五月の午後

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やっと来た土曜日。

数週間気にかかっていた仕事が朝のうちに片付いた。

次の約束があるのだけれど、お昼前に家に帰ってすぐに洗濯物を干してから、庭に下りた。

この間から妻が「小梅がどんどん落ち始めている」と言っていた。特に今週初めの嵐で梅もスモモもかなり実が落ちたようだ。

ざるとボウルを用意して、梅の実をとり始めた。

一昨日から実家に行っている妻が夕方帰ってくる。

久しぶりに朝ゆっくり寝て、おまけに頼まれ仕事も一つ終わって、(他にも理由があるのだけれど)私は少し妻に優しい気持ちになっている。

帰ってくる彼女を驚かそうと思ったのだ。


青い実は少し力を入れないと取れないが、ほんのり色づいた実は指先が触れるか触れないかでほろりと手の中に落ちてくる。青い肌の片頬だけが赤紫に色づいた実は、妙に官能的でさえある。

私はすっかりうれしくなって、どんどん採った。ざるで受けながら取って、少し重くなるとエアコンの室外機の上に置いたボールに移した。

三十分ほどの間で、踏み台などは使わずそのまま手の届く範囲だけとって、台所に運び、ざっとゴミをはずして水につけた。

実の重さは大雑把に計量したら1キロ半。別に50粒を数えて計ったら300グラムだったのでおよそ250粒採ったことになる。

手始めに今夜梅漬けにするつもり。

義父はこの一年ほど毎日一粒ずつ私の小梅漬けを食べている。昨年作らなかったので、我が家の梅漬けの消費も一昨昨年の分が終わって一昨年の分に入っている。

梅の計量とごみ取りが終わり、水につけたところで洗い物の始末。


妻が義母の介護や一人暮らしになった義父の世話に定期的に実家に行くようになって、私が一人で私自身に課したルールの一つが、帰ってきた妻のために留守の間の新聞をそろえておいてやること、洗濯物を済ませておくこと、台所の荒いものを食器棚に片付けておくこと。

妻は掃除と草取りを加えたいようだが、これは拒否。

とりあえずそこまで終わったのでほっとして、パソコンに。

さて、今から出かけます。ブログの更新が滞りがちですが元気です。
小梅1

小梅2

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十三夜

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雨戸を閉めようと、庭に面した南のガラス戸を開けた。テラスを覆っている半透明のプラスティックの波板に明るい光の影がにじんでいた。

あわててサンダルを掃いて庭に降りたら、南の空に十三夜の月が浮かんでいた。


四月に仕事が始まってからずっと月を見ていなかったことに気づいた。





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電話

仕事帰りに車で走っていたら、胸のポケットの携帯がぶるぶるした。

車を道端の空き地に入れて履歴を見たら、しばらく前まで就活問題で相談に乗っていた大学生。

折り返し電話を入れたら、「あ、あのですね、たいしたことじゃないんですけど、今、大丈夫ですか?」

「うん、車を脇に寄せたから大丈夫。」「あ、車でしたか。止めてもらうほどのことじゃないんですけど。」

(そんなの、こっちにはわからんだろ)と思いながら、「あ、別にたいしたことで止めたわけじゃないから。で、何かな?」

「近々、東京へ出ないですか」

「近々っていつごろ?」

「例えば、夏とか」「へ!近々って夏まで入るの?」「いや、そういうわけでもないスけど。」

「今のところ用はないけど、出て行ってもいいよ。五月は無理で、早くて六月かな」

「あ、私もそのほうが良いです」

そんなわけで六月に東京で会うことに。詳細は未定。五月の終わり頃に私から連絡をとることになった。


電話をありがとう。


仕事が忙しくてなかなか記事を更新できません。でも元気です。




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映画

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一昨日妻の実家に行って義父と妻を乗せ、新緑を見に行きました。

その夜は妻の実家に泊まり昨日は午前中に一人で映画を観ました。

朝、何を見ようか迷っていたら、妻が「「靖国」をやっているわよ」と言ったので、それを観ることにしました。

道玄坂を登ってBUNNKAMURAの筋向いのビルに着きました。ビルの前に、窓の格子の入った警備車が一台さりげなく止まっていました。エントランスにガードマンと映画館は配給会社のスタッフらしい人がいました。エレベーターは少し混んでいて、映画館の入り口に着くと人が溜まりはじめていました。

10時前に着いたのに、「10時半からの第一回の切符は完売です、11時からの切符を販売中です。」と言われました。二つの小さな映画館(定員百名強)が同じフロアにあって、三十分遅れで平行上映しているのです。11時からの切符を買い、入場整理の始まる10時45分まで外でコーヒーを飲んでいました。戻ってきたら入り口では、1時半からの切符を販売中ですと案内していました。中に入ると、スクリーンの脇に若いガードマンが一人立って客席を見ていました。映画が始まると彼はスクリーン脇の椅子に座りました。

展覧会や博物館の風景と思えば違和感はないのですが、映画館では初めての経験でした。

映画は良質のドキュメンタリーだったと思います。

先日観た「バンテージ・ポイント」はドキュメンタリー風に作ったサスペンス映画ですが、それより面白かったと感じました。

よく出来たドキュメンタリーは事実の重みを巧みに生かすので、どんな作り物よりも面白いと、改めて感じました。

明白なメッセージを求める人には「ぬるい」映画かも知れませんが、作者の言葉ではなく事実に語らせると言う手法がこの映画の強みであり、今回劇場上映が出来なくなるかもしれないという危機を跳ね返して、連日人を集めている理由だと思いました。

隣に座った7・80歳の白髪の婦人が「初日にきたらお客が長蛇の列で夜にならないとは入れないというので帰ったの。観るのも大変よ」と突然話しかけてきました。

たまたま昨夜NHKの「クローズアップ現代」で映画「靖国」を取り上げました。そのなかで、婦人が言っていた初日の風景が画面に出ました。

私が見た様子よりも遥かに物々しいものでした。


私は映画を観に行くと同時に、映画の上映風景も観に行ったのだったと、改めて思いました。


さくらんぼ

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庭の桜にたくさんさくらんぼがなりました。今までは採ったことがなかったのだけれど、妻にせがまれて、今年はすこし採って見ました。

街で売っているものほど甘くもないし、実も小さいのだけれど、紛れもなく五月の味と香りがしました。

cherry2 cherry1 cherry3







GW

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4月30日に元職場の先輩女性の家に行って予定の倍の時間おしゃべりを聞いてきた。得がたい情報も得たし、残念な話も聞いた。


5月1日に三人の女性が我が家にやってきた。妻は気詰まりになるといけないからと、無理に用を作って彼女らが来る少し前に家を出た。

それぞれ0歳と2歳の子ども母親と一人の独身女性が来た。


行きつけの魚屋からすしの折り詰めを買ってきて、皆でつまみ、彼女らが持ってきたジュースやお菓子も食べながら、それぞれがひたすらしゃべっていた。


私との会話だけでなく自分たちだけの情報交換もたくさんしている。

そんなとき、私は黙って聞いていたり、頓珍漢な質問をしたり、時には蚊帳の外になって、二歳の女の子と遊んでいた。


訪問の終わり近くになって0歳児の母親が言った。

「今は子どもが一番。生きる目標というか、自分が生きている理由が初めて出来た感じ。」


でも、貴女もまたいつかはそれだけでは満たされなく日も来るのだと、私は心の中でつぶやいた。

貴女は子どもによって成長し、やがて子どもを卒業して行く。

あるいは、卒業する以前であっても、子どもだけでなく子ども以外に、仕事とか楽しみとか時には恋を得て、それもまたあなたの生きがいになる。


しかしそんなことは私が今言うべきことではない。彼女が自分で見つけていく答えだ。

むしろ、あっさりと至極自然に、いま、自分の生きる理由を見つけたといえることが素晴らしくて、私の心にはぐっと突き上げるものがあった。

とても印象深かったので、彼女らが帰った後で妻に彼女の言葉をそのまま伝えた。

「ああ、ね。分かるけどそれだけじゃあ先が大変ね。子どもはいつか離れていくのだから。」と妻も言った。


2歳児の母親はもう少し複雑な思いを持っているようだった。ただ、もう一人子どもがほしいと繰り返した。

理由はわからないけれど、その気持ちは切実そうだった。


彼女らが帰る30分ほど前に妻は帰宅し、客に顔を見せてから、コーヒーを入れて出した。


昨日は映画「相棒」を見に出かけた。

私たちと年恰好の似た夫婦が結構たくさんいて、平日のお昼にしてはかなり混んでいた。

ドラマの大ファンの妻は「何よりもこのドラマがたくさんの人たちに支持されているとわかったのがうれしかった」と、後で感想を述べた。

ドラマ自体はまあまあというのが私の受けた感じだったが、事件の背景の設定は結構現代的だったし、これも妻好みの話題だったので、彼女は大のご満悦だった。


あわただしくGWの前半は終了し、後半に突入した。

今日は、三月から宿題になっていた仕事を少しこなした。明日でけりをつけるつもり。

明後日は妻が義父のところに行く。