なにごとだろう

テーマ:
いくつか利用しているメールアドレスのうちのひとつが、今朝から使えなくなっている。
プロバイダがメールの仕様をグレードアップしているというのだが、変更の全体像がよく分からない上に、送受信どころか、とにかくうまくメールボックスさえ開かない。
作業は数日前から進んでいたようだが、私のメールが使えなくなったのに気づいたのは今日のことだ。

結構大切なメールアドレスなので心配している。
AD

箱根・伊豆

テーマ:
木曜日に、実家から帰る妻を実家近くの駅前で拾い、そのまま箱根に行きました。冷たい雨が降り続ける山道をどんどん登って、雲の中に突入し、山も谷もかすんでしまっているつづれ折の坂を走り続けて、芦ノ湖畔に出ました。
6時チェックインと伝えてあった宿に3時に入り、部屋でごろごろしていました。
翌日は芦ノ湖あたりでちょっと買い物をして、さっさと伊豆に向かいました。

伊豆に夫婦で来るのは三度目。

一度目は30年以上前に、二歳になる前の長男をつれて車で来たのだけれど、対向車線の交通事故を目撃して、けが人の救出にもちょっと手を貸したりして、なんだか旅を楽しむ気分が消え、とりあえず湯ヶ島に一泊したけどぜんぜん楽しくなくて翌日まっすぐ妻の実家に帰りました。あまり早く帰ったので義母が驚いていました。

その後はなんとなく家族旅行先として伊豆は敬遠していました。
二度目はもう子供たちが家を出た数年前。また湯ヶ島に。今度は川端康成が『伊豆の踊り子』を書いたという宿に泊まり彼が入っていた温泉に入りました。
踊り子と主人公が会ったという共同の湯は川の向こう側に見えました。

今回は、私自身の思い出をたどるたびでした。妻は、どこでもいいから、ちょっと旅をしたいという気分でした。

泊まったのは土肥。ブログを始めたころにネット上で行き来していた、看護師さんのブログの記事を思い出して、この場所を選びました。。
お付き合いしていた医師と部屋つきの露天風呂から夕日を眺めたというようなことが書いてあって、読んだとき私も露天風呂から夕日を見たいと思ったのでした。
彼女が泊まったような高級旅館ではありませんでしたが、ちゃんと海の見える露天風呂が部屋についていて、しかも天気が回復し、海に沈む夕日を部屋の露天風呂から見ることができました。

この日は宿に入る前に、もしいつか西伊豆に行ったらぜひ見たいと思っていたもうひとつの場所も見ることができました。
松崎の「伊豆の長八美術館」です。ここは、見術工芸に関心のある妻もきっと喜ぶだろうと思いました。
妻は長八の名を知らなかったので、「また自分の趣味だけで私を連れまわすけど、まあ仕方がないわ」という態度が、美術館に行くまでは仄見えていました。しかし、入館すると私よりも熱心に見ていましたし、見終わった後は大いに満足していました。
土肥に戻って、「天正金山」の史跡を見学しました。ガイドブックにはもうひとつの、地元の一大観光拠点となった土肥金山しか載っていないのですが、ふらりと立ち寄った、人気のないまるで廃墟のようなこの史跡は、ガイドのおばさんお人柄もよく、これまた二人で大いに満足しました。

翌日の帰路は、あえて西海岸の峻険な崖沿いの道を選んで、沼津に向かいました。
それは、土肥の北にある戸田を通りたかったからです。

戸田で行われた私の高校一年時の学年臨海合宿は全員参加が建前でしたが、私は母に頼んで学校に申し出てもらい、病気治療を理由にそれを欠席しました。
今となっては、なぜそうしたのかそのわけをまったく思い出せません。
そして、その代わりといって、母から小遣いをもらい母の実家の讃岐まで生まれて始めての一人旅をしたのでした。

二学期になって、学期当初にクラスメート同士の会話に戸田合宿の話が何度か出ました。私は戸田が陸上交通の不便な漁村で、(沼津か清水あたりから)船で渡ったのだと知りました。級友と合宿で一緒に泊まれなかったことには何の後悔もありませんでしたが、陸の孤島というべき戸田港の記憶はしっかりと脳裏に刻まれていました。

停車すらしないで走り抜けただけでしたが、永年気にかかっていた戸田の町並みを見られたことは、とてもよかったのです。
伊豆半島の尾根を走る道路が何本か開かれ、入り組んだ海岸の崖と入り江を縫って走る隘路も完全舗装されていて、交通の便は50年前とは比べ物にならないほどよくなっていますが、戸田の町はひっそりとした温泉と漁業の町のたたずまいを、私が空想したとおりに残しているように思えました。

伊豆半島を抜けると、テラスにおいたダンボールの中で待つ二匹の猫のことが気にかかり出しました。
足柄のサービスエリヤで土産を買い昼食をとって、後は一路家に向かいました。
帰ってみれば猫はしゃらりとした表情で何事もなかったように家に入ってきましたが、餌の食いつきがいつにもましてよかったので、彼らの気分が分かりました。

老人とブログの海-夕日







AD

春愁

テーマ:
数日前から、妻の気分が沈みがちになった。彼女が考えた生活上のさまざまのプランがどれもうまくいかないのでがっかりしていると言った。

夫の私は自分の健康管理をきちんとしないばかりか、家の片付けもせず、彼女の庭畑の手伝いもせず、何よりも彼女の気持ちを斟酌せずに意地の悪いことばかりを言う。
父親は、定期的に訪問して生活の世話をしている彼女の行為にまったく感謝することなく、勝手な要求や過重な仕事を押し付ける。あるいはわざわざ彼女の訪問に合わせて客を招待したりする。それなのに息子(妻の弟)に対しては、遠慮をして何も求めず、役員をしていた会社を、それなりの時期が来たと考えて退職したら「まだまだ働けるのだから仕事をすればいい」などと、娘である妻に繰り返しこぼす。
仕事を続けたかったのをやめて母親の看病にとりかかり、続けて父親の世話に重点を移しながら、できれば今からでも何か自分にあった仕事をしたいと考えている娘の気持ちにはまったく気づかないのか、気づかない振りをしている。
弟は、少し未練を残しながら仕事をやめて、さばさばしたといいながらジムに通ったり語学の勉強に精を出し始めた。
父のところには週に一度くらい顔を出して一時間ほど話し相手になるが、ほとんど自分の話しをしていくだけで、父親の生活のこまごましたことを手助けしたり気持ちに寄り添うようなことはしない。妻が父親のところに出かけているのは好きでやっているくらいの感覚で、「ああ、来てたの」などとたまたまかけてきた電話で言う。
弟夫婦は、誰の都合も聞かずに海外旅行に行くことを決めた。父親の都合は勿論、妻の都合にもまったく関心がない。しかし父は、彼らが旅行している間、彼らの息子のひとり、お気に入りの孫の食事を何回か妻に作らせて一緒に食べることを、早くも算段し始めている。
猫の調子が悪い。食欲がなく元気もない。医者は一過性の病気ではなく一生(?)付き合う病気が身についているという。

こんなことを、この数日繰り返し話した。
書いてみると分かるがどれも、たいしたことではなくて、日常のちょっとしか気がかり事項だ。
彼女もそのことでにっちもさっちも行かないほど行き詰まっているわけでもない。
しかし、きれいさっぱり忘れてしまえることでもなく、いつ解決するという当てもないことばかりだ。

今朝、実家に向かう妻をバス停まで車で送った。妻は昨夜までの気鬱の様子はまったく見せず、明るく「行ってきます」と言った。
実家に行く数日前から、妻はいつも気分がザラついている様子を見せる。
それは時期や季節に関係はない。

でも、この季節なので、元気を振り絞ってバス停に向かった妻の姿に、なんとなく春愁という言葉を当てはめたくなった。

家に帰ったら、半月前まで通い、四月から継続することになった職場から電話が入った。
「急ですが、明後日の夜、今回退職する方の送別会を企画しました。ご都合がついたらご出席ください。」
誰がやめるのか尋ねると、ちょっと会釈を交わすだけだった方や比較的親しく話をした方など三名の名が挙がった。
その夜から妻と温泉に行くことになっていたので、ごめんなさいと断った。
春は別れの季節だから、私もいつもさびしい気持ちになったのだと、思い出した。









AD

ミステリー『灯台』

テーマ:
P.D.ジェイムスという女流作家のミステリーを読んでいる。町の図書館で偶然に見かけて手にした。
一度は二週間まったく読まずに持ち歩いて返した。
それでもなんだか気になって、数日後改めて借り出した。最初はなかなか調子が出なかったけれど、イギリスミステリーの王道を行く端正なつくりで、すっかりはまってしまった。

もう少しで謎解きが始まるところまで来た今日、つい訳者の解説を読んでしまった。
二つ驚いたことがあった。
ひとつは、この作品が80歳で書かれたものだということ。
もうひとつは、ずっと昔読んだ『女には向かない職業』という大変面白い探偵小説も、彼女の作品だったと言うことだ。

『女には向かない…』のタイトルは、桜庭一樹が『少女には向かない職業』というタイトルで利用している。
私はこのタイトルに引かれて桜庭一樹という小説家と出合ったのだった。

昨日は

テーマ:
昨日は一日あわただしく動きました。

朝、身近な人間がラジオ番組の中でインタビューを受ける(録音放送)というので、カセットテープをセットして、その放送を聴きました。

それが終わってから、息子に会うために妻と車で出かけました。息子の町に行き、駅前で会ってから、息子が昭和の香りたっぷりの、その町で指折りの老舗のレストランに連れて行ってくれました。食事の後、親戚から送ってきた結婚祝い数通を手渡しました。

息子の昼食をご馳走になり、息子と別れてから、シネコンに行って映画を見ました。
妻は『シャーロックホームズ』を、私は『花のあと』を見たいと思っていたので、最初は、映画館で別々になろうという話でした。
そのうちに私が「今日は『シャーロックホームズ』を見よう。『花のあと』はまた別の日に一人で見に来るからいいよ」といい、そういう方向になりました。
映画館で上映してい何本もの映画の切符をまとめて売っている窓口の前は、かなりの人ごみで長い列ができていました。並んで待っている間に妻が、二本見ましょうと言い出しました。

結局14時過ぎから19時ころまで、30分ほどの間をおいて二本続けざまに見ました。

家に帰ったのは21時半ころでしたが、さすがに疲れて、二人でぐったりしていました。

妻のこと

テーマ:
友人が出した詩集の合評会に招かれた。
出るつもりだったが、2ヶ月前にいただいた詩集が見当たらない。どうしても見つからなければ書店で購入して出ればいいことなのだけれど、なんだかそれはもったいないような気がした。

ごみためのような書斎を、この数日、時間を見てはひっくり返した。
探し始めてしばらくしてから、あきらめて、「合評会には出ないことにした」と妻に宣言した。妻は、私の病的なまでの整理の悪さを非難し、もっと人間関係を大事にすべきだと説教し、どこに置いたかもう一度最初から考えるべきだと、しつこく言い立てた。
めったに入らない私の書斎に足を踏み入れて、意外と見える範囲に、見落とされたその詩集があるのではないかと、じろじろ見渡したりもした。
妻が粘るので、あきらめては探しあきらめては探しを数回繰り返した。
昨夜、寝るころになって不意に記憶の断片が頭に浮かんだ。
なんだかほかの書類と一緒に袋に入れたような気がしてきた。

妻に、詩集をしまった状況を少し思い出したような気がするよ、といって寝た。

今朝、書架や幾重にも乱雑に高く積み上げた本の山の中ではなく、あれこれの書類をまとめて入れた袋を探しては次々と中をのぞいた。
書類ではなく、机の上のメモやちょっとした事務用品が邪魔になって一旦横にどけようとした、大きめの紙袋の中に、ぼんやり記憶していたより小型の、お目当ての詩集がまぎれて入っていた。

今日の午後からの合評会にぎりぎりで間に合った。

妻のとりえのひとつは、粘りだと、改めて思った。今回もそうだが、何度も彼女の愚直ともいえる粘りに救われてきた。

妻が起きだしてきたら、たまにはありがとうを言おうかと、詩集に目を通しながら、今、考えている。





昨日今日

テーマ:
今日は、税務署に行きました。準備や書類の提出は基本的に妻がやりました。私はアッシー君です。
この時期の後は、当分の間、何かあると「じゃあ来年は自分の分は自分でやるのね?」といわれます。

昨日は、今年度分の私の仕事じまいでした。
机を拭いて荷物をまとめて、とりあえずあたりにいた人たちに挨拶して帰ってきました。
追いかけるように事業所の副責任者から電話が入って、次年度も当てにしていますので今年度と同じ枠でよろしくお願いします、と言われました。
ずっと何の話もないので、先週あたりからは、この仕事は今年限りと思っていました。
その少し前までは、続いてよろしくと言われたら、一日二日考えさせて下さいといって、今年度のことを反省して自分の気持ちを確かめてから、どうするか返事をするつもりでした。
昨日は電話をもらったら、その場であっさりと、承知しました、こちらこそよろしく、と答えてしまいました。

何ごとも、予測どおり計画通りには行かないものです。

くべる

テーマ:
今朝のA新聞の一面コラムが、「くべる」という言葉に触れていた。私が小さいころの我が家は、風呂もご飯も薪でたいていたから、「くべる」という言葉はありふれた日常語だった。

それで思い出した。
年末に短い言葉を書くように求められて、若いころ仲間と水辺で戯れにともしたささやかな焚き火の思い出を短文にした。
結びはちょっと気取って、「(誰もいなくなったけれど)…今は 燠ひとつ ひそかに ここに 」と結んだ。
その後、訪問したブログで「おき火」という言葉を使っている文章を読んで、「おき火」という言葉にたくしたその人の心を想い計った。

燠火という言葉もまた、「くべる」という言葉と同じように、じかに火をおこしものを燃やすという行為と結びついている。

ほかのさまざまの生きる術と同じように、私たちは火もまたあまりにも手軽に手に入れるようになってしまった。
A新聞のコラムが言うように、火にまつわる言葉がどんどん遠くなっていく。




いちごとさくらと

テーマ:
昨日、農家の友人からイチゴをいただいた。彼は所有の農地の一部をイチゴ農家に貸しているのだが、そのハウスからどっさり届いたらしい。
ジャムにでもしてください、痛んでいるのは自分でより分けてね、と奥さんに言われて持って帰った。

妻は今日から実家行きの予定だったので、夜はゆっくりするつもりだったのだが、夕食の後、興奮してジャム作りに取り掛かった。
大粒の比較的きれいなものを少し取り分けて、残りはなべいっぱいのジャムになった。
昨夜の夜のデザートにたっぷりイチゴを食べ、今朝はジャムトーストと、イチゴ入りヨーグルト。

今朝、妻が出かけた後、少し肌寒い庭に下りて桜の花を摘んだ。
昨年やってみたらおいしかったので、今年も桜の塩漬けをつくるつもりだ。
とりあえずボールに半分くらいとって、塩水につけた。こちらは夕方、塩漬けにするつもり。

老人とブログの海

老人とブログの海

老人とブログの海

老人とブログの海





花便り

テーマ:
お隣の早咲きの桜は先週から満開でしたが、我が家の桜も花が開き始めました。

久しぶりに庭に出てみたら、庭の奥の、部屋からは見えないあたりでは、沈丁花が咲いていました。
そういえば、先日妻が「庭いっぱいに沈丁花の匂いがする」と言っていました。小さな木ですが、香りのパワーは並外れています。

ここ数日晴雨と暖寒がめまぐるしく入れ替わります。そのたびに、春が近づいてきています。
今朝は、昨夜半からのちょっと冷たい雨が降ったりやんだりです。

老人とブログの海-桜

老人とブログの海-沈丁花