遅延支援における地域経済復興とは

2004年11月02日 テーマ:復旧支援への知恵共有
「遅延支援とは」という記事についてメールをいただきましたのでご紹介いたします。


~~~~~~-A.Mさんからのメールの抜粋~~~~~~
阪神競馬場はその復興の早さで
周囲の住民をあっと驚かせた。
一つ横の筋に入れば、全壊家屋が立ち並び、
道路はアスファルトの色が見えないような時。

しかしここでも付近の住民は非常に複雑な思いにかられた。

競馬が行われることは地場産業の復興でもあるし、
その賑わいが戻ることこそ仁川の日常生活への復帰だった。
大いに勇気付けられたことも間違いない。

だが、一向に普段の生活に戻れない人々は、
社会から見放されたような寂しさにも同時に襲われていた。
周囲が「復興」を成し遂げる分だけ――
それが庶民の生活をないがしろにする『再開発』だったり、
華やかなエンターテインメントであればあるほど――
生活や心が置き去りにされてしまう方々もいる。
あえて言えば、その多くは老人だ。

……いや、だからって競馬するなって話じゃないよ。
「復興競馬」宝塚記念で、阪神競馬場は巨額を寄付している。
こういう好循環が地域経済に再び戻ることが重要だ。

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これは前回の「遅延支援の施策とは」で、地域行事の停滞を食い止めたいという記事を受けての意見だが、地域住民が復興(や、かたづけ)に追われているときに地域経済にプラスとなること、簡単に言えばそのお客さんになることは、義援金寄付と同じ価値を生むことにはならないだろうか。

その会社や店の売り上げがあれば給料も支払える。そして何より、上記の地域競馬場がその地域のために使う寄付が得られれば、何よりの地域復興の足がかりであり、スマートだと思った。
こういう購買運動は、ネット購入という形でも全国から募れる可能性があるし、最近は通信販売も盛んだ。コンセプトは「支援購入」だろうか。

なにはともあれお金は必要だ。
営業再開の目処が立たない店や会社の、同業者による営業サポートなども長期的に見て必要ではないだろうか。

もちろん経済基盤の規模の大小の問題もあるけど、被災地域の近隣経済を含めた、こころよき事業者が見つかればいいのだが。


追記:
新しく知ったビジネスコンセプトとして、コミュニティビジネスという発想が新しい。これを地域に根づかせるのにも復興というきっかけで実現できないものかと思う。
キッカケとして、新しいことを取り組めるチャンスかもしれない。

遅延支援の施策とは

2004年11月01日 テーマ:復旧支援への知恵共有
「遅延支援とは」という記事について様々なblogにおいてその「意義」の大切さについて考えられた方が多いようです。

「遅延支援」というカテゴリーでの現在の対象でいくと、マスコミからの注目が去ったように思われる、台風災害の京都府宮津市滝馬地区、兵庫県日高町、豊岡市、三重県宮川村等各地区における支援復旧があると思います。

また支援の具体的内容からいうと現地のニーズを把握しなければならず、そのような現場の声blogが残っていればいいのですが、実際はどうなのかはまだ調査しきれていません。

どちらにしても、財産の一部が奪われた、思い出のモノがなくなった等の後に引きずるココロのケアも問題かと思われます。
とある人がラジオで話されていたのを覚えているのですが、村の結束は祭りにある、また祭りが残っているところは、比較的人間関係が良好で閉鎖感が無いということなのです。
被災者は自宅修繕においては、ボランティアと言えども中に知らない人を入れたくないという声も今回あがっているようです。であれば、そういった中止になるだろう村の行事やお祭りを絶やさないというのも復興モチベーションをあげることにつながらないかと思います。

せめて正月のそれぞれの行事や、地域の祭りは、ボランティアの力で開催にこぎつけるとかも、上記の台風災害地域を含めて、考えてあげたい部分でもあります。

モノはなんとかなりそう。メンタルな部分の建て直しは引き続きケアが必要。しかしカウンセリング等は専門家が行う必要があると思うので、とこのような背景での祭り施行案です。

そういえば寅さん映画の最終号でのラストシーンでは、阪神淡路大震災復興中の正月(要するに被災の1年後の正月)のシーンだったと思います。大介花子(よしもとの漫才師)がパン屋を再建し、まわりはお祭りの風景でした。(なぜこんなこと知っているのかはさておき)
アレが各地でもきっちりしてやりたいと感じてます。


参考リンク「遅延支援とは」

遅延支援とは

2004年10月30日 テーマ:復旧支援への知恵共有
今回の新潟中越地震もそうですが、様々な支援と寄付それにボランティアがよせられ、復興への誠意ある協力がよせられ、こんな時は国民の結束も固いなぁと少し安心感も覚えます。





■メディア報道中(この記事は10月30日に書きました)

そんな中でもイレギュラーな問題も噴出していたりします。それは支援の需要と供給バランスの崩れ。一部の支援物資があまったたりするのです。カップラーメンや毛布が山のように積まれた倉庫が市内何箇所かに分散して保管されているようです。



復興活動にあたっている方々もそれらを整理するだけで手一杯。

配給活動もままならない苦労があるようです。



これは、報道されている間、集中して支援物資送付や寄付が行われてしまうからという理由のようです。





■遅延支援

そんな問題をクリアする支援活動が遅延支援です。

今、集中させず、数ヶ月あとにそのときの需要のある支援物資を送ったり、寄付、ボランティアを行ったりする活動。新潟を例に取れば、4~5ヵ月後の一番寒い時に、もう一度危機的な状況もあるのではないでしょうか。



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昔、杉良太郎さんは、阪神淡路大震災の時に半年後に1000万円を寄付したり、復興支援を行ったそうです。これは上記の理由で国民の関心が失われる時期にも、地元では復興活動がつづいている。そんなときにも支援は必要だからという理由で、支援の集中する時期はそちらにまかせるという発想だったそうです。

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来年の冬の一番寒い時期に向けて、復興支援の芽を残しておくのもいいアイディアかもしれません。なにも支援できなかったなぁと感じる人がいれば来年もまだ需要はあるでしょう。いつでも遅くはないですよね。





■自分はいつ動けるのだろうか

お金・物資と送付される中、一番助かるのは「動ける」人々。つまりボランティアと各種救助隊・NPO等現地へ向かう人だと感じます。人だけは遅延するわけにもいかなかったりしますしね。

いつなんどきも「動ける」ことは大切であると思いました。現地の方々本当にご苦労様でございます。



しかし遅延支援であれば、長期的視野に立つことで今忙かった人でも参加する意義のある可能性を残しています。自分にできることは現地であれネットであれ発揮すべきだろうし、そういったマネジメントも今後のサバイバル社会には必要となるでしょう。そんな経験を蓄える時期かもしれません。





■遅延支援計画(11月6日加筆)

具体的に動いていなくて心苦しいですが、暦に添ったあなたにできることを、時系列で並べて管理できればと。それが動けるボランティアのモチベーションを支えたり、実際に行動したりと繋がっていくと思うのです。

視点としては例えば「正月をきっちり迎えるようにするには、」とか「雪災害時における事前準備」とか「いつでも暖をとれる工夫」。つまり「生死の危機懸念」から「生活の不自由さ」へのストレスの移行を考慮することでしょうか。これは阪神大震災時のボラ経験者のアイディアです。







追記:

みなさんリンク・TBありがとうございます。

来年の冬、傷んだ家屋等が雪で潰される危険もあるとか、彼らのストレス、メンタル的衰弱も懸念されています。メディアが去った後は、支援サイト間での生の情報が引き続き有効に機能すると思います。





追記:11/4

遅延支援の施策とは

遅延支援における地域経済復興とは



追記:11/6

文中加筆しました。

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