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2011年07月26日 21時32分53秒

雑感 菅首相の一日も早い退陣を望む

テーマ:雑感
菅首相の退陣問題が持ち上がってからはや数か月経つが、何の進展もない。

昨日、「ビートたけしのTVタックル」を見ていると、菅首相の資金管理団体である「草志会」が、政治団体である「市民の党」から派生した団体である「市民の会」に、平成19年から21年までの3年間にわたり、計6250万円の政治献金を行っていたことを報じていた。

この問題はすでに7月初頭頃に報じられており、7日の参院予算委員会において、献金の意図を問われた首相は、「政治的にいろいろな意味で、連携をすることによってプラスになると考えて寄付した」と答弁しているのだが……。こんな大問題をなぜ、連日メディアは取り上げないのか? もっと追求すべき問題ではないか?
MSNニュース:菅首相側、北の拉致容疑者親族の周辺団体に6250万円献金
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110702/crm11070208000002-n2.htm

MSN産経ニュース:市民の党“機関紙” 菅首相、30年前から寄稿 よど号犯やポル・ポト派幹部も
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110717/crm11071722180012-n1.htm

「市民の会」からは、森大志という人物が、今年の4月の行われた三鷹市議会選挙に立候補したが、落選。この人物の出自とは、よど号ハイジャック犯の故田宮高麿元リーダーと、彼の妻であり、国際手配されている森順子容疑者との長男である。

菅首相は、昭和58年に、酒井剛が代表をつとめる「市民の党」の機関紙「新生」に軍縮に関する記事を投稿しているが、この機関紙には、よど号ハイジャック犯の故田宮高麿や、カンボジアのポル・ポト派幹部のイエン・チリト元社会問題相も寄稿しているのである。

昭和58年に、当時37歳であった菅首相が「新生」に投稿した内容とは、軍縮に関したものであったようだ。「レーガン米大統領とアンドロポフソ連書記長をスペースシャトルに乗せて青い地球を見せる(MSN産経ニュース:市民の党“機関紙” 菅首相、30年前から寄稿 よど号犯やポル・ポト派幹部も)」。
これが、37歳の人間が考えることであろうか? あまりに稚拙。ほとんどアホの妄想である。

問題はそれだけではない。
平成19年から21年の3年間に、民主党は計1億4980万円の資金を、草志会に献金していたのである。昨日放送された「ビートたけしのTVタックル」の番組内で、民主党の松原仁議員は、民主党の議員の「わきがあまい」と指摘していたのだが、「わきがあまい」程度の問題ではなかろう。
また、同番組では、政治評論家の三宅久之氏が、反体制の運動をしてきたような人間(つまり、菅首相のこと)が、一度権力の座に居座ると、いつまでもしぶとく居座り続けるものなんですよとコメントしていたのが印象的だった(氏の「ポンコツの集まりが民主党なんだから」というコメントにも納得)。

北朝鮮による、邦人拉致とは、たまたま、運悪く北朝鮮の工作員に誘拐された民事事件ではないのである。わが国の国家主権に対する侵犯なのである。いうまでもなく、拉致被害者家族だけが戦う問題ではないのである。本来、場合によっては武力によってでも、国家が戦い、解決しなければならない問題であるにも関わらず、菅首相をはじめとする民主党が行っていることは、売国はおろか、北朝鮮を支援・援助しているのである。
北朝鮮を支援・援助している人間の一人が、わが国の首相であったとは。開いた口がふさがらないとはこのことである。
菅首相の一日も早い退陣を望む。
2011年07月25日 21時10分42秒

雑感 中国浙江省の高速鉄道事故

テーマ:雑感
鉄道好きというわけではないが、電車に乗るのは嫌いではない(乗り物では、飛行機が好きだ。ずっと乗っていたくなるぐらい好きだなあ)。
現在勤める会社では、出張がほとんどないので、会社から外に出ることがほとんどない。ごくまれに、都内に行く程度がせいぜいだ。社内で、原稿を作成したり、校正したり、デスクワークがほとんどだ。楽といえば楽だが、退屈この上ない。

そんな引きこもりがちな自分であるが、一年に一回、実家のある四国に帰省するために新幹線に乗る。かつて出張が多い会社にいた頃には、新幹線をよく利用したが、今では、一年に一回だけ利用する。

初めて新幹線に乗ったのは、1979年の夏。僕が十一歳のときだった。祖母に連れられて、埼玉に住む伯父の家に夏休みを利用して遊びに行ったときのことだ。

当時、四国には、電車は走っておらず、ディーゼル車両しか走っていなかった。白い0系新幹線の勇姿を、岡山駅で見た時にはひどく嬉しかった。ホームにすべり込んできた新幹線は、近未来からやってきた乗り物であった。広い、大きな座席に腰を下ろすと、ホームで買ってもらった幕の内弁当を広げた。弁当を食べ終わると、祖母にアイスクリームを買ってもらった記憶がある。たしか、そのアイスクリームは、小さなカップの割には500円ぐらいしたかと思う(300円かもしれない)。1本30円のホームランバーや、50円ぐらいのアイスしか食べたことがなかったから、その金額に驚いた。

新幹線の車窓から見える風景は、飛ぶように過ぎていくのだが、車両が振動しない。小さなテーブルに置いていた、パックに入ったお茶がちっとも揺れない。後年、新幹線に乗車していると、振動を感じるようになったが、1979年当時、岡山まで開業して7年ほどであった山陽新幹線は、すべるように走っていた。東京駅に着くまでの4時間あまり、僕はずっと窓の外を見ていたと思う。

中国浙江省の高速鉄道で凄惨な事故が起こった。わが国では考えられない事故である。日本人の中で、新幹線に乗って、「事故に遭うかもしれない」と感じた人間が、いまだかつて一人でもいただろうか?

事故についてはすでにさまざまなメディアが報じている。中国当局は、海外のメディアの取材をシャットアウトしているという報道が一部なされており、事故車両を事故現場を埋めてしまうなど、事実を隠蔽しようとしているとの疑惑を生んでいる。

Searchina:高速鉄道の手抜き工事、元請け「監視していなかった」=中国
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0602&f=national_0602_109.shtml

Searchina:中国の高速鉄道で「手抜き工事」…鋼材節約で強度不足
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0531&f=national_0531_175.shtml

高速鉄道の安全性に疑問を呈するニュースなど、ネットで検索すれば、それこそ山のように出てくる。これらは、事故が起きる数か月前から指摘されていたことである。事故は起こるべくして起きたのだ。

中国当局は、今回の事故の原因を究明しなければならないにもかかわらず、早計にも事故のあった路線での運転再開を行った。

システムや技術を過信してはならないのである。技術の前に人間は謙虚でなければならない。

今回の事故で亡くなった方々のご冥福をお祈りしたい。
2011年07月24日 18時04分14秒

雑感 ノルウェーテロ

テーマ:雑感
僕の住む町には、外国人がとても多くいる。市のホームページによると、70カ国、6500人が外国人市民であると紹介されている。市民の34人に1人が外国人という勘定になる。

7月22日、ノルウェーの首都オスロで、爆弾テロと銃の乱射事件とが発生した。両方の事件に関与した容疑で逮捕されたのは、オスロに在住するアンネシュ・ブレイビック容疑者、32歳である。

当初、ノルウェーのアフガニスタン派兵に反対するイスラム過激派によるテロ事件であるような報道が一部されたが、逮捕された容疑者は、キリスト教原理主義者ということで、事件の背後には、反イスラムやノルウェーへの移民への反発があるのではないかと推測されている。

毎日jp:ノルウェーテロ:「寛容な社会」憎悪か
http://mainichi.jp/select/today/news/20110724k0000m030131000c.html

上記の記事によると、「欧州諸国では近年、長引く経済の低迷で社会や政治が右傾化している。背景にあるのは、移民排斥の思想だ。移民は70年代、発展を支える『労働力』として歓迎された。だが、経済が失速すると、安い賃金で働く移民は欧州白人の職を奪う『重荷』に変貌した。極右勢力が唱える移民排斥は失業にあえぐ市民の不満の受け皿にもなっている」現状があり、欧州社会と、移民のつくるコミュニティとの間に摩擦が顕在化し、移民排斥論が噴出しているとしている。

在ノルウェー日本国大使館が作成した「ノルウェーの移民統計と社会統合に関する概要」によると、2009年から2010年にかけて、ノルウェーに移民した人数は、38600人。「2010年初頭段階でノルウェー国内には、46万人の移民一世と 9万3000人の移民二世 が在住。総人口の 11.4%を占めている」とある。

在ノルウェー日本国大使館:ノルウェーの移民統計と社会統合に関する概要
http://www.no.emb-japan.go.jp/Japanese/Nikokukan/imintoukeitoshakaitougou.pdf

外務省のサイトによると、ノルウェーの面積はわが国とほぼ同じ38.6万平方キロメートル。2010年1月1日現在の人口は約485万8200人。立憲君主制の政体をとっており、現在の元首はハラルド5世国王である。議会には、169の議席があり、任期が四年である一院制とある。
人口の10分の1が移民である計算となる。

イギリスのキャメロン首相や、ドイツのメルケル独首相が、自国の多文化主義を「失敗」と言及するなど、移民の受け入れに硬化する発言をしている(毎日jp:ノルウェーテロ:「寛容な社会」憎悪か)。

僕の住む町では、昨日、今日と駅前を中心として、阿波踊り祭が開催されている。歩道に新聞紙やビニールシートをガムテープで貼り付けて、「場所取り」をしている人がたくさんいるようで、歩道を歩くのもたいへんである。そもそも、公道に、「場所取り」も何もなかろうと思うのであるが、このようなせせこましい「場所取り」なる光景は、日本中でみられるものだろう。

今後労働人口が減少するわが国でも、労働移民の受け入れが進むことだろう。ノルウェーのことは、他人事ではなくなるだろう。自分の周りを見回すと、ほとんどの人が、外国人であったなんて国になってしまうかもしれない。仕事のほとんどを外国人に奪われてしまった日本人が巷に溢れるかもしれない。そのとき、自分がいる場所を失わないように、「場所取り」をしなくてもよい日本であればよいが……。
2011年07月23日 00時36分48秒

JAZZ Wynton Kelly

テーマ:JAZZ
数多いるジャズピアニストの中で、
「あなたの好きなジャズピアニストは誰ですか?」といった、ややふぬけな質問があったしても、
「Wynton Kellyです」
と答えた人がいるならば、「もう少し詳しい話をしましょうか」と言いたくなるぐらい、僕は、Wynton Kellyが好きである。

哀愁に満ちたフレーズと、楽天的でハッピーなフレーズとを、同居させることができる、希有なピアニストである。

ジャズの本質は、リズムの複雑さにあることなど、いまさらいうまでもないが、日本人がジャズを愛する理由の一つには、「哀愁」というキーワードがあることを否定する年配のジャズファンはいないだろう。
つまり、Wynton Kellyは、日本人が考えるジャズに対するイメージをそのまま体現してしまったピアニストなのである。
同じ理由において、わが国で、Lee Morganが大受けするのも肯けるのだ。

YouTubeのこの動画。
Walk'in~Themaを、Wynton Kellyのピアノ、Jimmy Cobbのドラム、Paul Chambersのベース、そして、テナーサックスを、Johon Coltraneが演奏する。たぶん、1959年~60年頃の映像ではないかと思われる。
Paul Chambersがボーイングをしている動画を見る事が出来るのは貴重。

2011年07月21日 23時10分04秒

夏の日の夢 ラフカディオ・ハーン

テーマ:その他の文学
ローマ皇帝ユリアヌスは、キリスト教徒の側から「背教者」と呼ばれた。キリスト教に帰依していると信じられていた皇帝であったが、実際は、キリスト教を軽蔑し、ときには露骨にキリスト教徒たちを蔑視した。一神教を信奉するキリスト教徒にとって、自ら信じる神を信じない者は、すべて異教徒であり、ユリアヌスの行為は許し難いものであった。

古来、一神教に見られる教えほど、頑迷で排他的な考え方はなかろう。いや、考え方や思考の内容ではなく、狂気といってよい。
徒党を組んだキリスト教徒とは、いうなれば狂信者達の群れであり、彼等が神の名の下に、大航海時代に南北アメリカ大陸や、アジア、アフリカにおいて、どれだけの悪事を働いたかなぞ、あえて語るまでもないだろう。
「自分たちと同じ神を信じろ。さもなければ……」

日本人は無宗教であるといった言葉を耳にしたり、そういった類の書籍さえ販売されているのを目にすることがある。
実のところ、自分を無宗教であると思っているあなた(ここでいう「あなた」とは、日本人の父親と母親との間に生まれた、日本人の意味である)も、宗教に属しているのだ、といえば、少なからず驚くことであろう。
「自分は、あまり宗教には興味がないから」「宗教を必要とはしていません」といくら言い訳をしたところで、神道に属する氏子のひとりであるのだ。

文部科学省が行っている「平成21年度宗教統計調査」によると、神道系の信者の数は約1億800万人。仏教系は約8750万人。キリスト教系は約237万人、諸教系が約888万人とある。
政府統計の総合窓口:平成21年度宗教統計調査
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001070844
わが国において、宗教に属する信者の数は、なんと2億人を遙かに超えるのである。

「自分は神道の信者になんかなった記憶はない」とどんなに言い張ったところで、いわゆる日本人としてわが国に生まれた人は、好むと好まざるとにかかわらず、生まれたときから氏子の一人として勘定されているのである。また、家が、お寺の檀家である場合もあろう。その場合には、仏教系の信者の一人として勘定されているのである。場合によっては、その両方に勘定されている人もたくさんいるはずである。
わが国の国民は、なんと宗教に寛容であり、信仰心が厚い人達であろうか。何の違和感もなく、いくつもの宗教に属しているのであるから。

四季のあるわれらが国土は、古代の人々に、さまざまな自然現象を見せた。古代人は、そのひとつひとつを、ときに畏れ、ときに親しみ、そして、敬った。彼等はそこに多くの「かみ」をみたにちがいない。ときに死者さえが、「かみ」となった。「かみ」が、彼等を罰することはなかった。彼等と共に生きたのであった。

わが国の土着の宗教である神道が、固陋で偏狭な一神教でなくてよかったとつくづく思うのである。

さて、自分は何を書こうと思ったのか。とめどなくなりそうなので、ラフカディオ・ハーンの「夏の日の夢」から、浦島太郎に関する一文を引用して、この拙文を締めくくることとしよう。

「一体浦島を可哀相に思うのは正しいことであるだろうか。生そのものが迷夢以外の何ものであろう。途方に暮れた浦島は神々の意図するところを疑い、玉手箱を開けてしまった。そして何の苦もなく息絶えた。人々は神社を建てて浦島明神として祀り上げている、それなのに、どうしてそんなに憐れまなくてはならないのだろう。
 西洋だったら話は全く違ってくる。西洋では神々に背いたら、生きながらえて、最大の悲痛をその極みの果てまで味わい尽くさなくてはならない。一番よい時期に安楽そのままの死を遂げるなど許されるはずがない、いわんや死後自ら小さな神となることにおいてをやである。現身の神々の間であれほど長いこと暮らしてきた事実の後で、どうして浦島の愚かさを憐れむことが出来ようか。(「夏の日の夢」小泉八雲)」

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