大晦日

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 数日前に、時々お邪魔している女性のブログを拝見しました。ほかの方の場合でもそうですが、世代も性別も私と異なる方の文章では、見慣れない言葉や知らない単語が出てくると、時々調べます。それで、とても勉強になります。

 今回はまず、「ア○ティのスプ○ンテ」。これはワインのことでした。
 続いて、あるお店の名前と、お菓子の略称。驚いたことに、検索を打ち込んだら、一番に当該ブログが出てきました。
 それから「ホー○ーポ-○ー」。

 覚えてもまた忘れてしまうのだけれど、少しの間だけでも物知りになったみたいで楽しい。



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年の暮れ

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 ひとり暮らしの義父のクリスマスと新年の準備のため、先週後半、妻が実家に行きました。それを迎えに、23日、私も妻の実家に出かけ、一泊しました。実家にゆく前に

時間に少し余裕があったので、アクアラインの「海ほたる」に立ち寄りました。
 残照の照り返す空に、スカイツリーが見えました。ゆっくりとスカイツリーを見たのは初めてでしたので、デジカメで撮りました。ちょうど羽田から飛行機が飛び立つところでした。
老人とブログの海

 それから一週間して、今日は娘夫婦と孫を迎えにまた東京まで走りました。二ヶ月ぶりに顔を見た孫娘は私の顔を見て大泣きしました。
 我が家についたあとは、時々私を見て笑うようになりました。
 でも抱けばまだ泣きます。

 今日は、古い知人の女性のお葬式がありました。数年前には元気でいると聞いていたのに、60前の若さで亡くなりました。
 私は、娘を迎えに行くので、地方新聞の昨日の訃報欄でその報せを知っても、何もしませんでした。
 
 世間では悲しい出来事の多かった一年の終わりなのに、我が家は平和です。
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大空襲

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 今朝の朝ドラ『カーネーション』に、1945年3月13日の「大阪大空襲」が登場した。私は妻に、「このとき母は私を背負い祖母の手を引いて火の中を逃げた。」と伝えた。
 母は生前に数度だけ、その頃の思い出話をした。徴兵され内地で訓練を受けていた父の大陸への出征を見送ろうとして、出発地が分からず行き違いになって見送れなかったこと、兄だけを四国の実家に疎開させ預けたこと。
 登場人物の血色が良くて元気なことが隠せないのを除けば、『カーネーション』の映像は母の語ったその時代のことを改めて思い出させる。
 母は私を背負い、腰が抜けたようになっておろおろしている祖母を叱咤激励して逃げたと言っていた。
 それも、ドラマに描かれたとおりだと思った。

 この文章を書くために調べたら、大阪への空襲は8回あったらしい。
 母が私を背負って逃げたのは、最初私が思った第1回目のものかどうかは、はっきりしない。
 当時私たちが住んでいたらしい場所は、やや大阪の西部によっているが、ネットの記事に見る限りでは空襲はもう少し市内中心に集中しているようにも読める。
 しかし、もしこの第1回の空襲で岸和田が焼けたのならば、記事に示された範囲以外ににもあちこちに爆弾が落とされたのだろう。
 とにかく記録が少なくてその実相は、今でも必ずしもはっきりしていないようだ。

 それは東京大空襲も同じ。
 当時の権力にとって都合の悪い情報は徹底的に隠され抹消された。
 だから後になっても、なかなか本当のことが分からない。

 不意に、今回の大震災と福島原発の事件を思い出した。本当のこと、起こった出来事を隠そうとし続ける人々は今もいる。

 母も父もいない。
 兄はその頃すでに四国にいた。
 兄は、ずっと昔に、大阪の空襲のことは覚えていると言ったことがある。大空襲の翌日、疎開先の田んぼに雪のように白いものが降ってきたと言った。
 祖母と母と私はすぐに四国の母の実家に移動したらしいから、兄に聞けば、私たちが直接被災したのがどの空襲のことか分かるかもしれない。

 久しぶりに電話をしてみようかと思った。

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喪中はがき

喪中はがきが届く。
誰が亡くなったのか、以前は書かないことが多かったが、このごろは、具体的な情報が書かれているものも増えた。

今日、妻のところに、学生時代の同級生の女性から喪中はがきが届いた。
「長男が急逝したので、年末年始のご挨拶を…」とあった。
最近では年賀状の交換だけの付き合いになっていたようだったし、事情は一切分からない。それでも、妻の気持ちはひどく落ち込んだようだった。

もちろん、悲しい出来事は世の中にあふれている。
それでも、身近な人の特別な悲しみはまた、傍にいる者にとっても特別なものだ。


風邪

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昨夜あたりからどことなく予感があったのだけれど、今朝は朝からくしゃみの連発。喉も少しひりついて、頭も気のせいかちょっとぐらぐらした。
午後病院に行ったら、血圧も脈も体温も平常。しかし水っ洟は止まらない。
抗ヒスタミン剤と頓服を処方された。
仕事があるけど、今夜はもう寝る。

皆既月蝕を見逃したこと

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皆既月食の前日、夕方東の空に真丸な月を見ました。翌日の晴天を期待しました。
翌10日、暮れなずんだ頃庭に出て空を見上げました。雲が空の大半を覆っていて、月の明かりが雲の薄いところから少し漏れている状態でした。こりゃだめかなと思いました。
夜8時頃から、読みかけの小説、佐々木譲『警官の条件』を読み始めました。ウィスキーを舐めながら読んでいたら興が乗ってきて、結局0時すぎに読み終わりました。
いい加減ほろ酔い気分で、そのまま風呂を浴びて寝てしまいました。皆既月蝕のことはすっかり忘れていました。
11日朝5時半頃、外に出ました。晴れた空に澄んだ色の満月が光っていました。
車で少し走ったら、ラジオで、あちこちから届いた月蝕の話を読み上げていました。
見晴らしのいい場所に車を止めて、しばらく月を眺めてからまた家に帰り、9時まで寝ました。

次の皆既月蝕が見られるかどうかわからないのにと、残念な気分もありましたが、世界のすべての出来事を見聞きできるわけではないのだからと、あっさりあきらめて寝たのです。

カタログを買ってしまったこと

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時間が空いて、しかもいろんな条件がうまく折り合ったので、昨日急に東京に出ました。
バスを降りたら、底冷えがして、思わず身震いをしました。
それでも、一人で東京に出るのは夏以来なので、歩き出したら急に心が軽くなりました。
家を出てからも、まだ面倒な気がして逡巡していたのです。

銀杏並木の丸の内を歩いて、三菱一号館でロートレック展を見ました。続いて上野に行き、ゴヤ展を見ました。
歩き疲れたけれど、心は満たされました。

何年か前から、こうした展覧会でカタログ類を買うことはやめていました。
食事をしたら食べ物のことは忘れてしまうように、絵を見たら、そのとき満たされればいい、見た絵も、絵を見たことも忘れてしまっていいのだと、最近思えるようになったからです。
それなのに、ゴヤ展では重いカタログを買ってしまいました。

ちょっと、昔の自分を懐かしんで、その頃の自分のまねをしてみたくなったのかもしれません。


夜は更けて

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ようやく、この時期の定例の仕事の山を越え、ビールにウィスキーを混ぜて飲んでいます。

先日、職場の上司に、来年三月でやめます、と言いました。今言わなくたっていいのに、そう心に決めたらなんだかいろんな人にいいたくなっちゃって、廊下で行き会ったときに呼び止めて言いました。
パートみたいな仕事だから、彼らは代わりを探せばいいことで、私も自分の時間をとっくに完全退職していろいろ楽しんでいる友人たちのように有意義に使えばいいだけで…。
そう考えてから、でも、私はそんな風にできなかったからきっと今までずるずると仕事をしてきたのだと思いました。

今、永井荷風の『腕くらべ』を読んでいます。忙しいと本を読みたくなります。
内容は。
今の社会から見ると「わけわかめ」の世界のようですが、よく考えたら何も変わってないようにも思えてきました。
男と女の気持ちを結構リアルに書いています。
永井荷風は、思ったよりすごいやつです。

師走

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今年も暮れる。
世界が変わっていくのを感じているけど、それとは別に、私の人生もまた曲がり角かな。
曲がり角などない、ぐにゃぐにゃした行き当たりばったりの、耕地整理前の田んぼのあぜ道みたいな人生で、ことさら改まることもないのだけれど。

年賀状。
今年はどうしようかな。とりあえず、今の目先の仕事を片付けて、来週来週。

とにかく、寒くなりました。
孫のことを気にして、今日はインフルエンザの予防接種に行きました。