電話の時間

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実家に帰っている妻から20時45分に電話が入った。


中日巨人戦を居間で見ていたら携帯がなったので、すぐに出た。

家に居るときは手元から離していて携帯に気づかないことも多いので、「珍しいわね、今どこですか?」と妻がいった。

「居間で野球を見てるよ」というと、「あら」と言ってから状況報告し、翌日の迎えの打ち合わせをした。

妻は自分が留守のすると私がスナックに出かけるに違いないと思っている。それで、出かけそうな時間を考えて、できるだけ遅く電話をしようと思っている。

出先に居る私に電話をして、出かけていることは分かっていますよといいたいのだ。

しかし、介護と家事の疲れなどから、いつも実家では9時には就寝している。20時45分はそのぎりぎりの時間なのだ。


私は、スナックに出かけることを隠そうとは思っていない。しかし、いちいち知らせることもなんとなく癪に障る。こちらから電話をして一通り話しをしてから出かけてもいいのだけれど、それではいかにも見えみえのような気がする。

21時直前になって電話がなければこちらからかけて、その後出かけようと思っていた。

どうでもいいけど、微妙な気分のやり取りだと思う。


電話が終わったので、行きつけのスナックに出かけた。

昼の喫茶には二日に一度は出かけているけど、スナックのほうは2週間ぶりだ。

結局1時までぐだぐだとしていた。

その間に、3組の客が出入りした。三組目は以前一度出会ったママの「いとこ」が一人でふらりと入って来た。

例によっていいご機嫌で、上手な歌を何曲か歌った。12時近くなったら、この前と同じように携帯をどこかに掛け、ママがそれを横からとって電話の向こうの相手に「それではどこにも行かないようにここに止めておくわ」と言っていた。

やがて、この前も迎えに来た地味な感じの女性が入ってきてジュースを一杯飲んだ。この前は私が、「奥さん奥さん」を連発して、後でママから「奥さんじゃないのよ」と知らされた女性だ。

「いとこ」は彼女に付き添われるようにして、代金を払い出て行った。お釣りをカウンターの上に忘れそうになったら、ママが女性に渡していた。

「あの女性は誰で、いとこさんとどういう関係なの?」ときいたら、客のことだから話をごまかしているのかもしれないが、

「分からないの。この間はあの人から、彼がそちらに言っていますか?って問い合わせの電話があったわ。飲むとあちこち動き回るらしいから。

奥さんとはどうなってるのかしら。」

「え?奥さんが居るの?」

「居るわよ。私とはほとんど顔を合わさないけど、冠婚葬祭のときなんかにはたまに会うの。」

「あなたは、彼女のことは奥さんには言わないの?」

「言わないわね。とにかく奥さんとは余りお付合いもないから。まあ、いとこのお母さんには言いつけてもいいけど、言っても仕方がないし。」

「しかし、いとこの店に彼女と来るのは、ちょっと大胆な気がするけど」

「まあ、何年か前には一度女の人が出来て家出をしているしね。昔私を口説こうとしたこともあるの。

いとこと言っても、小さいころから「いとこ、いとこ」と言って付き合っているけど、正確にはもう少し遠い親戚らしいの。」


そんな話を聞いていたら午前一時になってしまった。

家に帰って猫の寝顔を見てから自分も寝た。

朝は少し酒が残っていた。




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冷やしうどん

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見てくれはよくありませんが、中華風味の冷やしうどんを作りました。なかなかいけました。


庭の野菜(ナスピーマンしし唐)はオーブントースターで焼いて冷ましました。大葉は洗って刻みました。

麺はモロヘイヤうどん。

タレは、自家製の梅酢と梅ジュースと梅味噌漬けの汁を市販の醤油出汁とブレンドしました。ごま油を少し落としました。

しょうがは梅酢と梅ジュースのブレンドに漬け込んだ甘酢しょうが。

買い置きの合鴨の燻製と卵のスクランブルをのせました。

ひやしうどん

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庭の野菜で

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たった今庭で摘みました。妻の作物です。昼飯をしっかり食べたので、夜はモロヘイヤうどんの冷やし中華風にします。ハムの代わりに燻製の合い鴨を使い、ナスピーマンししとうは焼いて冷まそうと思います。たれも自家製材料を加えて工夫するつもりです。
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苦瓜…ゴーヤ

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!!!のクイズに大勢の方々(ノ´▽`)ノのご応募を戴き、ありがとうございました。(*^ー^)ノ

正解者はありませんでした。(●´ω`●)ゞ


答えは、ゴーヤです。


妻の言う「ゴーヤ責め」という感じが分かりますか。

昨夏は、来る日も来る日もゴーヤチャンプルーでした。(ノ_-。)


ネット上でもゴーヤに関する記事は一杯出ていますが、興味のある方はこんなところをのぞいてみてください。↓

http://www.58heaven.com/index.html

http://www.tmcreate.com/so-tasty/saien/goya.html

居酒屋で思ったこと

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 もともとこのささやかなドライブ旅行は妻の気晴らしのために私が計画した。


 妻は、このままでは私は鬱になってしまう、としきりに訴えた。

 それは、介護の仕事が大変でつらいからではなくて、義父の気持ちがどんどん沈んで行っていて、それをそばで見ていたり、毎日の電話で聞いていたりしているうちに自分の気持ちもどんどん沈んでいって、何かをしようという意欲もなくなってしまいそうだというのだ。

 もともと生真面目で心配性の妻の心の動きが、少し気になり始めていた。


 義父がどんなにこまごまと義母の変化を見守っているか。

 義父がどんなに頻繁に、義母がかわいそうだと繰言をいい続けるか。

 その思いをどんな風に義父が妻にぶつけているか。

 

 その話をきいているうちに私は、ふと私の母と父のことを思い出した。

 母が60歳で死んだとき、65歳くらいだった父は「情けなくて」といって泣いた。

 しかし私は、戦前のわが国では珍しかった社内恋愛の末に一緒になったという両親の 、お互いに対する思いについては、しょっちゅう喧嘩をしていたけど最後には仲良しだったくらいの認識だった。

 母の死によって父の心に生まれたかもしれない空洞には全く思いが届かなかった。

 母の葬儀のころ父はまだ再就職した仕事をしていて、それを退職してからも弱音は全く吐かなかった。

 しかし、私も兄も弟も、それぞれ自分の生活に精一杯で、ある時期まで家父長として小さな一家に君臨していた父をやさしくいたわるようなことは全くしなかった。

 

 義父のように私の父も、母の病気に向き合ったとき誰かにその苦しみを受け止めて欲しかったのではなかったか。

 同居していた兄は父と微妙に感情の行き違いがあった。弟は、自分の家庭にごたごたを抱えていた。私は、遠方で自分たちの生活に没頭していた。

 

 居酒屋で妻の話しを聞きながら私ははじめてそのことに思いが至った。

「あなたはお父さんのことを文句いいながらでも、かわいそうだと思いやってあげているけど、俺は親父のことでそんなこと思いつきもしなかったよ。

 親父はお袋が死んでからどのくらい孤独だったのかなあ。

 あの頃は、全くそんな風には考えなかったけど。」


 夜、ホテルに戻って切ないドキュメントを見ながら、妻がふと言った。

 妻を見ていて私が自分の親父のことを思い出したと言ったことが、心に残った。

 それを聞いて、妻自身も少しは頑張れているのかと思った、と。


 



 妻を助手席の乗せて、太平洋を目指して走っていたら、携帯が耳慣れない音楽を鳴らした。

 妻の携帯かと一瞬思ったがすぐに思い出した。

 携帯の受信音を一種類にして置いたのに、いきつけのスナック=喫茶店のママの娘が変えてしまったのだ。

 彼女が携帯に詳しいというので、昼間喫茶店で出あったときに、迷惑メールを拒否する方法を教えてと頼んだらいろいろ携帯を触ってくれて、「受信音も変えたらどうですか」というから、妻からの電話の受信音を替える方法を聞いた。

 その後、いつだったかスナックのママからメールが来たときに、きいたことのない音楽になっていることに気付いた。娘が、自分の母親が私にかけたときのの分をことさら違う音楽に変えていたのだ。

 忘れていたけど、鳴ったのは確かその音楽だった。

 妻が、変わった音ね、大事な連絡じゃないの?と言う。

 運転中なのでそのまま放置にして、昼食のため蕎麦屋に入ったとき、トイレで確かめた。

 スナック=喫茶店のママから、お暇ならお茶でも飲みにいらっしゃいませんか、とメールが入っていた。

 今遠出中なので、来週また顔を出します、と返事。

 車に乗った走り出した頃、さっき大事な電話が入ったんじゃないの?とまた妻が行った。

 誰からとは言わず、メールが来ていた。とだけ答えておしまい。

 

 今日の朝、知人に家に届け物をするため外出しようとした。私も後で出かけますから、と妻が言う。

 「届け物が終わったら床屋に行って、それから帰るから、昼過ぎになるかも。」と私。

 「ハイハイ、私は友達と食事をするのでお昼は別々で。」と妻。

 

 床屋を替えてみた。

 いつも行く床屋ではなく、カットだけと言う床屋。代金が1/4なのだ。

 あっという間に終わったので、考えを変えて一度家に帰った。妻が出かける用意をしていて、私の顔を見て驚いていた。

 「早いわね、きっといつもの喫茶店に行くと思ったのに」

 そう思っていると思ったから帰ってきた。どうせ昼ごはんを食べにそこにいくのだけれど、ちょっと妻の思惑をはずしてみたかっただけ。

 

 妻が出かけた後、少し用を足していた。

 今からスナック=喫茶店のママの冷やし中華を食べにいく。

 

 

 


燈台へ

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ここに来て

をみなにならひ

名も知らぬ草花を摘む。

みづからの影踏むわれは

仰がねば

燈台の高きを知らず。

       ……

と、佐藤春夫が歌った岬に、妻と二人で行ってきました。


燈台は垂れ込めた梅雨空の下で、かすんだ水平線に向かって寡黙に立ちすくんでいました。


燈台



漁港の手前の居酒屋は、静かにうずくまったような町の中で、そこだけが不思議な賑わいを見せていました。

いわしと目光とかつおとでビールを飲み、妻は語り続け私はひたすらその言葉を聞き、話題は悲しく行方も知れないことばかりなのに、二人だけで何度か笑いあいました。


その後、ワーキング・プアーというタイトルのドキュメンタリーを観て、こんな風にささやかに満たされていることを少し後ろめたくさえ思いました。



海へ

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このところ、妻とちょっとした諍いが起きます。しかしすぐ修復されます。

妻が実家のことでだいぶ参ってきているので、明日は一泊でどこかに行きます。

その話は数日前に決まっていたのですが、今夜あたりにどこに行くか相談しようとしていたら、私の焼いた肉の焼き方のことから喧嘩になりました。

それで話し合いは出来ませんでしたが、「明日に備えて先に寝ます」と妻が先ほど言ったので、明朝起きたらすぐ、行き先の相談が出来ます。

魚のうまい海辺の町までドライブして、一晩泊まって、明後日はにぎやかな町に行って映画を観ようかなと思っています。

映画は妻の好みに合わせて、「カリブの海賊Ⅱ」かな。


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 京都の祇園祭とか、博多の祇園山笠とか、名高い祭りの知らせがすでに届いて、夏たけなわのはずなのに梅雨はまだ明けない。


 息子や娘が小学校に上がる前は、7月の第二週くらいから水遊びが当たり前になって、庭にビニールのプールを出し、暑い日ざしの下でたっぷり水をかけてやったような気もするのだけれど。

 こんな年もある、ということなのか。それとも、巷間に噂されるように、地球の気象が大きく変わり始めているのか。


 一昨夜、馬刺しを食べたくなって昔なじみの居酒屋へ久しぶりに行った。

 最近行きつけのスナックの出会う前の、昨年夏まではちょくちょくっ出かけて、その帰り道で見上げた月のことなどをここにも書いていたのに、すっかりご無沙汰だ。

 私と同い年のオヤジと、小柄で可愛いおばさんの夫婦がやっている。

 入ると、親父が「おや」と驚いて見せた。二人連れの先客がいた。

 彼らはご機嫌で、なにやらしゃべっていたがそのままののりで、やがて「そいじゃあまた」「ご馳走さん」と立ち上がった。

 彼らが出て行くと親父が、「お客さん祭りは好きですか」と訊ねた。

 「まあ、余り熱心じゃないね。自分からはわざわざ行くことはないよ。」と答えると、「いまのお客さんは、ここ、N地区の人なんですよ」「ああ、一昨日まで祭りだったね。車で通りかかったら規制していたよ」

「そうなんです。それで、祭りが終わると3ヶ月は、うちで仲間と飲むたびに、終わった祭の話なんです。」「なるほど」「4ヶ月目からは次の年の祭の話なんです。」

 

 そんなふうにしながら歳を重ねていく生活もあるのだと、改めて思った。

 あるいは。

 結局みんなそのようにして生きているのだ、とも。