大衆の反逆
「たとえば統治権は、もっともふさわしい人物にあたえられ、しかもそれは全市民による自由で清潔な投票で決められるということだ。しかし現実の経験は、こんな空想の楼閣など一挙に覆してしまう。そしてその教える教訓というのは、大規模社会にあっては、君主の選挙、必ずしもそれが最高の賢者、あるいは最大多数者の意向に落ちつくとは限らぬという事実である」。(「ローマ帝国衰亡史」第七章 百九十四頁)
大衆の反逆といっても、オルテガの著作について何か書くつもりでもないのである。
先週から、「ローマ帝国衰亡史」を読んでいる。ずっと以前から読みたいなと思いながら、そのまま放置していた本であった。今年の秋頃から地道に読もうと思っていたのだが、突然、本に誘惑されたかのように、衝動的に購入してしまった(自分は目が悪いこともあり、文庫本ではなく、古書である単行本を購入した)。両アントニヌス帝の平和な時代から物語が始まり、今朝ほどまでに、西暦二百四十八年まで、フィリップス帝まで読み進めた。
本書は、十八世紀にエドワード・ギボンにより執筆された歴史書である。が、ただの歴史書ではない。歴史的事実を通して、ローマ帝国に君臨した数々の皇帝の人間性にまで言及するギボンの手腕には、本書をして人間考察の書たらしめるものがある。その意味では、Ⅰ巻のあとがきにおいて、訳者である中野好夫が述べているように、本書は「歴史よりも、むしろ文学」であるといえる。
ローマ帝国においては、元老院の後ろ盾のある名門の貴族がローマ帝国の皇帝となるばかりではなく、蛮族出身である、出自さえ怪しい男が、軍を掌握し、クーデターにより帝位を簒奪することが決して少なかった。また、ほとんどの皇帝は、軍を丸め込むために、将兵たちに高額の給与を公約するか、支払わなければならなかったのである。
またもや、与党民主党の失態である。
「民主党の土肥隆一・衆院政治倫理審査会会長が『日韓キリスト教議員連盟』の日本側会長として、日本政府に竹島の領有権主張の中止を求める同連盟の日韓共同宣言に賛同し、名前を載せていたことが分かった。」
asahi.comより引用
asahi.com:http://www.asahi.com/politics/update/0310/TKY201103090727.html
同じく民主党議員であり、つい先頃まで国家公安委員長であった(!)岡崎トミ子議員が、二〇〇三年に韓国日本大使館前で開かれた日本軍慰安婦の支援団体主催の反日デモに参加し、 「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」を参議院に提出していたことにも驚かされたが、土肥隆一議員の行動も負けず劣らず、驚くべき行為である(無論、昨年の十一月三十日、民主党中井議員による、秋篠宮文仁親王殿下・秋篠宮妃紀子殿下に対する暴言も忘れてはならない)。
今時、竹島が韓国領だとは、日本共産党でさえ言わないのではなかろうか?
彼らは、議員失格である前に、日本人としても失格である。
民主党のやり口とは、「自民党政権のままでは、日本が駄目になる」と盛んに国民の間に危機感を煽り(革新政党好きのマスメディアが便乗)、まんまと政権交代したところで、子ども手当だ、高速道路無料化だといった、ばらまきを開始。同時に、事業仕分けという名前だけの官僚叩きのパフォーマンスにより、大衆の人気を掌握。
ところが、政権奪取から半年も経たぬうちに、普天間問題で二転三転。政治と金の問題にけじめをつけるといいながら小沢問題は棚上げのまま。首相が交代しても、尖閣諸島と北方領土をめるぐる、支那とロシアとの問題を始めとする外交問題と、社会保障制度の再設計や税制と財政の改革が急務である内政とを前に、為す術のない元市民活動家首相。次の選挙を戦えないと悟った民主党議員の中には、唐突に、これからは地方政党の時代だと言い出して、保身の道を探る輩までいる始末。
まさに、民主党議員のみなさん。お疲れ様でしたといったところである。
政策論争がどうだこうだと理屈をこねる前に、そして、政治主導とやらで、杜撰な法案(子ども手当法は杜撰であった)をひねり出す前に、まずは自分たちの党の綱領を作ってはどうか? 理念なき政党。まさに烏合の衆。そして、民主党議員の言動こそ、オルテガが描き出した「大衆の反逆」ではなかったか。
一昨年の夏に起こった政権交代から、今日の、衰退するまでの民主党の軌跡を描くことは、衆愚政治の醜悪さを後世のわが国民に伝える、よい見本になるのではなかろうか?