年の瀬

テーマ:
寒い年の瀬です。
昨日、娘が来てお腹の中の超音波写真を見せました。なんだか不思議な気分です。本人もいろいろ不安な気持ちでいるようですが、体調はいいようです。
その旦那が今夜来ます。
あいまいな電話が10日ほど前にあったきり連絡がないので、今日息子に電話を入れたら、「予定通り」明日の午後夫婦で来るという話でした。
大晦日と元旦の二晩はにぎやかなことになりそうです。

白猫は見知らぬ人がいるというのでおびえて部屋に入って来なくなりました。戸外で寒い正月を迎えることになりそうです。

数日前から風邪を引いてのどが痛く鼻水が出ます。くしゃみも出ます。医者に行きましたが、トローチと頓服だけ出されました。
うがいと睡眠を心がけています。少しずつよくなっています。

皆様、よいお年を。
AD

クリスマスの日に

テーマ:
未明から強い西風が吹き荒れていた。5時過ぎに新聞を取りに外に出たら、空は晴れ渡たり澄んだ月が少しゆびつな姿で西に傾いていた。肌を針の束で突き刺すような冷たい風だった。私の町にこんな風が吹くときは、何百キロも離れた西の友人の町では雪になっていることが多い、などと考えながら小走りに家へ逃げ込んだ。
昨夜は、義父を看ていた妻を迎えに行って、帰りに映画『相棒Ⅱ』を観た。都会の大きなモールにある映画館で観た後、同じ建物の中のジンギスカンの店で夕食をとった。
帰宅するまでの車の中で、妻はずっとこの三日間のことをしゃべり続けていた。

ここ数日、年賀状を書き続けている。
一年に一回のことなので昨年のことを忘れていて、パソコンのいろんな環境を年賀状モードのするのにミスを繰り返して、何時間もかかってしまう。
軌道に乗ったのは一昨日くらいで、ようやく予定の半分ほどが終わった。
このことでも、「断捨離」が必要かもしれない。

22日に思いがけず小さな忘年会が飛び込んできた。
21日の職場の忘年会は月蝕の夜だったけど強風と雨でまったく見ることができなかった。
22日の夜は晴天で気温も高く、私は自転車で出かけた。行くときから美しい月と道ずれで気持ちがよかった。
楽しい飲み会で帰りも幸せな気分で自転車を走らせた。
家並みを離れて田や畑の多いあたりに差し掛かったら、広がった景色一面が青白く光っていた。
見渡す限りの地面が白く輝いている様子を見て『静夜思』の
 牀前看月光
 疑是地上霜
という一節を思い出した。
本当に、一面に霜が降りているように見えた。

「買ったけれどきっと読まない」と先日書いた『美しいアナベルリイ』を読み始めた。ここに書いたことで読み始めることができたような気がしている。
思いがけず面白い。何十年も前に数冊読んで、それ以来何冊も本を買い込んだくせにどれも読まずにきた大江健三郎の本を少し読んでみようかなと思い始めた。

AD

処方箋

テーマ:
『断捨離』という言葉を、一月ほど前に知人からのメールで知った。
そういう本を買ったという話で、内容の説明は何もなかったけど、どういうことをさす言葉かは、すぐに想像がついた。出会ってみて気がつくと、あちらこちらにその言葉が広がっていた。

私の生き方とは正反対だと、おかしくなった。
ほしいものは可能な限りすぐに手元においてしまう。物を捨てることはいやで仕方がない。進んで人やものから離れることにも臆病で、結構未練がましい。

先日のNHK「クローズアップ現代」に主婦が登場した。彼女がが溜め込んださまざまの品物のたまった部屋は夫から「魔窟」と呼ばれていた。
見ていた妻が私の書斎と同じだといって笑った。

番組を見た数日後に、買い物のついでに書店に立ち寄った。
以前から気になっていた文芸春秋を買った。著名人の弔辞特集を見たかったのだ。
雑誌を手にしてすぐにはレジに向かわず、文庫本の並んだ書架に向かった。
書架を見て回っていて、大江健三郎『美しいアナベル・リイ』新潮文庫が目に入った。大江の小説『﨟たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』の改題文庫版だと気がついた。
奇怪で難渋な題がわかりやすく改題されているということだけで、つい、その本を手にしてしまった。

レジに向かいながら気がついた。
私が本を買うときは、読みたいときと、気になるけど結局読みそうにないときと二通りだ。
後者の場合は、気になるけど読まないだろうことがわかっている本を、せめて手元においておきたくて買うのだ。
だから、買ってしまったことで、その本を読まないという行動は決定されてしまう。

「断捨離」の実行は人生観の転換だと,NHKの番組で誰かが言っていた。
「断捨離」は生活の処方箋のひとつに過ぎない。私は心の中でそう反発した。

『アナベルリイ』を買ってしまった後、処方箋に過ぎないけど、「断捨離」をやってみる価値はあるような気になった。
イチローのコマーシャルをまた思い出した。

まあ、要するにダイエットということだ。ことの性質も、その難しさも。




AD

続き

テーマ:
「目覚め」の続き。

気になったので、記事をアップした直後に「イチロー」「ルーティンワーク」などでネット検索。
覚えていた言葉はずいぶん違っていた。

 イチローはなぜ、
 同じ毎日を
 くり返しているのに
 未来をつくれるのか。

 確かな一歩の積み重ねでしか、
 遠くへは行けない。
 通信の未来も、
 確かな今日の積み重ねで
 つくられていく。

これが正しいらしい。NTTのコマーシャルだった。
一年前のものらしいが、私の頭の中では言葉がすっかり形を変え,CMの提供企業の名は影も形もなくなっていた。
それでも、私の検索でこのCMにたどり着けたということは、このCMが当時多くの人々の心をとらえていたということと、私のこの言葉に対する理解や記憶の中への仕舞い方がそれほど間違っていなかったことを示しているのだと思った。

目覚め

テーマ:
いつもより少し遅く、目が覚めた。
二日続けて早く寝たので、ようやく寝不足や疲労が取れたようで、ひどくすっきりとした寝覚めだった。
ふすまひとつ隔てた居間で、ネコが寝ていたソファーから床に下りるかすかな音がした。物の動きに対する彼の感覚は驚くほど鋭くて、いつも私が目を覚ましただけで、起き上がって動き出す。わずかな身じろぎの気配に目覚めがわかるらしい。
ひどいときにはふすまの脇に来て、柱やふすまにつめを立てようとすし、たいていの場合はふすまが開くのを待っていて、居間に出ていく私の足にまといつく。
私がトイレにいている間、ダイニングの隅のえさ入れの前で待っていて、えさを入れるとがつがつと食べはじめる。

外に出て新聞を取った。
冬至に近い今朝の空は6時少し前でもまだ暗く、東の空がほのかに白み始めていた。
穏やかな天気で、金星がひどく明るく光っていた。

なんの脈絡もなく「イチローはルーティンワークを繰り返しながらなぜ前に進めるのか?」という、(言葉は正確ではないが)秀逸なコピーを思い出した。

昨日今日

テーマ:
小春日和と書き出した昨日の記事がアップされていない。
操作を中断したのだったか、何かの不具合か、それも定かではない。

今朝も穏やかな晴天。

一昨日は未明から暴風雨。雨がやんだ昼からも強風は終日吹き荒れ、実家から戻る妻が乗ったバスも、ルートの変更と渋滞で通常の二倍かかった。

恒例の仕事が詰まって、昨日今日とずっとデスクワーク。
年賀状の製作の手伝いも妻から頼まれている。

それでも朝日に照らされた庭とその向こうの原っぱの草や木々の輝き見ていると、なんだか嬉しくなってきた。
テレビドラマ『セカンド・バージン』。
何かと忙しくて、録画したものを追っかけて観ているが、なかなか追いつけない。
昨夜も少し観た。そして、ヒロインの飼っているネコが彼女の心情や彼女のおかれている環境を浮き彫りにする小道具として効果的に使われていると、感じた。
夏に死んだタマのことを思い出した。
仕方が無かったとも思うのだけれど、かわいそうなことをした、もっとやってやれることがあったのではないかなどとも思ってしまうのだ。