挨拶

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昨夜娘から家に電話がかかってきた。
前の土曜日に役所に出しておいた婚姻届が火曜日になって正式に受け付けられ、22日に遡って受理された、という報告だった。
妻は受話器をとり、旦那が挨拶をしたいといっているから代わるねと聞くと、わざわざ私を呼びに来て、娘の亭主の挨拶をまず私に聞かせようとした。
二度会ったことのある娘の亭主と電話で話すのは初めてだったが、女性のように甲高い彼の声は直接会っているときよりもさらに際立って細く高く聞こえた。
礼儀正しい彼の挨拶を聞き、お祝いを言いこれからもよろしくといって妻に電話を渡した。

電話が終わると、妻が、「さてこれで**子も壬生**子ではなくて○○**子ね」といった。
娘は、「二人とも忙しいので結婚式は少し遅くなりそうだ」といっていたが、私たちは、「もう無理にやらなくても良いような気がなあ」と、なんとなく意見が一致した。

娘からの宿題が残った。
十五年以上前に私の誕生日に贈ってくれた小説『蝿の王』、彼女の大学時代に面白かったからと貸されてそのままになっている小説『バトルロワイヤル』。そして数年前の引越しで見かけて「私の一番の愛読書の一つよ」といわれて借りてきた『女たちのジハード』
どれも読めないでいる。
彼女の結婚までには読み終えて感想を言おうと思っていたのだが、一冊も間に合わなかった。
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寒い朝

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昨夜来の雨は上がっていたけれど、新聞を取りに外に出たらひどく寒い朝だった。

いろいろ続いた身の回りの行事が一段落して、一昨夜は旧友と別れた後一人でスナックに行った。
一時期、一週間とか十日に一度くらいの頻度で通っていた店だったが、ママが昼に別の場所で軽食喫茶を始め、やがてスナックは手放してしまった。
後を受けた新ママは居ぬきで店を買い店の名前も引き継いだというので、だいぶ経ってから、他の店で飲んだ帰りに一度顔を出したことがあった。
運転代行を呼んで貰つつもりだったので、少しビールを飲んでのんで、代行の運転で帰ってきた。

新ママは初対面のひとという感じだったが、どこかで見たような気もした。以前この店にきていた客かもしれないなどと思った。
新ママも「前のママ時代からのお客さんですか」などと言っていた。

二度目は先月で、前回同様「代行を呼んでほしいのだけれど」と入っていった。
前回は一二名の客がいたが、このときはがらんとして誰もいなかった。
ビールを一杯飲んで少しおしゃべりをした。そのうちなじみらしい客が来たので、また代行を呼んでもらって帰った。このとき「前に一度来てもらいましたよね」といわれた。

三度目の今回は、ドアを開ける前からカラオケの声や話し声がしてにぎやかだった。
迷ってからちょっとドアを開けてみたら、小さな店内はほとんど満席だった。それで、すぐにドアを閉めた。
歩き出したら、ママが顔を出して、「今晩は、どうぞ」と背中から声をかけた。
「じゃあ、代行を呼んでもらうだけだけでも。」といって入り、カウンターの一つだけ開いていたいすに滑り込んだ。
すぐにボックスにいた一グループの男から声がかかった。

昔からの顔見知りが仕事仲間と飲んでいた。
ちょっと言葉を交わしたら、かれがとりあえず一杯ご馳走させてくださいと焼酎のボトルを持って出て来たので、それでお湯割をつくってもらって飲みだした。
その後は焼酎のお湯割を注文して何杯か飲んだ。

しばらくして、顔見知りは、私に一声かけてから連れと一緒に出て行った。
見送りに出たママが帰ってきて、「お家は**町ですか」と言った。
「そうですけどどうして?」と聞いたら、「私はオタクの二軒隣のSです」と言われた。

その家に住んでいた家族は、我が家と同じ頃に家を立て、何十年もの近所付き合いだったが、二年ほど前に別の場所に仕事に便利なように家を立て替え、今までの家を知り合いに貸したのだ。
その知り合いは、独身女性で、引っ越してきた時にタオルを持って我が家に挨拶に来たので、私が応対した。
町のどこかで小さな洋品店を経営していると聞いたが、その後はほとんど顔を合わした記憶はなく、ごくまれに車を出し入れする後姿などを観たような気がするが、挨拶を交わしたことも無かった。

びっくりして、「最初にきたときから知っていたの」と聞くと、「一回目もこの間もぜんぜん気付かなかったけれど、今見送ったDさんに聞いたんです。」

二軒となりの女性のスナックにこれからも時々行くかどうか、今はなんとなく微妙な気分で迷っている。

その夜は家に帰ると、妻が寝ないで待っていた。
働いていた頃はそんなことはまったくなかったのに、最近はとみに私の帰り時間などを気にするようになったような気がする。
とりあえず、研究集会や旧友のことなどその日にあったことを少し話し、たまたま行ったスナックのママが二軒隣のSさんだったこともいった。ただし、スナックには一人ではなくその旧友たちと行ったことにした。一人で飲み歩く癖が復活したと思われたくなかったのだ。

新聞を取りに出た寒い朝の、雨上がりの空気の中で、少し体をひねって二軒先のSさんの家の前を見た。
見慣れた赤茶色のワゴン車がひっそりと眠っている。
いつものようにあの車は、昼過ぎまではあそこでじっとしているのだろうと、ぼんやり考えてから家に戻った。




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満月の大きな月の出

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11月15日の『月』という記事に、双葉さんがコメントを下さいました。

そのなかで、「なんか18時頃に東の空に、すっごく大きな(大きく見える)満月があることがあっって、恐いくらいに大きくて綺麗なんですが、何故にあんなに大きく見えるんでしょう???もし、ご存じなら教えて下さい!」とお尋ねがあり、うろ覚えの記憶で「錯覚説」「光の屈折説」を紹介しました。


そうしたら、まるでそれを読んだかのように(全く偶然ですが)、夕陽がなぜ大きく見えるかという疑問への科学的検証が、NHK「解体新ショウー」という番組で放送されました。

要するに

『太陽の大きさを、昼間と夕方に望遠鏡をつかって測ってもまったく同じ。すなわち、夕日が大きく見えるのは錯覚なのです。人は目にした風景のなかに「線の傾き」をみつけると、自動的に脳の中に奥行きのある空間を作ります。夕日が大きく感じるのは、風景の中にある線の傾きによって、太陽をとても遠くにある巨大なものだと脳が認識してしまうからなのです。』ということだそうです。

下記のように、再放送が予定されています。


解体新ショー ▽夕日が大きいのは? ▽アニメキャラがしゃべっていると思うのは?
チャンネル  :BS2
放送日 :2008年11月25日(火)
放送時間 :午後4:00~午後4:30(30分)
ジャンル :情報/ワイドショー>健康・医療  バラエティ>その他  趣味/教育>その他

番組HP: http://www.nhk.or.jp/kaitai/


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いろいろ

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忙しいのか暇なのか分からない生活を送っています。


先週末、職場では、数年に一回の、正規職員にとっては時には将来に関わるかもしれないイベントがあって、数ヶ月前から、皆は結構大変でした。

二年がかりのプログラムの仕上げなので、お手伝い仕事の私に分からないところで、ずっとそれなりの仕事を積み上げてきていたようでした。

準備最後の数日は、私もお手伝いを申し出て、すこしサービス残業などもしました。

昨日の土曜日も引き続いて小さな行事が入っていて、職場は通常勤務でした。それが終わって、一連の行事の慰労のため、懇親会がありました。

昨夜の宴会では、皆解放感を感じていたようで、和やかに盛り上がっていました。私も参加して仲間に入れてもらいました。


先週前半には、二ヶ月以上続いてきた素人スポーツの地域リーグ戦の最終戦があり、その後懇親会が開かれました。


先々週、妻が血圧が高くなって頭がぼうっとすると言って医者に行きました。無くなった義母が高血圧症で何十年も薬を飲んでいたので、妻は自分が薬を飲むようになることをひどく恐れていたのですが、結局「とりあえず」と言われて血圧降下剤を処方されてきました。

彼女はずっと落ち込んでいますが、うまく励ます言葉が見つかりません。


今日は午後、友人主催の研究集会が地元であります。頼まれて「枯れ木も山の賑わい」と思い私も参加します。遠方からそこに参加する旧友が先日電話をかけてきて、集会のあと晩飯を食おうと言いました。

先週から数えると一週間の内に三回も外で飲み食いすることになります。


娘からはその後連絡がありません。

昨日今日あたりは、旦那が引っ越してきて本格的な同居生活が始まるのでしょう。

結婚式がいつになるのかわからないので、お祝いを兼ねて一度食事でもしましょうかと言ってあるのですが、妻の血圧が高くて、出かけることに不安を感じているので、うまく日程が取れるかどうか分かりません。

婚姻届は出したのかなとぼんやり思ったりしています。

娘の姓が変わったのかどうか定かでないというのもなんだか妙な感じです。


何ヶ月も参加しないで失礼をしていた文化サークルの事務局長から、昨日の昼間電話があったようです。

来月には、このサークルの年に一度の大きな公演があるので、手伝う気ならそろそろ顔を出しておかないと、出にくくなりそうです。





テーマ:

13日はこの地方では久しぶりに秋晴れとなった。夜はびっくりするほど美しい満月だった。

翌日職場で二人の人と前夜の月の話になった。

夜、居酒屋とスナックでやはり前夜の月の話が出た。


離れた場所で全く違ったことをしていて、同じ月を見る。

そのことが確認できたときの不思議な心のつながりを、改めて思った。


娘が結婚するという。

式の日取りはまだ未定だが、勤務先などの関係で今月中に入籍するのだという。


頼まれて、遠方にある本籍地から戸籍謄本と抄本を取り寄せた。

娘に送る前に改めて書面を見た。

父と母の名前。私と妻の名前。息子と娘の名前。

次に謄本を取り寄せたときには、娘の名前はここに載っていないのだろうか。

それとも線を引いて消してあるのだろうか。


昨夜、娘からも手紙や書類のやり取りのことで電話があった。

仕事の話や、新しいアパートの話を少しした。

けれど、月の話しは出なかった。

前の夜の月を見たか聞いてみたらよかったなと、今になってちょっと思った。





ホルモン

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十日前、大阪に泊まった。


場所は、大阪から一駅のT駅前のホテル。

ホテルに入る前に近くでおなかに少し何かを入れたかった。

焼き鳥とか焼肉とかを考えていたら「ホルモン」という看板が目に入った。

昔から気になっていて、でも入った記憶のない種類の店なので、入ってみた。


殺風景ないかにも場末の感じで、店の中央にこの字型のカウンターが延びていた。そこの若い女性が二人いた。

頼んだ飲み物や食べ物はカウンターの「コの字」の開いた部分がカーテンの中にのびて入っていて、その奥から出てきた。

焼いたり煮たり刺身で出たり、お任せメニュウで三皿ほど出てきた。まだ出せますといわれたけど、新幹線の中で夕食を済ませていて、すぐにおなかが一杯になったので断った。


ビール大ジョッキ一杯と「ハイボール」一杯で、満足して店を出た。


「ハイボール」は私が若い頃はウィスキーのソーダ割のことだと思い込んでいたが、ここではトニックで割って出てきた。


勘定は2千円しなかったので驚いてしまった。




消えてしまった

テーマ:

ブログを始めた比較的早い頃からちょくちょくお邪魔していたブログが消えていた。


疲れ気味な上に忙しくて、さらにネット接続の調子も悪いというわけで、しばらく訪問しなかった。

今朝、数日振りにアクセスしようとしたら、Ameba by CyberAgent の「存在しないブログIDです」というメッセージが出た。


記憶ははっきりしないが、10月下旬にはまだこのブログには記事の書き込みがあったと思う。

ひところに較べて、記事の書き込みのペースは激減していたが、当分は続きそうな気配だったから、驚いたし、なんとも淋しくもなった。


ブログをやめるという予告は、数日前にせよあったのだろうか。それとも突然にやめなければならない理由があったのだろうか。


三十歳前後の既婚の女性が、同世代の身近な男性の何人かと次々に恋愛を展開していく日記風のブログだった。

最近は上司に近い関係に当たる年上の男性と安定した恋愛関係に入っていた。


夫とはつかず離れずの関係が維持されているようだったけれど、どこかで満たされないものがあったらしい。

「ふしだら」と自己表現していたけれど、本当は多分自分ではそうは思っていなかったのだと思う。


しきりと仕事にも自信を持とうとする、意欲的な生き方に飢えているような印象の女性だった。

ある種の女性がどのような愛を求めているのかがうかがい知られるような気がして、読むだけだったけれど、定期的に訪問していたのだ。


いつも思う。


こうして目の前からブログが消えてしまうと、その人は居ない事になってしまう。

最初から居なかったも同然になってしまう。


でも、生きてさえいれば、どこかで今日も泣いたり笑ったりしながら、暮らしているのに違いない。


それが不思議な気がする。




帰宅

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兵庫で娘の引越しを手伝って、夜11時過ぎに帰宅しました。

妻は実家で父親の介護をした足で、娘のアパートに向かい、二日間転居の手伝いをしました。

私は、勤務が会ったので昨日夜遅く大阪まで行き一泊して今朝合流しました。

荷物の積み出しの今日は、荷物がほぼ片付いた後、業者が摘み黄身に来るまでの間少し畳に横になっていました。そして、一休みした後はそちこちを拭いたり磨いたり、またしゃにむに働いていました。

そういう頑張りを見ていて、私の母のことを思い出しました。

彼女は60歳で癌死しましたが、死亡の二ヶ月前の連休に、遠路はるばる我が家に来て、数日間二歳の息子の子守をしてくれました。この時点では周りも本人も癌のことは気付いていなかったのですが、体がきつくなかったはずは無いのにと今は思います。

こういう頑張り方は、女性特有だと思いました。


旅立ち

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というほどの旅ではないのですが。今日はいつも通りの勤めを終えて、つい先ほど東京行きのバスに乗りました。バスの窓から見えていた美しい夕空がみるみるうちに暗くなって来ました。夕方や夜の出発は侘しくて嫌だなと思いました。昔はむしろ夜行の旅が好きでした。日常から飛び出すのにぴったりの気がしていました。今は家に帰る旅であっても、なんだか心細い気分がしてしまうのです。