わたしにできること

2005年12月30日 テーマ:マインドリゾート
わたしにできること

それをただただ実行すること

自分の向いている矛先に、それをただただ実行してみる。

それが直接関係なさそうに思えても、役にたたなそうでも、それは必要だ。

なぜなら、わたしができることとは、わたし自身が必要ということだから。

わたしの存在が、わたしのできることをするために、その場にいる。

遠くを見つめながら、

わたしのできることをただただやってみる。

ただただそれだけでいい。

それだけでいい。





真理を実行すると最悪なことにはならない。
それが収入にならないと思われても、不安になっても、ただそれをやっているとつじつまがあってくる。自分の生活に見合ったつじつまが合ってくる。
不思議だ。
それを信じる勇気が必要だ。
失敗とか不安とかココロはネガティブでいっぱいになる。
真理とはお金を稼ぐことじゃない。真理とはハッピーを稼ぐこと。
つじつまが合うということは、それなりの生活がおくれるということではない。
つじつまあ合うということは、最高にハッピーな状態になることだ。

きっとそうだ。みんなそうみたいだから。

下流社会

2005年12月28日 テーマ:マインドリゾート
最近の隠れたキーワードの「下流社会」

下流とは「1億総中流家庭になった日本!」と言われた上流、中流、下流に値する意味を持つ言葉。一億総中流という感覚は差別社会を無くし、皆がひとつに団結できたかもしれないいい時代。

自分は下流には落ちないよ。

ホント?

下流の恐ろしいところは、中から下に落ちるのではなく、社会動向に沿って生活していると上がどんどんとアガッテいくので、知らない間に自分は下層に位置してくるという受動的な意味がある。
つまり、下流といっても浮浪者や食うに困るような人のことではなく、普通に社会生活をしている人を指すそうである。
自分から行動を起こして上に行くか、外に出るかしないと、普通の人はみんなで下流化していく。みんなだから安心、しかも毎日テレビみれて、パソコンもあるし、好きなときにディズニーランドにも行けるだろう。普通に結婚もできるし、就職もできる。別に特別に苦を味わうことなく、湯だっていくような感じだろうか。

グローバリゼーション、デフレーション。確実に社会基盤や社会通念もグローバリゼーションを受け入れている。日本は他国に比べて高所得だったかもしれない。外国人の労働条件はグローバリゼーションによって日本にも当てはめられてくる。労働者格差は世界をグローバルに均一化してくるかもしれない。

最初に資本主義経済に移行した時点の記憶を思い出さない限り、この今の状況というものを俯瞰することはできない。どこまでもどこまでもこの社会で生きているので、それがあたりまえだし、その外側はもはや未開拓な原始生活しかありえないと思い込まされている。

つまり下流とは、上流権力によって、完全にコントロール下に置かれて、尚且つそれに従順に従っている層を指すのかもしれない。毎日マスコミの報道するニュースを真実と思いながら追いかけ、芸能人の発信する流行に従い、タバコや酒や公営ギャンブルで多大な税金を納税し、決められたルーチンが生活の大半を占めている。
でもこれらは本人の選択した結果であり、日本はまだまだ自由の余地もある。

主体的になって生活を築くことは、上流とか下流とかの意識をしなくても、ココロ上流になれるチャンスがある。つまり一般的に言われだした下流の真髄は「やるきのない」感覚に冒された層ということになる。
今の状況がお気に入りであろうが、上に行けるわけがないと思おうが、何も気付いていないのであろうと、コントロール下ということは、自分のお金も時間も精神も搾取されつづけるということ。その損失を少しでも減らそうと思い立つことが中流に居残れる条件かもしれない。

それでも中流?

でもこれからの中流はかなりハッピーかもしれない。

上流を目指さない?

上流とは資本主義経済圏での勝ち組みを指す事がほとんど。そこには世襲制もあるし、特権階級も含まれる。資本を勝ち得て成り上がることももちろんできるだろう。

上流は目立つんだよ・・・
しかもこの上中下の概念は資本主義経済圏で交わされている言葉の範疇であり、もっと幅広くライフスタイルを追求すると、左も右もあるし、前も後もあるかもしれない。つまり三次元、四次元的なポジショニングを得れる可能性。

人は単なる動物だ。枠を越えて主体的になってみることこそ本当の自由だ。
そしてそれは誰も邪魔しない。自分で決定できる。
上に行かなければハッピーにはなれない?
このままがハッピー?
何も知らないのがハッピー?
新しい領域を見つけることがハッピー?

答えは死んだ後。
問いつづけることを楽しんだもの勝ちだ。


下流社会?国家破産?パラダイス?全ては同じ線上にあるようだ

ワンセグ中毒

2005年12月23日 テーマ:マインドリゾート
危ないぞこれは!
と思われるのがワンセグ。

自分はテレビ中毒から解毒されて、ほぼ4年になる。ジーコジャパンの試合の時にせっせとテレビを接続して見る時以外はほぼテレビが生活にはない。
それによって莫大な時間が確保でき、余計な欲求も感化されないのでお金も残り、自分のやりたいことに集中できるようになった。

その代わりネットに接続している時間は多くなる。また仕事も兼ねているので多くなる。TBSニュースも動画でネットで見ている。しかしネットはテレビほど面白くないので、それほど無駄な時間が割かれているとは考えにくい。

しかし最近やっぱ携帯電話に夢中になっている人を本当にたくさん見かける。
自分の携帯は古いので通信速度も遅いので面倒だし程ほどに使っているけど、街中ほんとにみんな携帯を手に持って画面を見ながら、自分の行動を平行して行っている。これはほとんど中毒に近い。

その中毒の大半はメールにあるんだと思うけど、メール中毒、家に帰ればテレビ中毒。本当に現代人は操られている。
しかし、その携帯でとうとうテレビが本格的に参入するのがワンセグ。

これのアンケート結果では体験した人の93%が利用したいと答えたそうだ。
そうテレビ中毒を解毒したおいらにさえ、手元の携帯にテレビが忍び寄ってきているという現状なのだ。メールを気にしながら、テレビ番組も気になる。携帯の中でタレントが何かしているのでとても気になる。そしてメールも気になる。

携帯電話はかなり危険なものへと進化してきているぞ。

個人を結ぶ通信という意味では、もうそれ無しでは考えられないとまでなってきていると思われるけど、それが無くてもいい生活様式のパラダイムをなんとなく考え出さないとハッピーが虫食いになる。

実際携帯電話を持たない知り合いが増えている。
連絡?もちろん固定電話か手紙か(笑)
しかし一日一度でもチェックするメールアドレスがあれば、本当はそれでいいのではないだろうか。(実際の業務とか抜きで理想感として)



新しいパラダイムの通信形態のビジョンがある。
それを創りこみたい。新しい中毒が忍び込む前に。
それは本当に大切な繋がりを確保する通信。ココロが通い合っている通信ライン。
日曜雑多な通信とは切り離されたイントラネットかもしれない。


スパムも最新情報も最新ニュースも広告もお得情報もワンセグもいらない通信。
ココロ通った話とあまりモノの交換、そして共同作業のマネジメント。
この新しいパラダイムの通信は情報のインフラから感情のインフラへとスピンアウトする。

半農半X

2005年12月15日 テーマ:マインドリゾート
半農半XのXとは天職をさすんだそうだ。

天職とは、お金が儲かりにくいかもしれないけど万民のためになる自分自身が全て発揮できる仕事。
適職とは、お金が儲かりやすく自分でも得意なこと。

この両者の違いは、価値観をお金に持つか、活動に持つかの違い。
お金主体では適職と見なし、活動・自己の自然な発揮を主体とする場合は天職。
もちろん天職が適職になる場合もある。

自分の場合はなんだろう。
まだ天職が何かわからない。
適職はIT関係の仕事。仕事がまだまだできるし、お金ももらいやすい。

半農を生活に取り入れたら、この適職も半分になる。その場合単純にお金も半分になるんだろうか。思うに、これが天職であれば、お金にならなくても、なんとでもやっていけるような気がする。
そう最悪な状態にはならない感じ。天職をまっとうしている状態では、その人は皆から助けられるし、運にも見放されないように思う。
それが半農半Xの究極だろう。

ちなみに半農とは、半分農家をやるという感じの意味。本質は自分の生活を自分で創るといったこと。それはできる範囲でいいんだけど自給自足を取り入れるようなこと。

忙しそうだね~、半分自給自足して、半分職につくんだもん。本当に時間って足りるの???とか思うよね。

でも実際は、まったりのんびり昼寝する時間もあるほど、時間持ちになれるような気がする。のうてんきな暮らしっぷり炸裂!
これは感覚的な問題だ。けっしてロジカルには語れない。


僕は最近ロジカルに語れることの薄さをなんとなく痛感している。
つじつまがあって、わかりやすく、系統立つ。ロジカル!
しかしそこにはハプニングや臨機応変、変更、心変わりといったことは許されない。
時と共に移り行く自然な流れに身を任せるのであればロジカルであることは弊害だ。

人が安心するためにロジカルな思考をするんだけど、
未来が安心できなくなる計画になる。

もっとナチュラルに生きたい。

ITと環境の融合とは

2005年12月04日 テーマ:マインドリゾート
電通のロハスプロジェクトのなんらかの記事で「ITと環境との融合」っていうキーワードを見つけた。

こうストレートに書かれると、自分にも直接関係ありそうで、どこか興味が湧いたんだけど、結局は大手家電メーカのロハスプロジェクトに関わる記事だったようだ。

マーケティングの一環としてロハス層向け商品企画は、どこでもやりだしていること。
それに興味があるかないかは微妙なところだけど、少しでも環境というキーワードを持って自分たちの持続性に関して関心を持たれるという意味ではポジティブ。

個人個人もそうだけど、企業とくに大企業が関心を持つことは、環境にとって非常にインパクトがあると思う。


で「ITと環境の融合」っていうキーワードは、今ひとつ自分でもピンとこないんだけど、自社サイトも実際にはその融合って範疇に入りそうなわけで、自分との関連性には興味あるんだけど、自分自身が「ITと環境を融合させました!!」って言うほどでもない。
でももしそれが実現できるのであれば、自分としてはポジティブにモチベーションを向けることはやぶさかではないわけで、そのキーワードの自分なりの真意を考えてみたいわけです。

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