2011年03月30日 21時14分35秒
雑感 全人的医療とは
テーマ:雑感
「全人的医療」という言葉を耳にするようになって久しい。
体調が悪くなり、病院に行ったとする。具合が悪いと医師に訴えるだけで、すぐに検査、次に検査、そしてまた検査である。そして、検査のたらい回しにあった挙げ句に、
「う~ん、特に異常はないみたいですね」
という診断結果だったりすることがある。適当な薬を処方して貰い、すごすごと窓口で一部負担金を支払って、骨折り損のくたびれもうけの体で帰宅するわけである。
こんな経験をした人が少なからずいることだろう。
一体これのどこが「全人的医療」なのか? 今時、触診さえできない医師がいるというではないか。また、聴診器さえ上手く使えない医師がいるともいう。
「全人的医療の会」が定義する(世の中にはいろんな会があるものだ)、「全人的医療」の定義によると、「人を部分だけでなく全体として捉えようとする姿勢・視点のことをいいます。医療においては、『全人的医療』という考え方があります。これは、生物学的側面や疾患のみにとらわれず、社会面・経済面・心理面などの様々な視点からも捉えて、個々人に合った医療を行おうとするものです。」だそうだ。
全人的医療の会:全人的医療とは
http://zenjin.umin.jp/about.html
「全人的医療」とは、患者に適した治療を行うために検査のたらい回しをすることではないことなど、いうまでもないが、上記にあるような事でもないと僕は考える。全人的医療とは、医師が、患者と真正面から向かい合うという、単純きわまりないことなのである。こんなことを書くと、現場の医療関係者達は、現在の「三分医療」では、そんなきれい事など実現することはできないと言い切るだろう(無論、僕が知り合った医師の中にはすばらしい人がたくさんいたし、また、献身的な人物が少なからずいることも知っている)。
だが、人間関係とは、接している時間に比例して信頼感が増すわけではない。
先日見かけた記事でよいものがあったから、下に引用しておく。
人間の真価は、非常時の言動の中に如実に現れるのではないかと僕には思われる。
時事ドットコム:「大丈夫」の一言が特効薬=前向きな被災者に感銘-「陸の孤島」で診察・NGO医師
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011032700100
東日本震災で孤立した石巻市の雄勝半島。医師がいない状態が続いたこの地域に、国際医療支援に取り組むNGO「ジャパンハート」(東京都台東区)の医師石田健太郎さん(28)が入り、避難所で診察に当たった。「大丈夫の一言が何よりの薬」。こう振り返る石田さんは、前向きに生きようとする被災者の姿に感銘を受けたという。
雄勝半島は津波により通じる道路が崩れ、インフラも途絶した「陸の孤島」となった。ヘリコプターなどで医療物資は届いたが、人が出入りできるのは干潮時のみ。長時間診療する医師はおらず、医師が来る前に避難所で亡くなった高齢者もいたという。
石田さんが駐在した大須小学校の避難者は約600人。みな不安な表情で、診察が始まるなり100人以上が殺到した。石田さんは安心させようと、診断を告げる前にまず「大丈夫だよ」と声を掛けた。症状はさまざまだったが、その一言で、みんな生き返ったように表情が和らいだという。
声をかけ続けた結果、翌日以降は混乱も収束。石田さんは「薬よりも安心できる一言が大事なんです」と強調した。
服薬記録や検査器具が全て失われた中での診療は困難の連続。患者との会話だけで必要な薬や体調を推し量る手探りの診療で、神経はすり減った。それでも、「こんな若い医師でも必要としてくれると実感できてうれしかった」と振り返る。
避難所で過ごす中で感銘を受けたのは、悲しみに下を向かず、役割分担しながら復興について話し合う被災者の姿だった。石田さんは「支えられるだけではなく、強く前向きに生きようとする人ばかりだった」と感慨深げに話し、「これからも人のために頑張りたい」と、目を輝かせた。(2011/03/27-14:25)
追記:先日、このブログのタイトルを変えた。そんなこともあってか、上記の記事がひどく心に残ったのだった。
体調が悪くなり、病院に行ったとする。具合が悪いと医師に訴えるだけで、すぐに検査、次に検査、そしてまた検査である。そして、検査のたらい回しにあった挙げ句に、
「う~ん、特に異常はないみたいですね」
という診断結果だったりすることがある。適当な薬を処方して貰い、すごすごと窓口で一部負担金を支払って、骨折り損のくたびれもうけの体で帰宅するわけである。
こんな経験をした人が少なからずいることだろう。
一体これのどこが「全人的医療」なのか? 今時、触診さえできない医師がいるというではないか。また、聴診器さえ上手く使えない医師がいるともいう。
「全人的医療の会」が定義する(世の中にはいろんな会があるものだ)、「全人的医療」の定義によると、「人を部分だけでなく全体として捉えようとする姿勢・視点のことをいいます。医療においては、『全人的医療』という考え方があります。これは、生物学的側面や疾患のみにとらわれず、社会面・経済面・心理面などの様々な視点からも捉えて、個々人に合った医療を行おうとするものです。」だそうだ。
全人的医療の会:全人的医療とは
http://zenjin.umin.jp/about.html
「全人的医療」とは、患者に適した治療を行うために検査のたらい回しをすることではないことなど、いうまでもないが、上記にあるような事でもないと僕は考える。全人的医療とは、医師が、患者と真正面から向かい合うという、単純きわまりないことなのである。こんなことを書くと、現場の医療関係者達は、現在の「三分医療」では、そんなきれい事など実現することはできないと言い切るだろう(無論、僕が知り合った医師の中にはすばらしい人がたくさんいたし、また、献身的な人物が少なからずいることも知っている)。
だが、人間関係とは、接している時間に比例して信頼感が増すわけではない。
先日見かけた記事でよいものがあったから、下に引用しておく。
人間の真価は、非常時の言動の中に如実に現れるのではないかと僕には思われる。
時事ドットコム:「大丈夫」の一言が特効薬=前向きな被災者に感銘-「陸の孤島」で診察・NGO医師
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011032700100
東日本震災で孤立した石巻市の雄勝半島。医師がいない状態が続いたこの地域に、国際医療支援に取り組むNGO「ジャパンハート」(東京都台東区)の医師石田健太郎さん(28)が入り、避難所で診察に当たった。「大丈夫の一言が何よりの薬」。こう振り返る石田さんは、前向きに生きようとする被災者の姿に感銘を受けたという。
雄勝半島は津波により通じる道路が崩れ、インフラも途絶した「陸の孤島」となった。ヘリコプターなどで医療物資は届いたが、人が出入りできるのは干潮時のみ。長時間診療する医師はおらず、医師が来る前に避難所で亡くなった高齢者もいたという。
石田さんが駐在した大須小学校の避難者は約600人。みな不安な表情で、診察が始まるなり100人以上が殺到した。石田さんは安心させようと、診断を告げる前にまず「大丈夫だよ」と声を掛けた。症状はさまざまだったが、その一言で、みんな生き返ったように表情が和らいだという。
声をかけ続けた結果、翌日以降は混乱も収束。石田さんは「薬よりも安心できる一言が大事なんです」と強調した。
服薬記録や検査器具が全て失われた中での診療は困難の連続。患者との会話だけで必要な薬や体調を推し量る手探りの診療で、神経はすり減った。それでも、「こんな若い医師でも必要としてくれると実感できてうれしかった」と振り返る。
避難所で過ごす中で感銘を受けたのは、悲しみに下を向かず、役割分担しながら復興について話し合う被災者の姿だった。石田さんは「支えられるだけではなく、強く前向きに生きようとする人ばかりだった」と感慨深げに話し、「これからも人のために頑張りたい」と、目を輝かせた。(2011/03/27-14:25)
追記:先日、このブログのタイトルを変えた。そんなこともあってか、上記の記事がひどく心に残ったのだった。
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