塩イカ考

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50年以上前に東京・世田谷の公立中学に通った。当時は中学に学校給食はなくて、毎日母の手作りの弁当を持っていった。
前夜のおかずを煮なおして、ちょっと新しいものを付け加えて作ってくれた。
時々、鯨の焼き肉や、塩イカがおかずになった。どちらも、御飯の上に乗せてあった。たれや塩味が御飯に染みておいしかった。私はこの二つのおかずがお気に入りだった。どちらも当時は安い食材で、だから前夜のおかずがうまく再利用できない時に、時々弁当に入ったのだと思う。

両方とももう二度と食べられない味だと思っていたら、15年ほど前に私の町のTスーパーで塩イカを見かけた。チェーンを持たない一軒だけの店だが、他にはない変わった食材を時々出している。塩イカも他の店では見かけたことがない。産地でパックされたものではなく、店でラベルを貼ってトレーに入れている。乾物系の棚の隅においてあって、たくさんは売れていないようだ。しかし、ここ数年弁当が不要になって縁が切れていたのに、この春からまた弁当が必要になって見に行ったら、ちゃんとおいてあったから、細々と需要は続いているのだろう。

前の晩から水につけて塩抜きをし、朝焼いて弁当につめる。全形のイカを生干し常態で皮付きのまま、スルメのように開いて塩漬けにしてある。一度に使うには多すぎるので、弁当では、一度はゲソの部分、次には身の部分と二回に分けて使っている。

東京のデパ地下などで探しても全く見つからないので、先日思いついて、ネットで検索してみた。すると、長野県で塩イカが売られているという。但し、皮をむいてワタを抜き、ゲソをはずしてゆでた後、身の中に塩をつめゲソを差し込んで塩漬けにするという。
これは、母が焼いてくれた塩イカつまり今私が食べている塩イカとは違う。ただ長い時間塩抜きをするとか、そういうところは一緒だ。私が食べているような形のものは、ネット検索にはかかってこなかった。

母はどこでどのようにして塩イカと出会い、購入していたのだろう。
塩イカと再会したとき、私は懐かしくて、兄に電話をした。「おお、塩イカな、覚えてるで。」というので、一度送ってみた。しかし私ほどには思い入れがなかったようで、何の感想も帰ってこなかった。
Tスーパーではどんな人が、塩イカを買っているのだろう。
そもそも私が買っている塩イカの素性はなんだろう。
そんなことを考えながら、また昨日も一皿の塩イカを買ってきた。

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星とか蜘蛛とか

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三日続けて早起きをしました。けれど、とうとうオリオン座流星群は見られませんでした。
通勤途中で聞くラジオに、オリオン座流星群の話題が出て、それを聞いた聴取者からのメールが読まれて、また話題が広がっていきました。
私もその気になって早起きをしたのですが、三日とも雲の多い空で、とうとう見られませんでした。もっとも十分程度しか粘らなかったし、空の暗い場所まで移動せず、家の近くで横着したので、努力不足だったかもしれませんが、とにかく最初に雲の多さにがっかりしてしまったのでした。
早起きの一日目に、我が家に来る新聞配達のおじさんと顔を合わせ、言葉を交わしました。
そういえば、ここ一週間ほど小さな蜘蛛と毎日顔を合わせます。
毎日同じ蜘蛛なのは、左の四本の足が二本しか残っていないから分かります。
一週間ほど前、風呂のふたを浴槽に渡しその上に本を置いて読んでいました。その読んでいる私の本の上に天井からつうと糸を引いて小さな蜘蛛が降りてきました。澄ました感じで悠々と降りてきたのですが、本の上にとんと降り立ったところで、本を小さく揺さぶりますと、突然慌てふためいて逃げました。その様子がおかしくて、つい笑ってしまいました。その後も毎日、風呂の壁にいたり天井の隅にいたりします。
昨日も一昨日も、オリオン座流星群を諦めるとすぐに風呂に入りました。
今朝もあの蜘蛛に会えるのでしょうか。
オリオン座流星群の今年のような大量観察は70年に一度だそうで、今年見逃した私はもう見ることができません。
六本足の蜘蛛とも、会わなくなったときが別れです。

大切な出会いも、どうでもいい邂逅も、結局のところ「人生足別離」などと、ちょっとニヒルになりました。






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干し柿

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今朝テラス越しに庭を見たら、妻のつるした干し柿が朝日を浴びていました。

今年は柿の裏年で、小さな木ながら昨年数十個取れた甘柿は、今年はとうとう食べられる実を一つもつけませんでした。隣に立っている渋柿もほとんど実はならなかったのですが、一週間ほど前、赤い実が三つ残っているのを見つけました。
早速枝落しの長柄ばさみを使って採り、妻に渡しました。妻は数年前から干し柿に挑戦していました。
三つの渋柿はその翌日からテラスの軒下にこうしてぶら下がっています。

日ごとに実の透明度がましてきて、そろそろ食べたいと思っていたのですが、今朝見ると真ん中の柿の実が半分千切れていました。
最初は

鳥でもつついたのかと思いましたが、そういえば昨日、「一番おいしそうな柿にカビのようなものが付いた」と妻ががいっていました。
彼女が指でちぎったのかもしれません。

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コスモス

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十月に入ってあちこちでコスモスの群落をみました。
写真に撮っておきたいと思ってるうちに台風が来てしまいました。
遠くから、コスモスが終わりそうとの便りがとどいたので、台風の次の日にコスモスを写しに出かけましたが、あちらこちらのコスモスは皆倒れていました。
昨日、ちょっと出かけた帰りに国道の混雑を避けて山道を走ったら、また立ち上がってきたコスモスの群落を見つけました。
よく見ると花びらはくったりしたものも少なくないのですが、遠めには十分楽しめたので、車から降りてデジカメで写しました。
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お菓子

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先日妻が、「おいしいお菓子をもらったよ」と言って、お茶と一緒に小さな包みを出した。なかなか味が良くてぺろりと食べてしまった。
月に一二度集まっているお仲間の一人が、鎌倉土産に持ってきたらしい。
何個か入っていたパッケージは二人で数回食べたら空になった。
「お土産とかちょっとした挨拶に届けるのに良さそうだから取り寄せたいわね。ネットでお店のことなんか調べておいて」
そう頼まれて調べた。
数日後に、時々読ませていただいている方のブログで、たまたま同じお菓子の紹介を見つけた。
  一口でぱくんといけちゃいそうなサイズだけど
  上下のサブレにはしっかりバターがきいていて
  真ん中のキャラメルは甘さ控えめながら、けっこう濃厚。
  ほんの少しだけ塩気を感じて、それがまた美味。
  くるみがぎっしりでざくざく歯ごたえがいい感じです。
と、上手に紹介してあった。(無断引用です。お叱りを受けた場合は即削除します。)

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中秋の名月

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夕方、西の空に少し赤みが残る時刻に帰宅し、庭に降りてテラスの洗濯物を取り込みました。
東の厚い雲の、少し薄い筋が明るくなっていたので、厚い雲の上に月が出ていると分かり、数日前から「中秋の名月は見られるかどうか」などとラジオが話題にしていたことを思い出しました。
しばらくしてもう一度庭に下りたら、そちこちの雲の切れ間が少しだけ広がっていて、月がさっと顔を見せては隠れます。その有様が雲ひとつ無い晴天の月とはまた違った風情で、しばらく眺めていました。

昨日はひどい雨でした。私はいろいろ家でやるべき用事を抱えていたのですが、午後は出かける予定を作りました。
朝、実家に帰る妻をバス停まで送り、午前中に用事を概ね片付けるつもりでした。しかし、少し家の片付け物をしたころに、水道の修理を頼んである業者が見積もりを持ってきたので、一時間ほど時間がつぶれました。
それで土曜に人には渡すべき用事を済ますことを諦めて、昼頃から出かけました。
車で走り出してしばらくしたら、実家に着いた妻から電話がありました。いつもは夜に電話をよこすのですが、虫が知らせたのかもしれません。
今何してるの?というので、K市に車で向かっていると、適当なことを言いました。何しに行くのと聞かれたので、良いじゃないか、と答えました。ああ、Iさん(元同僚)のところね、などと妻は勝手に納得していました。
水道の見積もりが来たというと、詳しいことを聞きたがったので、今は車だから(ハンドフリーを使っていました)と面倒がったら、じゃあ夕方か夜もう一度電話するわ、と妻が言いました。
夜は家にいないかもしれないと言うと、なぜと問い詰めてきたので、K市からぐるりとあちこち回るかもしれないからと、わけの分からないことを言ったら、私がいないからと羽根を伸ばそうというわけねと妻が絡みました。
いろいろ用事があるのだよ、したいこともあるし、と答えたら、どこへ回るのよと聞くので、まあ、良いじゃないかと言って、電話を切りました。

ETCの支払い記録が届くので私の車での行動は概ね妻に知れてしまいます。
だからあまりいい加減なことはいえません。

昨日は『サマーウォーズ』を観ました。いつも行く映画館で16日までというので、最後のチャンスでした。
映画を観たというと「何を観たの」と習慣的に聞かれるので、昨日は映画を観るとはいえませんでした。「サマーウォーズ」はもう観たことになっているからです。

「サマーウォーズ」は、期待通り面白く見ました。
私には大学時代の友人とその後の職場の元同僚と二人、映画に登場する長野県の名門高校の卒業生がいます。一緒に暮らしていた頃彼らの母校に対するこだわりを目の当たりにしてきたので、なんだか映画の世界にぐっと入ってしまいました。
今、辻井喬の「父の肖像」を読んでいます。地方の古い農家から出てきて中央で政治と経済の中枢に食い込もうとする野心家の姿が生々しく描かれています。
少し世界は違いますが、映画に登場する舞台がどこかでこの小説にも繋がりました。
リアルとバーチャルとの接点が、ちょっと怖く感じられたり、とにかくしゃれた青春ドラマにもなっていて、満足して帰りました。

少し弱くなったけどまだ降り続く雨の中を二時間近く走り、家に近づいた頃、観ていたように妻が電話をしてきました。
今どこ?と聞くので、もうすぐ家と答えました。
仕事があるはずでしょう、映画なんか見ていて良いの、と妻が言いました。映画なんか観てないよと答えると、じゃあ何したのよと聞いてくるので、良いじゃないか何でも、と答えました。
何をしてきたかを答えないことには罪悪感はありませんが、「なんだか、俺は本当にしたいことはいつも、結局ひとりでしているのかなあ。それは彼女としてはちょっとさびしいかな」などとふと思ってしまいました。

満月を一人で見上げて、そんな昨日の感想も思い出しました。

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