私は日本人だ。(当たり前か・・・・^^;)
だから、私に言い寄ってくる男達のなかにはいわゆる”アジ専”やら”ジャパ専”がいる。
アジ専はアジアン人専門。中国人、韓国人、日本人、台湾人、フィリピン人などが含まれる。
ジャパ専はジャパニーズ専門。
この、アジ専、ジャパ専のアメリカ男たちは、日本人の女の子たちから大不評だ。(他の国の女性がどう思ってるかは知らない。)
なぜなら、「アメリカ人の女から相手にされないからアジア人に行くルーザー」というステレオタイプが定着しているからだ。
現実問題、そういうルーザータイプもいるのは確かだろう。
でもね、何で自分達を良いと言ってくれる男達を毛嫌いしちゃうんだろう?
私はアジアの文化って、欧米の文化とは違う、思いやりや、繊細さ、おおらかさ、協調性があって、いいと思うんだけれど。
それを経験したら、欧米の自分勝手なわがままビッチ達が、いかに表面だけ繕ってで内面はねじれまくってるかが分かって、もう、アジア人だけしか無理と思うようになるのは、仕方が無いことだと思う。
欧米の女性でも素敵な人はもちろんいると思うけれど、もう、価値観、文化が違うのよ。
主張しないと潰される、潰されると「ルーザー」のラベル貼られて惨めな人生を送る。
まあ、近代のアジアでもそういう欧米的な傾向は増えつつあるのかも知れない。
この現象って、結局はやっぱりジャッジメントが大きな役割を果たしている。
ジャッジメントというのは、本当に厄介な物で、うまく活用しないと自分自身を苦しめることになる。
まあ、極論を言うと、なんでもそうなのだけれど。(自由、時間、競争心、執着など)
話が大きくずれそうなので、ここはとりあえずジャッジメントだけにポイントを置いて話したい。
話を元に戻して・・・・。
アジ専の場合、アジア人の文化というよりもアジア人の体が好きな場合が多い。全体的に小柄な子が多いし、年より若く見えるし、ブクブク太ったりしないし、毛深くないからすべすべして気持ちいい。
納得。
ジャパ専の場合、アジア全体の中でも先進国でファッションなども洗練されている。経済的に豊かな国から来てるので、いわゆるお金(グリーンカード)目当てで男と付き合う女が少ない。
納得。
が、このジャパ専の場合、女の方が裕福だとヒモのようになる男も多いらしいから要注意。
で、そういうアジ専、ジャパ専を毛嫌いする女の子達は「アジア人なんて」という劣等感、もしくは自分は置いておいてアジア人を見下している部分を持っていたりする。(ハリウッド映画の影響で白人に憧れている、など)
だから、そういう(自分達のようなアジア人)女性を選ぶ男をルーザーだと思うのだ。
もし、私が白人男で、ルックス良くて仕事が出来て、お金もあったら・・・・。
まず最初にトライするのはやっぱり白人のいわゆる「人が羨む」女を連れて歩きたいと思うだろうな。
でも、そんな風に女性を扱っていたら、その女性は当たり前のように助長して我侭言いたい放題、好き勝手し放題するだろうな。
で、「こりゃ大変だ。もっと、可愛くて優しい従順な子がいいな」と思うと
次はラティーノかアジア人。
(多分、ここでセクシャルな趣味が出て来る。ボインなセクシーダイナマイトが好きだと肉付きのいいラティーノ。華奢で小柄な体が好きな男はアジア人へ・・・)
その中でファッションセンスが洗練されてて、世界や社会について話が出来る中身のある子となると、
都会出身のエデュケーションレベルの高い女性。
となると絞られてくる。
まあ、これは私が白人男でお金があった場合の話し。実際はやっぱり白人女性とそのままくっつくのかも知れないけれど。
シュミレーションはこの辺で終わりにしておこう。
うーん、ぐるぐると話がまとまらなくなってきた。
で、私が言いたかったのは、
これを言っちゃもう身も蓋も無いのだけれど
やっぱり「要は個」であって、アジ専だろうがジャパ専だろうが、そこに至った経緯は人それぞれだろうし、そうなった理由もそれぞれだろうし、そもそも人には「趣味」があるし、それはその「自分の中に隠されてた趣味に出会うまでは気が付かなかった」だけかも知れない。
食べず嫌いで、一度お腹がすいて食べてみたら、すごく気に入ってしまったなんてこと、よくある話。
そもそもルーザーやオタクは人種問わず存在する。 趣味や話が合えば気にする必要は無いと思う。
人からの「エー、あんなのがいいの?」っていう言葉を気にすると、きっと誰とも付き合えない。
医者、弁護士、投資銀行家、実業家など、社会一般が認める高いステータスというのは、残念ながらある。
でも、オタクな医者、変態な弁護士、話が退屈な投資銀行家、意地悪な実業家だって存在する。(苦笑)
ステータスがあれば、自慢話ばかりする男でもルーザーではないのか???(いや、ルーザーだろう)
そもそも、ルーザーって誰のことだよ。
社会が作り上げたクラス(階級)なんて、人の幸せ度とは関係ないところにあるはず。
確かにお金があれば、しなくて済む苦労はあるかも知れない。
でも、苦労を知らないで育って人に優しくなれないのならば、ある意味、悲劇だとさえ思う。
うーん、話が脱線しまくった。
いや、これは簡単な問題ではないのだ。
色々な要素が絡み合っている。
階級社会、物質文化、美的感覚、人種問題、国の経済格差など。
広がりすぎた話を狭く戻すと(笑)、アジ専、ジャパ専と毛嫌いする前に、その「個」を受け入れて見つめる必要があるんじゃないかなって思う。
で、自分がアジア人であることを卑屈に思う必要はどこにも無い、ということ。
私達には、私達の誇れる文化、価値観があるのだから。
ね。(^^)
4
名無し(やっぱり恥ずかしい。)さん
日本語のブログに白人男性からのコメントをいただけるなんて、(しかもとても流暢な日本語で!)嬉しいです。(^^)
私が思うに、ジャッジメントというのは、自分がジャッジしているから、他の人に自分がジャッジされていると感じるのだと思うのです。そして、ジャッジする人というのは、人が自分の事をどう思うか心配している、自分の価値基準や判断そのものに、自信が無い人が多いように思います。
私も昔はとてもジャッジメンタルでした。だから、人からどう思われているかを気にしていたし。でも、そんな窮屈な想いをしながら生きるのがいやになったので、そして、そのジャッジは自分の自信のなさから来てると気が付いてから、人をジャッジする事を止めるように頑張りました。人がどう思うかではなくて、自分がどう思うかが、一番大切なんだと思います。
ご自分の事をジャパ専だとか、ジャパ専じゃないとか、誰に対しても証明する必要も無ければ、自分で決める必要も無いと思います。
婚約者の彼女が、人として好きだと、一緒にいて幸せだと思うなら、それがたまたま日本人だったという事で、いいのだと思いますよ。(もちろん、文化や体型などの好みの傾向はあるとしても)
婚約者の彼女とお幸せに!
みあ
2008-09-22 12:48:45
返信する