ドラマとか

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臨場 と BOSS が終わった。
ブレイン と はんちょう も観ている。どちらも前二者にはちょっと負けるという感じだ。

妻は新・京都迷宮案内とか科捜研の女が好きだった。
私にはテンポが遅くてちょっと物足りない感じ。

そういえば、ドラマじゃないけどソクラテスの人事と50ボイスはお気に入りです。






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室○犀星

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いろんなことが切羽詰っていてあわただしい。そのせいで、探し物ややり残しが増えてさらに気持ちが焦っている。

かえって物事に手がつかなかったり、何からはじめようか途惑ったり、どれから始めてもみんな間に合いそうもなく思えて立ちすくんでしまいそうな時に、ちょいと本に手を出す。

何冊も読みかけの本があるのだけれど、今は、室生○星の「ある少女の死まで(他二編)」を手元においてある。
時々つまみ食いをするように読んでいる。
朝日新聞の記事をキッカケに、町の図書館から借りてきた。
「幼年時代」と「性に目覚める頃」を読み終えた。

「ふるさとは遠きにありて…」の詩は有名だが、彼の小説はあいにく読んだことがなかった。
この二つの小説は、描かれている情景も人の心の動きもとても懐かしく、面白かった。
はらはらもどきどきもしないかわりに、時間を遡って幼馴染や子供の頃身のまわりにいた人々と再会したような思いになった。

マイケル・ジャクノンの死のニュースを聞きながら、なんとなく室生犀○の小説に書かれている世界を思った。
そこには、人々がいつもありふれた死と隣り合わせて暮らしていた時代が描かれている。

老人とブログの海-ある少女の…


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四月に、思いがけず薔薇の鉢植えをいただきました。
小さな鉢からあふれるように三つ花がついていました。
届いたときから開いていたので、しばらくすると花が疲れた様子になりました。
花fが散った後、妻が少し大きな鉢に植え替えて、ヨーグルトの壜の洗い水(魔法の水と称しています)を欠かさずかけていました。
やがて新しいつぼみが見え、見る見る膨らみ始めて、先日、大きな花が咲きました。

この薔薇を別れのしるしに送ってくれたかつてのクライアントに、写真を印刷した葉書で知らせようと思います。

老人とブログの海-ばら
 
 薔薇二曲 北原白秋

      一
  薔薇ノ木ニ
  薔薇ノ花サク。
  
  ナニゴトノ不思議ナケレド。

      二
  薔薇ノ花。
  ナニゴトノ不思議ナケレド。
 
  照リ極マレバ木ヨリコボルル。
  光リコボルル。

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桜桃

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しばらくの間、テレビや新聞で太宰治の話題が続いている。

昨日突然、桜桃とスモモの関係が気になった。
ネットで調べたら、太宰の「桜桃」は「さくらんぼ」だという。調べがついてから、そういえばそうだったと思い出した。それでも、なぜスモモのことを思いついたのかなともう少し粘ってみたら、「桜桃」は「桜梅」のことを指す場合もあり、その場合は「ゆすらうめ」のことで、「ゆすらうめ」はプラム(つまりスモモ)の仲間だと書いてあった。
もともと梅も桜もバラ科の親戚だからどこかで繋がるのは当たり前だが、無理やりにでも繋がって、ちょっと安心した。

高校時代に、文学史の勉強をするみたいに太宰作品を数編読んだけれど、あまり感銘を受けなかった。
大学生になったころ、東大に行った小中時代の秀才の友人が太宰を読んでいるというので、「え。なんで」とちょっとあきれて見せたら、「彼の作品を読んでいると、俺はまだマシだと思えるのだよ」と彼は言った。

就職して何年もたった30代後半に、同僚数名と津軽に懇親旅行に出かけた列車の中で、わざわざ持って行った文庫本で太宰作品を読んだ。何を読んだか思い出せないのだけれど、とにかく、登場する人間の心理描写が新鮮で、書かれてから何十年もたっているのに全く古びていないことに驚いたのだけは覚えている。
私が高校時代に彼の小説から何も感じ取れなかったのは、私の感性が未熟だったからだと、そのとき思い知ったのだった。

「場所もあろうに、夫人の家の鼻の先から他の女と抱き合って浮び上るなどもはや醜態の極である」と、中野好夫は後に書いたそうだが、そしてそれはまさにそのとおりなのだが、それでも太宰治は人々に読まれ続けている。
それは不思議な気がするけど、太宰を嫌った三島由紀夫よりは太宰のほうが素直な人間に思えて、私には好感が持てるのだ。

その人気のありようは、どこか尾崎豊に通じているかもしれない。



通院

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ネコは医者の見立てが正しかったのか、順調に元気を取り戻しています。

妻は、先ほど医者に出かけました。
アレルギーの原因を調べてもらうことにしたようです。
「ネコじゃないような気がするのよね。第一本当にアレルゲンを突き止められるかどうか分からないし」と先日までの意見とは違う言葉を残していきました。
彼女の希望を述べたのかもしれません。
昨日は、朝八時に家を出て、高速にのり、横浜まで妻を届けた後川崎で映画を観ました。
妻が昔の友人の展覧会を見に行き、旧交を温めている間に私は『天使と悪魔』を観ました。
その後私は、平日無料の駐車場があることを理由に横浜のはずれにある巨大ショッピングモールに移動し、少し遅い昼食を一人で済ませた後、書店で本を探していました。
最初は目で探して、だいぶたってから、書籍検索用のモニターで探しました。
探し物がないことが分かったので、文庫本の書架をぶらぶらしていたら、藤沢周平の『春秋山伏記』があったので、不思議な衝動に突き動かされて買ってしまいました。
喫茶店で『春秋~』を読んでいたら妻から電話。
「最寄り駅ついたので今から送迎無料バスでショッピングモールに行きます」というので、もう少し本を読んでから、モールの中にある映画館の前に立ち妻を待ちました。
映画は『はげたか』。妻のたってのリクエストです。
映画が終わってから、フードコート内で世田谷にあるうなぎの老舗の「ひつまぶし」を食べました。

娘が名古屋にいたころ、一度、友人とおいしい「ひつまぶし」を食べました。悲しい出来事の後でしたが、それにもかかわらず(あるいはだからこそ)私にとって初めて食べた本場の「ひつまぶし」の味が、忘れられないものとなりました。

娘の転居の手伝いに行ったとき時に、妻を誘って同じひつまぶしを食べました。妻はその味をとても楽しみました。
東京の銘店が出している「ひつまぶし」もそれなりの味でしたが、妻は名古屋の「ひつまぶし」はおいしかったね、とまた言いました。

妻の買い物を待つ間も、『春秋~』を読んでいました。家に帰っても、何もしないで一時間ほど読んで、さらに布団の中でとうとう読み上げてしまいました。

映画と小説のことはまた書きます。

そういえば、ネコを医者に連れて行きました。
骨などに異常はないようですが、前足の肉球の一部に傷のようなものがるせいかもしれないとの見立てでした。塗り薬と抗生物質の飲み薬で様子を見ることになりました。
今回初めて知ったのですが、妻は月々の生活経費の中から「ネコ貯金」なるものをしているのだそうです。
今回のような不意の出費に備えておく必要があるからだそうです。


心配事

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妻と一日出かけて、夜九時に帰宅した。
玄関に車を止めると、エンジンを切る前から、いつものようにタマが現れて、ドアの前でごろごろと転がって見せるようすがヘッドライトに浮かび上がった。けれど、妻が先に下りてあけたドアからは入らずに、タマは庭に回っていった。いつもの気まぐれである。
家に入り、居間から庭に出入りできるガラス戸をあけると、既に待ち構えていたシロがまず飛び込んで来、続いてゆっくりとタマが入ってきた。餌箱に餌を入れてやって、二匹が並んで食べ始めるのを見ていたらシロの様子がおかしいことに気付いた。最初は何がおかしいのか分からなかったが、ちょっと注視したらすぐに分かった。右の前足をちゃんと床につけないようだ。
特に痛がったりはせず、食欲もちゃんとあるようだが、歩く姿がいかにも不便そうだ。

今朝になっても同じ状態なので、今日は獣医に見せるつもり。
昨日を入れて四日休みが続くのだが、予定はたくさんある。
また一つ面倒な用事が増えたが、故障の原因も分からず心配。

そもそも、この一年ほど妻の目のかゆみがどんどんひどくなって、今では目医者に週一くらいで通院しているが、全くよくならない。
妻は、ネコが原因かもしれないと疑っている。
ネコを可愛がっているので、一種のジレンマに陥っているのだが、ペットを飼うということは、わざわざトラブルの元を抱え込むことだと、改めて思う。
それでも、この二匹はもうすっかり我が家の生活の一部になりきっていて、いまさらあっさりとは切り離せない。

梅雨の晴れ間

テーマ:
六月もまもなく半ばです。
こちらは数日降ったり曇ったりでしたが昨日の夕方から青空が見え始め、今朝はさわやかな晴天です。
気象庁から入梅宣言が出ているのかどうか定かではありませんが、いかにも梅雨の晴れ間という印象です。

先月個展を見るために会った後輩に、一週間して小梅漬けのレシピを送りました。メールで短い返事が来て、そのうち個展を開いた女性と一緒に会いましょうとのことでした。
昨年は小梅が驚くほどたくさん取れたので、梅ジュースも造ったことを思い出して、その数日後に梅ジュースの造り方も改めて送りました。
小梅漬けを作ってしまったのでジュースは来年にすると、また短い返事が来ました。
そのメールに、私たちが個展を見た数日後に、90歳をはるかに超えて、寝たきりになっていたお母さんがなくなっていたことが書いてありました。
老々介護を長く続け、最近介護に疲れて悲鳴を上げていた長姉がずっと母親の枕元で何かを語りかけていたのが涙を誘ったそうです。
先日会った時に、「長姉が介護に疲れて、残った姉妹の誰がどう見るかで、しばらく仲が悪くなったのよね。最近ようやく仲直りできたんだけど」と言っていた事を思い出しました。
メールの「皆が悲しんで母を送れたことを、幸せだと思いました。」という言葉が心に染みました。

オーストラリアからメールが届きました。
昔いろいろ相談に乗っていただ女子大生が、卒業後ワーキングホリデイの制度を利用して滞在しているようです。
人はなぜ生きているのでしょう、と訊ねられました。
彼女の恩師や先輩や恋人は、そんなことを考えてないでどう生きるかを考えたほうがいいと、口をそろえたようでした。

小梅は、本当に一粒もなっていません。
どうしてこんなことが起こるのだろうと不思議な気分です。

足利の事件のこと。なんだか心がざわざわと騒ぐような気分です。

妻が義父の世話に数日実家に行っていました。
行く数日前から彼女は目に見えて気分が苛立つようになり、帰ってきて数日は疲れた表情をしています。
義父は、娘が来ると何をさせて、一緒に何をするかを、事細かに計画していてそのとおりに行かないと不機嫌になります。気性が似ているところもあるこの父娘は結構ぶつかっているようですが、それが妻の仕事だと私は思って、彼女を慰めたりなだめたりしています。

妻は疲れるので嫌がっていましたが、義父は『天使と悪魔』を見たがっていましたので、結局一緒に出かけたようです。
「映画を見た後、『K義父の行きつけの喫茶店。妻と同世代の奇麗な奥さんが一人でやっている)』(にいって昼食を食べて帰宅だ」と、きちんと計画が立っていたそうでした。

映画を見終わると、義父は早速映画館のロビーで携帯を掛け「ああ、ママ?Yです。」と、娘には聞かせたことのない優しく軽やかな調子で切り出して、「後三十分で娘と行くけど昼食にうどんを作ってください」と連絡していたそうです。
妻は、喫茶店の経営者にも「ママ」という呼びかけで言いのかと私に聞きました。良いのではないかと答えましたら、「でもね、掛けたらたまたまお店に珍しくご主人がいて、最初に出たのはご主人だったらしいわよ」と言い、思い出して一人で噴き出していました。

なんだか気持ちが晴れるような晴れないような毎日です。
お天気と同じです。

今日はいくらか良い感じです。