春の兆し

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庭の小梅の花が咲きました。
昨年は梅の実が不作で、梅漬けも梅酒も梅ジュースも我が家の梅では作れませんでした。
我が家の小梅漬けは義父や弟に好評で、三年前に大量に作った小梅漬けを今でも二ヶ月に一度くらい小分けにして送ったり届けたりしています。しかしさすがに先が見えてきました。
今年は実がたくさんなれば良いのですが、「去年も花は咲いたのよね」と妻が言うので、心配です。
こちらは天気もよくしかも穏やかで暖かい日が続きます。
昨夕は町外れの農道を走っていたら、行く手の森の向こうに丸い月が上がりました。バックミラーに映る西の空にはまだ真っ赤な夕焼けが残っている時間でした。
日が長くなったことを痛感しました。

まだまだ寒い日は何度も訪れるのでしょうが、もう春はそこまで来ているのですね。

老人とブログの海-梅の花

老人とブログの海-月の出
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とほくきこゆる

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昨夜、就寝前にパソコンのメールをチェックした。
息子から「お手数をかけますが」というタイトルのメールが届いていた。正月以来の音信である。
珍しいことだと開いてみたら、「今日あたり、私の婚姻届が届くかと思います。保証人の欄にお父さんかお母さんの署名押印をしたのち、私のところへ返送してください。お手数ですが、よろしくお願いいたします。」とあった。
昨年の晩秋に、お相手のご両親と6人で会食をした。
正月には、妻がいつ入籍をするのかと息子に聞いたのだが、なにやらちょっと未解決の問題があるようなことを言っていた。
仕事場が遠く離れているので、結婚しても別居せざるを得ないことは分かっていたけど、どちらが改姓するか、意見がまとまらないようだった。
大学入学時からの、十数年越しの付き合いである。それでも、そんな風に引っかかる問題はあるのだと思った。
夜8時の発信で「今日あたり…」というのがおかしいが、相手の親御さんが署名した届けが回送されてくるのだろうと推測した。
妻に促されて、「おめでとう。二人で喜んでいます。書類はまだ届きませんが届いたらすぐに署名して送ります」と返信した。
「メールを打っておいてね」と私に言ったとき、妻は例によって「私のことを道子(仮名)と書かないでね。道子さんとかお母さんと書いてね」と付け加えた。
「書くよ。」「呼び捨てにされるの、本当にいやなんだから」「貴女も私を呼びすてにすればいいじゃないか」「そういう問題じゃないのよ」
他人に対してはずっと「妻が」とか「女房が」とか言ってきたので彼女の名前を呼ぶ必要は無かったのだけれど、私の身内親戚や義父・義弟、そして息子や娘に妻のことを指して言うとき、彼女がそばにいない場合には道子と言ったり書いたりすることがあった。そのことを何かの拍子に知って、しかもここ数年、それをひどく嫌がるのだ。
彼女がそれを言い出した時は冗談かと思ったのだけれど結構本気らしい。
それで、「二人で喜んでいます」という文面になった。
40年一緒に暮らしてきても、引っかかる問題は山積しているのだ。
送信した後文面を見せたら、妻は「ありがとう」と言った。メールを送ったことへのねぎらいか、敢えて「二人で…」と書いたことへの謝辞かは分からない。
すぐにそんなことはどうでもよくなって、私は、自分が結婚を決めたとき両親にどう知らせたかを思い出した。
アパートの部屋に電話が引いてなかったし、大量の十円玉もなかったので、行きつけの喫茶店で長距離電話をかけさせてもらい、母に「今度結婚することにしたから」と切り出したのだった。
母は一瞬絶句し「それは良かったね、相手はどんな人」と訊いた。
夏と正月、年に二度律儀に帰省して私の顔は見せておいたが、それ以外は手紙も出さず電話もせず、付き合っている人がいることさえ伝えていなかったのだ。
息子はずいぶんそっけないヤツだと、時々感じていたけど、私がやってきたことはそれどころではなかったのだと、いまさらに思った。

今朝早く目を覚まし、昨夜のことを思い出していろんなことを考えていたら。不意に「とおくきこゆる はるのしおのね」という文言が頭に浮かんだ。

潮音

わきてながるゝ  やほじほの  そこにいざよふ  うみの琴
しらべもふかし  もゝかはの  よろづのなみを  よびあつめ
ときみちくれば  うらゝかに  とほくきこゆる  はるのしほのね







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符合

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『20世紀○年』の1編と2編が面白かったので、最終編を借りようと、TUTAYAに出かけたが、見当たらなかった。(帰ってネットで検索したら、最終編のDVD化は2月末とのことだった)。仕方なく、展示棚を見てまわって結局実○寺昭雄監督の『悪○の栄え』を借りた。
年末にレンタル会員証の書き換えをした時、一回分無料のサービス券をもらったが、その有効期限切れが迫っていたので、とりあえず一本借りたかったのだ。パソコンで15分くらいずつ切れ切れに見ているが、先ほど観た場面で主人公の長台詞に出くわした。
「…築地小劇場の土方与志君がわざわざソビエトに行って小林多喜二虐殺を訴える演説をして伯爵位を剥奪された…」というような内容だった。
それは歴史的な事実かどうか確かめたくて、DVDを止め、ネットで調べたら、ちゃんとした事実だった。
そういえば最近、土方与志の息子、土方与平氏の訃報を聞いたような気がしてこれも調べたら、今日26日が葬儀だとネットのニュースに出ていた。
この土方与平氏が製作者をしていた「青年劇場」には、私の古い知人が演出家として参加していたが、もう何十年も前、まだこれからという時に病死している。


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今週

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ふわふわと一週間がすぎた。

昨秋の娘の結婚式のとき、「パチンコでDVDを獲っている。『20○紀少年』は面白かった。」という話を聞いたので、そのうち貸してくれと頼んでおいたら、数日もしないで送ってきた。
自分で頼んだくせに、すぐには見る気になれずに、そのまま置いておいた。
一昨日、思いついてパソコンにかけてみたら、予想外に面白くてはまってしまった。
第1章と第2章。つじつまの合わないところやご都合主義的な筋立てはいろいろあったけど、最後まで見てしまった。
小説もそうだけど、漫画ももう長いのはだめで、これも原作は読む気にもならなかったのだけれど、懐かしい時代が描かれているのも、引き込まれた理由かもしれない。
どこかで『1Q84』の世界とも繋がっていたかな.。
最終章も見たい。

小説ボヴァリー夫人を読み出した。
長いし字は細かいし、読みきれるかどうか。
でも、興味はあるのでがんばってみよう。

昨日、居間で並んでテレビを見ていた妻が何の拍子にか「私たちもバカップルだけど…」といった。
そうか、そんなふうに感じているのか、と妙に感心した。



ア○ター

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義父が『ア○ター』を観たいといっていると妻が言った。一緒に映画を見に行くのは、たまった家事をこなした上に時間と手間を取られるので、妻は嫌がった。それで、私がついて行くことになった。妻も結局は同行するのだが、私が車を出すし、私がついて要れば何かと手間は省けるので、ぐっと楽になるというわけだ。義父も話し相手が増えて喜ぶ。
私も丁度見たかった映画なのでと言って、割り込んだ。当日朝から日帰りで行くつもりだったら、父が、前夜から泊まりできたらどうかと提案してきた。妻は私に申し訳ながったが、私は了解した。それを聞いて、近くに住んでいる義弟が、久しぶりに少し飲みませんかと連絡してきたので、夕食後、外で会うことにした。
義父は、年末に親戚からもらった上等の黒毛和牛をステーキにしてくれた。旨味の詰まった肉は、ウェルダンに近い焼きかげんでも十分柔らかかった。
妻が言うには、「父はすごく緊張して焼いていたわよ」ということだったが、「おいしいです」というと、嬉しそうに、私はどうもレアが苦手で焼きすぎるのですよ、と言い訳をしていた。
「私は作り物の話にはもう興味がないのですよ。しかし、3Dというものがどの程度のものか、興味がありましてね。」
元エンジニアの技術者魂は、なおやむことのない好奇心として彼の心の中で生き続けている。

3D『ア○ター』がはじまったとき、隣を見たら義父はまだ3D用めがねをかけていなかった。それで「」めがねをかけて下さいと耳打ちした。

立体視映像の印象は、、始まりはなかなかのインパクトがあった。しかも昔の青赤の二色の映像で見たものとは段違いに自然な感じがした。
その自然な感じが、良いか悪いか、いつの間にか立体視の感覚は気にならなくなってしまい、気持ちはストーリーにだけ向いてしまった。それは、この技術としては成功なのだろうか失敗なのだろうか。

ストーリーは、いろんな意味でアメリカ的な二元論の衝突物語だった。開発と自然、文明と未開、合理的な利潤追求と伝統的な人道主義。キリスト教と理解しがたい異宗教。
そしてアメリカが体験してきた歴史が見慣れた形で投影されている。
アメリカンネイティブと白人との戦い。ベトナム戦争。そしてもしかしたらイスラムとの戦争も。
『海兵隊』魂が話の骨組み据えられているのも、なんだかいかにもという感じだ。
キャラクターの描きわけがくっきりとしていて、話の展開も分かりやすく、美しい惑星の自然の描写もスピーディーな人物や動物たちの動きも楽しめた。
エンタテイメントとしては、3Dでなくても十分成立していた。

見終わった後、一人の客が拍手をした。それについていく人はいなかったけれど、その人の気持ちは分かる気がした。誰かに拍手をさせたくなるところもある映画だったということなのだ。

見終わって昼食を食べながら義父にアバターと言う言葉の説明をした。昔から英語が堪能で通訳なしで英米人と話のできる人だったが、アバターという言葉は知らなかった。簡単に説明したら、「ああなるほど」と納得した。
そして「不思議なものでいつの間にか3Dが気にならなくなっちゃって、話の筋を追いかけていましたよ」と言った。
彼が、「まあ、見ておいてよかったですなあ」と言ったので、そのことが一番良かったと、私は思った。





些細なことが理由で

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ちょっと、気持ちが沈みがちです。

明日まで、出かけます。

映画を見るつもりですので、帰ってきたらその感想を書きます。

そういえば、昨日小説を読んでいたら「無辜」という言葉が出てきた。
突然「去勢」という言葉が連想されて、自分でちょっと笑ってみたりした。

だんだん気持ちが内向きになっているのではないかと、心配だ。

東京行き

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昨日は人と会う小さな旅に出た。
東京駅に出て、東京メトロ丸の内線で池袋。東武池袋線で二つ三つ行って電車を降り、予定では20分のところを迷って40分歩いて、昔のクライアントに会った。途中でお昼に塩ラーメン。
夕方お邪魔していた御宅を辞して、今度は副都心線で渋谷。井の頭線の駅周辺で少しぶらついた後、丁度開店準備をしていた若者と目が合って、洋風居酒屋に入った。
漫画ワンピースにちなんだコンセプトの店作りで、スタッフは同じ年頃の「シェフ」と接客のカレの、とりあえず二人だけ。開店と同時の客と言うことで、生ビールを飲みながらぽつぽつと御喋り。

お勧めの「シェフ手作りの塩辛」をつまみにもらったら、マイルドでおいしかった。しかし、その後来た客には「塩辛」と注文されるたびに「すみません売り切れで」と言っていた。私に出した小鉢ひとつ分の塩辛が最後だったらしい。
後は生ハムとジャガイモとウィンナー。生ハムは目の前の豚の腿から削り取っていた。サンダニエール産だとか。今日調べたら、有名なハムの産地だった。

読みかけの小説をカウンターで読み終え、少しおしゃべりをして退散。おいしかったし安かった。
行きのバスの中、都内の電車の中、お昼のラーメンのあとの喫茶店の中。そして、居酒屋の中。
出発時には1/2残っていた『グッドラックららばい』平安寿子を読み終えたのだけれど、とても面白かった。
10時前には家に着いた。

東京に出ると、こちらにいるよりもずっと歩くので疲れる。
少し睡眠不足も続いていたし、今朝は一度身を覚まして新聞を読んだ後二度寝をして朝食は九時半。

『グッドラック…』の中で、家族のトラブルについて姉妹がタクシーの中で言い争いそうになる場面があった。
運転手の耳がその話に向いたようなので、姉妹の一人が口をつぐむというシーンなのだが、はるか昔のことを思い出した。

母が死ぬ数日前に、母の入院している病院へ父とタクシーで向かった。病院に泊まりこんでいる兄と交代するためだった。普段離れて住んでいて母の症状や経過を知らない私に、父がいろいろ話をしていた。
すると突然激しい衝撃が襲ってきた。
タクシーが前の車に追突したのだ。どうやら信号待ちをしている前の車に気付くのが遅れたらしい。
バンパーが凹む程度の衝突だったが、それでも助手席のヘッドレストにぶつかった額は数日痛んだ。
車を降りて、別のタクシーに乗り換え、病院について待っていた兄に、父が離れた隙に、タクシーが前の車にぶつかったと言ったら兄が、「親父が家のことをいろいろはなしてたんやろ」とすぐに言い当てた。
「タクシーの運転手は面白い話だとつい耳をそばだてて聞いてしまうんで、危ないんや」
そういう世間の知恵があるのかと、驚いた。
ずっと忘れていたそんなささやかな出来事を思い出させてくれただけでも、この小説には値打ちがあると思った。

目の前にあった豚の腿です。ぼけててすみません。
老人とブログの海-生ハム

カーネーション

昨夕、ドアチャイムがなったので出てみたら、薄暗くなった玄関先に前夜まで二晩続けてお邪魔したスナックのママが立っていた。これをどうぞと差し出されたのが、写真のカーネーション。
「昨日はどうもお世話になりました。ちょっと酒癖のよくないのもいたけど大丈夫でしたか」と聞くと、「大丈夫でしたよ。壬生さんが帰った後はすぐにみんな出られて…」といって笑った。しらふの時は穏やかで気弱にさえ見える男が、酩酊してママの手を握ったり抱きついたりしたので、もう少しひどければ止めようと思っているうちに車が来たので置いて帰ってきてしまったのだ。
彼女の家は、我が家から歩いて一分もかからないご近所で、昼夕の出会いがしらには、よく会釈をしたり声を掛け合う間柄だ。
二日続けて行ったからご挨拶かなと思った。あるいは、またどうぞと言うことだろう。
妻に見せたら、「わあ、すごい。冬のカーネーションなんて。明日生けましょう」と言って、洗面台の下に手桶に入れて置いた。
それを見た猫が寄っていってその水を飲んでいた。
私の二日間が、家族みんなに祝福されたのだと、勝手に思った。

二日続きの宴会で、しかも二日目はカラオケなどを何曲も怒鳴って、昨日は一日声が出ず、必要な電話も今日に回した。
今朝はずいぶん楽に声が出るようになった。町は既に昨日から平常の生活に戻っている。
私も少ししゃんとしようと、今朝カーネーションを見ながら殊勝なことを考えた。

老人とブログの海-カーネーション

6時間飲み

一昨日に引き続き、昨日も新年会。
メンバーも雰囲気もがらりと変わって、またそれなりに楽しい時間だった。
一次会は夫婦でこじんまりとやっている居酒屋風の店の小上がり一杯に机を並べ、貸し切りのような雰囲気で。二次会は幹事お気に入りの小さな居酒屋にタクシーで移動。三軒目はこれも幹事行きつけ小スナックまで歩いたが、閉まっていたので、前日と同じ私の知り合いのスナックへ。

妻は、私の飲みすぎ食べ過ぎによる体重増加と、帰宅した後の入浴を心配している。どれだけ酔っても風呂に入るので、そこで寝てしまって事故でも起きないかと怖くて、寝られないのだそうだ。

一日中繰り返し愚痴を言われたので、今日は帰ってきてから風呂に入らないから安心して寝なさいといった。妻は信用せず、脱衣所にキッチンタイマーと目覚ましを置いて、数分毎にベルがなる手はずをして入浴すことを約束させられた。

妻には言わなかったが、私自身も睡眠不足と飲みすぎで午後まで体がだるかったので、昨日は早めに切り上げようと心に決めていた。
二軒目の飲み屋でカラオケが始まり私も何曲か歌ったが、声も出なくなって、いろいろ限界だったから、三軒目のスナックでは入るなり、「11時にはタクシーを呼んでね」とママに言っておいた。
時間が来て、「車を呼びますか」とママが聞いたので、呼んでもらい、仲間に「後はごゆっくり」といって店を出た。

時間が早かったので、布団の中でまだ眠っていなかった妻は安心して眠りについた。
私は約束どおりタイマーをセットして風呂に入り、一度は風呂の中で少しうとうとしたが、無事風呂から出てさっさと眠った。

夕方五時からの6時間飲み。

この二日で今年一年分飲んだ気がする。
遅ればせながら今日は心を鎮めて、今年一年の計でも立てようか。

10時間飲み

昨日は、二十数年前のお付き合いの人々と、新年会。
20人ほどが集まって、思い出話やら近況やら。
午後4時に集まって一次会は和風料理の座敷。二次会はタクシーで分乗移動してスナック。三次会は地元の地方公務員が案内した、彼の顔見知りの小料理屋。日付が変わった四次会は私のご近所の女性が開いているスナック。
午前零時をすぎてから何度か、妻から電話が入った。
昔は遅くなると、先に寝てしまうので妻からの連絡はなくなるのが常だったが、最近は、遅くなると心配で寝られなくなり、結構頻繁に電話をかけてくる。困ったものだ。
結局、2時過ぎに帰宅。妻は布団の中でまだ起きていたが、一言文句を言って後は口をきかなかった。

長い時間、そしてたくさん飲んだ

おかげで今朝は体が重い。
でも、懐かしくて楽しい10時間だった。

花なんかも、もらってしまった。
今朝起きた後も妻は機嫌が悪かったけれど、食卓の上に転がしておいた花束はいつの間にか和室のテーブルに飾られていた。
老人とブログの海