クーデタ

テーマ:
池澤夏樹訳ジョン・アップダイク『クーデタ』を読んでいる。明日には図書館に帰さなければならないが、半分も行かない。
この町の図書館には備えておらず、注文を出したら図書館同士のネットワークを使って県央の図書館から借り出してくれた。地元で借りるのと違い、貸し出し期間を延長することができない。一度返して数日後に借りるという手も使えない。また手元に届くまで今回同様数週間かかるだろう。
それで、数日前から思い切って拾い読みに転じた。

話の結末は分かった。予想したほどシニカルで悲劇的な幕切れではなかった。

本当は、途中に出てくるさまざまの文明批評や人物の心理描写にこそこの小説家の値打ちがあるように思う。
それで、任意にページを開けて、数分拾い読みをする。面白ければもう少し読み進み、行き詰まればそこで止める。
そんなむちゃくちゃな読み方をしていると、前にも書いたけど、自分の人生の送り方の縮図を見ているような気がしてきた。

多分(いや、きっと)そうしないだろうけれど、改めてこの本を買ってみようかなとも思っている。
迷う振りをして、自分を騙しているのだなとも思う。

手ごたえのある、苦労の多いことに当たると、私はいつもそのことの隅っこをかじって、判ったもういいや、と転進した。

AD

八日目の○

テーマ:
月に一度の 勉強会から帰ってきたら午後十時。

「八日目の蝉」を観ようかどうしようか迷ったが、結局録画に任せて、ビール片手に書斎にこもった。
明日の仕事の準備をちょっとして、知人へのメールを打って、少しブログめぐりをして居間に戻ろうとしたら、もう11時。
主題歌「童神」が耳の奥で鳴っている。

十年近く前に、仕事で車を走らせていて、たまたまラジオから流れてきた夏川りみのこの歌にしびれた。
以前からずっと、歌を聴くだけで涙が出るなどという話しを、どうにも信じられないでいたのだけれど、驚いたことに私は初めて聴いたこの歌に、泣きそうになってしまった。

「八日目の蝉」では城南海が歌っている。やっぱり心にしみこんでくる。

AD

テーマ:
二週間に一度の診察治療のため、昨朝タマを病院に連れて行った。
毎回打たれる抗生物質のほか、今回は月に一度くらいの痛み止めを打たれた。帰宅してじばらくは、珍しく庭を走ったりしていたが、午後は、テラスのダンボールの箱にうずくまったまま動かなくなった。声をかけると、顔を上げたり耳を動かしたりしていたが、水も飲まず、餌を食べにも来ない。
私がテラスに下りると、いつもなら箱から出てきて、そのときの気分で身を寄せてブラッシングをねだるか庭に逃げるかするのだけれど、昨日はまったく動かなかった。
室内に入れて餌のそばに連れて行ったが、一瞥しただけでテーブルの下にもぐりうずくまった。そして次第に寝ている格好もだらしなくなり、最後は完全にぐったりと体を投げ出したようになった。
病院の誤治療も疑ったが、なんとも判断はつかず、翌朝の様子ではまた病院にいかなければならないし、最悪の場合は朝冷たくなった姿を発見することになるかもしれない、などと思った。

寝る前に妻が、タマの好物の鰹節の削ったものを鼻先に持っていったら、寝たままで口を動かして食べたという。水も少し飲んだし少量の尿も出たというので、少し気分が落ち着いて寝た。
不思議なことだが、元気のいいシロも、夕方部屋に戻ってからはずっとテーブルの下のたまに寄り添って寝ていた。餌も食べずいつものように部屋の中を歩き回ったり箪笥の上に上ったりもしない。まったくタマと同じように具合が悪そうな風だった。

今朝目が覚めて布団の中で身じろぎをした。その気配はちゃんと隣の居間にいる猫たちには分かるらしい。すぐにシロがいつものように寝室と居間の間を仕切っているふすまをつめで引っかく音がした。
私が居間に出て行くと、シロが足元に絡み付いてきた。タマは夜のうちにテーブルの下から動いて、ソファーの上に丸くなっていた。
窓際の給餌皿をのぞくと、昨夜入れておいたタマの餌はきれいになくなっていた。
シロは硬い粒状の餌だけを食べてタマ用の練り餌は食べないので、タマがちゃんと食事をしたことが分かった。キッチンに向かった私の足元にタマがソファーから下りてきてまとわり着いた。
餌を皿に入れるまでついて回り、あっという間に食べた。

シロは、餌を食べると勝手口で鳴いて外に出たがったので、すぐに出した。
タマは風呂で新聞と本を読んでいる私のところに来て、浴槽に渡したテーブル代わりのふたの上にのり、時々私の顔を見たりのどを鳴らしたりしながら、のんびりと寝ていた。そして私が風呂から上がると、一緒に浴室から出てまた餌を求めた。
そして、餌を追加したらすぐに食べ終え、今度は窓を開けるように求めたので、外に出した。

タマは病気もちで、昔のように元気な姿は見られないが、とりあえず最近の小康状態に戻った。
今回のことは、昨日の投薬の副作用だったと思うのだが、その投薬は、それはそれで必要なことらしい。

猫の健康に一喜一憂することさえ後ろめたくなるほどひどい話の続く最近の世相だが、それでもやはり猫の様子が気にかかって、昨夜は気の重い一夜だったのだ。

AD

雨上がり

テーマ:
数日間、真冬のような寒さと強い雨や風が続いたけれど、昨日の午後ぱっと日がさした。一息ついた気分で外に出た。
外の景色を一瞥した後はたいしたこともせずにもう一度家に入り、少し身の回りの仕事をした。
少し早めに家を出たのは、天気が回復した勢だったかもしれない。三日前から実家に行っている妻を迎えに長距離バスの駅まで車を走らせた。

駐車場の車内で本を読んでいたら、ほぼ定刻にバスが着き、見ていると携帯を耳に当てながら妻が歩いてきた。多分数時間前に別れてきた父に、こちらについたと連絡しているのだ。
お疲れ様でしたといいながら車に乗り込んできた妻は、助手席に座るなり、堰を切ったように話し始めた。
「私、まだ父はいいほうだと思ったの」

こちらに向かうバスの時間まで一時間あまり余裕があったので、ターミナルデパートの喫茶店で一息ついていたら、妻と同じくらいの年恰好の女性が話しかけてきたのだという。
話しは、デパートでの買い物も疲れますよね、から始まった。妻も疲れを表に出していたのだろう。
妻が一人住まいの父の世話に時々やってきて、今からバスで家に帰るところだといったら、一言二言同情する言葉を言って、あっという間に彼女自身の話になった。

東北の出身で、今はご主人とこちらに暮らしていること。父親はなくなっていて90に近い母親が認知症になったので、夫の好意に甘えて引き取ったこと。
同居を条件に弟に財産などを渡しておいたのに、母親と弟の嫁さんの関係が悪く、弟はその仲立ちもせずにやがて外に愛人もできたようで、離婚したこと。その弟は家も手放し母親の世話もしないので母親を引き取ったが、もう弟とは絶交状態だということ。ご主人は母親を呼び寄せたことをやさしく受け入れてくれているが、実母だからこそご主人への気兼ねがあること。姑の面倒を見ていたほうが気が楽かもしれないと思う日々で、毎日母親の世話だけで時間が過ぎていくこと。今日はデイケアに行っているので、わずかな時間に買い物に来たこと。
行きずりの妻に、似たような境遇と考えたのか、ほとんど小一時間も彼女は話し続けたという。

バスの時間が迫ったので、話しを断ち切るように挨拶をして妻は立ち上がってきた。
そしてバスの中で、聞かされたばかりの話のことをずっと考えていたらしい。

今回の実家行きの直前に、妻は行きつけの美容室でちょっとこぼしたら、美容師に、実家に通う回数が少し少ないような感想を口にされた。世間じゃもっともっと大変な例がごろごろしていることは分かっていても、妻自身のしんどさはそのような事例と比べても軽減されるわけではないので、ちょっとむかついて帰ってきて、私に愚痴を言った。

重い気分で出かけて、それなりに一人で頑張っている父にいくばくかの尊敬と感謝の念を持って帰ってきた。
妻にとっては腹立たしい父の言動の事例も相変わらずたくさん報告されたが、それでも妻はいつもより少し元気が良いように見えた。





「注力」など

テーマ:
購読しているA新聞の土曜日別刷り特集のクイズ。
3題出ている。少し前からちゃんと解いて、答えを送ることが習慣になった。

数独、クロスワード・組み合わせ問題系、迷路や絵の間違い探し系。
今回の漢字熟語のクロスワードでちょっと苦労をした。
ほかの場所で正しいと思われた漢字を入れると、同じ漢字を使う別の箇所では「注力」という見慣れない熟語になってしまう。
そんな言葉は多分無いから「注」か「力」のどちらか、あるいは両方が違っていると思った。しかし、同じ漢字の入るほかの場所はこの二つの字できちんと納まる。
最後の手段で、ネット検索をかけてみた。

Goo辞書で「注力」が出た。
『* 新語辞典 特定の分野や対象に,力を注ぐこと。 *』
「ちゅうりき」と頭の中で発音していたが、「ちゅうりょく」と読むらしい。

知らない間にこんな言葉が作られていたなんてと、傲慢にも一人でむかついた。
その後、気を取り直して具体的な用例も探してみた。

『Mozilla、ブラウザスイート製品の開発打ち切り~Firefoxに注力
 米Mozilla Foundationは、Mozillaブラウザスイートの「Mozilla Application Suite」(通称“Seamonkey”)については、バージョン1.7.xで開発を打ち切り、今後はブラウザ「Firefox」とメールクライアント「Thunderbird」の開発に重点を移すと発表した。』

そういえば、数年前に「復号」という言葉に出会ったときも驚いた。

もっと前に、「雇用者」という言葉が「雇用されている者」という意味で使われていると知ったときにも、ずいぶん理不尽な気がして腹を立てた。「雇用者」とは「雇用している者」で「雇用されている者」は「被雇用者」とするのが正しい日本語の使い方ではないかなどと思った。
ただ、よく考えてみると、昔から「使用人」という言い方はあった。決して「被使用人」とはいわない。

要するに日本語とはそういう言語なのだ。




俳句と短歌

テーマ:
朝刊の俳壇・歌壇欄を見ていて、身近なことと結びついた一句と一首。
 
 もううだれも乗らぬサドルに春の塵

 タンポポの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んで行くから

俳句は府中市の男性の投稿句
短歌は「風信」という書評欄に紹介された俵万智の作品。

どちらも、家族にいつかは起こる別離と変化の痕跡とか予感が心に映し出したものを、上手に切り取って歌っている。

我が家にも娘が通学に使っていて今はさび付いてしまった自転車がテラスに放置されているし、息子も娘もこの一年あまりの間に相次いで結婚した。

そして、そんな別れには、何かと春がついてまわる。

ただし。
私が上の俳句を見てまず思い浮かべたのはそんなことではなかった。

十年近く、時々遊びに使っていて、最後に乗ったのはもう二年位前で、それっきり放置していたバイクのことだ。
三月の終わりに廃車手続きをした。
手入れをすればまだ乗れたのだけれど、最後に乗ったとき、点火プラグの不調か何かで、何度かエンストをした。
それ以来、ずっと気にしながら修理にも出さず放置していた。
昨年一年は、一度も乗らないまま税金と保険とを無駄に払っていた。
今年一月に、ためしにエンジンをかけてみようかと思いついたが、空気が抜けてべたりとへこんでしまったタイヤの様子を見て、もう一度使えるようにしようと思う気力がなえた。
廃車にする決意をして、税金の切り替え前の三月に、ナンバープレートをはずして市役所に持って行った。
ドライバーでナンバープレートをはずしながら、手入れをすればまだ使えたのだという思いがあって、少し後悔した。
廃車手続きはしたが、まだバイクはテラスに放置してある。そのうち、バイク屋にお金を払って引き取ってもらうことになるだろう。
私がまず思い浮かべたのは、人との別れよりも、私自身がひと時は愛着を持っていたそのバイクとの別れだった。

老人とブログの海-バイク


小説を読む

テーマ:
昨日の午後、図書館で二冊小説を借りてきた。
昨日の夜には一冊読み終えて、二冊目に手をつけた。今しがた、それも読み終えた。

先に読み終えた一冊は、白石一文『ほかならぬ人へ』。
二冊目は奥田英朗『マドンナ』。

来週から仕事が始まるので、そうは本が読めない。

面白い小説を読んでいると、頭の中で連想が広がっていく。
今日は「忠Y」というお酒のことを思い出した。

私が就職浪人をしていたとき、アルバイト先の事務所の窓から、ビルの屋上の赤い「忠Y」の広告塔が見えた。
私の事務所は京浜東北線の都心に近い駅から歩いて五分ほどのところにあった。「忠Y」の広告塔の立ったビルは国鉄の高架を挟んで駅の反対側にあり、三階くらいまでは事務所などが占有していて、そのうえの5階分くらいは分譲マンションになっていた。
「忠Y」の広告塔は昼間は赤い字がドカンと見えるだけだったが、暗くなるとその字を縁取りして赤いネオンが灯った。ネオンは光がくるくると走り回り、一定のリズムで時々消えては、また灯った。

アルバイトに行き始めてすぐ、私はその看板に気がついたが、何ヶ月もの間、気がつくとネオンが灯っていて、いつそれが灯ったのか気にもしなかった。

秋が深まり日が短くなり始めると、窓の向こうの見慣れた「忠Y」のネオンが気になり始めた。私の仕事は、デスクワークだったので、仕事が終わる時間が近づくと、帰り支度をしながら「忠Y」を見つめる日が続いた。
しかしいつも、ちょっと人と話していたり、部屋の中を立ち歩いているうちにネオンは灯ってしまっていた。

日の落ちるのがさらに早くなったころ、その点灯の瞬間を見つけたいと、数日広告塔から目を離さないようにしていたら、ある日、突然ネオンが点いた。それは、本当にさりげなく、まるで朝からずっとそうであったかのような印象の点き方だった。

そのころ、友人に結婚話がまとまり、仲間が集まって祝賀会をすることになった。彼らは私と同じ大学の先輩と後輩だったので、祝賀会の準備のため新郎新婦の双方から集まったメンバーの大半は私の同輩か後輩だった。
その中にYがいた。

何度目かのミーティングがあって、夜9時過ぎに解散した後、駅に向かう道筋でたまたま私はYと二人になった。どこに行くのかとたずねたら、彼女は私のアルバイト先のある駅の名をあげた。こんな時間から何をしにいくのかと意外に思って聞いたら、彼女は「忠Y」の広告塔のあるビルに家族と住んでいるといった。

友人の結婚祝賀会が終わった数日後、私はYに電話をして、私のアルバイト先と彼女の家のある駅の改札口で待ち合わせた。

二年後に私とYは結婚した。
その前、私たちが付き合い初めてすぐにYの家族は神奈川県の私鉄沿線に転居し、さらにその数年後には「忠Y」のビルは取り壊されて、もっと現代的な高層ビルに変わってしまった。

そんな取り留めのない、40年以上も前の風景がよみがえってきた。







春の雨

テーマ:
以前勤めていた職場から、気の合った何人かで花見をするので参加してほしいと、三月末にメールが入った。
私の町の桜の名所に、乗り合いで車を一時間走らせて来るという。
楽しみにしていますと返事をして、ちょっとした用事の都合も変えて待っていた。
その当日の昨日、昼前に、「当日の連絡でごめんなさい。参加者二名の具合が悪くなったので今日の夜桜見物は中止です。」とメールが来た。
残念ですがまたの機会に、と返事をして終わった。
夕方からポツリポツリと雨が落ちたりやんだりして、八時過ぎからだんだんしっかりした雨になった。

一昨日、普段から手伝いをしている文化サークルのイベントが隣町の公園であった。
広い芝生の広場の周辺に植えられた数え切れないほどの大きな桜が満開で、恒例のさくらまつりが開かれ、遠近の家族連れなどがたくさん来ていた。
先日は、西伊豆を車で走りながら、何度も桜のトンネルをくぐった。
落ち着いた花見をしていないので残念とちょっと思ったけど、考えてみたら今年はむしろ桜を満喫している。

夜中に目が覚めて強い雨音を聞きながら、これで桜も散ってしまったな、と思った。
真夜中に布団の中でじっと聞く雨音は、いろんな連想を引き出してくれて、子供のころからなんとなく好ましい。

昨夜、録画を起して観たドラマのことを思い出した。
『八日目の蝉』
ドラマの始まりが、しのつく雨のシーンだった。

既婚の男の子供を宿して中絶し、男にも裏切られた女性が、男夫婦の生まれたばかりの子供を奪うという話の始まりは、現実にも繰り返し起こっている事件があり新味がない上に、やりきれない。
それでも、壇れいの芝居に引かれて初回の最後まで見てしまった。
話は大きく展開しそうで、これからも見続けそうな予感がする。

今朝の新聞を見たら、週刊誌の広告に、野球評論家Yのことが出ている。
現役として活躍した期間は短いが意気の良い速球派の投手で好きだった。
解説者としても理論的で紳士然とした話しっぷりが気に入っていた。
テレビキャスターと結婚しているが、以前の所属チームの地元に愛人が居て、彼女を妊娠させ中絶もさせたらしい。

よくある話とか、ドラマみたいとか、他人の感想はどっちにしてもさりげないものになるが、当事者にとっては一度きりの人生の中の逆戻りのできないトラブルだから、一生背負っていかざるを得ない傷を負うことになる。

このブログを始めたころにお邪魔していた女性のブログも思い出した。
恋人と出かけた温泉宿のおいしそうな料理の写真が印象的だった。

すっかり夜が明けてしまったこの時間も、外では、まだ激しい雨の音がしている。







卯月

テーマ:
「菜種梅雨」の言葉通りの雨模様。

銀行で知り合いに送金をしてから、脚の湿疹を診てもらいに皮膚科の医者へ。
「乾燥した冬に多い、衣服か何かの刺激による過敏症です」といわれて軟膏を処方 された。
柔らかな雨の中を歩いて図書館へ。探していた本は、誰かが予約注文取り置き中。レファレンスの奥の棚に所在を見かけながら、あきらめ、次の予約をしておい た。

車を置いてある医者の駐車場まで歩きながら、路地の奥を見たら満開の桜。

その家は、数年前まで妻が生け花の稽古に通っていた家だ。
師匠が八十の半ばを越える高齢になって、だんだんお弟子さんが減っていって、妻も仲間から声をかけられて別の師匠に移ってしまった。
そのまた数年前にご主人を亡くして、それでも元気にがんばっていたけど、最後のほうはちょっといろんな話につじつまの合わないところが出てきたりしていた そうだ。
妻たちがやめて一年ほどして、地域新聞にその師匠自身の訃報が載った。
今は、ずっと離れてすんでいた息子さんたちのうちの一人がしょっちゅう戻ってきて屋敷を見ているらしい。

わざわざ路地に入ってその家の前に行ってみた。門が開き車が止まっていた。ちゃんと人の手が入っている庭だった。

それでも、力いっぱい咲いている桜の木は、主人に残されてもまだその季節には忘れず花をつけるけなげな従者のようだった。

帰宅して妻に「お花の先生のうちの桜が咲いていたよ」と言った。
「ああ、そうなのよね、桜がきれいで。」と妻はちょっと遠くを見る目をした。

老人とブログの海-桜