ばらばらに

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今日は午後からの勤めなので、朝食後すぐに、仕事の準備にとりかかった。
その最中に、妻は自分の楽しみに出かけるので、「すみませんね、あなたは仕事なのに」などと言いながら家を出て行った。
と思ったらすぐに戻ってきて、そういうときのいつもの、沈んだ声色で「私、がっかりしちゃったわ」と私を非難した。

昨夕、妻に頼まれた買い物をしにホームセンターへ行ったが、その際妻の車を使った。買い物をした後、荷物を妻の車において、夕焼け空を見ながらホームセンターの周囲を15分ほど歩いた。
駐車場に戻り、ホームセンターの併設店舗でケンタッキーフライドチキンを一本買ってかじった。それから知らぬ顔をして帰宅したのだが、そのときの空袋を丸めたまま助手席に忘れていたのだ。

「いくつ食べたのよ。こんなことをしていて、やせるわけないじゃない。力が抜けちゃったわ」
三食について毎回、私の減量を考え気合をこめてメニューを考えている妻の、さっき出かけるときの少し浮き立つような調子とは打って変わった感じの台詞がもう少し続きそうだったので、「今忙しいから、仕事の邪魔をしないでね」と私は答えた。
「やる気、なくなっちゃった」といって妻は出て行った。

せっかくの楽しい時間に、このことで頭が一杯になっているのだろうか。
私は、妻の楽しみの時間を少し奪ってしまったようだ。そのことでは、妻がかわいそうだと思った。
しかし、迫っている時間に追われて、仕事の準備に気持ちを集中した。
おかげで、思ったより仕事がはかどった。
だからこうしてパソコンに向かえた。

そもそも、忙しいのに、朝は読みかけの1Q84を半時間ほど読んでしまった。
私にこの小説の感想を述べた男女二人の知人は、読み始めると同じようにどんどん引き込まれていったようだ。私もそんな感じになり始めている。
もっとも読み終わった後は、この二人の感想は少し分かれていた。私はどっちかなと、それも楽しみなのだ。

こんな風に、ばらばらの気分で、今日が始まった。

さて。
私たちの毎日は、良いこと半分悪いこと半分なら、とりあえず、万々歳かもしれない。
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又こゆべしと思いきや…

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例によってまどろっこしい話し方だけれど。

先々週の土曜日は東京でイベントの手伝いをした。私だけ早めに失礼して、夜七時頃にはこの街に帰った。
夕食は東京で軽く飲んだ時に済ませてきたけれど、もう少し飲みたくなって、駅裏の飲み屋街をふらついた。
もう十数年も不況が続いて、私が二十年位前までは結構頻繁に出入りした界隈がすっかり寂れてしまっている。見覚えのある通りをぶらぶら歩いていたら、ラーメン屋の隣のスナックのドアが開いて、おばさんがで出てきた。
客引きかなと思ったら、猫に餌をやりだした。お椀が置いてあり、猫が顔を突っ込んでいる。そばにしゃがんでいるおばさんに「猫ですか」ととぼけた声をかけると、「野良猫だけどいつもここに餌を食べに来るの。つい情が移ってしまって」と言った。
「可愛いですね」と言って立ち去りながら開いたドアから店の中を見ると、カウンター内に大柄な若い従業員の姿が見え、客の気配はなかった。二三歩行ってから引き返し、「猫の縁だ、少し飲もうかな」と中に入った。
おばさんも戻ってカウンターの中に入った。
ビールを飲みながら四方山話をしていたら、長距離バスの話になり、おばさんが、「私の故郷は鯵ヶ沢なの。昔は上野から帰ったけど、今の若い人は東京からバスを使うみたいね。」と言った。
「鯵ヶ沢!」と私は驚いて、「十何年も前に一度車で通ったけど、淋しいひっそりとした村だったなあ、相撲が盛んだそうだね。」と言った。
「本当に何もないところよ」とおばさんは少し遠い目をした。

五日後の先週木曜日に、もう一度そのスナックに行った。客はやはり誰もいなかった。おばさんは私のことを覚えていて、先日はどうも、と言った。
「あなたはずっとこの町なの」と、私はのっけから尋ねた。
「ええ、ずっと。」
「二三十年前に、もうとっくになくなったこのあたりのバーに仲間と来たとき、隣に座った女性が鯵ヶ沢出身だったんだよ。皆、呑んだり踊ったりしていたけど、ぼくはなんだかその人と話し込んじゃって、鯵ヶ沢の話をいろいろ聞いたんだ。ちょっとつらかった話が多かった気がするんだけど。」

おばさんはちょっと考えて「ここにずっといるけど、私以外に鯵ヶ沢出の人の話は聞かないわね。私は、この店の場所に昔あったリオというバーにいたの。その後建物が変わって、このスナックを20年やってるの。」と言った。

私は、そのバーの女性と話す前に、寅さんの映画で鯵ヶ沢の景色を見ていて、北の果ての漁村の淋しい風景が印象に残っており、そんなところから関東のはずれのこの町にやってきた女性の話にことさら関心を持って聞き入ったのだったと思う。
バーの名前もおばさんが口にした名前だったような気がするという程度の記憶で、もちろん暗い店の中で一度あったきりの女性がおばさん自身だったかどうかも分からない。
ただ、その後、友人との旅行で鯵ヶ沢を通った時は、その十数年前のバーの女性の話を思い出して、もしかしたらいまごろあの人はこちらに帰ってきているのだろうか、などと考えた。
数年前に、離れ島の燈台守とそこに住む女性との一度きりの恋の映画を見たときも、鯵ヶ沢のことを思い出した。
私は顔も名前も知らないその女性のことを、鯵ヶ沢の名前とあわせて時々思い出していたことになる。

おばさんは私の話を聞いても、もちろん私が言ったような客との情景は思い出せないようだった。
「まあ、私の家は貧乏だったからね」とつぶやいて「今も何もない町だよ」と続けた。
彼女の顔にも話しっぷりにも何の記憶もないけれど、多分このおばさんはあのときの女性だと、私に確信のようなものが生まれた。

「ご馳走様」といって私は立ち上がり、「又どうぞ」とおばさんと若い従業員が口をそろえた。
私がまだ勤めているときならば、きっと私はこの店の常連になったと思う。しかし私はもう、定期的に外で飲むことはやめてしまっている。おいしい食べ物も出ないこの店には、もう来ないだろう。

「今日は猫がどこかにお出かけしちゃって」と私を送り出しながらおばさんが言った。
「そうですね、じゃあどうも」と私が答えて、スナックのドアがしまった。

 年たけて又こゆべしと思ひきや 命なりけりさやの中山

少し前に読んだ西行の伝記と、彼の歌を思い出した。
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石を投げる者たち

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夢を持って異国に来、一生懸命働きながら未来を見ていた若い女性が、若者のアパートから遺体で発見された。若者は逃亡し、そして昨夜捕まった。
何が起こったのかはまだ、明らかにされていない。
少しだけ、若者の昔の事が、母親によって語られた。
想像されているような犯罪や事件を起こすことなど、誰も予想しない少年時代だったらしい。それが当たり前だと思う。

薬物の所持と乱用事件を起こした女性タレントについての報道を見ていて思った。

自分は違うとなぜ思いたがるのか。
彼や彼女らが墜ちた物と同じ陥穽が自分の足元に広がっていて、自分がその深みにはまっていないことが僥倖であると、そうは思わないのか。

騒々しいマスコミの報道振りを見て、ふと心が淋しくなってしまった。

罪なきもの、まず石を擲て。




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雑然と

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三浦しおん『秘密の花園』は昨日一日で読み終わりました。多分、以前に一度読んでいたと、読了して思いました。途中でその確信が生まれなかった理由は、いくら読み進んでも、話の行く手や結末が思い出せなかったからです。
読んでいたことを忘れて読み始めた小説でも、読んでいくうちに話の筋を思い出し、ミステリーならば犯人が、恋愛小説ならば二人の最後の別れのシーンなどが思い出されて、それが既読のものである確信が生まれるのですが、今回はとうとう最後まで、その形は見えませんでした。ただ読み終わってみると、「ああそうだった、これはきっと読んだことがある。」と分かったのでした。
昨日書いた、妻の出身学校への連想なども、以前同じようにここに書いたのではないかとも思えてきました。

最後まで読んだと言うことは、話はそれなりに面白かったと言うことです。しかし、また数ヵ月後に私がこの小説を読んでいる風景を思い浮かべると、ちょっとぞっとしない気分です。

数日前に息子から、十数年お付き合いしている女性の両親と会ってほしいと言う電話が来ました。相手の女性には何度も会っているので、まあ、最後の詰めという感じですが、彼らの考えは娘たち夫婦と違い、特別な儀式はしないで入籍するつもりのようです。そんなことがあって、今朝、新聞に載っていた婚外子についての記事に気を惹かれました。
日本では婚外子は法的にも差別されているが、子供の平等という点から考えて、それをどうするかという、古くて新しい問題の指摘でした。その中に、欧米では出産されるこどもの40%以上が婚外子だが、日本では2%前後だと言う指摘がありました。数字の正否は確かめていませんが、婚姻の形が少しずつ事実婚に傾き始め、一方でいったん社会的に手続きを踏まれた婚姻の内実の多様化、複雑化、形骸化が広く世間の夫婦の中で進んでいることを考えると、わが国のこの数字は予想以上に低いと思いました。
婚外子の法的差別と言う、ある意味では前近代的な制度が、わが国の婚姻制度に一つのプレッシャーをかけていることは間違いありません。では、この差別をはずせば、日本の家庭は崩壊するのかどうか、はずさなければ日本の家庭は守られているのか、そのあたりは微妙です。
フランスでは少子化対策として、事実婚の諸権利を大幅に認めることが行なわれ、一定の成果を上げているという報道の真偽も知りたいと思いました。

雑然と、頭の中が散らかったままです。

切れ切れの想い

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庭に明るい朝の光が溢れています。職場では今日から三日間、車のディーラーでたとえれば促販会のような、ちょっとしたイベントがあります。パートの私にはほとんど関係がないのですが、それでも外部の人間が入り込むので、ちょっと気にしています。
昨夜は夜の九時頃娘が電話をかけてきました。妻が出ていろいろ話していましたが、私は、電話に気付いてからも書斎から出ませんでした。30分ほどしたら妻が書斎に来て、「*子から電話だったけど、あなたにも話があるそうだからこちらから携帯にかけてやって」と言いました。かけてみると案の定、これと言った用事があるわけではありませんでした。二度ほど妻がいい加減に切りなさいという表情で様子を見に来ました。電話を切ったとき、携帯の通話記録は1時間半になっていました。私のつましい小遣いにとって、来月の携帯通話料は無視出来ない負担になる可能性があります。
娘との話はたいしたことではありません。
最近の職場の様子。最近読んだスペースオペラの話。最近の社会の情勢と、個人の生きかたの選択の問題。
学生時代のサークルの部室の放課後のように、私たちは際限なく自分の気持ちをぶつけ合うのでした。

今朝は、最近次々と読んでいる三浦しおんの小説を開きました。『秘密の花園』というオムニバス風の短編連作集です。手にするときから、もしかしたら一度読んだ本かもしれない、と思っていました。
先ほど最初の一編を読み終わりましたが、読んだことがあるかどうかはっきりしません。
言葉や情景のところどころに、既視感がありますが、まだ全体を既に読んだものだったという風には思えないのです。
私の良く知っている東横線や横浜線の沿線の風景が出てきて、読んだことがあるのならそのあたりの記憶ももっと出てきて良い筈だと思うのです。
舞台は、横浜の山の手にある有名なカトリック系の女学校を思わせる、女学校です。
最初のエピソードを読み終えて、妻が東京の、プロテスタント系の女学校の出身だったことを思い出しました。
中学校時代からの6人組の友人と彼女との付き合いをふと連想して、この小説がまた違った色合いを帯びてきました。

オナモミのことなど

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居間のフローリングにオナモミの実が一つ落ちていた。
猫が持ち込んだのか、妻が庭作業の際に身につけてきたのか。

猫たちは相変わらず庭と屋内を行ったりきたりしている。若いシロは元気だが、年上のタマは病持ちだ。
夏には結膜炎を患った上に食欲が落ちた。結膜炎は獣医の処方薬で奇麗に治ったけれど、食欲減退の理由と思われる口内炎は、どうやら一生の謬気らしい。
一月に二回、抗生物質をうち、時には痛み止めやビタミン剤をもらう。
柔らかい練り餌に変えてくださいといわれたが、かんずめの餌などは全く食べない。仕方なく、いつもの堅い乾燥餌をかなづちで砕いて与えたりしていた。食欲は投薬や注射のおかげか、かなり復活した。元気も戻ってきた。
先日から、高齢猫用の餌に変えた。少しさくさくとした感じで、堅さが少ない。粒も小さい。味も気に入ったのか、食欲がさらに増進した。
今朝、獣医に見せたら、体重が減らないのは良いことだが、歯肉炎も併発しているので、いずれそれについても治療が必要になるという。
猫の病気自体も気がかりだし、治療にかかる費用も気がかりだ。
猫はそんなことにはお構いなく、病院から家につれて帰るとふてくされて庭に飛び出していった。
秋に入ってから、バイクのバッテリーが上がってしまってもう一月以上乗っていない。一度バイクやで充電してもらったが、二三回乗ってしばらく乗らずに置いておいたら、また上がってしまった。バッテリーを買い換えるのが少し億劫になっていた。
62歳になる古い友人Tに会ったら、いまさらに、教習所で自動二輪の免許を取っているという。以前に私が自動二輪の楽しさを話したことを覚えていて、最近退屈になったのではじめてみたのだそうだ。
それでバッテリーを買い換えることに踏ん切りがついた。純正品は高いので、安いアジア産のものを取り寄せてもらった。
昨日入荷しましたと電話が来たので、今朝、猫を連れて帰ってから、バイクをバイク屋に持ち込んだ。徒歩15分、車やバイクなら5分もかからない場所まで、30分かけてバイクを押した。
取りに来てもらう出張料の数千円を惜しんだのではなく、たまには自分の体を痛めつけてそういうことをしてみたくなったのだ。
快晴で、風もない暖かい秋の陽射しをいっぱいに浴びて、町外れの道をゆっくり進んでいくと、車や自転車や徒歩の人が私を追い抜いていく。
ちょっと気の毒そうに思っているような視線もあったけれど、何も気にはならなかった。
10分ほど待って、帰りは久しぶりにバイクで走った。汗が風に冷やされていささか寒かったけれど、 気分は爽快だった。Tが免許を取りバイクを買ったら一度は、このあたりの山道をツーリングしなければ、と思った。
寒くなる前にそうできれば良いのだけれど。

猫もバイクも、とことん付き合うしかないか。

 
老人とブログの海

秋の日の

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肌寒い一日です。
今日は行事の振り替えで、仕事はお休み。

妻に言われて、夏に彼女が漬けたブルーベリー酒の実を取り出しました。
ワイルドターキーの空き壜と、汎用の小瓶にブルーべり酒をとりわけ、実は鍋に入れました。
妻が実を煮詰めて、ジャムにしました。

空はどんよりと曇っています。
ブルーベリーを摘んだ暑い夏の日を思い出しながら、ヨーグルトに乗せたジャムを口に含みました。

時間が流れたことを、改めて思い返しました。

老人とブログの海-ブルーベリー酒など