夕べの月

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私の町は午後雲ひとつない快晴となった。

風は強かったが暖かくて、春先みたいな天気だ。

今しがた帰宅して庭から東の空を見上げたら、隣家の屋根の上に満月前夜の月が浮かんでいた。

日脚が伸びて、西空にはまだ陽射しが残っているのに、月は明るくそして、なぜか物悲しかった。


夕月


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芸名

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職場で、昨日観た『赤い鯨と白い蛇』の話をした。

私が「悠木千帆はいいね」と言ったら、30歳の同僚は「その人は知りません」と言った。

あんな個性的で有名な女優を知らないなんて…と思って話が進むうちに、ふと樹木希林という名前が出た。

「ああ、樹木希林なら知ってますよ。あの人、昔は悠木千帆っていったんですか?」と言われて、また歳を痛感した。


そういうわけで昨日の記事も、悠木千帆改め樹木希林です。

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夜に

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何かがあったということではないのですがふと、「あなたが何を考えているのか、気持ちが分からないわ」と妻がつぶやきました。

非難とか抗議とか嘆きではなく、ふと漏れてきた感慨でした。


妻は、もともと人の気持ちを一生懸命に推し量ってそれに応えようとするタイプです。

私は人といつも少し距離をとって、まず自分のしたいことがムリしない範囲でどこまで出来るかを考え、その実現を可能な限り追い求めるタイプです。

何十年もそのちぐはぐさを何とかつなぎ合わせてやってきたのです。

「あなたも私のことがきっと分からないのだろうけれど」と妻は続けました。いや、もしかしたら「あなたには私のことがよく分かっているのかもしれないけれど」と続けたのかもしれません。

布団の中でのことでしたし、私は半分寝かかっていましたから今になってみるとどちらだったかよく思い出せません。

しかし、どちらにせよ。

私はネコが飼い主に寄り添うように、自分に都合のいいように彼女に寄り添ってきたのかもしれません。だから彼女が「あなたの気持ちが分からない」と繰り返し悩むように悩んだことは、ないのです。


妻は2月に私が一人で出かけると言ったので、その費用をどう家計からひねり出すか考えているのだそうです。

私は自分で出すからと言ったのですが、娘の用事も少し手伝うので家計から出すことにしたのだそうです。

妻はせっせと勝手に考えて、私はそれにお気楽に乗っかっています。






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映画

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岩波ホールで「赤い鯨と白い蛇」を観ました。

監督の思いをそのまま映して、老境に入った女性の静かな呟きを聞くような感触の映画でした。

悠木千帆は本当に面白いと思いました。


さて

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仕事がお休みなので、一人で東京に出て映画を観ます。

夜にはこちらで約束があるので、いそいで帰らなければなりません。買い物を少々したいけど出来るかな。

企みは粉砕された

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娘をだしにして、小さな一人旅をしようかなと思った。

一泊は娘と同宿して本来の用事を済ませ、後二泊は一人でと考えて娘と時間や日程を調整していたら、そばで電話を聞いていた妻が「調子いいわね。どうせなら一週間ぐらいあちこちで泊ったら」と言った。

やむを得ず、一泊減らして、いろいろ窮屈になった。

さて、…。

雑談

一昨日、職場で30歳になる女性と雑談をしていた。

子どもの出る映画が好きだというので、映画「少女の髪留め」の話になった。(ここからさき、映画のネタバレあり)

『冬のテヘラン。17歳の若者ラティフの仕事は、建設現場でのお茶くみや買い出しなどの下働き。ある日、工事現場で転落事故があり、作業員のナジャフが骨折する。働けなくなったナジャフの代わりに、その息子という少年ラーマトがやってきた。しかしラーマトは力仕事ができず、お茶くみの仕事をラティフと交替することに。楽な仕事を奪われたラティフは面白くない。しかし偶然、ラティフはラーマトが実は女の子であることを知る。そして彼の心の中に、淡い恋ごころが芽生え始めた。』 という話だが、結局少年の献身と思慕の想いをちゃんとは知らないままに少女は去っていく。

「ああ観ましたよ、まあ、いい映画ですね。」と彼女。

「女性はいつもあんなふうに男の心など全く気にも留めずに去っていくものだと、少年時代には思い定めていたものだから、懐かしくて」と私。

「へえ。壬生さんの『今日の一言』は『女性はいつもあんなふうに男の心など全く気にも留めずに去っていくものだ』発言と決めました。」と彼女。



日々の出来事

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昨夜、義妹から珍しく電話が来た。義母の病状が悪化してからは毎日妻が連絡を取り合っていたが、その義母が死んでからはまた以前のように、めったに電話を掛け合うこともなかった。

電話は、彼女の息子つまり甥が義父と会ったら、いつになく弱気な発言が多かったので気になったという話だった。

もしかしたら老人性の鬱が始まったのかもしれないと、ふと思った。妻はひどく心配し始めた。もともと明後日(今日からみれば明日)からまた実家に数日帰る予定だったが、その間の一日が気がかりだと言っていた。

彼女がこちらに戻る日をどうするのか、多分むこうでまた悩むだろう。

妻は実家にいるとひどく疲れるので、二日か三日で帰ってきてまた出直すという風にしている。もちろん今回もそれでもいいし、彼女自身の判断に任せるから実家の滞在が長くなってもいいよと伝えたかった。

しかし、先日から、「あなたは私が家を空けるのを楽しみにしてるみたいね。」などと冗談めかして妻は言っている。

出口のない状況に対する不安や不満が少しずつたまっているにちがいない。

だから、ただ単純に「なんだったらゆっくりしてきてもいいよ」とは言いたくなかった。


今朝、「あなたが向こうから帰ってきて僕の顔を見てほっとするように、僕も、あなたが何日か留守にすると、いつ帰ってくるかなあと待つような気持ちになるんだよ。まあでも、お義父さんの様子によっては少し長くなってもいいからね。」と言った。

妻は「今回は特にダメダメ。第一来週は仕事だし。」とさらりと答えた。


私は結婚いらい一度も、妻の留守を困ったとかさびしいとか思うことはなかったと思う。

上手ではなくとも家事は全部こなせたし、もともと一人暮らしが長かったので、一人の時間は全く苦にならなかった。

子育ての大変な時期には、妻の留守はそれなりに苦労もしたけど、私が外に出るときには同じ苦労を妻がしているので、それは仕方が無いと思った。(第一私の外泊などに比べて妻のそれは圧倒的に少なかった)


しかし、今朝言った言葉はただの妻への思いやりではなく、最近時々実際にそう感じていた気持ちを、そのまま伝えたのだ。


そう感じていることも、またそれを伝えようとすることも、我ながら不思議な気がした。

しかも以前ならつよく感じたであろう照れくささや気恥ずかしさも全く感じなかった。


夕方、仕事から帰って食堂にいたら、妻が寄ってきて、お茶を入れた。それから、「今朝のあなたの言葉、結婚してから初めて言われたわ。そして、一日中その言葉のことを考えていたわ。」と言った。


妻にはまた、義父のことで心の揺れ動くつらい日々が早晩始まるに違いない。

そう思えば、今朝の私の言葉が妻を元気づけ喜ばすことが出来たとしたら、それはそれで悪くなかったと私は思った。


ねこ

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チビネコのシロが入院中。

妻は、タマが落ち着かずにシロを探していると言う。

そんなはずはない。ネコにはそういう習性はないはずだ。私はそう思う。

しかし、夜みゃあみゃあないたり外と家とをひっきりなしに行き来する様子を見ていると、そう取れないことはない。


本当の気持ちは分からない。ただ解釈するだけだ。