家族

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何十年も前、卒論を書くために東京に残こり、寮の部屋にこもって本やメモの山に埋もれて大晦日を迎えた。
実家では皆が起きていて「紅白歌合戦」のあと「行く年来る年」を見ながら新年を迎えるのが恒例だったので、午前零時を過ぎると、寮の玄関脇の赤電話にたくさんの十円玉を握って行って、家に電話をした。
父が出て思いがけないほど優しい声で「あけましておめでとう。お前が電話をくれてやっと皆がそろったから、これでうちも正月や」と言った。
私は高校三年のときから一人暮らしに入り、もう何年も下宿や寮生活をしていたので、どんどん家族意識は薄れていた。盆と正月の帰省も、いわば親孝行の義理を果たすような感覚だった。
しかしそのときの父の言葉と声は、ずっと私を縛ってきたし、今、子どもたちが離れていくとき、改めて心の中に響いてくる。

今年は、娘の居ない正月になる。

横浜の義父は、義母が死んで二年。一人で正月を迎える。
近くにいる義弟は、自分の家に招くけれど、義父は義母といた部屋でにぎやかだった昔のような正月を送りたいに違いない。

ニュースが『この日夜、飯島さんの父大久保和夫さんが文書でマスコミ各社に伝えた。それによると、家族のみで執り行われたという。和夫さんは「飯島愛としてファンの皆 さまに応援していただきました娘も、(本名の)大久保松恵として私ども家族の元に帰ってまいりました。(中略)今まで娘を応援してくださいましたことを心から感謝します」とつづっている。』と報じていた。

私は家族のあり方についてこだわりの少ない人間だと思いながらも、家族とは何かと、改めて思う。


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孤独死

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元女性タレントが孤独に死んでいた。

まだ人気が上昇中のころ、ある番組の中で「どうせ私の人気なんて一時のもので、私は使い捨ての商品みたいなものだから、稼げるうちに稼いで売れなくなったらさっさとニューヨークヘ行って暮らしたい。」みたいなことを言っていたのを覚えている。

自伝的小説なるものは読んでいない。

率直で飾らない語りは、それなりに面白かった。
彼女が垣間見た自分の未来の姿どおりに生きていれば、よかったのかもしれない。
彼女は自分が当初予想したより少し長く売れすぎていたのではないか。

私は、彼女を、哀れだしかわいそうだと感じた。
もちろんそれは彼女の実像がどうだったかということと関係ない。私は彼女のことをほとんど知らないのだから。
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祭りの後

イベントは盛会のうちに終わった。
普段は出てこない私のようなメンバーもそろって、あれこれ走り回り、来客にも懐かしい顔があったりして、それなりに楽しい時間が過ごせた。

旧友と久しぶりに会って、家族情報など交換した。
私も小さなときからよく知っている彼のお嬢さんが、結婚して離婚したという。
夫に付き合っている女性が出来て、しかもその女性に子どもができてしまったという。
結局お嬢さんは離婚したのだけれど、彼女は心のバランスを崩して、今、リハビリ中なのだそうだ。
父親として何もしてやれないことで、自分にもストレスがたまりそのことがまたお嬢さんを苦しめているような気がするという。


珍しい話ではないのだけれど、娘が結婚したばかりなので、微妙な気持ちでその話を聞いた。

彼は、夜の懇親会にも出るといったが、私は最初からの予定に従い断った。
明後日までは目の回るほど忙しい。



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冬至

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あわただしい日々を送っています。
私としては近年に珍しく、飲み会が二つほど入りました。どちらも、いろいろ勉強になって楽しく面白い飲み会になりました。

一昨日は勤務先の年末恒例のイベントでした。
今日はこれから、所属している文化サークルの、年に一度のイベントです。ずっと不義理をしていましたが今月に入って少しお手伝いに参加しています。今日は終日そのために時間を費やします。

妻が高血圧症のせいか少し体調を崩しがちです。
特別の手助けは今のところしていないのですが、そのこともまたなんとなく生活もあわただしくしています。

年賀状はデザインだけ決まっいます。
今週前半には今年の勤務が終わるので、すべてはそれからです。

入籍した娘からは、先先週末の土曜日に、出張先から電話があったようです。
息子からは無しの礫です。
長い間続いていた我が家の正月の風景もまた変わるでしょう。

年末には私も妻の実家に顔を出して、義父と少し話をしようかと思っています。





録画を見た

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テーマと異なり、テレビの話。

今日もそこそこ疲れて帰宅。
妻は実家へ。
東の夕空の月がきれいだったので、デジカメでパチリ。(しかしどういうわけか、以前のように写らない)

老人とブログの海-月

それから居間にどたりと座り込み、テレビの録画を再生。
一つはNHK朝ドラ「だんだん」。去年一年間、大人になって初めて朝定時の出勤が無い生活を送って、「ちりとてちん」を途中から観るようになり、今年続いて出勤が始まっても録画を利用して「瞳」を見た。その習慣が「だんだん」に受け継がれている。
15分で見て、もう少しぐったりして居たかったので、昨日とって置いた「相棒」。
両方に同じ女優が出演していた。この番組を連続してみるのは、初めてなので奇妙で面白い感覚を、これも初めて味わった。
女優は鈴木砂羽。
「相棒」を見ていて、腕利きの女性ジャーナリストの役が印象的で以前から好きになった。
「だんだん」では、打って変わって芯の強い主婦役。
どちらもうまくやっていると思う。

この記事を書きながらたった今、ネットでこの女優を検索してみた。
映画「いつか読書する日」に出ていた。
主演の田中裕子の少女時代の回想場面で登場する、彼女の男子同級生の父親と情死した母親役は、ホンの一瞬だけしか出ないのだけれど、その登場シーンはとても印象的だった。
タイトルのキャスト一覧でも端役扱いだったが、その母親役が鈴木砂羽だったのだ。
私はますます彼女が好きになった。








本を読みました

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桐野夏生の『グロテスク』を読み終わりました。

忙しい忙しいと言いながら、少しずつ映画を観たり本を読んだりしています。
先日は『young@heart』と『容疑者Xの献身』を観ました。友人の勧める『young~』だけを観て帰るつもりでしたが、夜の地元での予定が急にキャンセルになったので、以前から妻と観ようといっていた『容疑者~』も観てしまいました。
義父の世話と体調の不具合でいつまでたっても妻が出かける予定が立たないので、この映画は妻が望むほどには私は観たかったわけではないし、ほぼ諦めていたのです。
観ることに決めた瞬間には、この映画を観たことは黙っておこうと考えたのですが、結局時間町をしている間に、実家にいる妻に電話をして、「今から『容疑者~』を観るよ」と言いました。
思ったよりもあっさりと「どうぞ」と彼女が応えたのでなんとなくほっとしたのですが、後で聞くと義父がそばに居たのであまり文句を言えなかったそうで、そのときは結構むかついたのだそうです。

『グロテスク』はずいぶん前に、先日記事に書いた、今度出産した女性から借りました。彼女に桐野夏生を教えたのは私ですが、いつの間にか私よりもたくさん桐野夏生を読むようになっていました。
やがて彼女のご主人も何冊か、彼女の買った桐野本を読み始めたのですが、「この人の本を読まれるのはなんだか微妙な気分です。こんな本を面白がるのかと、私の中の、あまり主人には見られたくないぐちゃぐちゃしたモノを見られてしまいそうな気がして」と言っていました。

貸してくれた『グロテスク』が読めなくて、そのせいか、桐野夏生とも少し縁が切れていました。

読めなかったのは、素材やテーマの暗さがちょっと重たかったせいです。
今回読み始めたことにたいした理由は無いのですが、押し詰まってきた忙しさが却って読む気をそそったような気がします。読み出してみると、力のある作家ですから結構面白くて、昔ほどのスピードは出せなくとも十日くらいで上下卷を読んでしまいました。映画を見に行った日の移動時間や待ち時間でずいぶん「はか」がいったような気がします。

『グロテスク』と平行して、それより少し前から『ラジオナメンティ』を読んでいます。これは何十年も前に買った本で、たまにパラパラと開いても、一度もちゃんと読みませんでした。

件の女性は、出産直前に「産前鬱」を体験した。産院でカウンセリングを受けて落ち着いたとメールをくれました。
今は自宅に帰って一人で赤ちゃんを見ています。
「(大変さは)覚悟していたけど、とりあえず早く約一ヶ月検診にこぎつけたい(笑)」と一番最近のメールに書いてありました。
さりげないその一行に、今の彼女の大変さやちょっとした悲鳴みたいなものが聞こえるような気がしました。

数日前に載っていた某新聞の「産後鬱」の記事を紹介しておきました。
私の妻もきっとこんな孤立感を味わっていたのでしょうが、当時の私には全くそれは分かりませんでした。
それでも、妻には義母が居ましたが、彼女には母親は居ませんし、早くに亡くなった母親との関係にはよい記憶もないようなのです。


忙しい

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今週はめちゃめちゃ忙しい。

いつもの仕事に加えて、友人の仕事の広報と文化サークルの広報と知人の子どもの面倒を見ることと。
おまけに妻が猫のワクチン接種も絶対に頼むという。

時々お邪魔しているブログで「牡蠣のオイル漬け」のレシピを見た。絶対作ってみたい。

一緒にバイクで走ったりしていた女性が出産した。赤ちゃんの写真が届いた。
名前に、昔私が彼女に教えた言葉の一字を入れたと、メールに書いてあった。

さて、今日も頑張ろう。