パソコンの故障

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パソコンからネットに全くつながらなくなりました。妻のパソコンではつながるので、我が家の通信システム自体ではなく私のパソコンに不調があるようです。

この土日に一度パソコンの大掃除をしようかと思っています。

携帯の中のメールを、間違えて全部消してしまいました。

消した時がいつなのかは分かりません。スパムメールを消す時に誤操作をしたようです。

消えてしまっていることを発見した時、あ!と思ったけど、なくなったものを思い出すことは出来ず、消えたものはまるで一度も存在しなかったもののような感じでした。

なくなった義母の記憶はまだ鮮やかですが、やがてそのようになっていくのでしょうか。


携帯からの書き込みが苦手で、妻のパソコンから書き込んでいます。私のが直ってから、頂いたコメントなどにご返事します。

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感謝

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温かいお言葉をありがとうございます。パソコンが不調です。葬儀の後で直して、改めてご挨拶させていただきます。
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お別れ

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義母が88歳の人生を閉じました。


危篤と言われてから三日間たたかい、昨朝、娘である私の妻と義父に見守られて息を引き取りました。

いったん帰宅していた私は、義弟の家に安置された義母の遺体に昼過ぎに対面しました。

先日付き添った時にはすっかり顔つきも変わっていた義母のそばで、激しい息遣いだけを聞いて一夜を過ごしました。

クリスチャンだった彼女の愛読書の三浦綾子の本を読んで、口を利けない彼女と話をしようと思いました。

結局一睡もせずにたくさんのことを考えましたが、彼女ともっと話をしたかったと思う気持ちが募るばかりでした。


義弟の家の和室に寝かされた彼女の顔は、妻と義妹によって綺麗に化粧されていて、見慣れた元気な頃の顔になっていました。


彼女を見送るためにあと少しあわただしい時間が流れます。

さまざまの人間模様を私は、少し離れた場所で見つめながら、私をそれなりに大切に思ってくれていた彼女のことを思い出すことにします。


ご心配をいただいて、有難う御座いました。




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この町のはるか北側を通り過ぎた台風が、南の熱い空気を残していったから、朝からずっと真夏のような天気だった。日差しも強くて、仕事をしながら私はひどく汗をかいてしまった。

ロッカールームで一度シャツを着替えて、職場から出るときにもう一度着替えた。

車にクーラーを効かせて家に帰った。

車から降りてみて驚いた。大地や建物の壁はまだ昼の熱気を残していたが、風はすっかり秋の風だった。

あちこちの窓や縁側を開け放し、中にこもった熱を解き放った。


庭に実ったナスをたっぷり使って、今夜はマーボナス。


誕生祝

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junk-musicさんとsweet-timeさんの助言を実行してみた。


19 日は妻の誕生日。明日の仕事のため帰宅する妻を迎えにいって、待ち合わせ駅の駅前で洋菓子屋に入り、「Dacquoise-ダコワーズ」の箱詰めを買った。リボンも何もない普通の包装のまま助手席において、妻の乗ったバスが着くのを待った。余り待たずに妻は到着し、いつものように助手席に乗り込もうとした。

「ナニこれ」「お疲れさん。誕生祝だよ」「えー!何もいらないって言ったのに。」「ただのお菓子だよ」

家に帰る一時間のドライブの間、いつものように妻は母の容態と義父の様子についてしゃべった。しかし途中で不意に、「開けてもいい?」と訊ねて、ケーキの包装を解いた。

「ああ、おいしそう。ありがとう。」と彼女はいい「疲れているときは甘いものがいいから」と私は答えた。


作る手間を省いて、途中で夕食のためのすしを買った。帰宅すると私が簡単に卵スープを作り夕飯になった。


夕飯が終わると抹茶風味のDacquoiseを一つずつ食べた。私には少し甘すぎたが、妻は「**歳の味だわ」と意味不明のことを言って喜んでいた。


娘には、18日義母を見舞って感じたことをメールで書き送り、その冒頭で「言い忘れましたが、誕生日おめでとう」と書いた。


どちらももともとも私の習慣にはないことだけれど、いまさら余り自分のやり方にこだわる意味もないと思った。


私の話をいつも本当に面白がって聞いてくれた義母は、18日に行って見ると、酸素マスクをつけられたりはずされたりして、ひたすら生きるためだけに戦っていた。

私は、その姿を赤子のようだと思った。

ただし、彼女の全身は、幼い子どもと異なり、高齢と、この間の病気のためぼろぼろになっているのだ。


私は、荷物が置いてあるせいで狭い隙間しかない病室のソファーに、妻と並んで座った。二人はぴたりと身体を寄せ合うことになった。

妻は看病の経過や義母の容態や義父の様子を声を潜めて語った。周りの風景を消したら、公園のベンチで身を寄せ合って語らっている若い恋人たちのように見えたかもしれない。


やがて私はうとうとし始め、妻は口を閉じた。


そのうち義母が咳き込んでうめき声を上げ、妻が立って顔を覗き込んで大きな声で「お母さん私はここにいるからね。壬生さん(義母がずっと私を姓で呼び続けたので、妻もこういい表したのだ)が来てくれたのよ。」と呼びかけた。

私は目を覚まし、義母を見た。義母はうっすらと目を開けたが、何か見ているのかいないのかは判らなかった。


義父を自宅まで迎えに行き病院にも一度戻った後、私は帰ることにした。

義母の手を握り「また来ますよ」と言った。もしかしたらかすかに指先に力でも入らないかと、神経を集中したが、義母の手は驚くほど冷たいまま何の信号も感じられなかった。



月齢26

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新月に入る直前の月が夜明け間近かの東の空に見えました。

ちょうどある方のブログでLISMOの「三日月」のことが出ていて、歌詞やメロディーもなるほどという感じで、それで、三日月じゃないけど形が似ているので、パチリ。


月齢26

誕生日

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 昨日娘から電話があった。

 義母の調子がよくないので一応知らせておこうと、携帯にメールを入れておいたのにそれを見ないで、定期便としてかけてきたので、最初は少し話がちぐはぐだった。

 

 いつものようにあれやこれや長い話になって、彼女が、「中村久子」さんという方の名前を出した。私は不勉強なことにその方を知らなかったが、「日本のヘレンケラー」とか呼ばれて、深刻な障害を努力で克服し、輝いた人生を送って人々に勇気を与えた方だという。

 私は、娘の話に心が動き後でネットで調べてみて、なるほどと思った。そして何よりも、いつも少しシニカルに物事を見てなんだか若年寄みたいに悟ったことばかり言う娘が、まっすぐにこの女性の行き方に感動したことを、嬉しいと感じた。

 今朝になって、妻の誕生日が近づいたことを思い出した。そして、数日前に誕生日を迎えた娘に昨日おめでとうと言うことを忘れたことに気付いた。

 去年、今頃にたまたまかかってきた電話で私が娘の誕生日を祝う言葉を口にしたら、娘が「誕生日など気にしないのが我が家の(つまり私の)スタンスだったのに、どうしたの」と仰天したことも思い出した。

 去年のことがあったから、今年も何か一言あるかなと娘は思っていたのだろうか。そして、なんだまた以前のとおりだと、思ったのだろうか。


 義母のことで、いまはそれどころではないかもしれない。

 夏前に「今年はもう何もいらないからね」と妻は言った。「なんで?」と聞いたら、「何を返していいか分からないんだもの」と、思いがけない返事だった。

 それでも何かを探してみようかと、今年も私は考えはじめている。


 

責任の所在

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今日の新聞に、M被告の死刑確定と出ていた。彼の犯した罪について議論するつもりはない。刑の正当性についても、今の日本の法体系に中ではそうかなと思う。


この事件の責任について、思い出したことがある。


我が家では物を捨てる人間がいないので、沢山古くて無用のものが残っている。

Mが引き起こしたカルト宗教事件が、紛れもなく事件であると世間に知られたころに、まだ大学生だった娘が「見て見て」と、古い子供雑誌を持ってきた。それは、その時からまた10年くらい前の彼女が小学生だった時のもので、有名な子ども雑誌の出版社の「小学*年生」と言う学年進行型の雑誌だった。

その子供向けニュースのページに、何と「驚異のニュース」みたいなトピック記事として、○原彰晃が写真つきで小さく登場していた。

宗教者と言うよりは驚異的な修行によって奇跡を行うようになった珍しい人という感じで、嘘ともほんととも分からない形でこんな話もあるよみたいに書いてあった。

しかし、子どもは、胡坐を書いたまま宙にういているように見える写真を見て、記事を読めば何と思うだろう。


非科学的で非合理的な思考が蔓延することについて、マスコミやジャーナリストは責任がないのだろうか。

やたら偉そうなおばさんが、誰でもいえそうな説教をたれながら時々むやみに独断的なご託宣を述べているのを見ると、年寄りの私は、自戒の念とともになぜあんなに彼女がもてはやされるのか、本当にもてはやされているのか、強く疑問に思うのだ。

私の友人(30代の女性)に聞いてみたら、「私は結構好き。ずばずばものを言うし。気にしていた家と墓のこともあの人の発言は私には納得いったし。」

なるほど、昔はその辺にごろごろいたわけしりやしきたりについてあれこれ口を出すうるさ型の年寄りの代わりをしているのか。


それなら余りえらそうに政治のことや人生については言わないでもらいたい。皆が本気にしたらどうするのだ。


そして、彼女が○原のようになるとは思わないが、それにしてもテレビと言うメディアは、いい加減にしたらどうか。