ナンプラ

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観たい記事があって買った週刊誌に、ナンプラが載っていた。
どう見ても数独と同じに見えたので、解いた後でネット検索にかけた。
まったく同じものの異名だと分かった。
検索したおかげで、ナンプラ(数独)を解くフリーソフトがいくつもあることを知った。
そのうちの一つを開いて、朝日新聞土曜日の特集の問題を解いてみた。
難易度マックスの★5の問題で、私は途中に休みを入れて実質一時間ほど楽しんで解いたものが、問題を入力してクリックしたら、一瞬で解かれた。
プログラムを書いた人のコメントに「こんなものを作って微妙に後悔している」とあったが、その気持ちが分かった。
それにしても、なるほど世の中にはいろいろな人がいるものだと、感心した。
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夏の終わり

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暑い。けれど、夏はもう終わり。
仕事をしていた昔のように、今年の夏は早く過ぎたような気がする。
テレビドラマをたくさん見たり、本を読んだり、時間はその頃よりずっと贅沢に使っているのだろうけれど、気分は忙しかった。
地域団体の役員をしていることが効いている。

祭りの挨拶回りやら、ブロック塀の修復工事の入札やら、町内にある公共施設の駐車場のフェンス設置要請やら。

引き受けないで済んできた仕事を、引き受けたせいで見えてきたこともある。
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ヴィヨンの妻(続き)

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昨夜「ヴィヨンの妻」の続きを見た。妻もまたそばで見ていた。

映画は原作にない人物を登場させ、人間関係や出来事を少し複雑にしていて、次第に作品としては小説と別物になっていった。
相変わらず作家は自堕落でその妻は妙に自己中だったりし、私の妻は仕切りと文句を言った。それだけではなく、登場人物の饒舌なそして微妙に捻じ曲がった理屈を聞きながら、まるであなたみたいだ、などと私に絡み始めた。
「私はこういうのはダメだけど、あなたには確かにこういったところがある。あなたは太宰みたいだ。」
妻は何度かそういった。

私は大学時代に「あなたを見ていると、どういうわけか、『異邦人』のムルソーをおもいだすの」とある知人に言われたことがあったが、この歳になって太宰みたいだと言われたのには驚いた。そしてなんだか愉快になってきた。
昨夜はまた途中で再生を止め、今朝、妻が実家に義父の介護に出かけたあと、続きを見た。

映画の中では、原作とは味わいが異なり、話はありふれた男女の絡みの話になってしまった。妻が自分以外の男性と関係を持ったことを知り、「俺もとうとうコキュになってしまった」と作家がつぶやく場面は、原作を生かしていた。
コキュという言葉には本当に久しぶりに出会って懐かしかった。
『桜桃』の一場面の変形も取り込んであったから、この映画には私の読んでいない他の作品も部分も取り入れてあるのかもしれない。

私の妻はこの映画を見ながら、仕切りと「太宰が云々」といった。
作家は作品に自分を投影する。特に太宰のような作家はその作品に自分の生活や経験の一部を写し込む。しかし、事実と異なることもたくさん書き込まれていて、作品は全体として明らかなフィクションとして読まなければならない。それをもとに作られた映画も勿論同様だ。
しかし人は、あれこれの嘘が混じっているからその話全体を嘘と考えるのではなく、ひとつふたつの事実が織り込まれていることを根拠に、その話全体を事実のように受け止めてしまうことがあるのだと、改めて思った。
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ヴィヨンの妻

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少し前に、本を買ったらTUT○YAの「8月12日まで一日一本旧作DVDがタダ」というサービス券が手に入った。
ずっと使わないでいて、期限直前の8月11日に一本借りた。タダ券だけでは気恥ずかしいので、もう一本100円を払って借りた。

借りたのは「ヴィヨンの妻」と「殯の森」。どちらもそれなりの話題作だったが、劇場に見に行く機会を逃したら、わざわざレンタルDVDを借りてまで見る気にはならなかった。
今回選んだのは、いずれも、出演女優にちょっと気を引かれていたのかもしれない。

まる三日放置して、今日の午後、「ヴィヨンの妻」を見始めた。原作を読んだかどうか記憶にない。
映画のテンポは悪くなく、松たか子は十分魅力的だった。脇で私の妻がソファーに寝そべりながら見ていた。「暗いわね」とか、「どうしようもない男ね」とか、ブツブツ言っている。
話の中程で、どうしようもない程自堕落な作家の従順な妻が、夫に「なぜ、はじめからこうしなかったのでしょうね。とっても私は幸福よ」と言う場面があった。
夫の借金を返すために居酒屋で働き始めた妻が、生活の張りのようなものを見出して、そう言ったのだ。
これに対して夫は「女には、幸福も不幸も無いものです」と応じる。
このやりとりは、ちょっと意表をついていて、私は笑ってしまった。
私の妻は「何言ってるのよ、ムカつく。」と怒り出した。
映画では、作家の妻が「そうなの? そう言われると、そんな気もして来るけど、それじゃ、男の人は、どうなの?」と聞き、作家は「男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです」と答えるのだが、私の妻はそうしたセリフのやり取りなど、もう気にかけずにブツブツ怒っている。

ちょうど潮時だったので私は映画の再生を止め、予定していた外出の準備を始めた。

私が外出から帰ってきたら、妻は私が図書館から借りてきてあった『鮫島の貌』を読み始めていた。そして、「こっちのほうが、女には幸福も不幸もないものです、なんていうのよりずっと面白いわ」と言った。
私は、件のセリフが原作そのままなのかどうか知りたくなって、ネット上の「青空文庫」で『ヴィヨンの妻』を読んでみた。
作家のセリフもその妻のセリフも、ほかの部分もほとんど原作通りに生かされていた。

途中までしか見ていないけれど、映画は、原作を生かしながら、独立した一つの作品として十分面白くできていると思う。




雨のことなど

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数日前の朝、新聞を取りに出たら地面が濡れていた。
未明に雨が降ったらしい。
その時は、心からホッとした。

しばらく前から雨の予報が何度か出て、100キロほど離れた都会では短い間の豪雨に人々が逃げ惑っている姿も報道されたのに、この街では何週間も雨は降らなかった。
庭の土はカラカラで、念入りに打ち水をしても一時間も経たずに乾いてしまっていた。

慈雨という言葉を思い出した。

その日の夜は、近くで大きな花火大会があった。
私は地域団体の役員として、警備に駆り出され、連続して打ち上げられる花火を会場間近で見た。
そのあとも暑い日は続いているが、気持ちでは、もう夏は終わり。

地域新聞を見ていたら、少し遠い早場米の産地では、今年一番の早稲を刈り取ったという知らせが出ていた。
ひと月前に何気なく手に入れた『芥川龍之介』作品論を読んでいる。

研究者の書いた作品論には、ジャーナリストや小説家の書いた評伝とは違った味わいがあって、めんどくさいけど粘り強く読むとなかなか面白い。

寡聞にして秀しげ子という女性のことは知らなかったが、ちらりとこの本に出てきたのでネットで調べてみた。
文学の世界を通じて知り合った人妻だが、数回の交渉のあと、芥川はこの女性から必死に離れようとし、以後は女性にこりたようだという。
芥川も結婚して数年のうちの出来事で、このあたりはさしずめ原辰徳や橋下徹を彷彿とさせるが、ネットに見る限りこの女性の評判がすこぶる悪い。
私は少し気の毒に思う。

それにしても、芥川の作品に見られる知性とその行動のギャップに、改めて人間一般のどうしようもない愚かさのようなものを感じる。

自分の人生の凡庸さに、物足りない思いはあるのだが、いささか安堵したりもして。

take it easy

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もともといい加減だったけれど、このところ、それがいいのか悪いのかわからない状況が続く。

地域の世話役の活動をやむを得ず引き受けたけれど、引き受けてみれば当然のように、Aの側からの苦情やBの立場からの意見が次々ともいこんできて、ちょっとした地域の施設の利用や修復にも、ささやかな利害やメンツが絡んでくる。

事前の調べが不足していて、地域団体の仕事をめぐりちょっとした利害の対立が生まれた。
私が頭を下げれば穏やかにおさまるのならいいのだけれど、さてどうなるか。
明日はそのことでひと仕事。

娘からは子育てと仕事のことで悲鳴が聞こえてきた。
妻は義父の世話でかなり消耗している。

teke it easy

ウィスキーを舐めながらそっと自分につぶやく。
なるようにしかならないのだから、と。

猛暑

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それでも数年前までは何通かの暑中見舞いが届くこともあったし、出しもしたのだが、去年も今年もすっかりご無沙汰である。
必要な連絡はメールで用が足りているからとも言えるし、儀礼を含んだ付き合いはめっきり減ってしまった。
暦の上の立秋を数日後にて、頭の痛くなるような猛暑に耐えている。

テレビは五輪の話題に埋め尽くされているので、昨日の朝たまたま見かけた「はなまるマーケット」の画面が、ひどく新鮮に思えて、いつもは関心がないのにしばらく「美味しいおめざ」の話に見入ってしまった。
もっとも、見たくなければスイッチを切れば良いのだから、テレビの悪口を言うことはない。

それにしても、金メダルに近づくために、予選リーグでわざと負けるとか、引き分けでいいとか、そもそも人生に駆け引きはつきものだが、そのようなしがらみや思惑を一時にせよ忘れ超えさせてくれるから、スポーツは人の心を捉えるのではなかったか。
今更そんなことを言うのも笑止かもしれないが、人には言えない苦労を積んできている選手が哀れにさえ感じる。

猛暑の只中で、年寄りにありがちな不満や愚痴を抱えながら、あくせく地域活動に追われ、気がつくとテレビの前で「やっぱり内村くんはすごい。けど、アナウンサーやタレントの大声はいらないな」などひとりでとつぶやいている。

暑中お見舞い申し上げます