を4勝2敗とした森内名人の

通算7期目となる名人防衛が決まりました。



4期ぶりに名人に返り咲いた前年度は

29戦10勝19敗(.345)。公式戦11連敗でシーズンを終えるという

にわかには信じられない不本意な成績となった森内名人。



「勝利率3割名人」


「今期は羽生二冠の圧勝で決まり」


名人戦開幕前には当然下馬評は低く

その成績を揶揄する言葉もネット上に散見しました。


実直で真面目な性格の森内名人は

口にこそ出さなかったものの、名人としての責任を感じていたことは

想像に難くありません。



それでも名人戦開幕前のインタビューなどでは

調子の良さをアピールし、控えめな森内名人にしては意外ともとれる

強気の発言に終始。



「一陽来復」


よりどころとなった、その揮毫に嘘はなし。


番勝負が始まるや

本筋を深く掘り下げた入念な研究と準備のもと

どんな局面であろうとも慌てることなく、慎重に読みをいれ

羽生二冠の仕掛けを受け止めた「鉄板流」。


わずかな利をえるや

手厚い構えでつけいる隙を与えず、はぼノーミスで勝利をものにし続けた

森内名人は強く、巨大であり、まさに名人そのものでした。