さぼる

テーマ:

朝起きたらまだ頭が少しぼうっとしていました。


布団の中から「もうすこしねていなさいよ」と声を掛けてきた妻に、「今日も休むよ」といいました。

口にすることで、一瞬の思いつきが決意になり決定になりました。

その後はずっと、ほっとしたのと同時に、仕事を休んだときにいつも感じていた罪悪感に襲われています。


さっき上司に当たる方の携帯に電話を入れました。

「おはようございます。まだ本調子ではないので、もう一日休ませていただきたいのですが。」

「…。あ、そうですか、分かりました。どうぞお大事に」

ほんの一瞬間があって、了解の言葉が帰ってきました。

たいしたことのない手伝い仕事だからと自分でも思いながら、最近は少しはそれなりの役割も果たしているような気もしていたし…などとぐずぐず考えています。


この後は割り切って、のんびり身体を休めて、喪中葉書の宛名書きなどしようと思います。

AD



 26日と28日に記事で触れた図書券が戻ってきました。

 あて先のアパートの部屋番号が違っていて、本人を確認しようと連絡を入れたけど、連絡が取れなかったので、届け先の配達局にとめて置いたらしいのです。「配達先確認が取れませんので一旦お返しします」との付箋がついていました。

 こちらのミスですから、先に照会した郵便局には手紙が返送されたとのお礼と謝罪の連絡をを入れました。

 しかし付いていたメモをよく見たら、投函の翌々日の15日には誤記された部屋番号の相手に確認の連絡を取ろうとして果たさず、22日まで保管となっています。

 その後で発信者に連絡なり返送なリしてくれていれば、今回の手間はなかったことになります。

 22日以降はどうしようとしていたのだろうか?結果として私が今回問い合わせたからこの手紙は戻ってきたのだと思うのだけれど、問い合わせなければどうなっていたのでしょうか?

 とにかく、私の不注意から起こった出来事ですが。

照会中


 さて、25日の「懐かしい言葉たち 」の記事にいただいたコメントののやりとりで、じゅんさんに対して『おてしょ』という言葉を持ち出したところ、双葉さんから『旦那のおばあちゃん(神戸の人)が、小皿のことを、おてしょと呼んでいた様な気がします。違うか…。』とレスをいただきました。

 それでこの言葉が最近まで全国区だったことが分かりました。

 おっしゃるとおり小皿のことです。

 語源も分かっていて、「手塩をのせておく皿」の意だそうです。

 料理や食堂関係の方ならば、自分ではふだん使わなくとも承知していることかもしれません。

 ただそれを日常語として使っているということが、興味深かったのです。


 今日は、一日ぼんやりしていました。


 先日から、喪中の欠礼葉書がどんどん届きます。

 我が家でも作りましたが、日付を12月にして月が替わったら出そうと考えていました。 妻は少し焦りだしています。

 この葉書、昔からこんなに早く出したものだったでしょうか?

 気のせいかどんどん早くなっているようにおもえるのですが…

AD

お休み

テーマ:

今日は休みを取りました

風邪気味でもあるけどやはり疲れているのだと思いました。


11月の土日の記録を振り返ってみました。

3日東京で散策。夜妻の実家泊まり。4日妻の実家で納骨。5日自宅に帰って結婚披露宴。

11日東京で演劇と映画。新宿のビジネスホテル泊まり。12日知人と食事。

18日平常勤務19日今月はじめて自宅に一日いたが、翌日からの旅行のため家の整理と片付けで慌しく動いた。

その後2泊3日の温泉旅行。

25日平常勤務26日昔の同僚の主宰する講演会に参加。

その間の日はずべて平常勤務でした。


10年前まではなんでもなかったこのくらいのスケジュールが、いまはずしんと効いてきたようです。


世の中の偉い人たちの中には70過ぎてもこのくらいの仕事やあそびをこなしている人間はたくさんいますが、私はなまくらなのでその人たちと同じようには出来ません。


妻は友人との稽古事に出かけました。その後彼女らと一緒に昼食を食べて夕方帰ってくるそうです。


根っからの貧乏性で、じっとしていると何かしなければいけないような気がしてくるのですが、今日は病気を理由に休みを取りましたから、少し大人しくしていようと思います。


AD

不調

今月の12日の朝は新宿四丁目にいた 。そしてネットカフェでこのブログに、これから人と会いますと書いた。

その人は20代前半のの女性で、昼過ぎに東京近郊の都市で待ち合わせ、いろいろと人生のことなどを話し合った。

焼き肉レストランでランチセットを食べたが、いつもお世話になっているからと、どうしても費用を私に払わせなかった。

子猫の病気のこともあり3時には別れて私は帰宅した。


お金を使わせたのが悪いと思ったので、翌日わずかばかりの図書券を送った。三日ほど待ったが何の連絡もなかった。先週の水曜日に取り留めない用件でメールを打った。図書券については全く触れていないありふれた返事が帰ってきた。もしかしたらと思い木曜日に、「先日図書券を送ったが届いているだろうか、住所を誤記した恐れもあるので」とメールをした。「え!?届いていません」と返事が来た。


金曜日に郵便局へ電話をした。

「***という住所へ私信を送ったが届いていないようだ。書留などでなく普通郵便だが調べられるか?」

「申し訳ありませんでした。早速調べますので詳細をお知らせください」というやり取りになった。

投函した日付と封筒の様子と切手の様子と相手の住所を教えた。

相手の女性にも、郵便局に調査を依頼したので問い合わせが行く可能性がありますとメールをした。


投函した日が月曜だということははっきり覚えていた。封書の作成は図書券を購入した書店の駐車場で、車の中でしたのだけれど、重量が気になってわざわざ家の近くの郵便局で測ってもらって、そのまま局員に投函を依頼したことまで話した。

今日になって、投函した日付を一週間間違えて言っていたことに気付いた。

11月6日に投函したといってしまったのだ。

これでは調査など出来ないだろう。


明日朝郵便局に電話で連絡しようと思う。

しかし掛りは腹が立つだろう。もう調べる気もしなくなるのではないだろうか。

いろいろ考えて少しへこんだ。


ずっと土日も遊びほうけていたり仕事だったりして、疲労がたまって体調もよくない。

鼻の奥がひりひりする。どうやら炎症をおこしているらしい。

私の風邪はしばしばこのようにして始まる。

明日は職場で特別に勤務の延長を依頼されている。やすむわけにはいかない。


早く寝ようと考えてから一時間以上もぐずぐずしていた。

夕方までは比較的よい一日だったのに、今は万事に不調である。


懐かしい言葉たち

テーマ:

友人から美しい紅葉の写真が届いた。

私が温泉で見たもみじの何倍もあでやかで、そういえばあのあたりではもう朝夕の冷え込みもきついのだろうなと思ったりした。

「紅葉を見るためにでかけたのはこれがはじめてです。」と書いてあったので、『紅葉狩り』と言う言葉を思い出した。

関西に住んでいた子どものころ連れて行ってもらった父の会社のレクレーションが、「高尾に紅葉狩りにいく」だった。

その言葉にはじめてであって、子供心に不思議な言葉があるものだと思った。

気がつくと、今ではもう誰も『紅葉狩り』などと言わなくなっている。


話はとぶけれど、就職してすぐの頃自炊の話から、年上の女性に「米はなぜ洗うと言わずに研ぐと言うのですか」と訊ねたことがある。これも小さいころから当たり前みたいに耳にしていて、いつからか不思議な気がしていたのだ。

「米同士をこすり合わせてぬかや汚れを取るので研ぐと言うのよ」と言われた。

米を研いだ時に出る水は「洗い水」ではなくて「研ぎ汁」だ。


子どもが学校に通うようになって、いつだったか家庭科の教科書を見た。

「米を洗う」「米の洗い水」と書いてあった。そういえば研ぐ必要のない米を「無洗米」という。


懐かしい言葉が消えていくのは仕方が無い。けれど、繊細な心の襞がなくなるようでさびしい。


美しい紅葉の写真を見て、心が動いたのでこんなことも考えてしまったのだろうと思う。

 温泉のホテルの部屋で妻とテレビを観ていた。

 ワーキング・プアーのドキュメンタリーだった。

 タクシーの運転手が、まじめにきちんと働いても食べていけないという話しをしていた。妻が強い義憤を示した。


 妻はめったにタクシーを使わないが、私は夜飲むとタクシーを利用することが多いので、運転手の気持ちがよく分かると言った後で思い出して、この間の、妻が実家に帰っているときに女友達 と会った夜の話をした。


 この女友達 とは一度ツーリングをしたこともあったが、いつもはそれぞれが車を運転して出かけ駐車場で落ち合ってそこのファミレスで長い話しをして、駐車場で別れるのだ。けれどたまに、飲み食いの企画を私が出す。その時は私が彼女の自宅に迎えに行き、市内の店で飲み食いしたあとはそれぞれがタクシーで帰る。私の車は駐車場においておいて翌日とりに行く。この間もそうした。


 8時から飲み始めて、12時少し前に終わりにしようということになった。店に頼んでタクシーを二台呼んでもらった。タクシーが来て、私たちは道路に出、先に彼女を乗せてさよならといった。私が乗って1000円くらいで行く自宅の場所を告げると、先の車の後に続いてタクシーは発車した。しかし少し行くと先の車は私の乗った車とは反対側に曲がった。運転手は、おやという感じで「お店を出て出て別々の方面にお別れですか?」と言った。同じところに行くなら2台は呼ばないだろうと思ったが、どういうつもりで訊いたのかたずねなかった。

 彼女の行き先は3000円くらいかかる場所だ。後で仲間に聞いて自分の客が近くて、運が悪かったと思うのだろうかとおかしくなったし、少し私に当たった運転手が気の毒になった。


 その話をしたら、「夜中まで人の奥さんを連れまわすから変な誤解を受けるのよね。話は早めに終わりなさいよ」と妻は違う話をした。

 タクシーの運転手も規制緩和で苦しいという話をしているのだよ、というと、そうだけどねと二人で笑い話になった。




温泉と紅葉

テーマ:

 妻と近場の温泉に行きました。出かけた朝は荒れ模様でしたが、妻と落ち合ったころには天気も回復し、今日まで三日とも天候に恵まれました。

 妻は車の中でずっと父のことをこぼし続けていました。けれど、心配もしていました。

 私が妻の実家へ迎えに行かなかったのは、義父がいろいろ気を使って私を接待したがり、その仕事が結局全部妻にかかって、それだけ大変になるからで、妻自身の要望ですす。しかし、にぎやかな晩餐もしてあげたいので、12月には来てねと妻に言われました。

 温泉のホテルは今年の夏に泊ったところで、疲れを取るための宿泊なので二日とも同じところに泊りました。

 真ん中の昨日、車で3・40分走って、大きな郊外型のモールに出かけました。

 平日だというのに、お昼前後からはどんどん車が入ってきていました。妻も私もブランドには全く関心が無くて、ぶらぶら見て回るだけでほとんど買い物はしませんでした。それでも結構楽しい時間が過ごせました。

 今日は夏にも出かけた庭園にいき、紅葉を楽しみました。


 昨夜、以前仕事がらみで知り合った女性からメールが入り、「明日の夜4人ほどで飲みます。参加してもらえませんか」と誘われました。妻と家族風呂へ入る直前の脱衣所で浴衣の袖がぶるぶる震えて着信したのです。

 風呂の中で「明日何時ころ家へ帰りたいの?」と訊くと、「なぜ?」と反問されました。

 飲み会に誘われていると答えると「風呂場に携帯なんか持ち込むからよ」とわけのわからない文句を言われて、「明日の夕食は私は一人か…」といやみをちょっと混ぜながら結局「どうぞ」と許可がでました。

 風呂から出てすぐに、OKの返事を入れました。


 というわけで、三日間の運転で少し疲れていますが、間もなく飲みに出かけます。


 風景写真を貼付します。

ロープウェー
もみじ

朝、ぱらぱらと雨が落ちだして、昼前からは本格的に降りだした。

冷たい晩秋の雨が、しめやかな音を立てて降り続けている。


明日から勤めがやすみになるので、父の世話に実家へ行っている妻を途中で拾って、温泉に浸かりに行くことにした。

先日都会の書店で聞いたら、『魂萌え!』の文庫本が今月末に出るという。今度の旅行に間にあわなかったが、買い込んだだけで読んでいない本は一杯ある。

妻が旅先では動かずじっとしていたいといっているので、宿にこもって本を読み温泉に入りまた本を読むということにした。

ちょっとだけもみじとススキを見て。


勤務先まで車で1時間かかる。

毎日途中でペットボトルのお茶を飲みながら走る。

気が向けば前日にスーパーで安いのをまとめ買いしておくが、涼しくなってからは、時には自販機で500cc150円、少し時間があればコンビニで144円くらいのを2本かって、1本半を職場に持ち込み、仕事の合間に飲む。


一月くらい前に、何かの都合でペットボトルを買えないまま職場の近くまで来てしまった。町の大通りから職場のある行き止まりへ入る引き込み道路の入り口に、パンや菓子を売る個人商店がある。その前が少し広くなっているので、そこに車を止めて自販機でお茶を買った。表示は140円。五百円玉を入れて2本買ったら、気のせいか釣りが多い。しかし急いでいたので確かめもせずに小銭はポケットに放り込んで職場に向かった。

数日後再びその店の自販機でお茶を買ってみた。

140円の表示なのに200円入れると80円の釣りがでた。

『なるほどこんな商売もあるのか』と思った。『メーカーから一種の再販価格を押し付けられているので、勝手に定価を下げられないから、こっそり値引きをして地元の固定客をつかむようにしているのだな。』


それからは、スーパーで買いだめしていない時は、途中を我慢をして、職場に着く直前のこのパン屋の自販機でお茶を買うようにした。店のおばさんとも顔なじみになった。


しかし本当にこっそり値引きしているのだろうか。値引きなら、再販云々と入っても、それを宣伝しなければ意味がないじゃないか。


いろいろ考えた挙句に、少し早めに店に着けて時間にゆとりのあった先日の朝、おばさんを店の外に呼び出して、120円でお茶を買って見せた。

「あえてこうしているのですか?」

おばさんは仰天して、「まあ知らなかったわ!」と叫んだ。


どうやら納入業者が設定を間違えたらしい。


「ずーっと、だーれもなんにも言わなかったわ。本当にご親切に。」

おばさんは私にお礼を言い、私は一月以上、わざわざここで買うようにしていたのですといった。


翌日買ってみたらちゃんと140円になっていた。

もう少し黙っているべきだったか。少なくとも私がいまの職場にいる間はそのままにしておいてやめる時に言って行けばよかったか。

しかし、その日に私を見かけて出てきたおばさんから改めて「ありがとうございました」といわれた時の気分は、まんざらでもなかった。


第一私だってそれほど清廉だったわけではない。

訊ねる気なら数度目にお釣りを確かめた時には訊けたのだったから。


結構やらなければいけないことがあって、雨を幸いに家の中で慌しく動き回り、ふと腰をすえた時に、先日の自販機の顛末が何の脈絡もなく思い出された。

遅くても、言って良かったと思えた。

好機逸すべからず

テーマ:

今日は土曜出勤で、いつもの時間に車を走らせていた。

いつもと違うラジオ番組の中で、誰かが獅子座流星群のことを言っていた。今朝の四時半から五時ころよく見えたという話だった。


私は今朝、その時刻には起きていて星と月を見て、ブログを書いていた。


見落としたとなると悔しくて、明日も見られますという言葉にすがる思いだった。

さっきスナックにのみに出かけた。

ぱらぱらと雨が落ちてきて、このあたりの空はどんより曇っている。

好機逸すべからず。

チャンスはそう度々は来ないものだ。

後朝の別れ

4時半に目が覚めて、外に出てみました。何年か前ならば、この季節の早朝には、真冬のように大気は冷たかったと思うのだけれど、ことしも11月の未明の大気はなんだかぬるい感じでした。

西に大きくオリオンが傾き、東にはかみそりのような月が上がっていました。

月を見て不意に、『後朝の別れ(きぬぎぬのわかれ)』という言葉を思い出しました。妻問い婚や婿入れ婚であった古代の貴族たちは、妻や恋人の家から帰る朝にこんな風に星を見上げ月を見たのだろうかと思ったのです。そしてそれを見送る女性もまた、その朝から次に男が通う夜を待って、心の揺れる日々を過ごすことを思いながらその月を見上げたのだと思います。

そして、ブログに一つの恋の終わりを書いた女性のことをすぐに思い出しました。

彼女の恋もまた、不定期に部屋を訪れて朝に仕事場や家庭に帰っていく、いつ来るか分からない男性を待ち続ける恋でした。

(後朝の別れについての説明を、ネットから拾いました。

『女の元に通ってきていた男が未明に去る時、肌に衣(きぬ)を通し、愛し合っていた二人が衣をまとうことで別れの朝を迎えてしまう,かりそめの別れです。休憩時間制限の別れじゃありませんのよ。
切ない朝、最近、迎えました?仕事に行きたくない朝は登社拒否よ(笑) 』)

月の写真がうまく撮れません。

http://www.asahi-net.or.jp/~NW6E-MTMR/moon/current.htm

をご覧下さい。



tuki