ニガ・ヨロズバナシ。

借金満載なダンナさまを抱え、色んな困ったサンに囲まれ…なネタを繰り広げます。

でもネタじゃなく、実話ですから…! 残念!(切腹)

特に要らないと思ったので、コメントとトラックバックを出来ないようにしました(´・ω・`)


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それから、同じ事が何度か続き、父は1度だけキレて、私にと買い与えたカメラを質屋に売ったこともあった。

私がその事実を知って父に怒り、父は買い戻してくれたが…

正直、この時は母が「浮気相手にお金をあげてるから困って売っちゃったんだ」と言う言葉に惑わされ、父を信じられずに、必要もないのにカメラを持って登下校した。

「今日も持ってきたの?」と友だちに言われたけれど、当時の私は写真部だったので、2~3日すれば部活に使うのだと納得されたようだった。


気忙しく高校2学年が過ぎ、3学年目になった頃。

家の中は空気が冷たくなり、妹はいつにも増して私に甘えてくるようになった。

彼女は彼女で考えていたのだろう。母は妹にも訳の分からない事を呟くと嘆きつつ、一番頼りになる人は誰かと、必死に模索していたんだろう。

しかし、私は就職氷河期を乗り越えようとせねばならず、家の事に構っている暇は無かった。

半ば諦めに入った父と相変わらずな母、泣くだけの妹を尻目に、自分のことで精一杯になっていた。



その年の夏、また母は父の荷物を捨て、父は何日か帰ってくることはなかった。

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パシンッ。




 襖を開けたら、父が母を叩いた瞬間に出くわした。

 もちろん、私にとっては初めての、父の暴力。
 あんまりビックリして、母がよろめくのにも手を貸せず、ゆっくりと父が『しまった』という表情になっていくのを見る。


 一瞬一瞬が、一コマ一コマの映像としてゆっくりゆっくり私の視界を覆うようだ、などと次第にぼんやりしてしまう頭の隅で思ってみる。


 それが我に返る事になったのは、いつの間にかついてきたらしい妹の泣き声が耳に入ってきたからだ。


「生活! 警察、警察呼んで!」
 母の叫び…力に任せてしまった事を悔いる父の顔。



 私は……母や妹を宥めることも、父をかばう事も出来ずに、その場で突っ立っていた。






 そんな事件があって何日か後。
 父が、母と何やら話をしていたのを見たことがある。
 その時父は「病院に行ってみるか?」と母に聞いている所だった。
 母は病気ではないからと父の進言を一切拒否。


 私は…この事を、当時の担任や友達にも相談できずにいた。
 どうすればいいのか全く判らないけど、とりあえず高校には行っておこう…そんな気持ちで、普通に接していた。

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「父さんのモノ、捨てるよ。手伝って」

と言われてすぐ、私は「は?」と聞き返した。


何かの聞き違いかと思ったからだ。


しかし、「父さんのモノ捨てるから」と言われ。しばし呆然。

そんな私を尻目に、母はひとりで勝手に父の所有物を-釣り竿はもちろん、仕事で使う作業着の替えや唯一あったスーツ、もちろん下着や靴も-捨てはじめていた。


当時家に居たのは母、妹と私。姉は既に結婚して子育てに奮闘中だった。


父のモノを片っ端から袋に入れ、玄関先にドカドカと置いていく。

「ほら、手伝ってよ」

軽い身のこなしで行動しつつ、私たちに促す母。

妹は母っ子だったけど、私の後ろに隠れて。

私は…出され、出されようとする『父の所有物』たちを母に纏められるのを、見ていて…


「……なんで、捨てるの?」


絞り出すように、訊いた。


母は、答えなかった。無言で、てきぱきと『父の所有物』を纏めていた。




その日、父は帰ってこなかった。

別に母と喧嘩していたからではない。


単に、夜勤なだけだった。



次の日の昼…父が帰ってきてからのひと悶着は、残念ながら私は知らない。


私は、妹もそうなのだが当時は学生で、それぞれに学校に行っていた。

帰ってきてから父が眠っていないのを知って、「……喧嘩したのかな。したよね。当たり前だよね…」と思った。



父は、そんな事をいきなりされても、3日後には帰ってきた。

母に捨てられた『自分の所有物』を持って。


そして、何事も無かったように、私たちに接してくれていた。




けど。

そんな、父の努力も空しく、日が経ってから、父と母が喧嘩をするのを目にする事になった。



母「…浮気、しているんでしょう?」


ふすま隔てた向こう側で、母が声を荒げたのを耳にしたのは、既に妹が泣きながら私の部屋に逃げてきた時だった。


私「どうしたの?」

妹「…わかんない。わかんないけど喧嘩してる~」


妹を宥めつつ、ふすま向こうを気にすると、


父「してないって言っているだろう?」


と気の立った声。いい加減にしてくれ、とも言っているようだが、信じてくれ、と言っているような感じでもあった。


母「あなたの証言だけで信じられるものですか。私は聞いたのよ、あなたが浮気しているって」


母は…泣声で訴えていた。


父「してない!」

母「嘘よ。聞いたもの」

父「誰に?」

母「誰にだっていいでしょう?」

父「そんな、俺の言う事よりその人の方を信じるのか?」

母「あなたが浮気している所を、その人は見たのよ」

父「してないって!」


…まるでドラマみたいな…と正直、冷静に私は思った。

私が知る父は前述したけれど、競馬・パチンコ大好き酒も煙草も大好き、釣りもやるしボーリングや歌うことも大好きで、釣りやボーリングする時は出来る限り家族を同伴してくれた。

そして勤め先に入ってきた新人やら、外国の人(国籍問わずなので敢えてこう表現します)やら連れて帰ってくる、面倒見のいい人だった。

確かに女性とも話す機会は会社にもあるだろうけど、それがまさか浮気に発展…など、考えてもいなかった。

かと云って母を疑うわけにもいかず。

母はしっかり言っているのだ、「父の浮気を見た人がいる」と。

誰なのかは言わないけれど、あんなにはっきり言い切っているんだから本当のことなんだろう。


でも…両方共に意見というか発言が合わない。


しかしいい加減に近所迷惑になるなぁと思い、私は妹を部屋に残してふすまを開けた。






長くなりそうなので続きます。

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精神病って、いつの間にか無意識に受けた心の傷に耐えられなくなって、爆発してしまった状態のことをいうんじゃないだろうか。などと思ってみる。




喧嘩をしつつも、仲のいい家族。

そう、私は思っていた。


競馬・パチンコ大好き酒も煙草も大好き、釣りもやるしボーリングや歌うことも大好きな父。

釣りやボーリングする時は出来る限り家族を同伴してくれた。そして勤め先に入ってきた新人やら、外国の人(国籍問わずなので敢えてこう表現します)やら連れて帰ってくる、面倒見のいい父。

北海道出身、集団就職で愛知に来て気温差に耐えかねて心臓を少し悪くして薬を服用したのはいいけれど、その薬が強すぎたのか、皮膚や体毛が少しずつ白になっていく(…というより、色素が無くなっていく?)副作用に見舞われ、片耳がほとんど聞こえない為にあまり外に出たがらない母。骨格がでかかったので存在感が大きくて怖くもみられるけど、でも優しかった母。

小さな頃から病弱で、アトピー皮膚炎・鼻炎が持病。いい意味でほがらかな姉。結構偏見無く他人と付き合える姉。

小さな頃から癇癪持ちで、甘えん坊。でも面倒見もいい妹。

そして、私。


私が「え?」と思ったのは、母がある日突然、「父さんのモノ、捨てるよ。手伝って」と言い出したことからだった。

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はじめての方は、1回目2回目3回目 も併せて閲覧して頂くと、より判りやすいのでは…と思います。

時間のあるときに見てくださいね。長い話でごめんなさい。

そして今回も、男性が見るのはちょっと辛いのではないかな…と思います。




何も言わなくなって何年か経った。

それでも、相変わらず私だけの通院が続く。

お腹のふくらんだ妊婦をみるのを、ちいさな子供をみるのを、幸せそうに妊娠を喜んでいる家族を見るのが…凄く辛い。

近所にいた、何でも首をつっこみたがるオバサンに会うのが一番怖い。

何処にでも、ひとりはそういう人がいると思う。

私は…そのオバサンによって、外を用事も無しに出歩くのが苦手になっていった。


ただ、そこに居ただけで「あなたも結婚して結構経ったわね。子供まだ出来ないの?」やら、「早くお舅さんとお姑さんを喜ばせてあげなさいよ」やら言われ、「若いうちに産んでおくのが一番いいのよ」と終わる。

近くを通りかかっただけでも一緒だ。身丈が高く、早足で歩いても必死についてきて、あーだこーだと自分の意見を押しつける。

いい加減にしてよ。私だって、好き好んで妊娠していない訳じゃない……!!!




毎日、毎日出来ない自分を呪って。

月経が来る度に旦那に見られないように泣いて。

その上、何も知らずに責め立てるオバサンがいて。




気が付かなかった。


いつの間にか、泣かなくなった自分を。


気が付かなかった。


妊婦を、小さな子供を、妊娠して幸せそうな家族を見ようとすると、無意識にその存在を排除してしまっていることに。


気が付かなかった…


オバサンの言葉を、ちゃんと聞いていない自分に。



そして気が付けば、薬を服用してても月経が遅れたとき、「妊娠したかもしれませんね」という言葉に、ショックを受けている自分……。

見解が違って、ホッとしている自分。



おもむろに、聞いてみた。


私「…ねぇ。薬、飲まない?」

旦那「やだ」


即答され、またホッとした。

でも…そんな自分が情けなくて、泣いた。


その時、また抱きしめられたけど。


私は……拒否した。



気が付いてしまった。自分の心。

気が付いてしまった。旦那への思い。



私「じゃぁ……別れようか」



何を言っているんだ。その時はそう言われた。

けど、その言葉を出して以来、私は旦那を拒否し続けていた。

抱きしめられれば、涙が出た。


私の中では、もう限界だった。


旦那は、折れるしかなかった。



そして私たちは、10年の結婚生活にピリオドを打った。





離婚をしてからも、私はお金が無くても産婦人科には通っていた。

けど、離婚をしてはっきりと違うなと思ったことがある。

妊婦をみても、ちいさな子供をみても、その家族をみても、痛みも苦しみも感じられなくなっていた。

離婚寸前の『拒絶』とは違う。辛い思いをぶり返す事も無かった。

ただ……そこに在るのを見ているだけ。自分が不妊症だと判る前に戻った、だけ。


不思議なものだ…と友人に呟いてみたことがある。

けど、その友人は彼もいない結婚も考えたことがない人なので、「そう」と返すだけだ。

なってみないと判らないんだろうな…と苦笑した。



そして今。

再婚した私は、産婦人科に行くことにためらいを感じている

八戸にきてすぐに行った病院は総合病院で、やはりというべきか、産科と婦人科は同じ場所にあったりするからだ。


ようやく、妊婦をみて羨ましく思う気持ちにもなれたのに。

ようやく、小さな子供を可愛く思えるようになれたのに。

また、私は自分を追い込んでしまうんじゃないだろうか。


本気で怖い。


だから今現在は通院しないことを選択している。

それが原因で、ホルモン異常が起きて、ずっと月経が来なくてもいいと思っている。

本当は、良くないことも判ってる。でも他に何も選べなくて。



日本で一番偉い人が「少子化にむけて活動を」とか何やら言っているのを聞いて、頼もしく思ったのだけど…現状は変わらず。

せめて、産科と婦人科を分けて欲しい……と切に願う。


八戸に婦人科だけという病院が無いかな……

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はじまりだけで3回目ですか…どれだけ長いんだろう(汗) まぁ、10年の記録をかなり圧縮してますし…(汗)

はじめての方は、1回目2回目 も併せて閲覧して頂くと、より判りやすいのでは…と思います。

時間のあるときに見てくださいね。

ちなみに、今回は男性が見ると引いてしまう確率がとても大きくなっております。今までもその確率は大きかったですけど。今回は特に、です。

そこんトコ理解した上でお読みになって下さい。




「今度、旦那さんも連れてきて」

何回目かの診察の時、産婦人科医師にそう言われた。

曰く、「薬を使ってはいるけど、一応排卵も月経も標準に近くなったのに、妊娠しないのはおかしい」らしく。

どういう事だろう? と思いつつ、次の診察の時、当時の旦那に仕事を休んでもらって、連れて行った。


看護師「はい、これ。」

と手渡されたのは小さな瓶。

看護師「これに精子を入れてね。そこにあるトイレでいいから」

え? と、ふたりして思った。けど有無を言わさず、瓶を押しつけられ。

旦那は、聞いてないよ~てな表情をしながら、それでもやってきてくれ、面白くなさそうな顔をして戻ってきた。

「どういう事?」とその場で聞かれたけど、私も事前に説明されていないので何も言えず。

気まずい雰囲気に。

その雰囲気に縛られてしばらくして、ふたりして診察室に呼ばれた。


医師「結果からいいますと、旦那さんは乏精子症(精子の数が少なくなっている状態)ですね」

はじまりの言葉がそれだった。そして続いて、「でも薬で改善できる範囲なので、頑張って治療しましょうね」と言われ、診察はあっけなく終わった。

大量の薬をもらい、帰途について……

それから3日くらいは、大人しく薬を飲んでくれていた。

けど、いつの間にか、旦那は薬を飲むのを辞めてしまった。


「なんで薬、飲まないの?」

勇気を出して聞いてみたことがある。旦那が薬を飲まなくなってしばらくしてから、だけど。

旦那は「こんな事しなくたって、子供できるはずだ」と言い放った。

彼は、こうと思うと頑固な性質なので、もうそれからは「薬飲んで」というたびに喧嘩になりそうになった。

いつも喧嘩とは無縁の私たちだったので、なりそうになるだけでも私は嫌悪感を覚えた。


私「なんで薬飲まないの? 医者が薬で改善できるって言っていたじゃない?」


旦那「飲んでも飲まなくても変わらない」


私「何が変わらない? そりゃ、精子の動きなんて肉眼で見ることは出来ないけど…」


旦那「飲まない。」


私「なんで?」


旦那「飲まない。」


私「ちゃんと答えて。それじゃ答えになってないでしょ?」


旦那「変わらないもん」


この繰り返し。いつもいつも。

言い争いになるのが嫌だけど、諦めたくなかった私は、何日も何日も同じ事を聞いていた。


私「あなたが薬を飲んで、改善してくれないなら別れる」

言い争いに疲れた頃、ぽつりと言った。旦那は黙って私を抱きしめた。


結婚する前のごたごた(1回目 の後にも色々ありました)から、なんとか私を救ってくれようと、いつも身近にいて、泣きたいとき辛いときには甘えさせてくれていた旦那。

当時もまだまだごたごたが続いていたけど、出来る限りの力で守ってくれていた旦那。

あなたの子だから、欲しいのに。


…でも、抱きしめられていると、だんだん「…まぁ、今はまだ、いいか…」なんて事、思えてしまって。

それきり、私は、旦那を責めることはしなくなった。


それからだんだん、だんだんと自分の心が病んでいくことも知らずに。



つづく。

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あぁ、また今回も終わらなかった…いつまで続くんだろう?(汗)

長くて読者さまには逃げられるんじゃなかろうかとか思いつつ書いてます。

まだまだ続きますがよろしくお願いします(汗)


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財政審:人確法、廃止すべきで一致 職員給与の優遇措置で

 財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の財政制度分科会(会長・西室泰三東京証券取引所会長)は20日、文教予算について議論し、公立小中学校教職員の給与を地方公務員の給与より優遇する措置を定めた「教育職員人材確保法」(人確法)を廃止すべきだとする考え方で一致した。教職員の月額基本給(平均)は地方公務員より11%高く、校長の年金支給額は年間316万円で国家公務員トップである事務次官級の295万円を上回ることなどに、委員から批判が相次いだ。11月中にまとめる06年度予算編成についての建議(意見書)で、人確法の廃止を含めた大幅な給与構造改革を提言する方針だ。

 同分科会に示された資料などによると、03年度の小中学校教職員の月額基本給は一般の地方公務員より約4万円高い39万9842円。月額の年金支給額も、一般職公務員より約2万円高い24.4万円で、校長の年金は26.3万円と中央省庁トップの事務次官級の24.6万円を上回る。

 西室会長は会見で、全国に約3万3000人存在する校長の年金額を例に挙げて「相当な優遇措置が一生涯続いている」と述べ、退職金や年金の算出根拠となる基本給が高い給与体系を見直す必要性を強調した。

 教職員の基本給は、人確法で、もともと高めに設定されている。これに加えて、時間外や休日勤務の手当が付かない代わりに受け取っている「教職調整額」(給料の4%)も、退職金や年金の計算に含めているため、大幅な優遇につながっている。財政審は、教職調整額についても廃止を求める方向で検討する。

 財政審の議論では、国から地方へ税源移譲する3兆円の中に、義務教育費の国庫負担金が含まれていることから、委員からは「(教職員の)給与水準が高いまま税源移譲すると、優遇措置が温存されてしまう」「この水準で税源移譲するなら、地方交付税を減額してはどうか」といった意見も出た。

 また、地方公務員が過去5年間で4.6%(約12万人)純減したのに対し、教職員は逆に2000人程度純増したことが紹介され、教職員数についても、今後、削減すべきだとの指摘が出た。【三沢耕平】

毎日新聞 2005年10月20日 20時52分


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これを読んで、ウチは困るくらいなんだけどなぁ…と思ったのは、ここの過去を見てもらえれば判ってくださるかと……。

ま、小中学校の教諭ではないから、いいのかな~?

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さて、昨日の記事 の続きです。(昨日の記事については、時間があったら見た方が、より判りやすくなると思います)



「あれ? 子供が出来ないなぁ」

と思い始めた頃。

思えば、婚姻前から避妊は一度もしていないのに、全くその気配が無い。

「……不妊?」

ゆっくり、その事に思い至りました。

「姉ちゃんは、すぐ、出来たのに?」頑張って、否定したりもしました。


けど、それから何ヶ月経っても、月経は来ます。重く、辛い月経が。


不妊について全く知識がない私は混乱しました。

何故? 姉はすぐ出来たのに、なんで? どうして、私には出来ないの……?

確かめたくて、産婦人科に行きました。


「ホルモンがおかしくて、きちんと排卵できていない」

医者にそう言われて、また驚きました。けど薬で改善できると言われ、ホッとしたのも事実。

排卵さえすれば、子供が出来るんだ……と。だから治療を受ける事には、特に何も思っていませんでした。


その時は、まだ全然理解していませんでした。

お腹の大きな人たちが集う、華やかなこの場所で何時間も待つ事。

ちっちゃな子供があどけなく笑うその姿、子供の両親を見る事。

近所の…「産婦人科に通っているのに、ちっともお腹は大きくならないのね」という目を。


本当は、その時に覚悟しなければいけない事。それを…きちんと理解してはいなかった

理解していなかったから、その後何年も産婦人科に通う事自体が苦しくなってきた。苦しみの理由が判らなかった。産婦人科に行く日が近付くたび、泣けた。


理解した今は、何故産科と婦人科は一緒になっているのだろうという疑問が沸く。

産科と婦人科。確かに医学的には同じ部位を診るから一緒にしているんだろうけど、意味合いが全然違います。

産科は子供を生み、また、妊娠中の診察をする場所。

婦人科は子宮の病気を診る場所。不妊症もこっちです


はっきり言って…不妊の人に、妊娠している人の姿や、子供の姿は…目に毒です

ただでさえ辛いのに、傷口に塩振りかけているのと同じ行為です

それを何週間も何ヶ月も何年も何十年も受けている人だっているんです

一刻も早く、産科と婦人科を分けて欲しい



話は逸れましたが、前の結婚生活でパートもし始め(何もしていないと辛かった)つつ診察を受け…という生活を10年続けてきました。

そして、結局、出来ませんでした。理由については私の不妊と、もうひとつ原因があります


そのもうひとつの原因について、次回語りたいと思います。

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私は初潮を迎えてからこれまでずっと、月経が一定の周期できたことがありません。

それでも高校までは遅れても3ヶ月空いたくらいでしたから、特に気にすることなく産婦人科にも通わず暮らしていました。


月経ってうっとーしぃですもん(-o-;

…ねぇ?(女性の方、同意求ム)


それに私の場合、月経の期間中は体調不良も起こしますし。

無ければ無かった方が気が楽だったんです。

だから当時の彼(元旦那)にいくら心配かけても「大丈夫~」と言ってました。

ホントに口だけでしたけれど。


いやね、「病院行ってきたら?」とは言われていましたよ。当時の彼に。

でも、「病院ってどこに行けばいいんじゃ~い」とはね除けておりました…反省。

ここでちょっとでも調べておけば、症状が軽いうちにどーにかなって、今も続く不妊にはならなかったかもしれない……とは思うんですけど、当時の私を取り巻く状況がそれを許してはくれませんでした。言い訳みたいだけど、これもちょっと書かせてくださいね。


①私は市内の端っこから端っこの学校に通っていた

=今ほど便利には出来ていなかったので、通学時間に往復で3時間。持久力のない私が3時間通学は辛かったです。


②遠い学校で交通費がかかるので、夏休み限定でバイトした

=まんまですね。本当はバイト禁止の学校だったんですけど、遠い学校だし健康センターの厨房は目が届かないからいいやって事で学校に内緒でバイトしてました(笑)

3年目は、さすがに就職活動で無理でしたけど。


③姉が結婚して、すぐに子供が生まれた

=高2の時の話ですが。結婚して産まれたというより、できちゃった婚に近かったかも…。でも計算上は結婚してからの子なんですけどね。もう、ホントに妊娠までが短かった。ここで同じ親から産まれているんだから、私だって大丈夫さ~と思ってしまったのです。


④姉が子供を産んだ後から、母の様子がちょっとずつおかしくなっていった。

=何がきっかけだったのかは判りませんけど、ここら辺から母は今では病名もきっちり判っている精神病にかかっていたんですけど。部活に学校生活にと振り回されている私には…当時精神病院といえば「キチガイが行く病院だ」などという偏見を持った私たち家族には…母を、そういう病気なんだと思って優しくすることが出来ませんでした。以下、続きます。


⑤父母、離婚。

高3の、卒業試験前日の事。父と母は私と妹に離婚届を見せました。当時は「あの…明日っから卒業試験なんだけど」とか思うより先に、正直に凹みました。思春期でもありましたし。それで事故ったりもしました(ぼ~っとしつつ全力で自転車こいでいたらノロノロ動いてきた車と接触…。一時停止の表札があったんですが、もちろん私はみてません。自分の責任だと思ったので相手の方にお詫びしました…。けど、その人がまたいい人で、治療費出してくれたり病院に行くのを付き添ってくれたり・゚・(ノД`)・゚・。相手の方には今でも時折連絡をして、今は大丈夫ですよーと伝えています)

まさか、母が精神病者だとは思えなかった。思いたくなかった。思考から外していた……。


3年間でこれだけのことがあると、自分のことになど頭がそうそう回りません。

月経がきて、いくら苦しんでいても、終わればその時の問題に頭を悩ませるだけ。


そこまでも色々ありましたけど、20歳で元旦那と結婚しました。

結婚して3年を過ぎ、「…あれ? 子供が出来ないぞ?」と、ようやく悟って病院に赴こうとするまで…

その3年間は、本当に幸せでした。

元旦那と私の趣味が一部合っていて、それが縁で付き合った仲ですから、お互いの共通の友人というのもたくさんいて、みんなで集まったり呑んだり騒いだりして楽しくしていました。お互いの共通の友人に結婚した人がいなかったのもあります(他人の所為にしてますね…反省)とにかく、子供が出来なくても気にしないでいられました。


長くなりそうなので、続きます(^^;

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知っている方は知っていますが、実は私、ふたつ以上のブログを所持しています。

ブログ毎に内容を変えているつもり…なのですけど、重なってくることもあって、たまにコピペで済ませてしまう時もあります(反省)


で・・・


以前から、ですね。

ここのブログの扱いをどうしようかな~…と思い悩んでいたのです。

他ブログのひとつと、どうしても合わさってしまうので。

思い切って消すかな? とまでは考えました。一応。


けど、思ったんですが、ここって借金ネタだったりダンナさまの困った事だったりと『マイナス』のネタが多いですよね。

こんな事で落ち込んだ、とかちょっとショック~とか。

だもんで、ちょっと吹っ切ってこのネタも挙げてみることにしました。


それも『不妊』ネタ。


実は私は、今の婚姻の前に別の婚姻を10年続けていて(つまりはバツ1って事ですが)、その破綻の理由のひとつに『不妊』が挙げられるくらい、不妊には悩んできました。

自分のことだからか、結構グロい話かな? 男性とか避けられるんじゃなかろーか…と不安になったんですけど、ここは元々マイナスなネタをUPしているんだからもういいや、てな思いに切り替えました。

今も現在進行中ですし。

悩みを語る人もいないので、ここで語ってちょっとでも『不妊ストレス』という名の重い石を退けてみようと思います。


もちろん、借金ネタも続けます☆

今の内にネタ分類しときますね~^^

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