愛の歌恋の歌

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昨日、腰の痛さにへこたれながらちらりとパソコンをのぞいて、新聞の土曜特集に載っていた歌『悲しいいろやね』をyoutubeで聞いた。
この歌は初めて耳にしたときからずっと大好きだったのだが、たまたま数年前仕事がらみでこの歌の作詞家と知り合い、数回話しをしたり酒を飲んだりした。今はもうそのご縁も切れてしまったが、それはとても刺激的で楽しい出会いだった。
桃色吐息の作詞者として知っている状態で会ったのだけれど、話の中で「悲しいいろやね」は私の詩ですといわれた。びっくりして、「あなたは大阪にご縁があるのですか、私は大坂で生まれましたがあの大阪弁の感じはとてもしっくり来ます」と言ったら、「いや大阪には仕事などで時々行くだけでした。あれは大阪の人間と話しをしながら書きました。」との答えだった。
♪Hold me tight 大阪ベイブルース
♪おれのこと好きか あんた聞くけど
♪Hold me tight そんなことさえ
♪わからんようになったんか
「そんなことさえわからんようになったんか」のところが一番感じが出ていていいですね、と言ったらそうでしょうとうれしそうに笑ったのが印象的だった。

ブルースつながりで、いくつかの曲がモニター上の隣の窓に出ていた。木村拓哉が傾倒したという作曲家・歌手がいた。
『ヘイ・ジョニー』という曲を作って歌っている。

 ♪夢を追うには遠すぎて 引き返すには遅すぎて
 ♪幸せ掴むは重過ぎるから ウ・・・今のままでいい

映画『愛の嵐』の挿入歌を思い出す文句だけれど、つまり、歌詞も古臭くて好みだったし、曲も歌い方にもしびれた。何か懐かしい気分に浸りたいときは、しばらくはこの歌を聴いて暮らそうと思った。

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腰痛 その3

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昨夕、このブログを書いた直後に、妻を迎えるため車で出かけました。たまたま在り場所を見失った鍵を探すのに、腰痛のため身軽に動けず手間取って、バスの到着時間に遅れました。
c-mailで連絡しておいたので、待っていた妻は文句も言わず車に乗り込んできました。そして帰りがけに回転寿司で夕食をとることにして、車から降りた私を見て声を上げました。
私が腰痛のため少し腰をかがめていたせいで、突然身長が縮んだように思えたのだそうです。

妻が以前整形外科でもらった腰痛用の貼り薬を、朝から貼っていたのですが、症状の改善はたいして見られませんでした。

今日は夫婦で朝寝をして、ゆっくりと起きました。そして朝食時に市内の接骨院に電話をしました。
40代で繰り返し体験した腰痛では職場の近くの接骨院に通ったこともあり、そのときはそれなりに症状の改善もあったのですが、あるとき、整形外科と接骨院は似て非なるもので、ちゃんとした治療は整形外科で受けるべきだ、と自分の体験から強く主張する人と出会いました。全面的に彼の主張に同意する理由もなかったのですが、それ以後はなんとなく接骨院には行かず、腰痛は整形外科に行っていました。
どちらにせよ劇的な快癒はなく、何度も何度も通院して痛みを何とか緩めているうちにいつの間にか腰痛が消えて通院もしなくなるという点では、結局のところ私の場合は接骨院に行っても整形外科に行っても同じようにも思えました。

今回の接骨院行きは、妻が腰痛やひざ痛のために何年も断続的に通っている整形外科に対する、妻の不平不満が間接的な切っ掛けになっています。
この接骨院は、妻の知人が気に入っていて時々その話がおしゃべりの中で出るそうです。
妻は、通院先を変える踏ん切りがつかないようですが、いい機会だから私に様子を見て着てほしいと考えているかもしれません。今回は整形外科ではなくその接骨院に行こうかなと言ったら、いいじゃないと賛成しました。

ほぼ予想したような見立てと治療のあといくらか楽になった気がしました。
家に帰ると妻が、「あ。腰が伸びた」と驚きました。
いわれてみると確かに痛みが引いたような感じでした。

しかしそれから数時間たった今は、なんだか痛みなどが元に少し戻ったような気もしています。
しばらくは通院するように言われました。
いつかは直ると、従来の経験から楽観していますが、早ければ早いほどいいので、まじめに通院するつもりです。

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腰痛

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腰が痛くて何もする気になれません。

腰を丸めてソファーに横たわっていると楽です。

今日は猫を二週間に一度の定期的な診察に連れて行きました。
5kgの重さが腰に応えました。

病病介護というわけです。
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腰痛

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『1Q8○Ⅲ』の最後の1/3くらいを、今朝、一気に読みました。
読み終わったら、腰痛が発生しました。
リビングのソファーで一時間ほど姿勢を変えずに読んでしまったのが原因かと思っています。
一時的な痛みというよりは、50代で頻発した持病めいた腰痛の感じです。
読了と同時に気づいたのでしたが、この調子だと数日間は残りそうです。

小説の感想は、そうか、これもまた結局は恋愛小説だったのか、でした。
彼の小説の感想は、なんだかみんなそこに帰結してしまいそうな。

でも、今日の仕事が終わった後に、もう少し仔細に検討して見ましょう。

昨日から明日まで、私は恒例の一人暮らしです。


1Q○4のことなど

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昨日は、知人の朗読会に妻と出かけた。
妻の友人が読んだ話は、とても官能的な話しで、病気の夫をいつくしむ貞淑で信心深い妻の、奇妙に艶かしくその女自身とは別の生き物のように動く唇を描く部分の読み方が、聞き手をどきどきさせた。
やがて彼女は、下心を持った男にまといつかれ篭絡されて関係を持ち、話は思いがけない方に展開していくのだが、和服にきちんと身を固めて、穏やかに挨拶をして読み始めた彼女の静かな口調から、次第に危険な話が語られていくのを聞いていると、思わずどきどきしてしまった。

疲れたので、夜は10時頃に寝てしまった。
朝3時過ぎに目が覚めた。
風呂の中で1○84Ⅲを読んだ。

Ⅲについてはあまり肯定的でない批評をどこかで読んでいたのだが、二日前にあった年上の友人はとても面白いと絶賛していた。彼はⅠⅡを読んでいなかったのでⅢが売り出された今回、まとめてかって今どんどん読んでⅢに入ったらしい。
夢中で本を読んでいるおかげで飲む酒の量が減った、と笑っていた。
その話を聞いたので、ちょっと手をつけておいてあったのを、また読み始めてしまった。

Ⅲを読み進みながら、半年前に読んだⅠとⅡの話の詳細をすっかり忘れていることに気づいた。Ⅲを読み進みながら、どこかで聞いた名前だったとか、そうだそんな事件があったのだったっけなどと、少しずつ思い出したり、何のことだったかよく分からないまま読み進んだりしている。
そしてふと、この小説の読み方自体が今の私の生活そのものだ、と思い至った。
映画「カサブランカ」の主人公の台詞のように、「そんな昔のことは覚えていないし、未来のことなど何も分からない」ままに生きている。

風呂の中で1Q8○Ⅲを読んでいると、いつものように病み猫のタマがやってきて、書見台替わりにしている風呂のふたの上に飛び乗り、私の鼻先で横たわった。
ちょうど主人公が「猫の町」と呼ぶあたりを舞台にして話しが進んでいたので、彼女の訳知り顔を見ながらついおかしくなってしまった。
のどを鳴らし気持ちよさそうに横たわったり、ページをめくる手に頭を摺り寄せてくるタマを見ていると、この猫はずっと元気で生きていきそうな気がする。
しかし、医者の見立てるところ彼女は不治の病にかかっており、定期的な投薬で今は小康を得ているがこの先も緩慢に弱っていくのだという。そして、確かに時折食べたものを吐いたり、妙にぐったりと半日も動かず寝ていたりする。
そんな自分の運命をどのように感じ取っているのか分からないが、彼女は悠々と悟りきって生きているようでもあり、必死に命の炎を燃やして生きているようでもある。








梅を摘む

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二日ほど続いた雨模様の天気が終わって、さわやかな雨上がりの朝でした。昨年は一粒も取れなかった小梅が今年は少し実を結んでいるので、そのうちに収穫し ようと考えていました。そうしたら、今朝のローカル紙のエッセイに、先日梅を摘んだと書いてあったので、朝食前に庭に下りました。
枝をたたくと明け方までの雨で葉や枝にたまっていた水ずしずくがばらばらと顔に降りかかりました。
かまわず高枝バサミで枝をたたき続けました。
三・四年前の豊作には比べようもありませんが、硬くてほんのりと色づいた実が、数分間でとりあえずボールに半分ほど取れました。
ざっと洗って水につけました。

数年前の豊作時に作った梅漬けは、当分は無くならないと思っていたのに、義父と弟という二人の愛好者を得て、この二年ほどの間にどんどん減り始め、昨年の 不作が響いて、自家製小梅漬けはとうとう底をついてしまいました。

一昨年も梅漬けは作らず、梅酒と梅ジュースだけをつくりました。今年は三年ぶりに梅漬けづくりに取り掛かろうと思います。

老人とブログの海

老人とブログの海

独歩のこと

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先月末に古書店で関川夏生という人の『二葉亭四迷の明治四十一年』 (文春文庫)を買った。別の本を探しに行って見当たらず、出会いがしらに買ったものだ。
ずっと読まずに転がしておいたが、先日からボツボツと読み出している。

明治末期の世相や人々の交流の様子がわかって楽しいのだが、そこで国木田独歩の消息に出会った。

独歩の小説には小学生時代の終わり頃、こども向きの全集で出会った。
その後国語の本にも名前が出てきて、中学時代に「武蔵野」などをかじった。
大学時代にはまったく縁が遠くなってしまい、中学・高校時代に読んだ「忘れえぬ人々」とか「春の鳥」とか、一時はひどく印象深く思った話の内容もすっかり忘れてしまっていた。

書いてあった記事を引用すると。

『肺の病の進んだ独歩は二月に茅ヶ崎に転地し、海岸の南湖院というサナトリウムで療養生活を送っていた。彼は妻の治子と愛人の看護婦奥井君子をともなっていたが、病床の脇でふたりの女は終始争いつづけていた。』

独歩が病を得て早世したことは、年賦などを見ていたのでうすうす記憶にあったが、そんな事情があったとはもちろん初耳であった。
やせぎすで癇症もちで神経質そうな顔をした独歩の写真を思い出し、彼がベッドの中で自分を看病するふたりの女性の有様を手をこまねいてみているさまが目に浮かんだ。

二葉亭四迷の周辺にいた人々の群像を描くとき、独歩についてこのエピソードを書き添えた著者の感覚もなんとなく興味深かった。

そして、いつになっても変わらない人の世のドタバタ模様も。



昨夜は

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昨夜は早く寝ようと思っていたのに、結局二つもドラマを見てしまった。
「絶対零度」と「離婚同居」
自分の中でくすぶっている、埋もれ火のような不穏な気分を鎮めるためだったような期がする。

ドラマはどちらもそれなりに楽しんで観たが、今は現実がドラマを超えている時代だと改めて思った。
事実は小説よりも奇なりという言葉は昔からあったが、「奇」なのではなくて、日常的に事態はもっと進んでいるのだ。

幾山河越え去り行かば

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仕事で、少し自分を責めたくなるようなことがありました。
猫の調子はいまいちで、そのために妻は少し憂鬱になっています。
私はといえば、昨日までの少し根を詰めた仕事のせいで、頭の芯が痛いのです。

明日こそは、もう少し元気でいたいと、今は思っています。
だから今夜は早く寝ます。

それからずっと

三月になる少し前、四月になったら連絡をしますと約束して、そのまま五月の半ばを迎えてしまった。
待ってくれているのだろうか。
どうせそんなものと、見捨ててしまったのだろうか。
もともと連絡など気にもせず待ってもいなかったのだろうか。