ことば

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昨日気まぐれに見た朝のNHK教育テレビ。薬師寺を歌った短歌のコンテストの再放送だった。佐佐木幸綱と俵万智が選者・評者で出ていた。この師弟の出会いと長いつながりのことを思う。

一人の師を得ることの幸運と一人の弟子に恵まれたことの喜び。

おたがいにどちらがどちらだか分からなくなってきている、なんだか、ずっと寄り添ってきた夫婦みたいだと思った。


そこで選ばれた歌の一つが「うすらひ」という言葉を使っていた。技巧的で繊細な歌だったが、書きとめておかなかったのでもうどんな歌だか忘れてしまった。

「うすらひ」ってなんだろうとまず思い、すぐにその意味は想定できた。今朝になって確かめた。見当をつけたことに間違いはなかった。


もう一つは、今朝お邪魔したブログで見かけた。

私も何度か経験のある疾病の一つだった。


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老人もまた

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関東のある町で70代の老人が妻や息子夫婦、孫までを惨殺して捕まった。家族との気持ちの交流がうまくいかなくなって孤立感を強めていたそうだが、それにしても無残な事件だ。
数日前頼まれていた仕事を果たしに、二歳年上の友人宅を訪れた。作業をしながら世相の話になった。
どこで仕入れた情報だか、「年寄りの犯罪や事件が急増しているのだそうだよ」と彼が言った。年寄りの実数の増加を遥かに上回って70歳以上の老人の犯罪が増えているのだという。若者の犯罪が増えているというが、数字の上で見る限りその数は横ばい状態で、通常言われていることは実態とそぐわないのだそうだ。
つまりこれの言いたいことは、「最近の若者は」とか、「最近の教育は」とか言う言説は根拠のない全くの俗説で、老人の犯罪の増加でも分かるように、当節は世の中が仕組みとして狂ってきているのだそうだ。

確かに秋葉原の若者の凶行も千葉県の老人の凶行も、犯人一人の事情にだけ帰するには余りにも深い背景がありそうな気がする。
少なくとも、件の若者は悪名高き不正規雇用の労働者であり、老人は後期高齢者医療制度の対象者だった。

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物の値段

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しょっちゅうペットボトル入りのお茶を買っている。
車を運転しながらたくさん飲むので、気がついた時にスーパーなどで安く売っているのを5本とか6本とかまとめて買っておく。
「おーい○茶」とか「○右衛門」とかがごひいき。
栓を開けた後はすぐに飲んでしまいたいので、大瓶は買わない。だからいつも500mlの壜を買う。もう一回り小さいのでもいいのだけれどそうしないのは、店にもよるけど、量販店やスーパーではしばしば500ml入りのほうが小さいの(350ml?)より安いから。
どうしてそんなことが起きるのかわからない。流通のシステムの関係だろうか。
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さて

月曜日と火曜日は勤務の振り替えなどで休みだったから、少しお疲れ気味の妻と一泊でお出かけ。

映画を二本見ました。

一日目は「マジックアワー」二日目は「ナルニア国物語」

どちらも妻の希望優先です。まあ面白かったです。

一日目の夜に、久しぶりに息子と会いました。私たちの泊まっているホテルに彼が来て夕食を一緒に食べました。

息子はずっと付き合っている彼女を連れてきました。これはサプライズ。

一方息子は直前の私とのメールのやり取りでは、私が一人出かけてきたと思い込んでいたようでした。ホテルのロビーに来て見たら妻がいたので、彼と彼女にとってもまたサプライズ。


今日は、友人と飲んで彼のマンションに泊まります。

何年ぶりかで飲むのですが、泣き上戸の彼の涙に付き合うことになるでしょう。私はもう余り飲まないことにしようと、今から決めています。

明日も仕事です。


箸を洗う

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今朝早く私が目を覚まして起き出したとき、妻も目を覚ました。私が休みの日はゆっくり寝ていたいと思っていた彼女はその後、意に反してなかなか思うように寝付けなかったらしい。結局七時半頃起き出してきた時から、なにやら不満たらたらだった。

一昨日息子と娘に近況報告のメールを打っておいた。昨日娘から電話があった。娘とやり取りをした後、妻は私が打ったメールの内容を知りたがった。メールを打ったこととその内容の概略は昨日の朝に伝えてあったから、それ以上のことは何もないと言った。

朝食時に、息子から返信メールがきていた事を告げ、準備してあったプリントアウトを食卓に持ってくるのを忘れていたので、書斎に取りに立った。

立ち上がった私に妻が、「どんなメールを送ったのかそれも見せてよ」とまた言ったので、「私信は見せられないよ」と答えてダイニングを出た。

プリントを持って戻り妻に見せたら、妻は息子の短いメールを読んでから、彼の健康のことを心配したり、そこに書いてある内容について感想を述べたりした。

その後はたいした会話もなく食事が進んだが、私が何気なく茶を飲むと、向かいに座っている妻が伸び上がるようにして半分ほど飲み干してテーブルの戻した私の茶碗を覗き込んだ。

さりげない動作だったけれど少し気になったので、私は、「勝手に人の茶碗を覗くんじゃない。」と大げさな言い方で冗談を言った。通常、こういうつまらない冗談には妻は余り反応しないのだけれど、今朝は彼女が妙に明るく笑った。

「あなたの態度がむかついたから、さっきそのお茶で箸を洗ってやったのよね。ちょっとだけど。そしたらもの凄く気持ちがすっとしたのよ。こんなことならもっと若いときから、むかつくたびにそうしてればよかったわと思ったの。」

私の飲むお茶に遣いかけの自分の箸を漬けて洗うという行為のどこがどうなのか、私にはさっぱり分からなかった。そんなことより、私のどこにどうむかついたのかの方に関心があったからそれを訊ねた。しかし、もうどうでも良くなったのよとか、忘れたとかいって、余りはっきりはいわなかった。息子と娘宛のメールを見せないことを 「私信」と言う言葉できっぱり拒否したことも、むかついた理由の一つではあったらしい。


けらけらとご機嫌で笑っている妻の顔を見ていると、私はなんだか不思議な気がしてきた。


潔癖癖のある妻にとっては、多分お茶で箸を洗われるという事はとんでもない嫌がらせに類することなのだろう。しかし、さすがに他人からそうされたらちょっと驚くだろうが、妻本人の使いかけの箸をつけたぐらいは、食器の扱いなどにだらしない私の関心の対象に、ほとんどなりえない。



性癖の違いは時にはお互いにとって結構好都合なこともあるのだと思った。



大小いろいろなビンに作っていた梅ジュースの一つが、よく見ると少しあわ立っていた。あわててふたを開けてみるとツンと発酵臭がした。とても残念だったが、梅ごと庭に撒いた。

先日から少しずつ、加熱処理をしてビンにつめ直していたのだが、この壜は少し痛みの進んだ梅を使った分だったからそれがいけなかったのかもしれない。


今のことろ、アーリータイムスのビン三本、いいちこのの壜二本、一升瓶一本分のジュースが出来た。aあと700ccくらい取れそうだ。

 ジュースを採った後のしなびた小梅は煮るとジャムになる。大きな梅と違い種が多いので手間がかかるが、味は悪くなかった。





ジュース

寡黙

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この前ここに書いてから、一週間以上がたってしまった。

毎日の生活はいつも通り続いているのに、ここに書けなくなった理由はなんだろうと思った。

仕事にちょっと疲れていたり、生活のリズムが結構単調になっていたりしているせいもあるかなと思った。

それなら逆にもっと書きたくなりそうなものだとも思った。


この一週間に限れば、秋葉原の悲惨な事件がキーボードに向かう私の手を止めているような気もしている。


理不尽な死を迎えた人たちへの同情。その家族や友人知人の人々の悲しみや怒りへの共感。

そして、犯人の心の、目を覆いたくなるような闇の深さ。

その闇が、どこか遠くから聞こえてくる海鳴りのようなものでうかがい知られるのではなくて、目の前どころか、もしかしたら私の心の中にさえいつぽっかりと開くかもしれないほど身近に感じられた、そのことに身のすくむような恐ろしさを感じているのかもしれない。


友達と会うこと

「人生面白くなく過ごしています。そのうち、20日過ぎくらいに会えますか。」という、微妙な調子のメールが舞い込んだ。

送り手のS氏は働き盛りの勤め人で、十数年付き合っている友人だ。

私が仕事をやめてからは、数年に一度例えば共通の知人の結婚を祝う会とか葬式とか出会うだけで、「そのうち飲みましょう」という話ばかりで、二人で会うことはなかった。

先週末の勤務の最中に受信したので、すぐに返事は出さず、とりあえず家に帰って夕食を食べながら妻に報告した。

「Sさんから20日過ぎに会いたいというメールが来たよ。飲んだら帰ってこれないから彼のマンションに泊まろうかな。」

彼の住んでいる町と私の町は車で1時間半かかる。どちらの街で飲んでも、帰りがとても不便だ。具合の良いことに中間の町に、彼は普段使ってないマンションの部屋を一つ持っている。その町で飲んでカレの部屋に泊まればいいと考えて、まず妻の了解を求めたのだ。

案の定、妻はひどく反対した。

「泊まったりしないで、ちょっと飲んで帰ってきなさいよ」

私は、友人との付き合い方に口を挟まれたことにひどく腹が立って「貴女は昔から、出不精で人見知りがひどい。それは貴女の性分だから私は何もいわない。だからと言って私にまでそれを押し付けて私が友達と会うことに口を挟むのはやめてほしい」と言った。

妻は「貴方が誰とあっても文句はいわないわよ。泊り込んで飲んだりしたら底なしに飲んでしまうから、それが心配なのよ。」と言い返した。

お互いにむっとした状態で会話は途絶えたが、そのうち妻が低い声で言い始めた。

「貴方はいつもそうやって、私をマインドコントロールしようとするのよね。私をだめな人間だと言うように思い込ませて追い込んで、それを面白がっているのでしょう。ずっとそれに騙されてきたけど、もう私はそれに気付いたから、そのマインドコントロールにははまらないけど、昔はつらかったわ。何度も人の前でもののしられて、また貴方に叱られるのではないかといつも心の中でびくびくしていて。」

彼女がそう感じていたことを本当に理解できたのは、このブログをはじめたことによってだった。そして私が彼女の気持ちに気付くことで、彼女は長い間溜め込んできた思いを私に吐き出すことが出来るようになった。

「最近は『少しは』変わったけど、思い出すだけで今でも涙が出るわ。ああ、また涙が出てきちゃった。」

マインドコントロールと言う、懐かしい言葉が出てきてちょっと笑ってしまったが、こうなってしまうと、私はおされ気味になる。

「私は貴女をいじめた記憶はない」などと弱弱しく抗弁しながら、「私が貴方の言う様に人見知りで引きこもりなら、貴方と子供の面倒を見ながら三〇数年も働き続けられたはずがないじゃないでしょう」などと言い募る妻の言葉を聴いていた。

たまたま同じ日に、先月会ってお喋りしたばかりの女性の友人から、「6月の第二週に帰省します。会えますか」とメールが来ていた。

妻が話を転じて「第一、貴方が**さんや○○さんや△△さんと会うといっても、何にも反対もしていないじゃありませんか。貴方の友達づきあいに反対しているんじゃないんですよ。体のことを心配しているんです。」などと私が時々会って話をしている知り合いの女性の名前を列挙して、さらに文句を言った。

そこでそのメールを思い出して、「そういえば**さんからまた帰ってくるというメールが来たから、夕飯でも一緒に食べようと思うのだけれど」と言って、やっと話の矛先をそらした。


その夜S氏には「久しぶりです。ぜひ一杯やりましょう。計画の詳細は来週半ば相談ということで。」とメールを返して時間を稼ぐことにした。


昨夜S氏に電話をした。

20日過ぎごろとメールは書いてあったが、彼は案の定20日が都合が良かったようだ。20日に飲んで彼のマンションに泊まることにした。

妻に告げたら「泊まるのは反対」とまた言ったけれど、二度目の話だからそれ以上は言わずに諦めた。NHKでアルコール依存症の夫とそれを支える妻の話をやっていた直後だったので、あまりタイミングはよくなかったが、「そんなに大酒は飲まないよ」と言う私の言葉を信じるしかないと思ったようだった。



先週末に、古い友人を見舞おうとメールをした。


長い間鬱病の治療をしていてそれはもうかなり良いのだけれど、今度は血中の酸素がひどく低くなる病気で、私が知ったときはもう数ヶ月入院していた。

前回会った数ヶ月前には「いつ出られるか分からない」と言うので「退院したら必ず報せてね」と言っておいた。

一度「間違えてダイヤルしてしまいました。ごめんなさい」と言うメールが、着信履歴に続いて届いたりしていたけど、それは気づいたのが大分後だったから返事も出さなかった。


「最近調子はどうですか」とメールしたら、「酸素が外れて喜んでいます」と返ってきたので、「そちらの都合がよければ今日お見舞いしたい」と再度送ったら、「私もお目にかかりたいのでどうぞ」とのことだった。二時に会う約束で病院に早めに着き、一階の喫茶店で時間をつぶしていたら、いつの間にか新しいメールが届いていた。

「二時に家の前に出て待っています」


私はてっきりまだ病院に居るとばかり思っていたら、彼女は退院して自宅でリハビリをしていたのだ。

「いま病院に居ます、少し遅れるかもしれません」と返事を書いてから、急いで駐車場に戻った。

車で十分ほどの場所に彼女の家があり、結果的には約束の二時に彼女と会えた。


「退院のご挨拶が遅れてすみません」などと言いながら彼女は私の車に乗り込み、彼女のお気に入りの喫茶店で二時間ほど近況やその他のことをお喋りして、また自宅に送り届けて別れた。

退院したのは四月の中ごろで、酸素吸入は医者の処方に従い決まった時間にずっと自宅で処置していたのだと言う。


「毎日何をしているの」と聞くと、リハビリのための散歩とテレビドラマを観ることが日課だと言う。

その話の中で思いがけず「相棒」の話が出た。

いつからか「相棒」の熱心なファンなのだそうで、最近の昼の再放送などをせっせと見ていると言う。

しばらくはその話で盛り上がった。


仕事が急に午前中で終わることになったので、帰路の途中にある病院を見舞う気になってのことだったから、長く話すつもりはなかった。彼女はまだ話したそうだったけれど、後の用事があるからと言って切り上げた。


月曜日には、振り替え休日を利用して以前電話をもらっていた若い友人と会った。就職活動にまつわる相談と言うことだったが、会ってみたら本人の方針はもう決まっていて私の助言などは必要なかったので、ずっと雑談めいたおしゃべりになった。

彼女からは前に映画「相棒」が面白そうですねというメールをもらっていたから、それを話題に乗せてみたら、ずっと水谷豊のファンだったので、と言う。

私の「相棒」に対する面白がり方と微妙に視点がずれているのが面白くて、またしばらく「相棒」話で盛り上がった。


そういえば、しばらく続いている再放送の初期の頃のドラマを何本か見て一種の感慨を覚えた。

たった八年で、劇中の風景は微妙に変わっている。

特に劇中で「杉下右京」がタバコをすっているのを見て、この数年間でタバコをめぐる環境が激しく変わったことを改めて痛感した。


我が家でもまだ時々妻は「相棒」の話を持ち出してくる。


取り留めないテレビドラマが、こんな風に私の生活のいろんな場面で挿入されたフラッシュのように繰り返し登場してくるのがおかしかった。

梅雨の晴れ間

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今日は数日振りに薄日が射しました。

物の本によると、本来の「五月晴れ」とは旧暦の五月つまり今の六月の梅雨の合間に現れる今日のような晴れ間を指したのだとか。

真偽のほどは分かりません。


打ち止めのはずの小梅が相変わらず帰ると流しの縁に置いてあります。最も分量はよほど減りました。


何とか毎日過ごしています。


一昨日は振り替え休日だったので、映画を観ました。

アフタースクール。

まあまあの面白さでした。








昨日今日明日

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ご無沙汰しています。

理由の一は仕事の多忙さ。もう少し続きます。

二は小梅。毎日帰るとその日に妻が拾った小梅が流しにおいてありました。

今日はじめて妻と二人で梅拾いをしました。今年はこれで打ち止めです。

夕方せっせと仕込んでいると妻が笑って言いました。

「他の仕事は何を頼んでも嫌がってなかなかやらないのに、梅のことになるとあなたは本当に夢中ね。」


昨日の朝日新聞に「プリントゴッコ」の製造終了と書いてありました。

一時期、あのおもちゃのような道具でせっせと年賀状を作ったものでした。