一昨日から

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一昨日ちょっと余計なことをしたらパソコンの無線LANが無効になってしまい、ネットが利用できなくなってしまった。
本当は今日と明日、東京に出るので、当分はネットは利用できないと思っていたのだけれど、台風のせいで同窓会を中止にしたので、思いがけず今日の時間が空いた。
腹を決めて、「らくらくセットアップ」マニュアルと格闘した。
試行錯誤を繰り返し、二時間かかり、「らくらく」再セットアップできた。

外では雨と風が少しずつ強くなっているけど、「中止」は、やりすぎだったかなと思ったり、やむをえないと思ったり。
東京のメンバーは「中止にしよう」という私の決断を、少し意外な気持ちで受け止めたようだった。

こちらは田舎だからすぐ交通機関がとまってしまうのだ。

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いろんなことが

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昨日車のディーラーから電話が入った。
お待たせしましたがお車の用意が整いました、みたいな事だった。

ずっと乗ってきたノアを引き取ってもらって、いま評判のハイブリッドカーにする。もしかしたら私が乗る最後の車になる。
でも、楽しみというよりは、なんだかさびしい気分。
満身創痍のノアには、たくさんの思い出がくっついているから。

朝ドラを観ている。
天王寺からでている阪堺電車上町線沿いの風景が懐かしい。そのあたりに住んだことはないのだけれど、帝塚山にある墓地に何年にか一回墓参するとき、たまにわざと遠回りして、上町線を使うことがある。
いつだか思い出せない昔に、いまの私よりも若い父が、何かの用事で私を連れ出した後、たまには阪堺線に乗るかといって、一緒に乗ったのだった。
あのときの父はきっと自分の子どものころのことを思い出していたのだろう。

ドラマの中では食事が大切なテーマになっていくようだ。
登場人物が食べ終わったあとで「ご馳走様でした」という。 富司純子が演じる下宿の大家が「よろしゅうおあがり」と答える。
ずいぶん久しぶりのこの言葉を聞いた。
四国生まれの母はそうは言わなかった。
神戸で生まれ大阪に嫁いだ祖母が、「よろしゅうおあがり」と言っていた。言葉の意味が分かるようになったころから、子供心に不思議な言い回しだと感じていた。
今は、ひどく懐かしい。
今でも、大阪ではそういっているのだろう。ずいぶん丁寧なドラマ作りだと思った。
 




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明日の午後まで

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明日の午後までに仕上げなければならない仕事があります。
ずっと前から分かっていることなのに、ようやく昨日からエンジンがかかって、今日は自分なりに、結構集中しました。
半分以上終わったので、後は勢いで。

でも、頭が凝ってきた感じです。
一年以上後無沙汰だった人から、アドレス変わりました、と短い便り。
それでも、なんだかうれしかった。

あと15時間だ。がんばろう。
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今日の午前中に

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妻にホームベーカリーが届きました。

義父があることで、その分野でボランティアをしている団体に世話になりました。
自主自立をモットーに生きてきた父は、その主義に従い団体の担当者に謝礼として、彼が適切と考えた値段のチョイスのパンフレットを送りました。
速攻で「いただくわけには行きません」と送り返されてきました。

義父はそれを妻にくれました。
妻は数日パンフレットを眺めていましたが、長い間欲しくて我慢していたホームベーカリーを申し込みました。

連日電気製品が届いて、なんだか妻はわくわくしています。

win7

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妻がパソコンを買いました。

古いのが不具合を起こして、もう何年もパソコンやネットから離れていたのだけれど、意を決して買ったのです。
今日、我が家にwin7がきました。
この機会に、業者の手を借りて無線LANを設定しました。

いろんな意味で、私の周りのパソコン・ネット環境が変わり、私も心しなければなりません。

1週間

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前回の記事からあっという間に一週間。
めっきり秋が深まりました。

映画『悪人』を観て、義母の墓参をして、小説『今朝の春 ― みをつくし料理帖』 ハルキ文庫高田郁 と『警察庁から来た男』佐々木譲を読んで、テレビドラマをいくつか観て、一週間が過ぎました。

手紙を書いたりメールを出したり、もちろんちょっとは仕事に精を出したり。

私自身の想いは日ごとにくるくると回っていますが、結局のところ、世はすべてこともなしなのかもしれません。

シロの気ままな暮らしぶりを眺めながら、タマのことも思い出したりしています。

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妻の実家に出かけます。妻は昨日から行っています。
明日は義母のお墓におまいりします。
義父はクリスチャンなので、いわゆる何回忌という行事はないのですが、命日の前後の土曜日か日曜日に妻の弟家族と義父と私たち夫婦とで墓参することが慣例になっています。

シロ猫は帰ってきました。
帰ってきたときは結構うれしかったのですが、猫はなんだか以前よりわがままになっているみたいだし、相変わらずすぐ外に出たがっているので、帰ってきたらかわいがってやろうなどというひそかな思いも,なんとな消えてしぃまいました。
こういう心理的な揺れ動きそのものが、なんだか人間相手と同じで、われながらおかしくなってしまいます。
とにかく、少し姿が見えなくてもあまり心配しなくてすむようになったのが、よかったことかなと思います。

NHKbsでミス・マープルのドラマを連続放映していました。妻が昔からクリスティの愛読者で、その作品はほとんど全部読んだといっていましたが、ドラマを見ても、登場人物や舞台設定に断片的な覚えがあってもほとんど犯人は覚えていないので、また楽しめるといって喜んでいます。
付き合って二つ三つ作品を見ました。
それなりに面白かったのですが、驚いたことにひとつは無実の男が危うく殺人犯として死刑になりそうになり、マープルの活躍で真犯人がわかって刑の執行の少し前に助かるという話で、もうひとつは、無実の罪で死刑になってしまった男が起こしたとされていた殺人の真犯人が後で、別の殺人が起こることによってマープルの働きでわかるというものでした。

無実の人間が死刑を執行されるという話は、欧米のミステリーでは必ずしも珍しくないことですが、よく考えてみるとこれは結構恐ろしい話ではないかと思いました。

彼らは、裁判の限界とか誤審による死刑執行の可能性を、ある程度ありうる事実として受け入れていたのでしょうか。

これが遠い国の昔の話ではなく、日本の検察が真実や事実を追究するかわりに、犯罪の筋書きを作り上げることを追及する場所だと思い知らされた今、何か底知れない恐ろしさを感じてしまいます。

とにあれ、秋は物思う季節です。