団塊引退とは

2004年10月31日 テーマ:新しい知識の共有
3年後の2007年より準じ向かえるのが、第一次ベビーブーム世代、いわゆる団塊の世代と呼ばれる日本高度成長を支えた人達が定年を向かえることになる。

今も世代風潮は変化の一途をたどっているが、資本家層や、経営陣層等この世代が仕切っている企業は多い。

不況に喘ぐ日本を何とか支えているのも団塊の世代の、高度成長期の経験が大きいとも言われる。そういった人材が準じ定年退職を迎え、この経済最前線からいなくなっていく、文字通りの世代交代が始まる時期を言う。

この頃から懸念されることは、これら団塊の世代の第2の人生の始まりと、経済不況に追い討ちをかけるのではと懸念されている、新世代の台頭である。
新世代は何かと苦労をしていない、フリーターや無職層も抱えと、ネガティブな面が強調されることが多い。
より一層の高齢化社会において、現役がどこまで日本経済を支えるのかという不安要素をかもし出しているわけである。

我々現役世代においての社会風潮としては、より一層の競争社会にいるので、いわゆる「勝ち組み」「負け組み」の差が開くと言う懸念。グローバリゼーションにおける、国際感覚の持ち主がどんどん海外流出する空洞化問題。愛国心(日本人アイデンティティ)の低下における、政治への無関心化。

隣の韓国ではいち早く、しかも50歳以上の人材をどんどんリストラするという荒業をやっているというが、それがある意味国際経済的に成功している。その50歳以上の方がどのように生活しているのかは未調査ではあるが、日本は、この団塊の世代がそういう荒業を阻止しつつ、よくも悪くも現状維持を続けてきている。


その団塊世代の引退に伴って社会構造が変化することは避けて通れず、高齢化社会の新しい側面の開始とも取れるこの機会に、新しいその世代の生活形式、需要を取り入れたビジネスの模索も始まっているようだ。

団塊といってもまだ若いし働ける身である。その活動の矛先をまだまだ日本を支える知恵と経験の宝庫として、これからの世代がどう活用できるのかも、知恵の見せ所かもしれない。

遅延支援とは

2004年10月30日 テーマ:復旧支援への知恵共有
今回の新潟中越地震もそうですが、様々な支援と寄付それにボランティアがよせられ、復興への誠意ある協力がよせられ、こんな時は国民の結束も固いなぁと少し安心感も覚えます。





■メディア報道中(この記事は10月30日に書きました)

そんな中でもイレギュラーな問題も噴出していたりします。それは支援の需要と供給バランスの崩れ。一部の支援物資があまったたりするのです。カップラーメンや毛布が山のように積まれた倉庫が市内何箇所かに分散して保管されているようです。



復興活動にあたっている方々もそれらを整理するだけで手一杯。

配給活動もままならない苦労があるようです。



これは、報道されている間、集中して支援物資送付や寄付が行われてしまうからという理由のようです。





■遅延支援

そんな問題をクリアする支援活動が遅延支援です。

今、集中させず、数ヶ月あとにそのときの需要のある支援物資を送ったり、寄付、ボランティアを行ったりする活動。新潟を例に取れば、4~5ヵ月後の一番寒い時に、もう一度危機的な状況もあるのではないでしょうか。



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昔、杉良太郎さんは、阪神淡路大震災の時に半年後に1000万円を寄付したり、復興支援を行ったそうです。これは上記の理由で国民の関心が失われる時期にも、地元では復興活動がつづいている。そんなときにも支援は必要だからという理由で、支援の集中する時期はそちらにまかせるという発想だったそうです。

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来年の冬の一番寒い時期に向けて、復興支援の芽を残しておくのもいいアイディアかもしれません。なにも支援できなかったなぁと感じる人がいれば来年もまだ需要はあるでしょう。いつでも遅くはないですよね。





■自分はいつ動けるのだろうか

お金・物資と送付される中、一番助かるのは「動ける」人々。つまりボランティアと各種救助隊・NPO等現地へ向かう人だと感じます。人だけは遅延するわけにもいかなかったりしますしね。

いつなんどきも「動ける」ことは大切であると思いました。現地の方々本当にご苦労様でございます。



しかし遅延支援であれば、長期的視野に立つことで今忙かった人でも参加する意義のある可能性を残しています。自分にできることは現地であれネットであれ発揮すべきだろうし、そういったマネジメントも今後のサバイバル社会には必要となるでしょう。そんな経験を蓄える時期かもしれません。





■遅延支援計画(11月6日加筆)

具体的に動いていなくて心苦しいですが、暦に添ったあなたにできることを、時系列で並べて管理できればと。それが動けるボランティアのモチベーションを支えたり、実際に行動したりと繋がっていくと思うのです。

視点としては例えば「正月をきっちり迎えるようにするには、」とか「雪災害時における事前準備」とか「いつでも暖をとれる工夫」。つまり「生死の危機懸念」から「生活の不自由さ」へのストレスの移行を考慮することでしょうか。これは阪神大震災時のボラ経験者のアイディアです。







追記:

みなさんリンク・TBありがとうございます。

来年の冬、傷んだ家屋等が雪で潰される危険もあるとか、彼らのストレス、メンタル的衰弱も懸念されています。メディアが去った後は、支援サイト間での生の情報が引き続き有効に機能すると思います。





追記:11/4

遅延支援の施策とは

遅延支援における地域経済復興とは



追記:11/6

文中加筆しました。

新円切替とは

2004年10月29日 テーマ:新しい知識の共有
来週の月曜日11月1日に施行される、新しいお札への切替。これにはいろいろと分けアリな思惑があるようだ。
まず注目されているのが、新円切替施行時に、旧札の使用期限が提示されるかどうかという点。これにぴりぴりしているのは一部のお金持ちさん。

つまり旧札の使用期限を設定することにより、隠されている現金資産が市場へとあぶりだすことをもくろんでいる。脱税や余剰所得など、金融機関に預け入れされていないお金を市場に流すことで内需拡大、税収アップをもくろんでいるとされる。
これは実際には近年ヨーロッパ諸国でユーロに移行する際、多くの国で行われた。


で、お金持ちさんの視点はもう一つあって、それは2千円札である。
この2千円札あまりみかけない。おいらは近所のコンビニATMで8千円とかいう端数で引き出した時に良く出てくるけど。
で、その2千円札は、旧札期限に含まれず、新札の仲間なのだ。だから隠し資産を2千円札に両替している人もいるという。2千円札というのは5千円札よりも多く刷られているという。なのにここまで市場に流通していないのは、一部の大きい隠し資産へと流れているからだとうわさされている。

そう、だから来週の月曜日、この旧札の使用期限が設定されるか否かが大注目だ。
期限が設定される場合は大体2年という見方が多い。
われわれ庶民さんには、それほど痛くない話だけどね。



追記:11月2日(火曜日)
http://www.yomiuri.co.jp/business/news/20041101i504.htm

「日銀は週内は供給するすべてのお札を新札とし、2年程度で切り替えを完了する方針だ。」

今回まだ旧札期限の設定は発表されなかったようだ。
ただ上記の日銀の「2年」という数字は、政府内でも2年という単位で何かを模索していることを物語っているだろう。

2千円札は、20ドル紙幣にあたる単位だが、ここでも円とドルの融合策も感じられる。日本経済は本日の大統領選挙の結果でも左右されるので、今晩も注目したい。
ケリーになれば、経済の荒波が来るし、ブッシュになれば引き続き暗黙の仲良し作戦が水面下で進行するだけだ。

情報断食とは

2004年10月29日 テーマ:新しい知識の共有
自然と行っていたことなのですが、「情報断食」という言葉があると知りました。

要するに情報のインプットばかりに目を向けないで、アウトプットもきちんとしましょうと、そうでないと情報肥満になりますよと。

食と同じで「お通じ」が良くないと、精神衛生的にも良くないようです。

そこで自分なりに実践していた情報断食ですが、手っ取りはやいのがテレビを見ないことでした。そこは雑学と余計な情報とが多く、マインドコントロール的なマーケティングも多々見受けられ、楽しいのですが「はまってるだけ」の時間が圧倒的に多かったと思いました。それとついついはまってしまう「盲目的なネットサーフィン」の時間制限でしょうか。


でアウトプットですが、情報断食をすると単純に、アイディアを煮詰める時に目移りしないので、早く形にできるメリットがあるようです。アイディアはぞくぞく沸いてきたり、新しい情報によって掛け合わされ新しいアイディアに進化したりします。しかし、これがなかなか形にならない。改良改良で。
思うに、アイディアにはまだ価値は無いと思っており、アイディアが形になった瞬間に0地点になる。その形にするということが情報のアウトプットの一つの形式とすると、

このインとアウトをうまくバランスよくする必要がある。

と、そういったことを説いた言葉だそうです。


一時、「情報断食」をすると自分の中の情報(知識や知恵)がぬくぬくと元気になるそんな瞬間を噛み締めるのもモチベーションアップに繋がったりしました。
この価値観は情報産業の人には理解困難かもしれませんが、そうではなく、あれもこれもに囚われないで考えの本質的なところを見失わないというところに繋がりそうです。「いいたいことはただ一つ」それだけで本来はいいはずだから。



追記:11月4日

情報断食にも近いコンセプトでこちらユーゴさんが「意識的に情報を選別する」という楽しい方法をご紹介されています。
情報を選別するには、何を意識しようかと迷ってしまいます。でもこれは日常何に集中しているのかで、自主的に選別している人もいるでしょう。それをもっと「明確に意識」することで、もっと自分のものになりそうです。どういうことかって?
それはユーゴさんのサイトもご覧下さい。

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