弥生月末 4 花冷え

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今日は朝から冷たい雨が降っていた。

二時間ほど書斎で身の回りを片付けていて、少し飽きたのでダイニングに行った。台所で洗い物をしていた妻が私を見て、「あの日も雨だったのよ。寒くってね。丁度七年前だったわ。」と言い出した。

何のことか分からずに黙っていたら、「さっきから、雨の音を聞いてずっと思い出していたのよ。あの時は、けちな私が思い切って新しい服を買ったの。天気がよければよかったけど、今日みたいな冷たい雨が降っていたから仕方なくて、その年に何度も着ていた冬物を着ていったのよ。」

それでも黙っていたら「何十年も働いた仕事の、退職の日だから少しは自分にご褒美をあげてもいいと思ったのよね。でもその服は薄くて、あんまり寒いから結局着られなくて。」

「後でも着る機会はあったのでしょうに」

「あんなすその長い服は、私は着ないもの。その直後の四月に、母がこちらに来た時にあげちゃったわ。

母の遺品を調べたら、私の名前をつけた箱にしまってあった。でも何回も着た跡があって、少しは裾もこすれていたから、よかったわ。母は少し改まった席に行く機会も結構あったから。」

「それならよかったね」と相槌を打ったら、話の風向きが変わった。

「その夜は、あなたは呑みに行っていて、私は一人だったのよね。私の大切な記念の日だったのに。」

それは私も覚えていた。

15年ぶりくらいに会う友人がこちらに仕事で来るというので、夜は二人で飲んだのだ。

「妻が30数年働いてきて今日退職したんだ」と、大分飲んだ頃に言ったら「そんな日に悪かったね」と友人が言い、「君と会うのだから女房も分かっているよ」と答えたのも覚えている。

あの夜は何も言わなかったのに、妻はちゃんと根に持っていた。

さらにおまけが追いかけてきた。

「その後三年して、貴方の退職の日は、ご馳走を用意して待っていたのに、若い人たちと焼き肉やなんかに行っちゃって。考えてみるとずっと踏みつけにされてきたわね。」

いつの間にか食卓をはさんで、妻は私の前に座っていた。

お茶を飲み、次々と出てくる妻の思い出話を聞いた。

最近は言いたいことを言い、何かと口うるさくなったが、そんな今と違ってめったに細かいことを言わなかったその頃までの妻が、驚くほどいろんなことを考え気にしていたことを、改めて思い知った。


「さて。」声を出して私は立ち上がった。

妻はまだいっぱい話はあるのだという顔をしていたが、それはまた今度にしようと思ったようだった。

「どうもこの間から肩と腰が痛くて」とつぶやきながら彼女も立ち上がり、再び台所に歩いていった。


書斎に座って窓越しに何気なく眺めると、妻の耕した畑一面にスモモの花が散って、雨にぬれていた。


花びら


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数日前の朝食時に「これでおしまい」と小皿に盛られたいかなごの釘煮を指して妻が言った。数週間前に実家の義父に義母の末妹が送ってきた市販のものを、取り分けて持って帰ってきて、少しずつ出していたのだ。

この妻の叔母は、80歳を超えて関西のとある街のマンションに独居している。終生独身だったので、義母も心配していろいろと面倒を見た。今は義兄に当たる妻の父が何かと気を使っている。


イカナゴの釘煮と我が家の出会いは古いようで新しい。

私が関西で暮らしていた頃(1950年代)も、東京にいた家族が関西に戻って、関西が私の帰省先になってから(1961年以降)も、当時の我が家(実家)でイカナゴの釘煮が出たことはない。

ネットで調べると、イカナゴの釘煮は1960年代から次第に神戸周辺の各家庭で作られるようにあったというから、これは当然のことだ。


私の縁者が神戸近くの町で、奥さんの実家に同居して暮らすようになって数年たったある1990年頃に、突然かなりの量の小魚の佃煮が送られてきた。しょうがの香りの効いた甘辛の佃煮で、温かいご飯に乗せたりお茶漬けで食べた。その縁者の奥さんの母親が作った自家製の「釘煮」だった。

そのとき、いかなごという名前も釘煮という言葉も初めて耳にした。

おいしいので礼を書いて、こちらの特産品などを返礼に送ったら、毎年春になると届くようになった。


十年近く前に、何年か続いていたイカナゴの釘煮が届かなくなった。問い合わせることも出来ずそのままにしていたら、やがて奥さんの母親の訃報が届いた。数年の闘病の末の癌死だった。

そのままイカナゴと我が家の縁は切れてしまった。


昨年の春に、娘の転居にあわせて神戸に行って、土産物屋でイカナゴの佃煮を見た。懐かしくていくつも買い込んで家で食べたり知人へのみやげ物にした。

四月が過ぎてから、わざわざその店に注文してもう一度取り寄せたりした。


昨年末に、私にイカナゴの釘煮を教えてくれた縁者の家庭が崩壊した。

奥さんが家を出て恋人のところに行った。縁者は奥さんの実家に同居していたので、義父を置いて自分も家を出て一人暮らしを始めた。奥さんの父親は独居老人になった。

私は、数度会ったことのある、気性のきっぱりした働き者のあの女性とはもう二度と会うことはないだろう。


妻の叔母の贈り物のおすそ分けを食べながら、私はそんなことなどを回顧した。



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弥生月末 その2

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昨日の夕方、DVDレコーダーのハードディスクにたまった録画を整理していたら、半月くらい前に録画しておいたここいらの地方の紹介番組が出てきた。私の街のある辺りをお笑いタレントたちがゲーム仕立てで紹介して歩いていた。


妻も片付けの仕事をやめ、二人でしばらく見ていたら、見慣れた風景が出てきた。妻はいつも用事のある場所にしか行かないので、長く住んでいてもこの辺りに知らないところが一杯ある。私は出てきた場面がたいていどの辺か見当がついたのでいちいち教えた。

そのうちに、この街では少しは有名な特産品の加工販売店が出てきた。その店はバイパス沿いで街を少し出たところにある。

「ああ、この番組放映直後に、車でここを通って見たばかりだったよね」とつい言ったら、「この番組を見たのも今日が初めてだし、あの店がこんなところにあるのも知らなかったわよ。、だれとそのあたりを走っていたのよ。貴方ホントに怪しいわね。」と妻に言われてしまった。

「えぇ?あなたと一緒じゃなかったっけ?」と言いながら、しかし確かに誰かが助手席で「ああ、あれだあれだ」と指を指して騒いだのを私は改めて思い出していた。

妻はもうその先の話をテレビの画面で追いかけていたが、私は気になってもう少し考え続けていた。

そして、その店を一緒に見たのは、久しぶりにこちらに帰ってきたからお話しましょうと声をかけてくれた昔のクライアントだったことを思い出した。


その日は、昼食にラーメンを食べてから、街外れの山の麓にある喫茶店で二時間ほどお喋りをして街に帰ってきた時に、その前日放映された番組の話になった。彼女は件の店を知らなかったのだけれど、通りすがりに私が、ほらあそこだよと教えたら、そうだ、画面に映っていたのはあの看板だったと彼女が嬌声をあげたのだった。

その女性は妻も私のクライアントとして知っていたので、「そうだ、あの時は彼女とこんなはなしをしたときだった…」などと私は説明を始めたが、妻は「良いわよ、もう。貴方は私と行ったのかだれといったのかもわからないんだから。まるで団○六ね」と言った。

まさかその日の朝読んだばかりの団○六の名前が出てくるとは思わなかったので、私もあきれてしまい口をつぐんだ。


私としては、もう少し話をはっきりさせたくてもう一度蒸し返しかけたけど、「貴方はもうあれもこれもごちゃごちゃで、あきれた話だわ」と、相手にしてもらえなかった。

その女性と話した内容は、東京で見てきたばかりの映画「母べえ」と「ルノワール展」の話などだった。

結構盛り上がっていたのだったけれど、そのことをすっかり忘れていたのだ。


この話はただそれだけのことである。






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弥生月末 その1

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三月から四月にかけての時期は、終わりと始まりの季節だ。あるいは別れと出会いの。


お気に入りの記事や番組のシリーズがいくつか終わった。


朝○新聞土曜特集Beの『愛の○人』。

最終回はなんと「○鬼六」だった。私にも大昔にほんの少し土地勘のあった西永福辺りに彼は住んでいるが、そこに住むようになってから奥さん公認で付き合っていた愛人の話だ。

作家「○鬼六」は英語の教師として出発して純文学を目指しながら、新人賞のような賞を一つとった後は大成できず、SM小説でブレークした。代表作の『花と蛇』は私も長い話の中ほどを読んだことがある。

SM小説断筆宣言後に書かれた、伝説的な将棋指しの生涯を描いた『真剣師・小池重明』も読んだが、これは面白かった。

SM作品を書く前の彼の作品を読んで、ひとの捉えかたが類型的に過ぎる、狙っていた文学賞が取れなかったゆえんではないかと感じた記憶がある。


妻に、「『愛の○人シリーズ』が終わるよ」といったら「貴方はそれが好きだけど私は全然関心ないわ。同じBeでもBusinessページのほうがずっと面白い」と一蹴された。

○鬼六の名前だけは知っていたようなので、「行きつけのスナックで出会った女性を愛人と称して、鬼六自身の好きなように稽古事をさせたり着物を着せたりして、いろんな場所に連れ歩いていたらしいよ。奥さん公認だったらしい」というと、「まあ、むかつく話ね」と言いながら、余り取り合わなかった。

気に入った女性を愛人として自分の好みに「仕立てる」という女性への接し方は、ある種の男の願望や夢のようにもので、先ごろ読んだ谷崎の「蓼食う虫」にもそんな話が出てくる。そういう男のあり方を女性自身がどう受け止めているのか、時代や場所や個性によって異なるのだろうが、もちろん男が思い込んでいるほどその気持ちは単純ではないだろう。

29日の記事に書かれた、鬼六の美しい「愛人」は、彼の好意をありのまま受け入れていたように見えたがある日突然理由不明のまま自殺してしまう。小説ではなくて実際の出来事だったからなんだか無残な話に思えてならない。

鬼六はまたそのことも小説に書くが、これは物書きの宿命みたいなものだから、責めるわけにはいかない。


秋の後半から次第にはまり始めて、年が明けてからは欠かさず見ていたNHK朝ドラ「ちり○てちん」も同じ土曜日に終わった。


映画「息子」(1991.10松竹 日本アカデミー賞最優秀助演女優賞受賞 )で見てから和久井映見のファンになったが、その後はほとんどコマーシャルで見る程度だった。

すっかりお母さん役にはまった彼女を見て、時間の流れをしみじみと感じていた。


しかし、この話の結末には不満だった。

ヒロインは自分らしさを探して、落語の世界に飛び込み、どじでへたれな人柄にもかかわらず周りの人たちに助けられ励まし、知らず知らずに自分も仲間を支えてやがて自分の本当になりたいものを探す。

この、現代の女性の自己啓発ストーリーの終着点が、妊娠をして母になり、お母さん(そして落語家のおかみさん)になって、「お母さんみたいな人生を送りたくないんや」と叫んで飛び出したふるさとの母親に回帰することなのだ。

多分それが、この国の多くの女性の幸せな人生の一つの姿なのだろうと思う。

ドラマはそこで終わって、めでたしめでたしだけれど、現実の生活はその後も続いていく。むしろ、いったん住み着いたその場所に安住できずに(その理由は、女性自身にもあるだろうし、周りの人々にもあるだろうけれど)奮闘している女性にこそ何かメッセージを贈れなかったのか。

私はそう思った。

そうしないと、男はまたこの話に甘えるのではないかと思ったのだ。







どこにいても

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気になる歌を聴いたので調べてみた。


「こここにいるよ」と「そばにいるね」の関係が分からない。

どちらかがもう一つへのアンサーソングなのか?


私の耳には同じ歌に聞こえたけど、歌詞を文字で確かめてみると言葉が微妙に違っている。違っているけど、語彙がずいぶんかぶっている。


「不器用な俺」なんて、自分で言ってしまったらただの言い訳か自己弁護だよ、と突っ込んでみたりもしたが、歌として聞いていると、なかなか素直で切ない。


少し前に「つながっているからね」というフレーズのリフレインが胸を打った歌があった。


そういう気持ちって理屈じゃないのだと、当たり前のことを考えて、勝手に納得。

相手の姿が見えようが見えまいが、実際にどこに居るにせよ、お互いに確かにそばにいると信じきれないので、この歌が流行っているのだろうな、とも思った。

帰還

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昨日、大腸ポリープを一つとりました。

病院に一泊して今日帰って来ました。たいした手術ではないので、医師も看護師も私のことなどほとんどかまってくれませんでした。

それでも、夕方以後病院内をあっちこっち歩こうと思っていたら、看護師に見抜かれて、今日は動き回ったらだめですよと釘を刺されました。

おかげで読みかけのミステリーを一冊読み終わりました。


朝から何も食べていなかったので、夕食を心待ちにしていました。

メニューはおもゆと澄し汁とミルクココアと抹茶プリン(濃厚流動食)でした。かなり愕然としましたが、逆に、治療のため病院にいるのだということをようやく自覚させられました。


食事が終わって一息ついてから電話を掛けにエレベーターホールに出ました。ちょっとした待合所のようになっているのですがそこの長いすに5・6人の縁者らしい集団が座っていました。一人ひとりの表情は違っていましたが、そのうちの何人かは明らかに泣いていました。

何があったのかは分かりませんが、病院は人々の苦しみと悲しみの寄り集まるところだと、改めて思いました。

医師はもちろんのこと、看護師や病棟クラークやヘルパーや施設管理の人々を含めて、この場所で働き続ける人々はいつもそれらと向き合っているのだなと思いました。


私は次の日には何事もなく病院を出ることが分かっていたのですが、私の知人は同じ病棟の違う階にもう2ヶ月も入っているのです。

私はそのことを知っていましたが、今度の入院を彼女には連絡しませんでした。ところが、夜になって彼女から電話が入りました。些細なことの問い合わせでしたから答えてしまえば終わりだったのですが、つい「今、私も同じ病棟にいるよ」といってしまいました。

そして、一回ロビーで待ち合わせてしばらくおしゃべりをしました。

お互いに疲れないようにと15分程度で終わりにして、明日私の退院前にちょっとまた会いましょうといって別れました。有料テレビの利用カードの残り分を上げるつもりでした。


朝起きたら携帯にメールが入っていて、熱が出ました。お目にかかれないのでカードは病棟クラークに預けてください。とありました。

帰り支度をしてから、彼女の病室の階に行き、ナースステーションで用件を言ったらクラークが看護師に確認して、「病室で面会可能ですからご自分で渡してください」と言いました。

仕方なく部屋に行って、4人部屋の外から声をかけたら、一番廊下側のカーテンの中から返事が聞こえました。

「壬生です。ナースステーションに行ったらご自分で渡してくださいといわれたので。」というと、「どうも」とカーテンが開きました。

「お大事に」「壬生さんもお大事に」と声だけ交わして帰ってきました。

彼女は後どれだけ病院にいるのか分かりません。

熱が出ただけではなくて、病院から出て行く私に会いたくなかったのかもしれないと思ったりしました。


街は明るくて人々が元気に行きかっていました。昨日の朝も見ていた風景なのに、久しぶりのような気がしました。

一週間の断酒くらいはちゃんと守らなければ罰が当たると思いました。





「赤朽葉家の伝説」を読んでいたら、31ページの下の段に『マッカーサーがこの国を新しい形につくりかえ、「老兵は死なず、ただ立ち去るのみ」という言葉を残して去った。』という一文があった。

マッカーサーはそれが何者であるかは知らずとも、私が物心ついたときにはその名前はこの国を覆い尽くしていたから、私は彼が最後に残したといわれる言葉も少年時代からよく知っていた。

しかし、この本に書かれている言葉は私が記憶していたそれと違っていた。

私は「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と覚えていた。


「赤朽葉家」を読み始めた早い段階でこの言葉に出合って、すぐに私は妻に聞いてみた。

彼女も「…消え去るのみ」と言った。


ネットで検索してみた。両方の訳が出ていた。「消え去るのみ」以外の訳があることさえ知らなかったのだから、どちらが適訳かなどとは考えることも出来ない。ただし、「立ち去るのみ」は大分後で出てきた訳だと思う。


ヒロインの赤朽葉万葉は、およそ私と同じ年齢という設定のようだ。


私が現実にこの目で見聞きし、あるいはリアルタイムでニュースに聞いた馴染み深い出来事が、「遠い日の伝説」として語られている小説を読むのは、なんとも奇妙な体験だった。


老兵は死なず、ただ消え去るのみ(Old soldiers never die; they just fade away.)


その後、長い話しを読み続けながら、この言葉が頭の中で、ずっとくるくると回っていた。


伝説

伝説の時代

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昨日、妻のために借りてあった本を返しに図書館に行った。

図書館からは当分本を借りないと密かに決めてあったので、返すだけにして出てくるはずだったのについ書庫に入ってしまった。

結局、長野まゆみの「ユーモレスク」と桜庭一樹の「赤朽葉家の伝説」を借りてきてしまった。

おまけに、昨日から今日にかけてこの二冊を一気に読んでしまった。


まったく偶然に選んだ小説の二人の女性作家が、そろって繊細で美しい男の同性愛者を登場させていることに興味を引かれた。


彼らはある種の被抑圧者として、女性の共感を呼んでいるように見えた。



読了

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ようやく『私の男』(桜庭一樹)を読み終えた。

究極のファザコン物語というコピーに惹かれて手にしたのだが、読み初めてすぐに「ちょっと違ったかな」と思った。

謎とき風の物語なので、ネタばれを気にして、本当はどうなのかは書かないことにする。


読了から一夜明けて今朝思ったこと。


作品の中では主人公の父が主人公を「おまえはおれのものだから」と何度も言う。主人公も自分が誰かのものだと思えることに底知れない安堵感を持つ。それなのにタイトルは「私の男」。

そこに作者の思いがあるような気がした。


小説の中でぶつかり合う価値観の一方の対極に神とか倫理観とかがあり、そのシンボルみたいな長老が物語に登場する。

彼が作品中で言った何気ない言葉の一つ。

「男は一つの場所に住み着いて根をはやすけれど、女はあちこちに嫁に行くので、それで親戚が増えるのだよ」

少女だった主人公がこの長老に遠くの親戚って何と訊ねたことへの答えだ。

現実には男もあちこちに行くのだけれど、この人物の一方的な物言いに、作者(男みたいな名前だが女性)の女性観が集約的に述べられているような気がした。

女性が自らのアイデンティティーを確立できないように仕組まれた社会の現実と、その中でもだえ続ける女性の象徴としての主人公。


最初から何者でもない(家族にも属せない)者として生み出された彼女が自分を確認するためには、神とか倫理とかをまったく無視し、あるいは拒否するしかなかったという、一見特異な主人公の半生は、実は現代の女性全般が直面している普遍的な葛藤そのものなのかもしれない。


最初は、猟奇的でインモラルな偏愛を描いた小説と思えたものが、そう読み取れたときには、ずいぶん分かりやすい話に見えてきた。


男が紛れもない自分に行き着くことだってそれほど易しいことではないけれど、少なくとも男は小さいときからそう努力するように、うるさくしつけられている。

女性に固有の困難は、むしろ女性というものはそうしてはいけないとかそうするものではないという圧力を、陰に陽に受け続けてきたことかもしれないと思った。

この、現代的な不道徳小説をよんで、平塚雷鳥も叫んだ古くて新しいテーマが、彼女とは違ったやり方で生々しく語られているという気がしたのである。



隠れ酒

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先日の人間ドックで真正メタボと認定された。妻の私に対する食生活管理は一層気合が入り始めた。


それに先立つ何ヶ月か前から、夜になると冷蔵庫の冷蔵室に、発泡酒が一缶立つようになった。私は夕食が終わり、ひとしき話をしたりテレビを見たりした後で、つまみを自分で探したり作ったりしながらこれを飲む。

それで本日の飲酒は終わり、という妻の算段だ。


そのとおりに治まることも多いのだが、書斎にウィスキーや焼酎のお湯割を持ち込んでさらに上積みすることも時々ある。そんなときはどういうわけか気配を察知して、支度の段階で妻がやってきてあれこれうるさいことを言う。


先日、昔の職場の先輩からちょっとした手伝いを頼まれた。お世話になった女性なので、気楽にやってあげたら、もらい物だけどねと、「熟成ふなぐち菊水一番しぼり」なるお酒720ml壜を一本くれた。


日本酒は飲まないので、我が家ではいただいた酒はどんなに上等でも皆料理に使ってしまう。

しかし、今回は少し気が変わって、一口飲んでみた。甘くてまろやかな味がした。

下戸の妻にも飲ませたら、甘くておいしいという。

これは料理に使わないでちびちび飲むことにしようということになった。

壜にも冷で飲めと書いてあるから手間要らずだ。


その酒を私が隠れて飲んでいた。


年が変わった頃から、夕食後の洗い物は私の仕事になった。

妻がテレビを見たり本を読んだりしている間に私が台所で洗物をする。

たいてい食事の直後ではなくて、テレビを見て、書斎で少しパソコンなどに触って、十時頃からだ。時には風呂から上がった後になったりもする。

その時に、水道の水音に隠れて、茶碗に酒類を注ぎ脇において飲みながら洗物をする。書斎に持ち込むより手軽だし、これがなんともいえない。

まるでキッチンドランカーだ。


今まで、たいていは自家製の梅酢をお湯割の焼酎に少し落として飲んでいた。

ところが、電気仕掛けのポットの音を耳聡く聞きつけて、しばしば妻が現場を押さえに居間からやってくる。


その点、菊水はそのまま茶碗に注げば良いから、音も気配もしないのだ。


とうとう、妻がほとんど飲まない間に菊水は空になってしまった。

昨夜その最後の一絞りを注いでいるところに、何の弾みか妻が来た。

妻は壜が空になっていたことに驚き、発泡酒を一缶だけ出しておくことで私の飲酒量をコントロールできていると錯覚していたことに気付いて、ひどく怒った。


「もうビール(発泡酒だよ!)は買わないからね」と騒いだ。

私は何もいわずに書斎に逃げ込んだ。

昨夜は寝るまで、何度も文句を言っていた。


今夜、洗い物に立って冷蔵庫を開けたらいつもの場所にちゃんと発泡酒がたっていた。

私はその発泡酒を飲んだ後、また隠れて焼酎のお湯割りに梅酢をたらして飲んだ。


妙な癖がついてしまった。